1章『勇者という男』
「おい・・・嘘だろ?」
ざわついているこの街の中、道のど真ん中で突っ立っている俺は、手を震わせながらも顔の前に持ってきて、自身の生存を確認する。
夢・・・じゃ無さそうだな。頬をつねってみて、痛みを感じる。ぶっちゃけ夢でも痛みを感じることはあるため断定はできない。しかし感覚で分かる。身体に張り巡らせている神経が、吹き当たる風が、街のざわめきが物語っている。夢ではないと。
俺はすぐにユーリの姿を確認する。俺の腰辺りにユーリが居ることに安心感を覚えるが、それは同時に焦りも呼び寄せた。この状況により現実味が出たからだ。
俺は少しの間頭をフル回転させた。何故ここにいるのか、ここは何処なのか、安全なのか危険なのか、どうやったら帰れるのか。そして疑問をまとめた時だ。周囲の人や、人と呼んでいいのか分からない獣人の視線が全て俺に向いていることに気づく。
まるで時間が止まったかのように立ち尽くして俺を見るその顔は、一人一人が驚きの様なものを宿していた。目を隠そうとして隠さない謎のポーズで顔を赤らめている人もいた。
すると、
「そこのお前!」
男の声が街に響く。今まで俺を見ていた周囲の顔は、一斉に声の主の方へ向く。
なんだなんだ?
ガッシャンガッシャン音を立てながらこちらへ来たのは、若い青年だった。すっごく動きずらそうに息を切らしている。
これは人と呼んでいい見た目だが、身なりが問題である。王国のザ・三下の様な格好のコイツは淡青の鎧をまとっており、RPGでさまよってそうな鎧姿だ。
「貴様!何とも怪しいヤツめ!王城に来い!」
理不尽!
「ちょ、ちょっと待て!何が怪しいんだ!」
「服装もそうだが・・・第一!下半身だぁ!なんだその格好は!バカにしているのか!」
バカにしてねぇよ!
そう思いながらも、その言葉を聞いて、俺は恐る恐る下半身に目をやった。だが、そこには赤茶の髪の少女がいるだけである。
俺はしばらく頭上に疑問符を浮かべて固まった後、物凄く嫌な予感を感じ、ユーリを引き剥がして見る。
――!
まあ、息子が自身のボディを見せびらかしているではありませんか。
「い、ぃぃぃいや!ちょっと待て!この格好にはハル君も驚きだ!っていうかキレてないでなんか隠すもんよこせ!」
言った途端、ユーリの顔に驚きの顔が見えた気がするが・・・気のせいだろうか。
「なんだ貴様!変な事言いおって、バカにしているのか!」
バカにしてねえっつってんだろ!
引き剥がしたユーリを、服のなくなった俺の下半身へと持ってくる。直後、「うわー!」や「きゃー!」と言った俺に対する悲鳴が上がったが、構わずそのままで話を続ける。
「取り敢えずその鎧よこせ!」
俺は正面でプンスカしている三下を倒し地面に寝かせつけ、マウントポジションを取って鎧の下半身を奪おうとするが、戦士的な格好をしているだけあって男の力もなかなかに強い。転がったり押し付けたりを何度か繰り返し――
『ハァ、ハァ』
呼吸音が重なる。息を切らせて見つめ合う俺と三下の姿を客観視すると、なかなかに滑稽である。だが、勝負はもう決している。
俺の勝ちだ。
「じゃあ、また会おうな三下坊主」
俺史上最悪の不敵な笑みを浮かべて、そう言い放って下半身を脱がされた三下を置いていった。だが、上半身だけ鎧の彼の姿は何とも面白くて、もう一度チラ見をし、
「ぶっふぅぅぅ!」
と吹き出す。そしてまた歩き出した。背後で「くそー!」という声が響くが、見ない方が彼のためである。
ところで、ユーリが非常に静かな気がするが・・・何があったんだ?
