青かった空は今は黒く

 課外授業一日目の夜。

 色々と詰めたスケジュールも終了し、今は全クラス揃って学校が貸し切った旅館で夜を過ごしていた。


「そんじゃまあ、今日はお疲れさん。明日は自由だ!乾杯!!」

「「「「「かんぱーい!」」」」」


 旅館の大きな一室で、先生が釈放されるかのような音頭をとって宴会が始まる。集まっている者の殆どが未成年である事を考慮して、その手には酒ならぬ果汁たっぷりのフルーツジュースを手にしている。教師陣は当初酒を所望していたけど、流石に止められた。それはもう全力で。

 この部屋で宴会しているのは一緒に行動した二クラスの生徒と教師しか参加していない。とはいえ、二クラスしか旅館に居ない訳で無く、他の部屋では他のクラスも盛り上がっている頃だろう。ただ単に大部屋に全クラスが入らないだけである。


 皆の前にそれぞれある小さな机の上には夕食として出された料理が並べられていた。メニューは白く輝くようなご飯にお刺身の盛り合わせ、ほうれん草のおひたし、赤だし、といった感じのものだった。あと沢庵。


「先生!せっかくなんで一発芸いいっすか?!」

「おうおう盛り上がるなら何でもやってしまえ、そのかわり迷惑にならない程度でな。あと暴れるのも禁止な」

「ラジャー。てなわけでここはひとつ行かせてもらいます―――まんじゅうこわい」

「「「一発芸って落語かい!」」」


 舞台が用意されている訳でも無いけれど、勢いに任せた生徒の一人が、皆の前の広く空いた場所に躍り出て、一発芸を披露しようとして開幕ツッコまれていた。


「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが――」

「「「それまんじゅうこわいでも落語でもねえだろ!!」」」

「おじいさんは山を切り崩し、おばあさんは川を塞き止め」

「「「待て!それ何の話!?あとその老夫婦何者だ!?」」」


 ツッコミに関しては息の合ったクラスである。その後も謎の小話は続いたけどツッコミは耐えなかった。

 一人が始めると後続も少なからず生まれ、始めの生徒が自分の位置に戻った後も少しの間隠し芸大会のような雰囲気が続いていた。隠し芸を楽しむなり、食事を楽しむなり、各々自由に宴会を楽しんでいた。いたのだけど…


「にしても、昼間のソラノさんは凄かったなぁ」

「―――っ、けほっこほっ!」


 沢庵をこりこりと食べながら茶番を眺めていたのに、どうして話題の矛先が唐突に此方に向くのだろうか。お陰で気管に入って結構噎せた。都合良くシロナが隣に居たから介抱されたけども。


「おいおい、唐突に話題を変えるでないぞ?でもまぁ昼間のアレは凄かったがな」

「あの救出劇はかっこよかったなぁ」

「それもあるが、風を操るなんて聞いたことがないぞ」


 おいおいと言っておきながら何故そのまま話を続行させるんですか、どうせなら戻して欲しいんですけど!面倒だから!

 そんな願いも露知らず、周りは昼間の事を思い出してまで盛り上がり始めていた。


「本当に凄かったですけど、そんなに凄いことなんですか?」

「似た現象が無いわけではないが、あれだけの風を可視化した上に操るなんて聞いたことがない」

「「へぇー」」

「今見せてくれないの?」

「いや今履いてないから!見ればわかるじゃん!」


 やっぱりこの流れになったじゃん!だから面倒だったのに。此処は座敷だから当然靴は脱いでいるのに其れでも無茶ぶりしてくるんだもん。無いのは察して欲しいんだけど。…ちなみに、石は盗難防止のために旅館に入ったときに取り外して両ポケットの中に入れてるけど、単体じゃ無理。


