1章『自強化』

どうすれば良いのか、殴り合う覚悟こそ決めたものの、どう殴り合うのか、この危機をどう脱するのかは考えていなかった。


「気をつけろ、奴らはドラゴンを討伐している。もう一人は凶悪犯と聞いている」


 なんかよく分かんないけど時間をくれるみたいだ。

 すると、先程までユーリが纏まとっていた赤い煙が分散して消えた。


「ユーリ・・・魔力は大丈夫なのか?」


 フィンスケが、横目にユーリを見て言う。

 魔力・・・ユーリが生命力とか言ってたか?いまいちその魔法とかについて分からんな。俺も使えたらここで十分に役に立ってたんじゃないのか?

 本当に今まで魔法が使えればと思っていたのに・・・。この世界なら、もしかしたら・・・?


「大丈夫よ、またやるわ」


 ユーリがそう言って、ブツブツと何かを言い始めた。またやる・・・魔法のことだろうか。だとすればこのブツブツ言っているのが詠唱なのだろう。


「フィンスケ、俺は魔法を使えるのか?」


 取り敢えず聞いてみた。ユーリは詠唱中だから、聞いてはいけないだろうと思ったからな。


「無理。俺は人に教えるのは苦手だ、聞くならユーリだが、今は詠唱してる」


 思った通り無理だ。

 だが、戦う術はある。俺にはある程度鍛えたこの筋肉だ。ゲーセンの不良は壁にめり込ませたし、路地裏の不良はフィンスケだったからか、そこまでの力は発揮されなかったが、とにかく今の俺は個体として強い。

 だから俺はなりふり構わず立ち向かう事にした。

 

「らぁ!」


 俺は走って、鎧を付けていた一人の兵士の胸を殴った。

 が、


「痛っ!」


 鎧なだけあって非常に手が痛い。赤くなってジンジンする。

 すると「フンッ!」と、兵士は持っていた槍の柄で力強く俺の腹を殴った。

 圧迫される不快感と表面を殴打された痛みに襲われた。胃が逆流して胃酸が出てくる。ここ最近何も食べてなかったため、嘔吐物はほぼなかったが、喉は痛くなる。

 俺はそのまま地べたに崩れ落ちてしまった。


「死ね!」


 俺を殴った兵士は大きく槍を振り上げ、その先を俺に向けて振り下ろした。


「何やってんだお前!」


 フィンスケが怒鳴るが、それはもう俺の頭上まで来ていて、出来た防御は右手を顔の前に出すことだけだった。反射的に目を瞑り、その刃を待った。

 刃が来るの、またか。今度と言う今度はもう助けは来ない・・・。


「だから遅いって!!!」


 俺は目を大きく開き、もう何度目だと言いたくなる状況にツッコミを入れた。

 と、


「・・・え?」


 今度は新展開だ。槍が折れていた。衝撃は全く感じなかった。今度はユーリの助けはない。つまり、


「俺が・・・やった・・・?」


 直後、正面の兵士の姿が消えた。そこには代わりにユーリが浮いていて――。

 ユーリが物凄い勢いで吹っ飛ばしたのだ。そのユーリはまた赤色の光を纏っていた。

 強化魔法か、身体強化をするとあの赤色の光を纏うわけだな。


「ユーリ!その魔法を俺にもかけてくれ!」


 俺は着地したユーリに向かって言った。


「はぁ!?本気で言ってんの!?そんなの出来るわけ・・・」


 と、ユーリが表情を変えた。


「なんで出来てるのよ・・・」


 目を大きく見開いて、ユーリがおかしな汗をかいている。何が何だか分からなかったので、ユーリが見ている所を目を追って見てみると、そこは俺の右腕だった。

 赤色の湯気が、俺の腕から出ている。右腕が熱い。これが強化魔法なのだろうか。力が、漲ってくる。


「はっ・・・はっはっ!っはっはっはっはっは!」


 俺は次々にくる兵士を赤く光る右腕でなぎ倒す。素早く腕を振るうと、赤色の残像が輝いて見える。

 カッコイイ!