ユーリが居るであろう腰付近を探すと、背後に愛らしく笑うユーリの姿が。
彼女が笑う理由がわからない。見える景色が変わったのだ、見たことの無い世界に突然現れたのだ。俺はともかく、彼女は何故笑っていられる?おかしくないか?
「お前、なんでそんな嬉しそうなんだ」
俺はユーリに理由を聞くが、彼女は待てと言わんばかりにこちらに掌を見せ、ただ笑うだけで、それっきり何もアクションを起こさない。
それからしばらくフラフラと歩き回った。ジャージに鎧と、訳の分からない服装の俺はすれ違う人という人に見られ、それは段々とストレスに変わっていった。
だから取り敢えず人目につかない路地裏に入り、状況確認と行く事にした。壁に寄りかかって、ジメジメとした地面に座りこむ。
「よし、ユーリ。この状況、何か知ってんだろ?答えろ」
俺が息を吐くように言うと、今度は笑ってはいないが、ユーリはまたこちらに掌を向けるだけだ。
はぁ、キリがない。
「分かった。それじゃあ俺が聞き込みに行く」
そう言って立ち上がろうとするが、ユーリは俺のズボンの裾を摘み、それを阻む。
何がしたいんだ?
そして、俺が引かれる方向に身体を委ねて座ろうとした時だ。
「そこの兄ちゃんよぉ」
不愉快な声が耳に入る。俺の大嫌いな声だ。
俺は睨むようにそちらを見遣ると、そこには二人の男がいた。ひとりは獣人で、もう一人は俺のよく知る姿の人間だ。
人らしい人の男は、背丈は小さめで、丁度俺とユーリの間くらいだ。少し伸ばした位の黒髪で、緩めの黄ばんだシャツを着ている。スボンはジーパンのような色のガウチョパンツだ。
獣人の方はなんだか良く分からない初期装備のような胸当てを片方だけにしており、下は工事現場の人が履いていそうな、グレーのカーゴパンツだ。
パンツの名称が実際にそれであるかどうかは分からないのだが。
「こんな所で何やってんだよ?」
恐らく縄張りかなんかなのだろう。獣人の方の男が俺に言った。しかし、こんなぽっと出の不良に努力を惜しまず頑張ってきた俺が負けるはずがない。
だが怖い。
「フッ・・・クククッ・・・」
だから俺は全力で俺――ハルではない、一人の強い戦士を演じた。
「貴様らは二つの間違いを犯した!一つはこの俺様に喧嘩を売ったこと、二つ目もやはりこの俺様に喧嘩を売ったことだぁぁ!」
自分で自分を騙していると、なんだか乗ってきた。
言いながら俺は不良二人組のもとへ走る。まずは人間の方だ。不規則に左右に振りながら勢いよく近づき、男の、向かって右サイドへと移動し、それから左サイドへ勢いよく飛ぶ。同時に男の顔面に拳をめり込ませ、地面に叩きつけるように腕を振った。
倒れ込む身体を確認すると、獣人の方の男が俺に拳を向けてくる。かなり速いその動きに対応し、俺はしゃがむ事で拳を避けた。そして攻撃に移る。その体制から飛び上がるように姿勢を戻し、同時に右膝を獣人の腹へ食らわす。怯む獣人を確認し、男の面を確認しようとすると、顔を上げてこちらを見ていた。
「おい・・・」
何か言おうと手を伸ばすが、俺は確固たる破壊衝動に身を任せ、回るように男の顔面を蹴り飛ばした。蹴られた男はそれっきりぐったりしてしまった。
「ふぅ」と、ため息のような声を上げて、ユーリの方へ向かう。すると、ユーリが後方を指さして何か知らせようとしているような顔を浮かべていた。
懐疑的ではあったが、取り敢えず背後を向く。そこにはナイフを持っている獣人の姿。
俺は小さく唸り声を上げるが、今更何も出来ない。ナイフは一切の迷いを持たず俺に降り掛かってきた。俺は咄嗟に右腕を差し出すことしか出来ず、ナイフは顔面に襲いかかる。
防御のため差し出した右手を握りしめ顔前に待機させる。が、いつまでたっても感じるはずの痛みが感じられない。
強く閉じた目をゆっくりと薄く開けると、獣人は凄くおっかない顔で俺を見ている。
何が起きたか分からず、周囲を見渡してみたら、獣人の手前にはユーリが立っていた。
彼女は腰を低くして左拳を握り、力を溜めるように腰あたりに持っていくと、その拳を獣人の腹に打ち込んだ。刹那、目が飛び出そうになり血とともに鼻水や涎を出す獣人の姿が見えるが、それは寸秒にも満たないうちに殴られた方向のどこかへ消えていった。
・・・助かった?
