1章『百花繚乱』

しばらくの間、静寂が続いた。


 国王はなぜ攻撃してこないのだろう、明らかに戦う雰囲気だったのに。脅すだけなのだろうか。それでも流石に命の危険を感じたら直ぐにでも攻撃をするだろう。

 だが、王に命の危険を感じさせる役目のユーリは、俺の腕をただ凝視するだけで、それ以外のアクションを起こそうとしない。


 この状況がおかしいのは、俺にだって分かる。確かに俺は魔法を望んでいたし、魔法を使い、超常を起こすのは俺の望みだったのだ。しかし、あくまで俺がしたかったのは自由に魔法を操るという行為である。そしてそれがこの世界での魔法であり、当たり前なのだ。

 しかしながら、今起っているのはそれとは違くて、俺の意思とは全く別で魔術式とやらが出ている。そしてそれはユーリの詠唱した内容のようなのだが、そんなことが分かったところで状況が不明瞭なのに代わりはない。


 俺はこの現象のヒントを探た。今までの話、言葉、その単語一つ一つを思い出した。ここに来てからの行為や現象、全てがヒントになっている筈だ。

 まず、身体強化をする前、ユーリは何かブツブツと唱える。それが所謂いわゆる詠唱だ。そして、その後にはいつも赤色の煙の様なものが出る。これが身体強化をするまでの流れだ。そして、魔法を使うまでの流れなわけである。つまりだ、詠唱の次は必ず魔法が出るわけである。そして先程、ユーリは詠唱した。ならば、次は必ず魔法が出るはずなのである。なのに出なかった。

 ここで、先程のユーリの言葉がキーワードとなる。それは「魔術式を介して・・・」という言葉だ。今まで俺はその『魔術式』というものを見ていない。で、重要になってくるのが俺の手の前に現れた魔法陣。要するに、この魔法陣が魔術式なのだろう。そうなのだとすれば、魔法陣の出ている所――俺の右手が、ユーリの魔法の出る場所であることになる。

 これだと、全てに合点がいく。「私の」とやらが俺の手の前にある点、それが二個ある点。ユーリが魔法を使えなかった点。

 そして、この俺の推測を裏付ける方法がある。

 それは――


「ユーリ、詠唱を続けてくれ」


 俺は念のため、掌を壁の方に向けた。ユーリは少し戸惑も「分かったわ」と言って詠唱を始める。

 重なる様に二つあった魔法陣は外側の物が一つ消滅すし、最初に出てきたのとは違う、また新しい魔法陣が出てきた。そして、その外側にもう一つ全く新しい魔法陣ができる。

 俺は推論通りであることを確信する。簡潔にいえば、どういう原理かは分からないが、ユーリの魔法は俺の右手から出てくるのだ。

 そう結論を出した直後、


「ステルス・フレア!」


 ユーリが何が魔法の名前のようなものを叫んだ。途端、魔法陣が全て消え、代わりに一つの火の玉が出てきた。それはみるみるうちに大きくなり、俺の顔ほどの大きさになると、一気に小さくなり見えなくなる。


