1章『実力』

――ドラゴン

 それは世界一の強さを誇る生物で、その姿が景色に見えたら人は愚か、魔族をも恐れさせる。口からは火を吹き、その巨体を宙に浮かす大きな羽は家の屋根でさえ耐えきれない風を巻き起こす。硬い鱗で身を守るそれは、世界中で伝説となっている。


 

✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱ 



「な、何が起きたんだ!」


 宿の中にいながらも感じる熱気。夜中なのに明るく照らされる部屋の中で、俺は状況を把握できずにいた。


「ど、どうしろって・・・いや、連れの二人はどこだ・・・っ!」


 俺は従業員の肩を持ち、勢いよく問いかけた。


「お二人は・・・その・・・」


 彼女は言いづらそうに斜め下を見た。

 ああ焦れったい!時間もないのに! 


「どうしたんだ、言ってみろ」


「・・・飛び降りました」


 ちょっと何言ってるか分からない。


「もっかい言って?」


「二人は、そこの窓から飛び降りました」


 直後、窓の外を猛火が通り過ぎる。

 これを見て俺は今起きているのがただの火事ではないと理解した。

 通常の家事ならば精々斜め下から上に炎が舞う程度だ。しかし、俺が窓で見たのは斜上からの炎だ。


「・・・なんだ、今のは」


 俺は窓を眺めて、従業員に問いかける。


「レッドドラゴンです、なんでこんな街に来たんだか・・・」


 悔しそうに俯く彼女は、それから俺の手を取って言った。


「早く逃げないと、あなた死にますよ!」


「でもユーリが!」


「だから!飛び降りたんです!」


 ・・・要するに、ドラゴンを見て自殺。と言うより、火事で地面が近く見えてしまうやつか・・・くそっ。

 だが、勇者ともあろうものがドラゴン程度で自殺・・・?


「ドラゴンって、どのくらいやばいんだ?」


「あなたそんなことも知らないんですか!」


「いいから!」


 双方焦りイライラしながらも、どうにかそれを静めて、会話を続ける。


「・・・ドラゴンはレベルで言うと五十二です」


「それって、そんなにやばいのか?」


 おそらく俺らの常識通り百レベルまである中の数字で危険度を示すのだろう。それが五十二。イマイチじゃね?


「ヤバイに決まってるじゃないですか!とりあえず逃げますよ!」


 そう言って怒っている女性の顔を見つめる。

 逃げる・・・?その前に!

 俺は急いで窓から顔を出し、炎に包まれる街の姿を見た。地面には・・・。

 確認しようとしたその時だ。ドラゴンの顔が上部から降りてきた。それは今にも口から火を出しそうで、目には赤い光を宿していた。

 そのドラゴンと目が合って、俺は圧倒され動けなくなる。

 俺を見つめる赤龍は、顔を正面に向けて口を開き、火を吐き出さんとしている。

 それのせいか、体が熱い。まるで火の中にいるような・・・って火の中にいるのか。


 すると、ドラゴンは口を勢いよく閉じた――否、閉じさせられた。

 何かが顎にくい込んで、割れたその顎の間に見えたのは・・・フィンスケ?

 そこには、足を大きく開いてドラゴンの顎を蹴る男の姿があった。

 吐こうとしていた炎は口の中に収まり、鼻からその一部がはみ出していた。あと一歩遅ければ俺は焼け焦げていたことだろう。


 ドラゴンは街の大きな路地に沿って、豊かに膨れた腹を上向きにして倒れた。

 直後、その上空から何者かが降ってきて――


 腹に膝を入れたのはユーリだった。


 ドラゴンの薄黄色の腹は大きく凹み、ドラゴンは口から赤色の液体を出した。恐らくあれが血なのだろう。


 すると、先ほど龍の顎を飛び蹴りしたフィンスケが降ってきた。手には黄色く光る剣のようなものが。だがそれは実態を持っていなかった。取っ手のないビームサーベルと言ったところか。

 ニート面の勇者はドラゴンの首向かって光の剣を振り下ろした。


 

✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱


 

 日が登り、街に明かりが照らされた頃、既に消火活動は終わっていた。

 避難していた住民は街広場――ギルド前に集まった。

 その中心にはドラゴンを倒したと言う者二人がおり、それはやはりユーリとフィンスケだった。

 フィンスケは体育座りでずっとどこか遠くを睨んでおり、ユーリは腰に手を当てて威張っている。


 住民はかなり困惑しているようで、ドラゴンが倒されたという話は誰も信じていないようだった。いや、信じていないというよりも、信じられないといった様子だった。

 誰もが「そんな筈は無い」と、そう感じているようだった。

 すると、


「本当に君たちが・・・?」


 避難民のうち一人、年老いた男性が声をかけた。

 大衆の疑問をまとめた様な一言は全員の耳に届き、その男性を代表として全員がこれから始まるであろうやり取りに耳を傾けた。


「ええ!もちろんよ!」


 ユーリは嬉しそうに鼻の穴を膨らましている。

 フィンスケは依然としてどこか遠くを見つめている。

 俺は大衆とユーリとのやり取りを少し離れた所から見守っているが、正直彼女ら二人があの巨体を倒したなど誰も信じないと思う。俺だったら信じない。ロリとニートが街を救うなんて、どこの世界の話だ。

 しかしながら、この街を助けたのは確かなのだ。そんな二人の善行を水の泡にすると言うのは非常に意地の悪いことだとは思わないか。

 報われない努力ほど、認識されない善意ほど、評価されない労力ほど無念なものは無い。

 本当は嫌だが・・・仕方がない。


「あのー・・・」


 俺は手を挙げながら大衆に向かって言う。

 人々の視線は一斉に俺に向いた。

 緊張でちびりそう。


「彼らがドラゴンを倒すところを見ました・・・何より、魔精隊?ですよ、彼女は」


 すると、人々の視線は一斉にユーリに向いた。


「そうよ!私はあの!魔精隊の隊長!ユーリよ!」


 言葉を聞いて一気に大衆がざわめく。

 うち一人、五十代の白髪男性が言った。


「おいおい、不謹慎な事言うもんじゃねえぞ嬢ちゃん。ユーリさんはもうとっくに亡くなった」


 ・・・もう死んでいる?どういう事だ。姿を消したと言うならまだしも・・・。ただ、この件についてはまだ謎のままだが、今のところ解き明かせそうにないということはもう分かっている。

 だから、


「ま、まあとにかく・・・」


 話を戻そうとした時だ。


「私も見ました!」


 俺の言葉に重ねて出てきたのは、宿の従業員だった。


「フィーネちゃんじゃあないか」


 白髪の男性は従業員に見覚えがあるようで・・・


「フィーネちゃんだ!」


「フィーネお姉ちゃんだ!」


 幸運な事に、彼女はなかなか人望の厚い従業員だったみたいだ。なら、彼女から言ってくれれば・・・


「二人はドラゴンを討伐していました!」


「ってことはまさか本当に・・・」


 一人味方についてくれたことで、その信用は伝染していき、いつの間にか皆信じ始めていた。


 よしっ!ここで畳み掛ければ!


「こうやって俺達は街を守ったりして冒険をしているんだ。でも、ずっとボランティアでやっていて・・・お金が無くて・・・」


 俺は善良な冒険者を装った。すると、


「なら、うち泊まれよ兄ちゃん!」


 よし来た!

 小太りの中年男性が、住むところを提供してくれるみたいだ。


「それでは・・・遠慮なく宜しくお願い・・・・・・」


「ちょっと待てよ」


 三人組の青年が待ったをかけた。


「そこの二人はともかく・・・なんでお前まで泊めなくちゃならないんだ?」


 うわっだるコイツ!お前が泊めるわけじゃないだろ!


「い、いや、俺がいつも彼らのリーダーとして生計を立てていてだな・・・」


「あ!あの人!」


 今度は小太りの夫人が俺に声をかけた。


「昨日の露出魔じゃない!?」


 このタイミングでいうか!

 俺は顔に手を当てて昨日のことを悔やむ。


「あ!お前!」


「今度はなんだ!」


 勢い良く声のする方を見る。

 今度は鎧姿の男性が俺に指を指しており・・・下に履いているのはよくわからないズボンだった。

 あの時の!