「大丈夫?」
ユーリが俺に問いかけた。それはこの見知らぬ世界に来てから初めての言葉で、俺になんとも言えない安心感を与えた。
「だ、大丈夫だ。って、なんだあの強烈なパンチ!どこにそんな筋肉が・・・それより!お前、この場所に心当たりがあるんだろ?」
するとユーリはポンと胸に手を置き、
「当たり前よ。私はこの世界だと有名な存在だからね」
この世界・・・?有名・・・?
「何か・・・知ってるのか?」
ユーリは腕を組んで、少し自慢げに言った。
「あったりまえよ!私を誰だと思っているの?王国軍魔法使い精鋭部隊団長に決まってるじゃない!」
決まってはないと思うぞ?
「というと・・・アレか?お前、俺の家で言ってたことは全部本当だったって言うのか?」
「本当に決まってるじゃない!」
「しつこいと嫌われるぞ」
「・・・・・・?」
ユーリは俺の言葉の意味を考えだす。
だが、もし言っていることが全て本当だったのなら割と酷いことしたな、謝るか。
そう思ってちらりとユーリを見ると、まさにドヤ顔といった顔で俺を見ている。身長が俺より小さいのに、顔を少し上に向けて見下ろす目を向けてくるのが、なんとも言えないウザさをより引き立てる。
うん、謝んない。
俺はそっぽを向いて、喚わめいているユーリを無視し、顎に手を当てて今後の行動を考える。
そもそも、ここは何処なのか。今の一番の疑問はこれだ。視覚的な情報では大して意味が無いのだが、なんと話に周囲を見渡した。と、
「おい、そんな所で寝てるんだったら俺の話を聞いてくれないか」
丁度いい奴がいた。先程の男だ。路地裏の二人組の内、人型の方に声をかけた。もっとも、獣人はロケ〇ト団みたいに飛ばされたのだが。
「この場所について聞きたいんだが・・・まだ眠いのか?」
男はうつ伏せのまま何も言わない。
「あ、こんな所にナイフがある!これでつついてみようかな・・・」
俺は男を横目にナイフの破片を見た。
・・・破片!?ちょっと待て、一旦たんま。なぜナイフの破片が?まさかユーリがやったのか?このナイフの形からして、獣人が持っていたので間違いはない。なら、やはりユーリがナイフまで殴ったのか・・・。
今度はユーリの顔を伺う。依然としてドヤ顔だ。まあいい、大して重要な話でもないしな。俺はナイフの破片を拾い上げ、地面にすり当てて音を鳴らす。
「・・・で、つつかれたら痛いのかな?」
俺の言葉が聞こえたのか、男は一度ビクリと動き、それから小刻みに震えだした。
起きてんな、こいつ。
「そう、お尻とかいいと思うんだが」
ユーリが俺を物凄い目で見ている。引いている様子。
「あんた・・・そういう趣味なの」
「お前にもぶっ刺すぞ」
「うわぁ・・・」
身を抱いて後退するユーリ。だがこれでいい、尋問タイムだ。すると、
「お前流石にそれはないと思うぞ」
先程まで倒れていた路地裏の不良が首を九十度回転させて俺を見ている。男は蔑みを表す目で早口にそれを言った。
「やっぱお前起きてたのか。なら話は早い。色々聞きたいことがあるんだ」
言うと男は起き上がってから壁に寄りかかり、目を閉じて、話し合いの空気を作った。
直後、男の身体が光り、その体の形が変わっていく。
「実は俺、元勇者なんだわ」
結果現れたのは男の姿でも獣人の姿でもなく、一人の凛々しい戦士の姿・・・?
