この世界はいくつあっても足りない

@aniho

プロローグ①

「お前ら!突撃だぁぁぁ!」


 魔王軍と勇者もとい王国軍との戦いもとうとう最終決戦となった。九年間の戦いも大詰めに差し掛かり、この戦いももう直ぐ終わろうとしていた。

 ここまでの戦いで勇者は魔王と向かって一騎打ちを迎えており、ここで勝った方の軍勢の勝利となる。

 戦いは王国軍が優勢で、魔王軍はもう僅かの幹部しか残っていない。その状況で、全身をボロボロにした魔王・デュアークは勇者を殺すために、密かに最後の切り札を使うための魔力を貯め始めていた。


「愚かなる地上民族め!この魔王デュアーク様をここまで追い詰めたのは貴様が初めてだ・・・だが、貴様も王国軍もここで終わりだ!全てを・・・全てを終わらせる!」


 デュアークは拳を強く握り、覚悟を決めた表情で言った。

 聖剣を握る勇者は全身を青色の鎧、いわゆる伝説の装備という物で身を守っている。初めて全ての装備を見つけ出したこの勇者はデュアークに向かって叫んだ。


「デュアーク!貴様もここでおしまいだ!」


 直後、戦いを繰り広げている魔王城最上階へ続く階段を何者かが駆け上がってきた。


「なんだ貴様は!」


「忘れたとは言わせないわ。九年間・・・九年間待ち続けたわ。この日を、この時を!デュアーク!」


 黒いコートを身に纏い、赤く光る玉の埋め込まれている漆黒の杖をデュアークに向けて、王国一の魔法使い・ユーリが言った。


「ユーリ!」


 勇者がユーリのその豊満な胸をチラチラ見ながら、仲間が駆けつけてきたことに歓喜の声を上げる。そして勇者は続けて、


「デュアーク!お前はもう終わりだ!」


 と、勝ちを確信する。しかし、完全に負けを認めざるを得ない状況なのにデュアークは何やら顔を抑えて笑っている様子だ。


「クックックック・・・ッフフフ・・・ッハッハッハッハッハ!」


「何がおかしい!」


 勇者は腕で風を切り魔王に言った。すると魔王は言った。


「滑稽・・・実に滑稽だ!終わりなのは貴様らの方だ人間!」


 刹那、空間が歪み黒色の球体ができ、魔王城の壊れた壁や砂埃を飲み込み始めた。


「この為に力を溜めていたことに気づかなかったのか!」


 魔王は目を見開き、笑い声をあげる。しかし、勇者は微動打にしない。


「無駄だ!俺は吸い込まれない!」


 勇者の伝説装備の一つ、ツクヨミのブーツが闇属性魔術を無効化しているからだ。しかし、


「貴様などどうでも良いのだ!」


 言った直後、球体の方へ向かってユーリが勇者の脇を飛ばされていく。


「きゃー!!」


「ユーリ!」


 勇者は咄嗟に手を伸ばしユーリを掴もうとする。だが、ユーリが勇者の手を掴んだ途端、装備していた手袋が外れてしまった。

 ユーリはその大きな胸を揺らしながら吸い込まれていく。そのユーリの首を片手で掴み、球体の前方にいるデュアークが魔力を吸い取り始めた。


「うっ・・・ぐ・・・」


 ユーリの魔力が光り、首からデュアークへ流れ出す。それから時間とともに黒色の球の吸い込む力が増す。デュアークの魔力が、回復してきたからである。魔王城が崩れ始め、大中小様々な石や瓦礫が穴に向かって飛んで行く。と、


「ほがっ!?」


 その内の大の瓦礫がデュアークの頭に当たった。デュアークは体制を崩して、穴へと吸い込まれそうになる。その時離したユーリは暗い闇のなかへと姿を消してしまった。間一髪地面の溝に指を入れて吸い込まれんとするデュアーク。


「い、嫌だ!なんで俺がこんな目に!この先なんか異世界に繋がってるらしいし!怖い!助けて!」


「お前馬鹿なの!?」


 勇者は思わず叫んだ。そして、


「ほげえっ!」


 今度は小の石が目にあたり、溝に入れていた指で目を抑える。


「嫌だぁぁぁぁ・・・」


 そして魔王は飲み込まれて、漆黒の闇の中へと姿を消した。同時に穴は消え、勇者はあとを追おうとするも間に合わなかった。


 勇者は地面を殴り、美人で胸の大きいユーリが消えた事を嘆き悲しんだ。叫びつづけている所に兵士が来て、勇者を慰めながら王城へと連れていった。

 それから勇者は王国軍に、あったことを全て話した。

 その後、(ユーリは別として)死んでいった王国軍を弔い、祝会が行われた。


「何とも言えない終わり方じゃね!?」


 勇者は様々な兵に同じことを問うも、全て「それなー、でさ!」とスルーされたため、「勇者だぞ?俺貢献したぞ?」などと呟いて、それっきり部屋に一人でこもってしまった。

 それから街には平穏が戻った。闇に包まれた王国は、日の光を浴びて明るく照らされ、壊れた街はまたその活気を取り戻した。尚、勇者はその光景を知らない。引きこもっているからだ。

 街の人々は活動を始めた。街には笑顔が戻った。売買が行われ、世間話がされ、子どもが遊ぶ、活発な街が帰ってきた。


――それから間もなくの事だ、また魔王軍の手先が表れ始めたのは。

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