青空の下で見学しよう

 そんなこんなで、其れなりの時間を使った空結晶資料館の見学が終了し、次の場所までは呼んでいたらしいバスと合流を果たしての移動となる。歩きではそこそこ遠い場所では有ったけれど、バスのお陰で短い時間で辿り着ける。


 本日最後となる次の目的地は少し離れた場所にある中小企業の開発部らしい。

 バスを降りると待ち構えていたのであろう担当の女性が近付いてきて、既に他のクラスに対応しているのか、慣れた様子で案内を始めてくれた。そして案内の下、最初に通されたのは、窓からベルトコンベアで部品が流れている部屋が見える通路だった。


「こちらでは現在流れ作業で部品を組み立てています」

「今は何を作ってるんですか?」

「小型のマシンを実験的に作っている最中ですね。いずれは完成品が市場に並ぶことになるかもしれません。では次に参りましょう。こちらです」


 さらっと紹介を終えると時間のこともあるからか直ぐ次の紹介へと移る。

 通路を抜けて次に通されたのは加工場だった。職人が専用の機械を使って繊細な仕事をしている。先程流れていた部品も此の部屋に繋がっているようである。

 そしてその加工している物というのが――


「あれってエアクリスタルですか?」


 生徒の一人が目敏く気付いた。


「はい。詳細は企業秘密なのでお教え出来ないのですが、こちらではエアクリスタルを装填する機械に合う形に加工しています」

「たまに変な形の結晶が付いてるのとかあるけど、あんな機械で加工してたのか…」

「あの、こういう開発部はエアクリスタルをどうやって手に入れるんですか?」

「結晶の仕入れは企業によって様々です。弊社の場合は人工生成する技術は持ち合わせていないので、完成品には他所から仕入れたもの、試験品には再利用のものを使っています」

「「「へぇ~」」」


 エアクリスタル自体貴重であり、人工生成が可能と言ってもその技術を有している企業も少ない為、中小企業がクリスタルを他に頼っていたり、使い回していても不思議ではない。ただ、後者に至っては全員が納得したという訳ではないようだけど。


「再利用ってどういうことですか?」

「空結晶には一種の再生能力のような性質があります。そのお陰である程度の費用を抑えられていたりします」


 そう、今先方が答えたように、空結晶には再生能力が存在する。

 時間と共に消費したエネルギーが回復し、質の高いもの程その回復速度は速い。だが、その再生能力も完全ではない。質の低いものは回復速度が遅いもので何年もかかったり、再生を繰り返している内に限界がきて消滅する場合もある。とはいえ、それでもこの性質は大変役に立っている。今空中都市が飛び続けていられるのもこの部分が大きく、飛行型自動車も燃料を給油する必要がないので大変エコなのである。


「思ってた以上に便利品だったんだな…」

「では、次は実際に出来上がったものをお見せしましょう。そろそろ午前に作っていたプロトタイプの試験運用が行われる時間ですので」


 時間をちらりと確認して担当はそう言った。どうやら見学のタイミングが良かったようで、試験の現場に立ち会えるらしい。案内されるままに一行は外に出た。

 出た先では、既に十人程の作業員が集まっており、その集まりの中心には一つの大型マシンが存在し、其れの調整をしていた。

 そのマシンは、エンジン部分をむき出しにし、そこにエアクリスタルを取り付けたバイクのようなものだった。


 大勢の気配が現れた事に気付いたのか、調整をしている人物の一人が此方に気付いた。


「ん?何だお前たちは?」

「先程も来た学校の課外授業の方々です。丁度良いので試験運用をお見せしようと思いまして」

「そうか、危ないかもしれんから邪魔にならん程度に離れておけよ」

「分かっています」


 案内の女性と話していたのは大柄の男性で、見た目の割に理解のある人だった(失礼)。この場を指揮していたのを見るに、この開発における責任者なのだろうか?

 その男性に言われた通り、生徒全員は少し離れた場所で試験運用を見学することにした。


「よし、準備はいいな?―――始めてくれ!」


 その合図に合わせて、テストパイロットの男性が鍵を挿入する。プロトタイプの全体にエネルギーを示す光が満たされ、エンジンからは小さな音が響き、正常起動には成功したようである。


「あれって何ですか?」

「あれは地上走行と空中走行の併用を目的とした可変式自動二輪車です。併用にあたり燃料に電力と空結晶の2種類を採用しています」

「なんで今更地上走行を目的としてるんですか?」

「いや、出来て困りはしないだろう。エネルギー切れで飛べなくなっても電気バイクとして使えるからな」

「はい、その分大型にはなりましたが、状況に応じて使い分けられるのは十分な利点になります」


 確かに。それに、単純に考えても燃料を多く積んでいるから普通よりも長く走れる事になるから其れも利点になると思う。


 此方で開発物の説明がされている間も、向こうでは試験運用が決められた手順通りに進んでいく。


「そのまま地上走行してみろ、ゆっくりとだぞ」


 その指示を受け、プロトタイプはゆっくりだけど動力を反映していき、加速を始める。その速度は徐々に増していき、試験場の端まで行くと方向転換を行って戻ってくる。待機している作業員がデータを取っている事も有り、それは少しの間繰り返された。