勇者と言われてもいまいちしっくりこない身なりの男だった。
黒髪を肩ほどまで伸ばし髪の毛は散らかっている。寝癖なのだろうか、物凄い角度に髪の毛が向いている。髭は剃られておらず、目の下には隈。まさに“ニート”である。
「え、えーと・・・勇者って?」
「あんた、そんな事も知らないの?勇者は勇者よ、魔王討伐戦のリーダーの事よ」
魔王・・・?なるほど、割と色々納得してきた。いや、納得していいのかは分からないが、きっとこれは『異世界召喚』って奴だろう。
「そう言えばユーリ、お前「あんた」とかずっと言うけどよ、他の奴もそう呼んでんのか?いい加減名前で呼んでくれよ」
「名前で呼べって言われても、知らないわよ」
うそ!教えて無かったっけか。
「まあ何となくハルって言うんだとは思うけど」
多分教えてないと思うんだけど・・・逆になんで知ってんだ
「多分教えてないと思うんだけど逆になんで知ってんだって顔してるわね」
うわっ気持ち悪っ。
ドヤ顔で俺の考えていることを当ててきた。
それから彼女は腕を組み目を閉じて、ため息混じりに言った。
「さっき言ってたじゃない」
さっき・・・?あ!あの「ハルくんも驚きだー」って所か!って事はそこん所は聞いてたのか。ならなんで喋らなかったんだ?
俺は疑問に思った事をそのまま口にした。
「なんでもなにも、魔力の浪費よ。たまたま感情爆発によって魔力は生まれたものの、空間移動ってのは禁じ手中の禁じ手、裏技、チート、禁術。魔力は浪費するわ、二回目は死ぬわで実際は物凄い術を目にしたのよ、ハルは」
「今聞いてるのはお前の凄さじゃねえよ。なんで喋んなかったかの話だ」
「だから魔力の浪費だって。魔力って言うのは生命力で・・・」
「ちょっと待ってくれ」
ユーリが説明を始めた所で勇者と名乗る男が待ったをかけた。
「とりあえず聞くが、そこの。お前は先程、魔精隊のユーリといったな?」
急に話を割られてユーリなら怒りそうだが恐らく『魔精隊』の言葉が響いたのだろう、少し自慢げに男の話に耳を傾ける。
「嘘をつくのはやめろ、ユーリはもっとこう・・・大人っぽいというか・・・色っぽいと言うか・・・一言で言うならそう・・・」
男は顎に手を当てて考え込み、数秒後未だに納得いかないと言った顔で
「・・・巨乳?」
言った途端ユーリが顔面を殴る。獣人とは違い、吹っ飛ばされず・・・いや、飛ばされたには飛ばされたのだが、少し宙に浮く程度だった。勇者だからなのだろうか。
「いてて・・・」
勇者は殴られた頬を擦りながら起き上がる。あぐらをかいて座って、再び話をする空気を作る。
「しかしな、ユーリを名乗るそこの少女からはユーリの魔力を感じる。それに『空間移動』って禁術の名を口にした。信用した訳では無いが、とりあえずユーリということにしといてやる」
ムカッときてるユーリの顔が目に入るがそれを抑えたのか一度溜息を吐いて口を開く。
「まあいいわ。取り敢えず宿に行きましょう、お金はある?」
俺はここに来る時にズボンとともに消えたと伝えると「使えないわね」と愚痴を言われるが、勇者を名乗る男は持っているようで、背中から小袋を取り出した。
「何よコレ!一晩しか泊まれないじゃないの!」
聞いた話によると、勇者が出した金は三人が一晩泊まる程の量だったらしい。今後の事は宿で考えようと俺達はとりあえず民宿に向かう事にした。
✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱
「ふぅ・・・」
少し遠目の質素な宿に着いた。変な格好の男とニート面の男が一人の幼女を挟んで宿屋に一晩など見るからに危ない。
「えーと・・・三名様で宜しいですか?」
危なっかしい俺らを見て、やはり犯罪の匂いを感じたのだろう。そんな宿主の女性に、勇者が口を開く。
「見たら分かるだろ?」
こいつ態度悪っ
「その・・・三人同じ部屋で本当に大丈夫ですか?」
正直俺もそう思う。だがこの宿主はきっとユーリに言っているのだろう。しかし本当に大丈夫じゃないのは俺だ、勇者と謎の魔法使いに挟まれている俺だ。知っとけ主め。
頭の中でそう言ってから宿主を睨んだ。
宿主の方はなんだコイツと言った目で見ていたが。
それから一通りの手順を済ませ、ベッド一つ置いてある、お世辞にも大きいとは言え無い木造の部屋に招かれる。
俺は流れるようにベッドに横たわり、睡眠の体制を作る。
「あんったはここよ!」
「俺が金出したのに!?」
勇者君はベッドでは寝かせてもらえないみたいだ。床でしくしく泣いている勇者君を見ていると少し同情する。
すると、勇者君が涙を拭いながら起き上がり俺に指を指して言った。
「おいそこのハルとかいう奴!」
俺は勇者と目を合わせることで対応。
「お前がここで寝ろ」
「やだ」
被せるように拒否して捲まくった毛布をまた自分にかける。
そういえば、勇者君と呼び始めたが、彼の名前は何というのだろう。
「おい勇者、名前は?」
勇者はムッとして
「嫌だね、お前みたいなチ〇カスに教えるつもりは――」
「フィンスケよ」
目を閉じてペラペラと喋っている時だ、ユーリが呆れながら言った。
「・・・え?もう一回いって?」
俺は笑うのを堪えて、顔を赤らめる勇者――フィンスケを見ながら聞き返す。
「いや、ね?なんか『フィンスケ』?とかなんとかユーリが言うからさ。まさか勇者がそんなダッサイ名前なわけないよなぁ?もっとほかにあるよな?」
俺が「な?な?」とを煽り続けているとフィンスケは思い切り首を回して俺を見た。
「うるせえ!名前なんてどうでもいいだろ!俺は俺だ!覚えとけ!」
何を覚えろと。
俺が煽っておいてなんだが、騒ぎ立てるフィンスケを無視して、俺はそっぽを向いて寝る体勢を作った。
俺がこうやって無理やり寝る体勢を作ったのは、現状を整理したいからだ。既にキャパオーバーなのにこれ以上なにか起きたら耐えきれず胃にポリープだ。
聞こえてくる罵声を受け流し、俺は目を閉じた。
一番最初に解き明かすべきはこの場所。ユーリの言葉を思い出す。『空間移動』とか言っていたか。つまり、ユーリの魔術だか禁術だかに巻き込まれて俺はこの世界に来たのだ。
次に言語。なんで日本語なんだ。よく思う、異世界召喚なんかの話はよくあるが、なぜ日本語なのか。俺が何故か会話できているだけなのだろうか。日本語を話しているとなると、ここが所謂『異世界』であるという実感が薄れる。
ただ、天気が変わったのは確かだ。場所も変わった。仮に俺が寝てしまったにしても時間が――待てよ?
俺は急いでジャージのポケットを漁る。
あった!