「え?」 


 俺が間抜けな声を出した直後、急に出していた右手に強い力が加わり、その力に俺は吹き飛ばされる。

 何回転か後方に転がり、何とか体制を立て直すと、俺の手を向けていた方向――部屋の壁が急に爆発して、大きな穴を開けた。


「なっ!?」


「はぁ!?」


 今まで黙っていた国王とフィンスケは同時に口を大きく開けて呆けた。


「おい・・・!そこの、少年!なぜ、そんなことが出来る・・・ッ!」


 何だかよくわからないがやっぱりユーリは凄いみたいだ。

 フィンスケもかなり驚いていた。


「おい、ハ・・・ハル・・・」


 あ、名前で呼んだ。


「その魔法は、賢者の領域だそ・・・?」


 賢者がよく分からないが、多分名前的に凄いのだろう。フィンスケの言葉で、ユーリの凄さが何となく分かった。

 ここまで来ると、ユーリがどっかの魔法使いグループの団長であるという事も事実だと言って良いだろう。それだけの力の持ち主なわけなのだ。

 フィンスケはドラゴン討伐だったり、なんだかんだ俺も宿に止めてくれたりと信用がある。なにか作戦があり、陥れようとしているという線も否めないが、俺のような小物、ましてやユーリと言う子どものような見た目の人から何かを得られるとは思わないだろう。まあ美少女ではあるのだが。それでも、彼はそもそも勇者であるし、初めて会ったときユーリはもっと巨乳だと言っていた。・・・そこら辺はおいおい解決していくとして、取り敢えず今フィンスケを疑う必要は無い。だから、俺は一連の推理と結論をフィンスケに耳打ちした――。


「はぁ?」


 フィンスケは立て続けに俺に二度目の嫌疑をかけた。


 ところで国王はと言うと、こんな怪しい動作もずっと見逃している。それだけ余裕があるのだろうか。ユーリの魔法を見た時はかなり驚いていたのだが。

 そんなことを考えていると、フィンスケが「なら」と俺を呼ぶようにして言葉を継いで、


「ユーリが魔法を使えばそれは全てお前の右腕から出てくるのか?」


 と言いながら俺の腕を凝視する。


「恐らくは、な」


 あくまで推論であることを主張し、この話を一旦終わらせる。


「でだ」


 そして新たな話をし始めた。


「そこのおっさん」


 俺は非常に嫌味ったらしい口調、表情、態度で国王に少しだけ近寄る。ポケットに手を突っ込み猫背にして「おい」と極力低い声で王を威嚇する。声がいまいち低くないのとポケットがズボンではなく羽織る方のジャージなのでかなり空回っているが、俺がこうしているのにはしっかりとした理由がある。それは、挑発だ。国王はユーリの魔法に超驚いていた。それが意味するのは「国王はユーリよりも格下である」という事だ。だから、俺の命の心配は・・・ユーリがいれば問題ない、筈だ。だから、前に進むわけでもなく、ただその場で俺は王を挑発していた。その挑発の意味は、もう分かるだろう。王の能力ちからが知りたいのだ。奴は自身の力を見せびらかす様な事こそする物の、実際に使用しない。それに、ユーリが「国王の魔力でない」と言っている事や、フィンスケがあまり敬意を示さないのも幻怪である。そしてもし偽物なのであれば、実力はないのではないのか。

 想像通り、国王は顔に少し怒りの表情を出す。俺はそれを見逃さず、すかさず国王に言った。


「やれよ」


 同時に国王は俺に掌を向けていた。俺の言葉を聞くと、王は顔を少し歪める。そんな少しの表情の変化で俺の仮説はどんどんと確信へ導かれていく。


「どうした、殺せば良いじゃないか?死刑にする予定だったんだろ?」


 最初はユーリから離れないでいたが、俺はそれを止め、ずんずんと王に近寄って行く。

 すると、


「ふぅん!」


 国王が黒い玉を俺に放った。


「え!?待って!できるの!?」


 予想とは違う出来事に、俺は驚いていて尻餅をつく。


「あの馬鹿!」


 フィンスケが勢い良く俺の方へ向かって飛び、空中で体勢を変え、黒色の玉を蹴る。


「あっ」


 しかし、フィンスケは玉を大きく外して、一人で空気を蹴り地面に落ちた。

 や、やばいやばいやばい!死ぬ!何度目だもう!何度も何度も死にそうになって!今回こそは本当にやばい!怖い!死ぬ!嫌だ!

