プロローグ③『再起』
暗闇。どこまでも続く黒色の世界が俺を歓迎した。浮遊する身体。まるで寝ているかのような、それでいて意識はあるかのような、そんな金縛りのような感覚に包まれる。
と、突然体は俺の命令に従順になり始める。最初は小指からだった。ピクリと動き、そこで俺は体が動かせ無い訳では無いということを確信する。それから右手の指の主導権を握って、それが両手となり、両腕となり、やっとの思いで立ち上がれるようになったのだ。
そして知った黒の中の白。いわゆる、暗闇の中の光だ。
俺はそこに向かって走った。その時の俺に思考はなかった。ただ走った。走れば走るほど光がだんだんと大きくなっていく。それと共に、足音や聞こえてくる何かの音もだんだんと大きくなっていった。
「・・・に・・・ちゃ・・・」
最初は聞こえづらい小さな音だった。だが、それはだんだん大きな音に変わり、いつの間にか鮮明に聞こえて来て、それが起床を呼びかける声であるということを知った。
「お兄ちゃんっ!」
ああ、ユミか。薄目を開けて今ベッドの上にいることを知る。天井は白く、すごく居心地のよいこのベッドも白い。
「・・・へ?」
俺は見慣れない目の前の光景に唖然とした。
病院だ。てっきりあの世かなんかだと思っていたのだが、ここは列記とした現実世界。だが、俺はその現実世界で飛び降りたはずだ。現に、“何らか”が原因でここ、病院にいる訳だが・・・思い当たる節は飛び降りのみだ。
「・・・俺、なんでこんな所に?」
状況の把握は近くにいる妹――ユミに聞くのが一番早いだろう。質問に対し、桃色の短髪を揺らしながらユミは答えた。
「凄かったんだから!お兄ちゃんがいた所、ドゴーンってなってて、なんかドワーって人来て」
説明下手か。そも、聞きたいことが伝わっていない。
「俺の容態を聞いてんだ」
取り敢えず付け足して、頭の悪い妹にも伝わるように簡潔に要点をまとめてもう一度聞いてみた。これには彼女も理解出来たようで、しっかりと説明してくれた。
右腕の骨折。それ以外は擦り傷等の軽傷の様だ。本当に右腕以外は措置が取られておらず、全て問題なく動く。
「・・・・・・え?」
いやいやいやいや、おかしいだろ。だって二十二階だぞ?即死だろ?足から落ちれば生きている事があるとは聞いたことがあるが、流石に二十二階は例外だろ。もっとも、骨折が右腕だけな時点で足着地は論外だ。となると、やはり飛び降りは夢だ。つまり寝てる間に・・・
「いやー、ほんと凄かった。でっかい穴がどかぁーんとね?」
一人で延々と話し続けていたユミの言葉が、不意に俺の耳に入る。
「でっかい穴?」
「そうそう、お兄ちゃんがいたところ、どぉーんって!」
俺の寝てるとこ・・・ベッドか?そんな所に穴って、俺そんなプレイはしてな――。
「野次馬とかすごかったんだから!」
え!?野次馬って、俺晒してたの?いやいやいや鍵占めてるって!
「地面すっごい凹んでてさ!」
ベッドじゃなくて床だったんですかぁぁぁ!?
「警察まで来て!」
「い、いい加減にしろ!あんまからかうな!」
いくら何でも馬鹿にしすぎだろ。警察が来てもなお終わらせないなんて、流石に俺はそんな性癖は持っていない。
するとここで、誰も想像しない出来事が起こった。
「失礼します」
言いながら静かに入ってきたのは、例の少女だった。って、勝手に俺の服着てんなよ。いや違うだろ!なんでお前居るんだよ!
「なんでお前そんなところにいるんだよ!」
右の人差し指を全力で彼女に向け、疑問だらけの現状を問いただし始める。
「な、なんでって、あんたが落ちたから・・・」
「信じないぞ!俺は信じないぞ!全部夢だ!夢だァァァァ!」
すると、ユミが力強く俺の頬を引っ張ってきた。痛い。痛いからやめろと手を引き離すと、ユミは「夢じゃないでしょ?」とにこやかに言ってきた。全く、天然なんだかバカなんだか。
まあ、そこらの女子なんかにこれをやられたら全力で拒絶した挙句散々罵声を浴びせて帰らせる・・・妄想をするがな。ユミは特別だ。彼女は俺が両親から疎まれても俺の味方をしてくれた。唯一の、この世界唯一の俺の味方だ。おっと、ネッ友を忘れてはいけないな。とにかく、ユミは俺の大切な妹である。
ところで現状。整理すると、以下のようになる。
まず、土曜日の朝。起きたら少女がベッドの中にいた。そして、不服なあまりそれを夢であると断定して、ビクンって夢から覚める為に部屋から飛び降りた。
今に至る。これらの情報から推測できるのは三パターンほどだ。
一つ、これが夢。二つ、すべて現実。三つ、これが死後の世界。
正直こんな死後の世界は嫌だ。現実ももちろん嫌だ。夢であってほしいという気持ちが大きい。しかし、ユミに頬をつねられガッツリ痛みを感じたから、流石にもう夢という選択肢を排除しなければいけない。そして死後の世界であるという可能性。これは極めて低い。様々な学者が研究して、「死後の世界は存在しない」とN〇Kだかなんだかでやっていたのをみた。ぶっちゃけ決定的な根拠になっている訳では無いが、確率論では現実である可能性が一番高い。
嫌だなぁ・・・
「ところで、容態は?」
少女が問いかけてきた。しっかりと心配している様子で、少しおどおどしている。
「右腕の骨折だ」
「そう、大事に至らなくてよかった」