「データは取れたか?」

「はい、ばっちりです!」

「よし……それじゃ一度止めて飛行態勢に入れ!」


 次の指示を受けたテストパイロットが応えるように走行を一時停止したかと思うと、ハンドル近くにあるスイッチを押した。すると、車体の構造が少し変形し、結晶が赤い輝きを放って飛行形態になった。


「おぉ、本当に変形した!」

「まさかリアルで変形機構を採用しているなんて」


 生徒の間からはそんな驚きの声が上がった。

 まあ、この辺は実用性よりもロマンみたいなものだからね。


「よし、それでは飛行の検証を始める。少しずつ出力を上げろ」


 指示通りに結晶の輝きが少しずつ強くなっていく。だけど、出力が上がろうと浮かび上がる様子は見られない。小さなエンジン音が響き渡る中、一向に浮く気配がなかった為、周囲は失敗かと思われた時、ゆっくりと車体が浮かび上がった。


「おぉ」

「飛んだ!」

「良かった……」


「車体が重い分、予定出力では浮くことは出来ないか。だが、なんとか此処までは成功したか」


 周囲から安堵の声が漏れる中、大柄の男性だけは油断せずに冷静に浮かび上がっていくプロトタイプを観察していた。


「飛行データを取るからそのまま動いてみろ」

「了解しました」


 一定の高さに到達したプロトタイプはそのまま辺りを飛び回る。

 安定して飛行を続けるその姿に心配する要素は何一つ無いのだけど、どうしても安心しきれない嫌な予感がした。


「あれ…?」

「どうしたのアオ?」

「いや…なにか……」


 何故そう思ったのか、プロトタイプの全体を観察してみれば、すぐに理由が分かった。プロトタイプに装填されている赤いクリスタルが不規則な点滅をしているのだ。稼働中のクリスタルは基本安定した光を灯すものの筈である。其れは強弱はあれど、彼処まで極端な点滅はしない。

 それに気付いた時には、もう事は起こっていた。

 突然プロトタイプが想定外のエネルギー放出をした後に、制御外の空へと上がっていく。


「どうした!」


 異変を察した大柄の男性はモニターを見ていた作業員に状況を聞く。


「分かりません!突然暴走を始めたようです!」

「なんだと!?」

「こちらからシステムを制御することは出来ないのか!」

「何度も試しているのですがその度にエラーが出て……ッ」


 原因が分からない間にも制御不能となったプロトタイプは少しずつ速度を上げ、飛び回っている。テストパイロットも何とか制御しようと足掻いているようだけど、バランスが崩れた中では苦戦している。


「くそっ! お前たちはもしもに備えて消火具をもってこい!そっちは落ちて来た時の為に布でもなんでもいい、なにか受け止められるものを持ってこい!」

「「「は、はい!」」」


 流石に慌ただしくなればハプニングが発生している事は誰でも分かり、生徒たちにも混乱が生まれていく。


「これってやばくない?」

「疑問の余地なくやばいよ!」

「俺たちも何かした方が……!?」


 ある者は混乱し、ある者は指示を扇ぎ、ある者は何か出来ないかと作業員を手伝おうとした。だけど、皆がこの状況に収拾を付けるよりも先に、運悪く乗っていたテストパイロットの男性が空中に投げ出された。



―――あああああああああああ!!



「まずい!落ちやがった!」


 受け止めるための物はまだ来ず、助ける術は用意出来ていない。

 皆が戸惑っている中、周りには謎の水色の波が漂っていた。


「なにこれ!?」

「これって…光の粒子?」


 光の波はよく見ると、先程空結晶資料館の装置で見たエアクリスタルが発する粒子に酷似していた。だけど現在漂っている粒子の量は立体映像の比ではなかった。どこから発生しているのか辿ると、発生源はいつの間にか起動状態になっていた例のブーツだった。


「あれ?いつの間に!? というか何で発揮してるの!?」


 此れまで幾ら試しても放出迄は至らず、何故完全起動に成功しているのか一瞬分からなかったけど、今はそんな事はどうでも良かった。ブーツから粒子が放出されているのを目にした途端直感的にあることを思い付いたのだ。

 直感的に過ぎった途端、其れが本当に可能なのか等を考えずに、ただただ助ける為に走り出した。


「アオ!?どうする気!?」


 この粒子はこのブーツから出てる。其れならある程度は自分で扱える筈…!