 何度も、何度も、思った。この世界で、両親に捨てられた、孤独な自分は、寝たり、ゲームをしたり、マンガを読んだり、アニメを見たり、世の中の役に立っていない自分は、死ぬべきなのだと思った。死んでしまった方が楽だろうと思った。なのに、思っていたのに、何故だろう。久々に見た妹の顔が愛おしい。ユーリの笑顔が愛おしい。

 いざ死んでしまいそうになった時、今までは、痛みや恐怖に死を咎められていた。でも、今は違う。今までに見た楽しさが、喜びが、俺の死を咎める。生存本能を掻き立てる。そして、俺の気持ちは昂って、心の奥底で叫んだ言葉は、


――まだ、死にたくない!


 途端、俺の足元を中心に、世界が色を変えた。俺のいたそこは、いつの間にか灰色の世界になっていた。全ての動きが、まるで一つの風景のように止まった・・・厳密には動いているのだが、非常に遅くなっている。黒色の玉も、ただ浮遊しているだけに思える。そんな世界の終わりのような景色の中、俺だけには色がついていて、俺だけが歩き回れる。


「・・・なんだよ、これ」


 取り敢えず近くにいたフィンスケの目の前に手をかざして、動かない事を確認する。

 考えてもどうしようも無いこの状況で、俺は気になる事を潰して行く事にする。

 まずは、先に黒い玉だ。いつ何が起こるかわからない。

 俺は少しずつ近づいて、指を当ててみることにした。恐る恐る人差し指を近づけ、しかし怖くて手を引く。それでも心を決めて、今度は被害の少ないと思われる小指を出して突っ込んだ。

 結果は、


「消えた・・・?」


 触った瞬間、それはパッと姿を消した。

 どういう事だ?それなら、これは触れても当たっても問題ないのか?


「技まで・・・偽物なのか?」


 もしかしたら、触ったら効果のある攻撃なのかもしれない。時間が経たないと分からないこともある。だからまだ断定は出来ない。

 直後、


「――ッ!!」


 全身が何か力に押し潰される様な痛みに襲われる。全身が揺れるように、脈を打って力がかかる。膝から崩れ落ちて、地面に手をついて、耐えきれない痛みにそれすらも出来なくなり、地面に寝そべってしまう。痛みを感じる明確な部分がなく、なにか良い体勢を考える事も出来ず、ただ地面を殴ったり、引っ掻いたり、拳を強く握りしめたりと、無為に自身を壊すことしか出来ない。体内すら痛くて、気づけば血反吐を吐いていた。

 あの魔法が、そういう魔法だったのだろうか。

 もう何分、いや何時間たったのだろう、辛く苦しいものほど長く感じるもので、痛みは途切れることを知らず俺を襲い続けた。

 そして、無限とも思える苦痛の中、一つの視覚的変化が生じた。俺の胸元を中心に、世界が色を取り戻したのだ。


「ハル!」


「お前っ!」 


 俺を呼んでユーリとフィンスケが寝そべる俺を抱えた。


「ちょっと待ってて!」


 ユーリとフィンスケは同時に何かを唱えだした。ピンク色の光が目に入る。辛く苦しかった痛みも、見る見るうちに引いてゆく。息も整ってきて、やっと膝立ちをする。


「な・・・んだったんだ・・・今の・・・」


 恐怖、今の俺の心情を一言で述べるとして、これ程的を射た言葉はない。次々と起こる超常現象に、多からずワクワク感は抱いていた。新しい力、新しい世界に仲間・・・こんな世界にワクワクしないわけがない。でも、同時に俺は恐怖も感じていた。ここは逆に言えば、未知の力、見知らぬ世界に人、と、何をすれば良いのか、どう生きれば良いのか、全く予定を立てられない謎に満ちた危険地帯であるからだ。その力で自分は死ぬかもしれない、その世界で、その住民に俺は殺されるかもしれない。ここに来た当初から感じていた事だ。高揚感と、恐怖。だからなのだろう、彼女――ヨウリを思い出したのも。

 そして今、そんな不安が現実になったのだ。俺は『謎の力』によって致命傷を負わされ、『謎の力』により回復した。まさに、『恐怖』と『高揚感』の両方を体験したわけだ。


「ハル・・・。空間移動した・・・よね?」


 空間移動、ユーリが使った、俺がここへ来た原因となった魔法だ。

 俺が思っていたのは、二つの世界を行き来する魔法だと思っていたのだが・・・違うのか?