少女は胸に手を当てて言った。それから、どこから持ってきたのか分からないリンゴをベッドの横にある机に置いて「じゃ」と言ってこちらに背を向けた。
俺はすかさず立ち上がり、少女の肩を掴む。
「次は俺の番な?」
元々顔が悪いからか、少し脅かすような顔をすると少女は手を払って距離をとった。綺麗なバックステップだ。やはり彼女と俺は似ている。華麗なまでのこのバックステップを見て、俺は確信した。どこか俺と似ていると感じていたし、何故か責める気にはなれなかった。それが何故か、いま分かった。
「お前・・・中二病だろ?」
正直、中二病に中二病と言うことは気が引けたが、言ってやらないと俺みたいにガチハブりされる。中二病をこじらせ、継続することは、学校生活の終わりを意味する。だから、彼女にはそうなって欲しくなかったから、俺は諭すように言ってやった。
「バックステップ。綺麗だったな。練習したんだろ?俺もそうだ。ただ、召喚された少女を演じるのも良いが勉学に励むことも大切だ」
少女の顔は何も変わらず、俺の目を見続けている。それから、顎に指を当て、少しの間考え込んでから言った。
「ちゅうにびょうって、何?」
「まさか分からないはずないだろ?わからないとか言わないよな?絶対にクラスメイトに一度は言われるはずだ」
「え?」
「え?」
中二病の意味も知らないという少女に、尋問でもするように問いただすと、少女は訳が分からないようで、ただ一文字で返してきた。それに納得ができず、俺も全く同じように返た。
「ところでさ!」
しばらく沈黙が続いてから、ユミが口を開いた。
「そこの女の子の名前は?」
そういえば聞いていなかった。割と重要なことをこのバカに気づかされるとは。
「そうだそうだ。色々迷惑かけて名乗らないで帰ろうなんて、そうはいかないぞ?」
すると少女は「悪かったわね、言うタイミングがなくて」と前置きしてから、
「私の名前は魔法使い精鋭部隊団長ユーリよ」
と、自慢げに腰に手を当てて言った。少し鼻を鳴らしてるあたり、考えに考え抜いて考え出した自身への称号なのだろう。
「はぁ、もう分かったよ。これが現実なのな。ハイハイわかりましたわかりました。もう認めます」
流石にもう疲れた。あぁ、家帰ってゲームしたい。
俺は思い切りため息を吐いて、ベッドに座る。
直後、ユミが俺の右腕を持ち上げて言った。
「て言うかお兄ちゃん?右手、大丈夫なの?」
俺はその言葉を聞いてゾッとした。右腕が折れて意識がないから入院したはずなのに、何故か右腕はもう完全に動く。動かせる。動かせてしまうのだ。この超常的な現象を前に、俺は言葉を失った。
そして、ユーリの存在やユミの話も相まって、俺は一つの妄想とでも呼ぶべき推測をした。
それは、
「俺の・・・主人公補正・・・ッ!?」
言った途端、ユミがペットボトルに入った水をぶっかけてきた。
「寝ぼけてるの?」
にこやかに言うあたり、あくまで良心でやっていると主張している気がして、少し怖くなった。
「ところで、ユーリさん?は結局何者なの?」
自己中心と言うべきか、テキトーと言うべきか。彼女は急な話題転換をしてユーリに疑問をぶつける。質問を受けたユーリは少し怒りめに「だから!王国軍の・・・」と言うが、喧嘩は避けたい。そもそも女子との対面が久しぶりで会話が続かない。うまく言葉を選べる気もしない。だから俺は、水で濡れた顔を拭きながら遮るようにユーリを宥なだめる。
「まぁ、落ち着け。取り敢えず帰る所が無いのは何となくだが分かる。そうだろ?」
「・・・うん」
彼女は俺の質問に対し少し暗い返事で応答。もしかしたら家出かなんかをしたのかもしれない。それに相当な理由なのだろう。両親が共に死んだというくらいなのだから、本当に家から出たかったのだろう。さらに祖父母の家や親戚という選択肢も捨てたというのだから、それは悪い家庭環境なのだろう。
「そうだな、近くに警察署とか交番あったか?」
ユーリはまるで日本語のわからない外国人観光客のような様子で、ロリコン心をくすぐられる可愛い困り顔を浮かべている。
ユーリは分からない様なので、俺はとりあえずユミに顔を向けた。
「なんで警察署?」
バカなのか。うわっ、バカだった。
俺は頭に手を当てて俯いてから、もう一度ユミをみた。
迷子や家出は所在が分からなかったら最終的に警察に辿り着くだろう。その最終をさっさとやってしまい厄介事から離れたいのだ。
俺は思ったことをそのままユミに耳打ちした。するとユミは俺から離れて、
「お兄ちゃんひどい!家に泊めてあげればいいのに!」
と叫んだ。泊める?俺の家に?いやいや何で?嫌だよこんなザ・厄介事みたいな匂いプンプン漂わせてる奴。
俺は勢い良くユーリを見た。泊まりません、そう言って欲しくて。
ところがユーリは少しキョドりながらもじもじしている。
泊まる気満々かよ!
もう、は?の、ただこの一言しか出てこない。ふざけるな、絶対に嫌だ。俺のサンクチュアリを荒らされてたまるものか。
だが、ユミがいる以上俺が断るというのはおそらく無理だ。向こうに「あ、やっぱいいです」と言わせなければならない。
だから俺は全力で嫌な顔をして言ってやった。
「・・・・・・はぁ?」
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