 思い出しただけで笑いそうになる。


「俺の装備を盗んだやつだ!」


「人聞きの悪い言い方するな!借りただけだろ!」


「まだ返してないじゃないか!」


 今度は低いどよめきが。民衆は完全に俺の敵となってしまった。


「この盗人露出魔!」


 指を指しながら例の三下が俺に向かって叫んでいた。

 その姿は何とも子どものようで。


「ぶふぅっ」


 ああ、いかんいかん、あの時の鎧姿を思い出してしまった。

 すると、大衆の中から、誰だか分からないが叫び声が多数聞こえてきた。

 それは全て罵声の言葉で。


「何笑ってんだ!」


「ドMだ!」


 あぁ、なんで堪えられなかったんだ!

 すると、集団の中から小さな石が飛んできた。


「ふざけんなこの野郎!」


 完全に俺は敵と見なされてしまったみたいだ。

 ユーリに目を向けて助けを求めるが、ユーリは笑いをこらえるので精一杯のようだ。

 くそっあのロリっ子め!

 飛んでくる石の量は段々と増していって、丁度倒壊した建物などの破片が散らばっているためかその勢いは劣ることを知らずに俺に襲いかかってくる。

 守る術と言ったら下につけている鎧で。

 俺は地面に寝て足を大衆に向けることで石から身を守った。

 流石にユーリも助けるだろうと、目を向けるが、彼女は腹を抱えながら地面を叩いて笑っている。

 ガンガンと鳴る鎧で頭が痛くなってきた頃、


「やめて下さい!」


 フィーネと呼ばれていた従業員が叫んだ。

 勢いを増してすらいた石の雨は見る見るうちに去っていき・・・。


「私の宿に泊めます!もう皆さんは自身の家に戻って再築するかその手伝いをするかしてください!」


 美人なだけでなく優しい従業員とはっ!


「あ、ありが・・・」


「その格好いい加減笑っちゃうのでやめてください」


「えっ・・・」


 そう言えばと言わんばかりに俺は自分の体を見てみた。

 途端顔に熱が集中した気がする。それはすっごく恥ずかしい格好で、V字に少し足を浮かせていた。


 

✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱


 

「ゴホンッ」


 俺は一つ咳払いをしてフィーネに告げる。


「改めて、助けてくれてありがとう・・・」


「いえ。あなたがいなかったら、二人は宿に泊めてもらえてなかったと思います。あなたは優しい人だと分かりますから」


 優しい笑みを浮かべながらそう言うフィーネは、さながら天使のようで。


「部屋はこちらをご利用ください、それでは」


 案内されたそこは昨日泊まった部屋と同じだった。何故か宿には全く被害がなかったようで、窓が割れていないどころか壁に焼け跡一つない。やはり神は見ているんだなぁと思いつつ、俺は一人で使うには少し大きいベッドに横たわった。


「ふぅ」


 溜息を吐いてから頭の中を整理する。


「なんだか・・・めんどっちいな」


 立て続けに色々と起こりすぎて疲れた。

 ・・・そういえば、ヨウリの夢久々に見たな。あれ以来ヨウリは見てないし・・・。

行方不明らしい。見つかったのはスカートとパンツのみで、熊に食べられた、と言うのが結果知らされたことだ。

思い出して泣きそうになる。

 そういえば、ヨウリとユーリって何だか名前が似てるような・・・


「うっ・・・ぐっ・・・・・・あぁっ・・・」


 痛い、痛い痛い痛い痛いっ!

 突然、異常なまでの頭痛に襲われた。揺れるような感覚に内側をドンと殴られるような痛み。同時に襲ってくる吐き気。



 その痛みはしばらく続き、悶え苦しんでいると、俺はいつの間にか眠りについてしまっていた。


 迎えた朝は意外とスッキリしていた。気持ちよく起床できると思ったのだが、外はざわついていて・・・。

 窓から外を見てみると、路地にはギラギラと輝く馬車が何人もの兵士や騎馬兵とともにゆっくりと進んでいた。それは見るからに「重要なお偉いさん」を運ぶ乗り物のようだった。

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