 屈むユーリと俺の間を割って入るように、フィンスケは、


「ユーリ、それは違う」


 と言って意見を否定した。そして彼は続けて、


「これは、伝説の装備とか言われてた、メデューサのグローブの『特能(とくのう)』だ」


 特能・・・?聞いたことない熟語だ・・・。俺はてっきり、国王の黒玉の仕業だったのかと思っていたのだが。

 俺は自慢にならない切れ目でフィンスケに意味を教えろと見る。


「と、特殊能力みたいなもんだ。だけど・・・」


 勇者でさえビビらせる俺の目はある意味狂気なんじゃないのか・・・笑えねえな。ああ、今夜もまた眠れない夜になりそうだ。


「所で、国王は――」


 今までそっちのけにされていた、何を言うわけでもなく、攻撃すらしない国王。言いながら彼を見たら、なんというか文字通り言葉を失った。

 いい大人が、目の前の光景に恐怖し、漏らしてしまったようだ。声をかけるにも嫌味にしか聞こえない気がして、俺は言葉を失ったのだ。それ以前に、


「はぁぁぁ?っえ?っえ?何で?っえ?」


 フィンスケがすごーく嬉しそうだ。もう精神ずたずただろうな、あの国王。と言うよりも、強いんじゃないのか・・・そう言えば!そうだった、あの黒い玉、結局消えたんだ。もしかしたら、今の状況の全てに納得がいく、そんな魔法があるのかも知れない。そう、見せるものを思いのままにするという魔法が。


「ユーリ、魔力を感じられるんだよな?」


「え・・・まあ・・・」


「じゃあさ、魔法も感じられるだろ?国王は今魔法を使っているのか?」


 俺が言うと、ユーリは頷き、少し顔を下に向けて上目遣いで国王を見た。ユーリの目の前に小さな魔法陣が展開されている。魔法感知をしているみたいだ。


「おかしいわね・・・何もしてないはずなのに、魔法を使ってる」


 やっぱりそういう事だったのか、分かった。こいつは、このおっさんは『国王のフリをした貴族』なんだ。魔法により、そう言った幻覚の様なものを見せているのだ。


「やっぱりな。本当の姿を見せてみろ」


 俺がそう言うと、王は黙り込んでこちらを見ている。


「なら、強硬手段だ」


「――ミゲル!」


 言って俺が歩き始めると、国王が王座の肘かけを殴り叫んだ。漏らしているのになんか威勢がいい。

 すると、赤いカーペットの向こうにある扉から、例の青騎士が出てきた。


「どうされましたか」


 冷静沈着に再登場した騎士・ミゲルは、扉を開けたままカーペットの上に片手をついてひれ伏ふす。


「こ、この者達を、外へ出せ!」


「分かりました、国王様」


 ミゲルは言いながら立ち上がり、俺達を見る。

 フィンスケとユーリは臨戦態勢に入り、それを見て俺もミゲルからの攻撃を待つ。

 と、


「――へ?」


 世界が回転した。体が浮遊し、扉の外へと投げ出される。

 居たはずのミゲルは刹那の間に姿を消し、俺を持ち上げて投げ飛ばしたのだ。ユーリも勿論俺と同じだった。しかし、


「す、すげえ」


 俺は素直に感心した。流石は勇者と呼ばれただけある。

 ミゲルの不意打ちをものともせず、全て攻撃を避けている。それどころか、何度か攻撃をしている。もはや、フィンスケが優勢と言っていいだろう。

 ミゲルが右拳をフィンスケの顔面へと振るうと、フィンスケはそれを左手を当てる事で回避。そして姿勢を低くして右肘を腹へ入れる。が、ミゲルは間一髪で、手でそれを受け止め、それから押し返し、地面に手をついて足でフィンスケを転ばせようとする。しかし、フィンスケは跳躍し回避。だがミゲルはそれを見逃さず、また地面に手をついて自身を回転させ、横に一回転してフィンスケの腹を目掛けて脚を入れる。これにはフィンスケも対応できず、腕を出すことで防御する。

