蒼に至った老人

 貸し切りの旅館で一夜を過ごして次の日。

 事前に決められていたようにスケジュールフリーなだけあって、皆強制された訳でもなく朝から自由に動き出していた。人によっては朝から大浴場に向かったり、早速何処かへ行こうと準備をしていたりと本当に自由だった。そして出かける人に対しては先生が時間の事を知らせていた。


 私たちも急いだという訳でもなく、普段登校する時間帯に目を覚ましたから、旅館側が用意してくれていた朝食を食べながらゆっくりと予定を確認していた。


「一応訊くけど、私の予定通りでいいの?」

「まあ班行動だし?」

「一人で行かせるのも心配だからね」


 折角の中央なのに都合を合わせてくれるらしい。まあ班行動って決められているからなのかも知れないけど、其処まで嫌そうな反応は無かった。其れなら良いかと思いながら出汁巻き玉子を口に入れる。

 今食べている朝食は、生徒たちが朝から自由行動であるにも関わらずに旅館が用意してくれたものである。全員が取るとは限らず、人数が多い事を考慮したように、料理は取り放題形式が採用されている。並べられている料理は軽めなものが多く、その中でも和食が多めなラインナップで、今食べた出汁巻き玉子もその一つ。かなりおいしい。


「あ、此れもおいしい。

でも、もうそろそろ無くなりそうなんだよねー」

「食べれただけいいじゃん」


 取り放題形式といえど、本来頼んでいたものでなく好意で用意されているに過ぎないので、無くなった料理は特に補充がされたりはしないらしい。余る可能性すらあったからね。……そんな心配も無く、全員来たんじゃないかと思うぐらいに料理が減ってるけど。まあ、外で食べるなら別で費用が掛かるから当然か。


「御馳走様でした。」

「…ごちそうさまでした…」

「待って、まだ食べてるから!」

「同じく!」


 帰りの時間までまだまだ余裕があるからと、のんびりと朝食を済ませてから、出かけるために一度部屋へと戻った。


「此処にまたバスが来るから、帰りは此処で集合だぞ」


 出かけ際に先生にそう説明されてから、私たちは予定通り、研究書類を届ける為に祖父のソラノ・ウミオが居るであろう中央研究所へと向かった。


「アオ、その研究所までどれくらいかかるの?」

「研究所は中央っていう割には中心部から少し離れたところにあった筈だから此処からだと結構かかるね」

「まじっすか……」

「…遠い…」

「だから此処から一度バスに乗って、近くまで行くよ」


 その為にバス停まで歩いてたし。丁度近付くバスも見えていることだから、直ぐに四人でバス停から一度バスに乗って、研究所の近くまで向かう。え、バス代?私の全額負担ですが何か?あ?

 バスは大通りを通過して、中心部へと近づく。


「博士に会うの緊張する…」

「…右に同じ…」


 面識のある私たちとは違って、ウタゲとよもぎんは初めて会う事から緊張しているようだった。そんな様子で大丈夫だろうか。


「そんなに緊張しなくてもいいと思うんだけどなぁ…」

「だってあの博士ですぜ!教科書に載るくらいの有名人ですぜ!」

「また口調が変になってるよ……」

「そりゃ、二人は会った事があって、アオに至っては身内だからそんなに気にならないだろうけどさ…」


 まあ授業とかでも取り上げられるから、二人が緊張するぐらい凄いのは分かってるけど…


「気持ちは分からなくも無いけど何というか…」

「普段はまともなのに、少し変わってらっしゃるのよね……」

「……天才と変人は紙一重…」

「「……」」


 よもぎんの言葉に二人揃って斜を向いて黙り込んでしまった。普段なら、それを言うならバカと天才は紙一重、とでもツッコミを入れているだろうけど…ちょっとアレな記憶が…。