「どらぁぁぁぁ!」


 ユーリとフィンスケはまだその場を動けずにいる。その顔からは驚きや焦りが見て取れる。


 気づけば兵士は俺を攻めに来なくなっていた。


「お前らはもう降参しろ」


 残り十数人となった兵士にそう言って、赤く光る右腕を集団に向けた。

 悲鳴を上げながら兵士達は後退する。流石に無意味に傷を負いたくないのだろう。

 すると、


「ちょっと!見せて!」


 ユーリが勢い良く俺の手をとった。


「なんで・・・私の・・・・・・」


 酷く驚いている。と言うより、驚きを通り越して怯えている。それ程、強化魔法をかけるという事が不可解だったのだろう。


「そんなにおかしいのか?」


 俺が何も考えず聞くと、ユーリは


「おかしいに決まってるじゃない!」


 と俺の目を見て言った。

 顔めっちゃ近い・・・。

 それからユーリは、背伸びして俺の目の前に顔を出していたため浮かせていた踵を下ろし、腕を組んで目を閉じた。


「魔法が何か、分かる?」


 落ち着きを取り戻して来たみたいで、段々と口がゆっくりになってきた。


「分かんないけど」


「やっぱり・・・ほんと似てるわね」


 ユーリは大きく息を吐きながらそう言って、「いい?」と前置きし、


「まず魔力の説明から。魔力っていうのは、人間ヒトの生命力そのもの。その生命力の内、使う、使われるものを魔力って言うの。つまり、魔力は使いすぎれば死ぬわ。そして、その魔力によって魔術式を介して非自然現象を具現化したものが魔法。あとね、生命に個体差があるように、生命力にも個体差があるの。生命力に個体差があるのだとしたら、魔力に個体差があるってことになるでしょ?なら、魔法にも個体差、つまり個性が出てくるわけ。例えるなら、火魔法がわかりやすいわ。その基本体は「指定したある一部を発火させる」なの。でも、個体差があるから、基本体の火魔法を使う人もいれば、私みたいに、手から龍の如く火を噴く魔法を使える場合もあるわけ。で、ここからが本題。まず私が使ってたのは身体強化魔法なの。でもね、身体強化って、あんたの家にあった本みたいなのとは違う。自身が強化されるのではなく、魔法の膜で強化してるかのようにするわけ。わかる?強化服を着てるみたいな状態。それでね?私は私にあった私だけの身体強化魔法を私にかけてるの。だから、私の強化魔法があなたにかかってるのはおかしいのよ。まあ例外として国王様の強化術が挙げられるけどね」


 一気に説明されてなんだか良く分からない。頭上にハテナが三つぐらい浮かんでいる気がする。


「んん・・・簡単に言うとどういう事だ?」


「あんたと私の服のサイズが同じだと思う?」


「一気にわかりやすくなった!」


 つまりはあれだ、パワードスーツを着るにあたって、それがある人の為に作られたパワードスーツなのであれば、その他の、ましてや身長が大きく違うようなやつが着て使いこなせるはずが無いという事だ。

 なら、なんで俺は?


「それを考えてるんでしょ!?」


「俺何も言ってないけど!」


「・・・え?」


 ユーリがまたも言葉を失った。と言うか、前も心の中読まれた気がするんだけど、今回は聞こえたの?

 不思議な事象について考えていたら、


「国の兵士を、たった三人で・・・・・・?」


 よく分からん白髪の爺さんが指を指して言ってきた。


「最低五年間は訓練を積み、さらに採用試験には学力、魔力、体力全てが備わっていなければならないというあの国の兵士を・・・っ!」


 説明ありがとう。

 って、おかしくないか?一年前に敵の魔王軍の頭領が討たれたんだろ?敵国がいなくなった後なのになんでそんなガチガチの兵団を用意する必要があるんだ?ただ単に公務員として動いているのだろうか、それとも、他にも戦う相手が・・・?

 すると、


「そこの三人!」


 今までの兵士とは一風違う、馬に乗った、真っ青な鎧を着た青年が現れた。


「国王様からの伝令。今から王城に参れとのことだ。馬車は用意してある、ついてこい!」


 俺は迷わず馬車の方へ向かう。国王に会えるのだ。それに、何かありそうでもユーリやフィンスケがいるし。


「俺は嫌だね」


 フィンスケが青年に言った。


「まずお前に命令されるのが気に食わない。次に国王に命令されるのが気に食わない」


 先ほどの騎士は激昂したが、青年は国王という呼び方にもさほど反応を見せない。


「何故だ、貴殿には魔王討伐を任せられるのかも知れないのだぞ?光栄なことだとは思わないのか?」


「思わないね。あんなクソザコジジイ」


「ちょっとフィンスケ!」


 ユーリがフィンスケを咎める。

 青年もこれには肩をピクリと動かし反応するが、それでもやはり平常心を保っている様子だ。


「報酬が出る。それだけでも受け取って行くと良い。取り敢えず馬車に乗るんだ」


 フィンスケの男への態度は依然として変わらず、ただただ敵意を見せていた。しかし、ユーリが「行こ?」と言うと、フィンスケは少し顔を赤らめ、照れを隠しながら、


「そこまで言うなら・・・」


 そこまでって程言ってないが、まあいく気になったみたいだ。


「じゃあ、行くか」


 俺たち三人はそれぞれ違う表情で、違う理由で馬車に向かって行った。

 こうして、俺はもう一度、国王に会いに行くことになった。


 

✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱ 


 

「来たか」


 国王は少し階段を上った先にある、ゴージャスな椅子に座って俺たちを見下ろしながら言った。


「来たかじゃねぇよ。てめぇが呼んだんだろうが」


 俺は「来たか」を国王の顔真似をしながら言い挑発する。

 少しの間俺とギラギラした服を着ているおっさんは睨み合うと、おっさんの目が急に怖くなる。


「うっ・・・」


 危ない危ない。こう言う悪には臆してはいけないのだ。

 しかし、おっちゃんは本当に強いのだろう。漂うオーラが、その気迫が、表情が、実力の全てを物語っている。


「ちょっ・・・あんた誰よ!」


 ユーリが突然国王を指さして言った。

 ちょっと待て、誰って国王に決まってんだろ。決まってんだろってなんかユーリみたいだけど、いやそんな事は置いといて。少なくとも魔王討伐軍は二つ以上の軍団によって構成されている。勇者がリーダーの軍団と、ユーリがリーダーの魔精隊。