 しかし、


「ッ!!」


 フィンスケは一瞬蹴られた所で一瞬止まるも、一気にミゲルの力で吹っ飛ばされる。そして、俺達と同じ、扉の外へと出てきた。


 あのミゲルという男は、魔王を討伐したという勇者に勝ったのだ。

 只者じゃない。それだけは分かった。敵に回してはならない、もしかしたら、最強かもしれない存在。

 ミゲルという男、計り知れない・・・。

 と、


「ちょっとどう言うつもりよ!あんた謝礼金出しなさいよ!」


 ユーリがよくわからない事で怒っている。いや、分かるのだが、今怒る所なのか?と感じる。

 すると、ミゲルは大きめの袋を俺達めがけて投げた。


「謝礼はしっかりと出す」


 これにユーリは「当たり前よっ」と起こり気味に言って、謝礼の中を見て一喜び。

 それからミゲルは「それと・・・」と言葉を継いで、


「この事はくれぐれも口外してくれるな。今度こそ貴様らの首が飛ぶぞ」


 そう言って扉を閉めた。

 最後のミゲルの顔、アレは本気の顔だった。あの強さの彼が捕らえようとすれば、簡単に捕まってしまうだろう。


「くっそ・・・暫くぶらついてたから腕が訛なまってた。あんなゴミ虫野郎に負けるなんて・・・絶対復讐してやる・・・」


 ブツブツとフィンスケが怒っている。あの戦闘を見せておいて腕が訛っている、なんて、とんでもない奴だ。遠吠えしてるだけなのかもしれないのだが。


「貴様ら、国王さまにお呼ばれした者共だな?出口へ案内する。ついてこい」


 座ってグダグダしていた俺達に、邸内のの兵士が声をかけた。


「やだね、俺は人の言うことなんか聞かない」


 それに対してフィンスケはそう吐き捨て「報酬はお前らが好きに使え」と言って窓から飛んで行ってしまった。


「行くわよ」


 ユーリは何の文句も言わず兵士について行くみたいだ。俺もユーリと共に兵士について行った。


 しばらく歩くと、出口の前まできた。扉に手をかけてから、兵士は俺達の方を向き、


「お前達は顔を知られてしまっている。寝床は私たちが用意しよう。なに、心配はいらない。貴様らに何かあるようならミゲル様が黙っていないだろう。しっかりと鍵もある。信用してくれ」


 そう言って扉を開いた。


「どうするよ、怪しくないか?」


 俺はユーリに小声で言う。


「でも無料よ無料!お金もたんまりあるし、これ程いい条件はないと思わない?」


 ユーリは報酬が思ったより多かったらしく、かなり上機嫌だ。


「でもなぁ・・・。まあユーリがそう言うならいいか」


 ユーリ機嫌を損ねたくないというのもあるが、そこまで疑っても、結局殺す気ならどこの宿に泊まっても殺されるし、泊まる場所なんかどうでも良いから無料を選択する分には構わないわけだ。