俺がポケットから取り出したのは携帯電話、スマートフォンってやつだ。電源ボタンを押して画面が光るのを見て電池が生きている事を確認する。
日付は十一月二日の日曜日だった。
まず、金曜日に寝て、土曜日に起きたらユーリがいた。そして土曜に飛び降りて土曜に目が覚めて土曜に完治。土曜日やばくね?まあそれは置いといて。そんで、日曜日にゲーセンへ行って、ユーリが消えて探して今。ゲーセンに行ったのも二日だ。つまり、日付は変わっていない。長時間睡眠の線も無くなる。また、携帯の時計は未だ動いているため携帯が壊れたというのもない。
信じたくはないが、異世界召喚というのが妥当だ。
そうなってくると、ユーリの言っていることにより信憑性が増してきた。仮にすべて本当だったとすると、ユーリの両親は魔王に殺された。俺は世界を移動する禁術を見た。そして彼は勇者フィンスケでユーリは魔法使い精鋭部隊の団長を務めていた。となると、ここで情報に齟齬が生じる。ユーリが団長か否かだ。
普通に考えるとユーリの言っていることがおかしい。確定要素の勇者が言っていることを信じるのは当たり前だ。だが、俺は禁術を目の当たりにした。現に、場所が変わっていた。禁術とまで呼ばれるくらいだ。流石に圧倒的な力がないと異世界召喚なんかできないだろう。となると、嘘をついているのは勇者を名乗る人間となるが、それをユーリが指摘しないのも不自然だ。
後少し、あと少し情報が足りない――。
✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱
綺麗な森の中、見上げれば無数の星が見える。そんな森の中でも木の少ない、綺麗な芝生の生えている穴場があった。
俺は今日もそこで少女と共に寝ている。
「ハル」
「何?」
少女は優しく俺に言う。
「ずっと一緒に居ようね」
幼い頃の俺は、それの意味をしっかり理解していなかった。が、一緒にいたい、そうは思っていた。だから、うんと一言言おうとした。
すると、少し離れた所から物音が聞こえてくる。
少女と俺は同時に物音の先を見た。
そこに居たのは大きな茶色の熊だ。自身も小さかった。だから、物凄く大きく見えた。
少女と俺は動けなくなった。その大きさに、気迫に、迫力に気圧され、俺達はただその大きな黒い獣を見つめることしか出来なかった。
逃げなきゃいけない。少女を連れて、走らなければいけない。なのに、動けない。頭が真っ白になる。怖い。恐怖で体が震える。そんな間にも、熊は俺達の方に向かって歩んでいた。
「逃げなきゃ」
少女が俺に手を出した。
本当はあの時その手を掴み、立ち上がり、逃げれば良かったんだ。
でも、俺は少女が好きだったから、プライドがあったから、自分で立てると、少女の手を取らなかった。それから少し踏ん張って、俺は立った。
逃げようと、二人で抜け道を目指した時だ。
「きゃっっっっ!!」
熊が少女を殴り飛ばした。
その時、俺は現実から目を背けていた。少女は無事だ、一緒に逃げているんだ。
二人で逃げている妄想をしながら、俺は遠くに、全力で、一人で逃げた。
「――ハルっ!!」
背中を呼ばれた気がして――
✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱✱
勢い良く起き上がる。呼吸が粗くて
うまく息ができなかった。
「がっ・・・はぁっ、あぁ・・・はぁ・・・ぁ・・・・・・」
喘いで苦しんで喉を抑える。
「ヨウリ・・・」
俺は一言そう呟いた。
寝てしまっていたみたいだ。
夢で見たそれは、昔よく見た、トラウマという名の悪夢だった。そんな悪夢でも、未だ睡魔は襲ってきている。不思議なものだ。
と、
「お客様!起きてください!」
宿の従業員だろうか、なかなかの美人さんが俺を揺らしている。
「もうちょっと・・・」
昨日は色々あって疲れたんだ、もう少し寝ても罰は当たるまい。
そう思って再び目を閉じた時だ。建物が大きく揺れた。
「なんだなんだ?」
その大きな音に目が覚めて、窓を見た。そして気づく。
「――へ?」
言った頃にはもう、俺の見ていた窓が、赤く光る町の中を泳ぐ力強い炎に包まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます