プロローグ②『死の決心』

今日は金曜日。俺はどことなくウキウキしている。

 俺にとって土日がどうのとかはさほど重要ではなのだが、金曜日というのはなんとなく気分が良いものだ。昔の名残というのもあるかもしれないが。

 そして夜。漫画、ゲーム、アニメと日本ならではの娯楽を楽しんでいると、目だか脳だかが疲れて眠くなってきた。昼間から筋トレしたり小技極めたりで割と疲れる日常を送っている俺は、なんの問題もなく即座に眠りについて――。


 朝、腹部に感じる違和感。


 薄く目を開けた。瞼の隙間から差し込んでくる太陽の光、正確にはカーテンの隙間から差し込む光が差し込むであるのだが――否、カーテンは全開だ。昨日の夜カーテンを開けるような真似はしていないのだが。

 いつもより何十倍も明るい天井が俺の目を刺激する。様々な現象が相まって俺の意識は覚醒へと導かれた。そしてあるはずの無いそれの存在に気がついた。


 男という生き物は朝起きると下腹部に感じるものがあるものだ。それを何と呼ぶかはさて起き、今回はいつもと違う何かを感じた。少し力を入れピクピクと動かして見ると、やはり当たるものがある。

 暖かいな?


「すーっ」


 息がかかった。薄っぺらいシャツとトランクス一枚で寝てる俺には刺激が強すぎると思うのだが・・・ってそんな話じゃない!

 俺は勢いよく、格好の割に悠長に使っていた掛け布団を剥がしとる。


「うわっ!」 


 そこに居たのは、赤茶の髪を少し伸ばした、健康そうな体をしている少女だった。中学一、二年生位か、胸は控えめで俺好みだ・・・なんて言ってる場合じゃない。

 どうする、起こすか。てかなんか小指濡れてんだけど、まさかこの娘舐めてたの?・・・しかし、なかなかに可愛い。顔も好みで身長も好みだ。何なんだ、誘惑しているのか。神は俺に襲ってしまえと言っているのか。ってかこういうエロ同人見たことあるぞ・・・いやいや、煩悩は捨てろ、警察沙汰になる・・・いやでも、先に不法侵入されたんだから不可抗力的な・・・

 だんだんと目が回ってきて、頭をふらふらさせている時だった。


「・・・・・・」


 少女が目を覚ました。天井を見て目を細めている。それからワンテンポ置いて、少女はこちらを見た。

目が合った。


「・・・・・・っ!?」


 声にならない悲鳴をあげて少女は、その薄汚いシャツの下にある、やけに綺麗な白色のパンツを見え隠れさせながら、掛け布団を自身の体に巻き付けて俺を睨んだ。その頃俺は、少女の俺好みなパンツを凝視していた。と、ここで少女の視線に気がつく。


「ご、ごめんっ、あ、いやっ、パンツ見えるお前が悪い!!」


 こういう場合は話を逸らすのが基本中の基本だ。

 中学生の頃、階段を登っていたら突如「何パンツ見てんのよ」とクラスの中心女子に言われた時凄く虚しい思いをしたのは忘れるはずもない。その次の授業で俺は延々とその後になんて言ってやろうかを妄想し続けた。その時はエロに持って行ってしまい朝が成長期のアレが第二次性徴期を迎え男子に馬鹿にされたが、あの妄想が今役に立った。


「そもそも何で俺ん家にいるんだ!なんだ!ストーカーか?ストーカーなのか!?」


 俺は指を指して全力で勝ちを確信した。しかし、少女は依然として変わらぬ赤黒い眼で俺を睨んでいる。それから、少女の目から涙がこぼれだした。

 ってえぇぇぇぇぇぇぇ!?攻めすぎた!?


「ちょっ、え?そう、お、ぉぉお母さんはどうしたんだっ!?」


 今度こそ話を逸らす時だ。


「・・・いないわよ」


 掠れた小さな声で少女は答えた。とんだ地雷を踏みつけてしまったみたいだ。


「そ、そういうこともある!よな!俺もいないようなもんだし!お父さんはどうし・・・」


「――ふざけてるの!?」


「・・・・・・へ?」


 少女は突如、掛け布団を投げながらベッドの上にふらふらと立ち上がり言った。そして少女は続けて、


「あなた達魔王軍に殺されたのよ!まさか忘れたとか言わないでしょうね!?それにさっきから何言ってるのよ!バカにしてるの!?拷問でもしたいなら早くすればいいじゃない!デュアーク!恩師の格好で何がしたいっていうのよ!だいたい私が口を割ると・・・」


 なんか怒ってる!?


「い、いやちょっと待て!何言ってんださっきから!」


 正直なに言っているのかさっぱりだ。が、心の中では大体検討はついていた。彼女が何を考え、何を思ってこんなことを言っているのか。なぜこんな目の色なのか、何故こんなにも怒っているのか。俺には何となく分かる気がした。だからか、あまり責める気にはなれなかった。

 すると、「このっ!」と甲高い声を挙げて少女がいきなり飛び跳ねて襲いかかってきた。

 なるほど、やるというのか。だが遅い!

 俺は飛んでくる少女の右拳の機動を予測し、鍛えてきた肉体と動体視力をフル活用して避けた。

 と、ここまでがなるはずだった流れだ。


「ふがぁッ!」


 少女の右ストレートは俺の顔面にクリーンヒット。まさか俺の動体視力の良さ故に『アレ』が見えてしまうとは。それさえ無ければ避けられない拳ではなかった。だが、見えてしまったものは仕方ない。少女がユルユルのシャツなんか着てるからだ。俺は悪くない。とはいえブラジャーとまでは行かなくとも、そんな類の物はつけるもんじゃないのか?


 少女の拳と共に綺麗なピンクが俺の鼻を容赦なく殴った。鼻からの流血ははてさてどちらが原因だか。


 俺ほどとまではいかないが、少女とは思えない強力なパンチに俺は背中側に倒れる。その勢いに咄嗟に手を出すが、イマイチ間に合わず、変な方向に手をついてしまい、そのまま部屋の扉に小指をぶつける。・・・痛い。

 刹那、なにか聞こえた。扉が軋む音だろうか、そろそろ傷んできているし変えるか・・・そんなことより、今は俺の指や鼻の方が痛んでる!


「いってぇ!何すんだこのロリ美少女!ちょっと可愛いからって調子乗んなよ!クソッ!くそっ!くそっ・・・くそ・・・」


 少女に嫌われるなんてなかなかに悲しい事だ。少女とは純情で優しくて可愛い生き物だ。だから人を見てくれで判断しない。そんな少女が人類で一番好きだ。・・・良く考えればこいつ少女らしい喋り方してないな、胸小さいからって少女にするにはまだ早かったみたいだ。


「あんたクソしか言えないの?低俗ね!」


「あぁ・・・俺は汚らわしいよ・・・汚い人間だよ・・・社会の汚物だ・・・」


 少女に罵声を浴びせられると流石に心に響く。おっと少女じゃないただの貧乳だ。

 俺は心の中で殴ってきた相手を貶す。同時にやけていると、なんだか心の中でしか言えない自分が虚しくなってきて、俺の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。


「ちょっと、そんなに言ってない・・・」


「いいや!言われなくてもわかってたんだ!俺なんてそんな程度だ!死んだ方がましだぁ!」


 昂る感情。だんだんと何がなんだか分からなくなってきて、現状整理すればするほど混乱してきて、たどり着いた答えは――ああ、夢か。

 俺は窓を開け、今寝ていたマンションの二十二階から飛び降りることにした。何故だか、足が重い、きっと死ぬのは怖いんだ。何度も何度も死のうと思ったのに、やっぱり生きているのは人間の性というものか。でもまあ良い、飛び降りればビクンッて感じで目が覚めるでしょう。

俺は窓の淵に足をのせ、そのまま前に倒れた。


 無限の彼方へ、さぁー行くぞー!・・・・・・ぉ?


 飛び降りて数秒。一向に地面は見えない。マンションの二十二階とはこんなに高いものなのか・・・目眩がする。

 てか、落ちてなくね?


「あんた・・・何やってんのよ・・・っ!」


 赤茶の髪を垂らしながら既の所で足を支えていたのは、散々罵声を浴びせてきた彼かの少女だった。


「いいんだ、俺はこの現実という名の夢から覚める・・・」


 俺は落ちることを覚悟して目を閉じた――が、彼女は足を離す気など毛頭ないようだ。格好つけた自分が恥ずかしくなってきて、もう居てもたってもいられない。


「嫌だァァァァ!死ぬって決めたんだ!もういい!離せぇ!」


 全身を捻って少女の手から逃れようとする。


「痛っ!」


 少女の顔を蹴ってしまった。


「ごめ――」


 少女は顔を抑え、代わりに俺の足を離した。あっ、と少女が言ったのが聞こえてきた。本当に離さないようにしてくれたのだろう。

――ところで、夢だったら落下途中で目が覚めるはずなのだが・・・覚めなくね!?風とかやべぇ!これ絶対・・・


「夢じゃねぇぇぇぇええぇぇぇぇ!」


 空中でもわかる、体が軽くなっていく感覚。身体が空っぽになるかのような錯覚。叫んだ途端、俺の意識は身体を置いてどこか遠くへといってしまい、俺を死後の世界へと誘った。

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