 そして俺はユーリと共に兵士に案内された小さな小屋に入った。


「ところで、フィンスケはいつ帰ってくるんだ?」


 俺はなんとはなしに思った事をユーリに言った。


「帰ってこないわよ」


「うそ!?」


 平然とユーリは一番の戦力が帰ってこないと告げた。


「そんなことより」


「そんなこと!?」


 ユーリが話を変えようとするが、流石にそんな終わり方はないと思う。フィンスケだって可愛そうだし。そもそも帰ってきて欲しいし、来てくれないと俺が危険だし。


「落ち着きなさいよ。それで、ハル、なんで特能を使えたの?」


 特能、また出て来たな。

 メデューサの手袋だっけか、それの特殊能力って話だが、たしかに俺も気になっていた。


「俺にも分からない。なんか、死にたくない!って思ったら急に世界の色が変わって・・・」


「それ!メデューサの手袋の特能よ!まさかそれって・・・」


 ユーリが俺の手を取り、つけていた手袋を外す。

 そしてそれを裏返して、


「なんであんたが持ってるの・・・あ!」


 ユーリが何か思い出したように俺を見た。


「あの時・・・!!」


 なんか自己解決したみたいだ。

 が、勝手に盛り上がって俺を置いてかれても困る。第一俺が当事者だ、知る権利くらいあるだろう。


「あの時、って何だ」


「あの時はあの時よ。デュアークに強制的に空間移動させられた時」


「は?」


「だから、あんたの家に召喚のような形でさせられた時なのよ。その少し前・・・」


 それからユーリに色々と聞いた。

 話によると、ユーリは俺の家に現れる前まで魔王と戦っていたらしい。そして、やっとの思いで魔王と対面したら、そこにはフィンスケがいて。その時に魔王の策略にまんまと引っかかり、ユーリは魔王に捕まったと。その策略っていうのは、強制的に空間移動をさせる穴を作るということで、ユーリがその穴に吸い込まれてく中、フィンスケの手を掴んだら『メデューサのグローブ』が外れてそのまま吸い込まれてしまった。ユーリと共に吸いこまれたグローブはハルの部屋にたどり着いたというわけだ。


「なるほど、な」


 この話で、ユーリが魔精隊長であると言うことに信憑性が出てきた。もし、フィンスケがユーリと全く同じ話をしたとすれば、もうユーリの言っていることが正しいと言っていいだろう。


「で、今度は俺の番だ。俺はフィンスケが欲しい。今後一緒にいてもらいたい、そのためにはどうすれば良い?」


 とにかく、今の俺にとってフィンスケは最大の力である。あの力は今後絶対必要になってくると、俺の勘が言っている。


「・・・あんたってそういう趣味だったの?」


 なんか盛大に勘違いしてるみたいだ。自分で言っておいて面白いくなってきた。


「あ、いや、そうじゃなくて!戦力的な面だ」


「あ、そういう事ね。多分だけど、フィンスケは帰ってこないわよ?ここには。だから、見つけて説得するしかないけど、あいつが本気で動こうとすればこの世界の果までほんの数秒で行っちゃうから」


 やっぱりあいつは凄いんだな・・・。

 そうなのだとすれば、俺はもうユーリの力に頼るしかない。そんな女々しいことはしたくないのだが・・・。

 話が一旦止まり、一段落付くと欠伸が出てきた。今日もまた、長い一日だった。朝っぱらから捕まったり殺されかけたり殺されかけたり・・・。やっぱりフィンスケ必須だな。

 そう思って、苦笑いをしながらベッドに横になる。心身ともに疲弊しきった俺は、秒単位で眠りについた。


 

✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱


 

 瞼に、熱い光を感じる。やはり眠ってしまったようだ。

 それはそうと、俺は異様に異物感を感じた。何かが、おかしいと感じた。寝転がっていたベッドはもう少し硬かった気がするのだ。枕はもう少し低かった気がするのだ。

  ゆっくりと目を開くと、そこには、ある筈の、寝る前に見た少し綻びた木の天井はなかった。代わりにあったのは、綺麗な、シャンデリアの飾ってある手入れし切った天井がだった。


「ハルですよね!」


 俺の顔を除いて、メイド服を着た美形の女性が、俺の目の前に金色の綺麗な髪を垂らしながら言った。


「十年間待ち続けてました、ハル!」


 そう言って、ニッコリと笑った。

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