「それにアレは偶然出来たことだから。というか、万が一出来てもここじゃ駄目だから!」

「「「えー」」」

「えーも何もない!てか、先生までなに一緒になってるんですか!」

「いや、ついな」


 全く、教師なんだからこういった場を制しておいてくれませんかね。

 ……あ、お刺身美味しい。現実逃避気味に食事に意識を戻せば、流石に深追いは止めようと思ったのか、周りの悪乗りも終わってそれぞれ食事に戻っていった。戻らない一部も深追いはせずに隠し芸大会の第二幕を始めるなどと、こんな感じで宴は盛り上がった。



 食事の時間を終え、皆それぞれ、自分たちに割り振られた部屋へと入っていく。私たちの部屋はいつものメンバーによる四人部屋である。偶に他部屋から誰かがやって来たりするけど、私たちは特に部屋を移動したりはしていない。

 移動に関しての取り決めとしては、旅館内限定で自由行動とされており、遊戯スペースとかには生徒が早速集まっている事だろう。お風呂等は混雑を考慮して他のクラスとのスケジュールを合わせる事となっている。そして、私たちのクラスのお風呂の順番がもう少しだろうから、今から何処かに行こうとは思わなかった。


「うぃ?アオ何してんの?」


 一人遊戯スペースへ行っていたウタゲが帰ってきて早々に問いかけてきた。問いかけられた此方の手には回収したブーツがある。旅館内では基本的に用意されたスリッパを使うので、自身の靴があるのは不思議かもしれない。


「やっぱり発動しないなぁ…」

「ああ、さっきのことで試してみてるのか。ってまた動かないの?」

「そうみたい」

「じゃあなんであの時はあんなこと出来たの?」

「うーん、分かんない」


 其れが分かれば苦労は無い…かもしれない。


「けど……」

「けど?」

「なんか…そうするように感じたんだよね…」

「?」


 ウタゲが頭に疑問符を浮かべているのが分かる。だけど、自分でもよく分かっていないから詳しく説明する事も出来ない。言ってしまえば頭でどうこう考えた訳じゃなく直感的に理解した事だから、改めると何が何だか。


「ま、いいや。そろそろお風呂に行かない?」

「あ、行く行く。シロナとよもぎんも行く?」

「え、えぇ」


 そろそろお風呂が許可される時間帯だから行っても良いよね。部屋の中に準備しておいた用意と折角だから浴衣を持って、ウタゲを追うように部屋から出た。






 二人が先に部屋から出て行った後、部屋にはシロナとヨモギが残された。お風呂に行かないと言う訳では無く、その手には準備が進んでいる。

 しかし、何かを考えるようにシロナの動きが止まった。


「……どうしたの?…」

「いえ、大したことではないの。ただ……アオ、今回中央に来て少し変わったなぁって」

「…変わった?…」


 あれで?と言いたげなヨモギに対して、シロナは言葉を続ける。


「えぇ、ほんの少し。落ち着いたというかなんというか……」

「…寂しい?…」

「え?……そうね、そうかもしれないわね……本当のことを言うと」


 中央に来てから、シロナはアオに変化を感じていた。其れは些細な変化かも知れないが、今迄見てきたからこそ感じられたのかもしれない。


「さて、多分待っている筈だからそろそろ行きましょうか。この話はまた今度ね」

「…うん。また聞く……」


 行くと答えた以上、きっと待っているだろうと思い、二人は話を切り上げて大浴場へと向かうために部屋を出た。外に出て少しすると案の定二人は待っていた。





「どしたの?着替えでも忘れた?」

「大丈夫よ。行きましょ」

「ここのお風呂は結構広いらしいよ」

「…其れは楽しみ…」


 一緒に出たと思っていたのに後から来たシロナたちと合流し、四人で噂の大浴場へと向かった。

 大浴場はきちんと男女で別れているにしても、かなりの広さを持っており、其れなりの人数が既に集まり始めていても、狭苦しさを全然感じ無かった。


 お風呂上りにはウタゲがどこかしらから持ってきたフルーツ牛乳がとても美味しかった。


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