「―――せいやぁっ!!」



 落ちてくるテストパイロット目がけて思い切り右足を振った。すると、可視化されていた水色の光粒子は蒼い旋風となって吹き荒び、落下してくる男性を包み込んだ。包まれた男性は徐々に落下速度を落とし、ゆっくりと地面に着地する。


「あれ……?生きてる?……どうなってるんだ?」


 皆が目の前で起こった光景に驚いている中、今度は負荷によって空結晶が砕け散って効力を失ったプロトタイプが落下を始めた。

 あれが落下しても二次被害が出ると思い、今度は回し蹴りの要領で左足を思い切り振った。すると再び蒼い旋風が巻き起こり、プロトタイプは爆発を起こすことなくゆっくりと地面に到達した。


「ふぅ……」


 思い付きで動いたけど、割となんとかなった。けどなんか疲れた。

 皆が状況を飲み込めず、場が静寂に包まれていた中、其れを破るように一人が声を発した。


「凄いぞソラノ!」


 一人の声を皮切りに皆が正気に戻る。


「ソラノやるじゃん!」

「さっきの風凄かったぞ!」

「ソラノさん凄いよ人命救助だよ!」


 皆が称賛を送る中、シロナが駆け寄る。


「アオ、また無茶なことを」

「なんか…なんとか出来る気がしたんだ」


 座り込んでいたのをシロナの手を取って立ち上がる。

 正直あそこまで上手く収まるとは自分でも思ってなかった。あんな事を可能にしたブーツはというと、やることはやったとばかりに今は停止している。確認でもう一度スイッチを押そうかとも思ったけど流石に止めておこう。それにしても先程の起動は一体何だったのか?あんな良いタイミングで…。


 改めて考えていると、大柄の男性を始めとした数人の作業員たちが私の下に集まってきた。多分今の事だろうなぁ…


「うちの者を助けてくれたこと、感謝する」

「あ、え?」

「アオ、しっかりしなさい」

「それで一つ聞きたいんだが、先程の事はどういうことなんだ?」

「えっと、原理は私にもよく分かってなくてですね、多分これだと思うんですけど……」


 どう説明したものかと悩んだ末に、取り敢えず足をぶらぶらしてブーツを見せた。此れが一番早いと思います。

 そのブーツを見て、研究関係者としての性なのか作業員たちが喰いついてきた。其れはもう引くぐらいに。


「なんだこのブーツ、こんな小さいものであれだけの効力を発揮したのか!?」

「というかこの空結晶の色はなんだ!蒼の空結晶なんて聞いたことないぞ!?」

「これをどこで手に入れたんだ?」

「えっと……石は小さい頃に欠陥品ってことで祖父に貰って、ブーツはこの間家で見つけました」


 圧されながら答えたけど、また勢いが…


「先程の出力で欠陥品だと!?」

「こんなものを手に入れるなんて……君は一体…」

「いや待てよ、ソラノ……?まさか君はあのソラノ博士の?」

「はい……孫ですが…」


 そのことを知って作業員たちは驚いていた。

 まぁ、その手の研究者だったら名前を聞いたことがあるだろうから驚くのも不思議ではないだろうけど。


「じゃ、じゃあ、それはソラノ博士の発明品かい?」

「一応……そうなるかも?」


 自宅で発掘しただけだから、もしかしたら別の人の造った物を貰っただけかもしれないけど、其処の所はまだ分からない。


「なら少し見せてくれないかい?ブーツの機構もその石にも大変興味がある!」

「えっと……遠慮します」

「そこを何とか!」

「無理なものは無理なんで」

「あの、いい加減に」

「もうやめとけお前ら」


 勢いに引いた。

 流石に大柄の男性も見ていられなかったのか、暴走気味の作業員たちに静止を掛けてくれた。


「わるいな、助けてくれたのに迷惑かけて」

「いえ……大丈夫です」

「あんたには借りがあるからな。今度何かあったらうちに来な、力になるぜ」

「あ、はい、ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらの方だ……さて、新たな課題が出来たから取り掛からねえとな。お前らもそろそろ向こうに戻りな」


 大柄の男性は作業員たちに指示を出して、完全に停止したプロトタイプを運んで新たな課題に取り掛かるために施設内に消えて行った。それを見届け、私たちも皆の下へと戻って行く。


「えっと、まぁ色々ありましたがこれにて終了とします」

「最後にお礼を言うぞ」

「「「ありがとうございました」」」

「よし、これで今回の見学は全て終了だ。それじゃあこれから止まる宿に向かうぞ」


 お世話になった企業にお礼を言って、駐車場に止まっていたバスに再び乗る頃には既に夕方になっていた。

 夕暮れに照らされながら、皆を乗せたバスが行き着いたのは大きな旅館だった。先生の説明によると旅館は貸し切っているらしい。



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