 でだ、リーダーが国王と打合せしないはずがない。いや、打ち合わせをしないにしても、今回の様に実力を認められたら呼ばれるはずだ。なのに、ユーリが知らないなんて・・・考えられるのは国王が偽物、もしくは国王が代わったのかだ。

 だが、フィンスケは国王と面識があるかのような発言をしていた。つまり、国王が代わったのだ。となると、ユーリが面識が無いのも無理ない。


「これは失敬。紹介が遅れたな・・・私を知らない民がいるとは思わなかったのでな」


 少し王とユーリが見つめ合うと、ユーリが先に目を逸らし、今度は青い鎧を着た青年を見た。


「ちょっと、そこのあんた。出ていって」


 ユーリがそう言うと、青年は国王を見て指示を仰ぐ。


「行け」


 国王が青年と目を合わせながら、そう一言言うと、小さくお辞儀をして青年は部屋を出ていった。

 それからワンテンポ置いて、ユーリが話し始める。


「私、物凄く嫌いな人種がいるの」


 何を言い出すかと思えば、人種差別か?関心しないな。糞ガキ認定するぞ?


 言って、ユーリは少しためてから、


「貴族よ」


 人種って言わない気がする。


「それでね、あんたから国王様の特有の魔力が感じられないのよ」


 そう言えば魔力に個性があるって言ってたな、俺は全く何も感じないけどこの世界の人はみんな感じるんだな。


 国王は目を細めて、少し顔を上に向け、見下ろすようにしながら言う。


「ほう・・・。珍しいな。魔力を感じられるのか」


 皆出来るんじゃないよかよ。


「ただ私が感じるのは、くっさい貴族の香りよ」


 ユーリは顔を少し下に向け、上目遣いで国王を睨む。久々に目に赤色の光を宿している。目が赤いからか、時々ユーリの目は赤く光るのだ。さらに光る時はいつも何がしかの感情を秘めている時だ。

 直接ユーリがそういったわけではない。だが、直感的に分かる、今はキレていると。

 今までのユーリと言う女を見て思うに、国王は、彼女の嫌いな何かをしてしまったのだ、もしくは、何かをしてしまっていた、何かをしたことがあるのだと考えられる。――だが、ユーリは先程、魔法の説明をしている時や、特有の魔力が感じられないと言った時に「国王様」と敬意を持った話し方をしていた。


 これが表すのは即ち――


「お前は、王の殻を被った偽物なんだろ」


 睨み合うユーリと国王を割って入って、俺が結論を告げる。


「ふっふっ・・・。そう・・・思うのか」


 国王は、言いながら右の掌を上向きに差し出し、例の黒い玉を作り出した。途端、その玉を中心に強い風が吹き出す。その風が玉の威力を物語っていて、国王のその余裕の表情からも俺達がそれに敵いっこないという事を感じる。

 何だかよくわからないが核心をついてしまったのだろうか、かなりの急展開だ。

 と、


「あーそう、そっちがその気なら・・・」


 ユーリが何かを唱え始めた。聞いたことのない単語を複数個並べる。


「・・・あれ?・・・え?」


 二、三個の単語を言うと、ユーリの口が止まった。


「何で魔術式が出てこないのよ・・・」


 そう言って、また同じ様に二三個の単語を言う。が、なんの変化も起こらない――ユーリの周りには、だ。


「お、おい・・・ユーリ・・・何これ」


 それは、神秘的とも言える、非現実的な光景だった。見たことのある、見たことの無いものだった。俺の憧れた、一生かけても手に入れることの出来ない筈のものだった。

 思えば、俺は一つ、魔法を経験していた。身体強化の魔法だ。だが、それは俺の望んでいるものでは無い。俺が見たいのは、俺がしたかったのは、そう、手から火を出す様な、風を吹かせる様な、物を操る様な、誰にも真似のできない、俺だけの、物理を超えた、非科学的な、超常的な現象。俺という男を、人間を、世界で一番際立たせる特技。世間に俺の能力を認めさせる、体感的な力。

 それが今、顕現されつつある。


 俺の右の掌から少し離れた所だ、そこには、俺の想像通りの、二つの綺麗な赤色をした魔法陣が展開されていた。なんでか、右腕が熱い。魔法のせいだろうか。


 そして、ユーリはそれを見た途端、血相を変え、手を小刻みに震わせながら言った。


「何であんたが・・・私の魔法を・・・・・・」


 そんな険悪な雰囲気を無視して、俺の手の前に現れた魔法陣は、ただただ一定の速度で回り続けていた。

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