 どう返そうかと思っている間にシロナが恐らく故意的に話題を変えてきた。


「……それで?その資料って何なのアオ?」

「そういえば聞いてなかった、結構大事なものだったりするの?」

「いや、そこまで大事ってわけじゃなさそう。言っても分からない助手に教える為に昔の研究書類を使うかもしれない…って言ってた」

「ふーん、内容とかは見たの?」

「探すときにはちらっと見たぐらいだけど」

「…どんなの?…」


 この場で出して紛失した、ということになったら流石に大変だし、他に見られるのも面倒だから、書類は出さずに何とか自分の記憶を手繰り寄せて説明してみる。


「確か……結晶付与とか書いてたはず…」

「結晶付与?付与ってことは填め込んだりするの?」

「…多分、効力を与えるってことだと思う…?」

「あ、そっちか」

「そっちもなにも無いと思うんだけど…」

「それだとして…付与ってどうゆうこと?」

「そこまでは読んでないから分からない……って、知っててもこんなところであんまり話さない方がいいんじゃ…」

「機密情報だったら駄目ね」


 今更ながら機密漏洩を察して話を切り上げた頃、タイミング良くバスは中心部を少し逸れて、景色は落ち着いた雰囲気のする場所へ。其処から最寄りのバス停を目視すると降車ボタンを押す。ビーッという音が車内に鳴り響くとバスは少しずつスピードを落とし、やがて止まった。

乗車賃を払ってバスを降りると、活気があった先程までとはまた違った風が吹き抜けた……気がした。此処から記憶と電子地図を頼りに目的地へと向かう。


「で、何処まで行くの?」

「多分もうすぐじゃないかしら?」

「うん、あそこの角を曲がった先のはず」


 その言葉の通りに、大通りを渡り切って角を曲がった先に大きな施設が現れた。記憶が正しければ、その建物がソラノ・ウミオ博士が居るという中央研究所の筈である。


 四人でその建物の入り口に近づくと、二重の扉がセンサーによって自動で開き、中の様子が窺えるようになった。

 その階の半分は壁で仕切られていて、実験などの情報漏洩を防ぐためか奥の様子が直接には見えないようになっていた。見える範囲には応接に使う為か、机やソファーが置かれたスペースが存在した。時折、壁で区切られた向こうから怒鳴るような声が聞こえたり聞こえなかったり……。


「君たち!駄目じゃないか。部外者がこんなところに入って来ては」


 堂々と中に入っていくと、入ってきた此方に気付いた一人の男性が近づいて来た。まあ当然と言えば当然かもしれない。男性は首からゴーグルを提げていたが、白衣を身に纏っていたので、ありきたりだけど服装からして科学者なのだろうか?


「あの、私たちは」

「その子たちは儂の客人じゃよ」


 シロナが説明しようとした時、男性の後ろから聞き覚えのある声がした。

 男性の背後の階段から降りてくる人物がいた。白髪頭に立派な髭を蓄え、その見た目からかなりの年齢だろうが、それを感じさせない程の長身の老人。その人物こそ、新時代の立役者であり、祖父であるソラノ・ウミオ博士であった。


「これは失礼しました!まさか博士の客人だとは!」

「まぁ、儂も来ることを誰にも伝えておらんかったからのぅ」


 ハッハッハ、と笑いながら自分の髭を触る博士。

 いや笑ってるけども、事前に知らせておいてくれても良かったんじゃ…。とはいえ。


「おじいちゃん」

「おぅ、アオ大きくなったのぅ。こうして会うのは何年ぶりじゃ?」

「多分三年くらい」

「お久しぶりですウミオおじいさん」

「シロナ嬢ちゃんも美人になったのぅ……して、そっちの二人は誰じゃったか?」


 後ろのウタゲたちを見て、儂も歳かのぅ、などと冗談を言ってる博士に一応ツッコむ。軽く言っている時は大抵冗談だ。


「いや初対面だから。友達のニシノ・ウタゲとモチノキ・ヨモギ。今課外授業で同じ班なの」

「に、ニシノ・ウタゲです」

「…モチノキ・ヨモギです。よろしくお願いします……」


 ウタゲが想像以上に緊張している。それに比べてよもぎんはマイペースだった…いや微妙に緊張してる?

 挨拶をする二人に対して博士も改める。


「二人が世話になっとるのぅ。儂がソラノ・ウミオじゃ」

「ウミオおじいさん、別に私は入れなくても」

「シロナ嬢ちゃんも孫みたいなもんじゃろ」


 雑談をしている中で、そういえば、と此処に来た目的を思い出して自分のリュックの中からあるものを取り出す。


「はいこれ、例の書類」

「おお、悪いな……おや?」


 書類を受け取る手が止まった。確認して持ってきたから間違ってはいない筈だけど。


「どうしたの?これじゃなかった?」

「書類は合っとる……アオ、その靴は」


 その視線は書類ではなく、その下に見えた私が履いているブーツのようだった。気になるのも当然と言えば当然か。仕舞っていた自分の発明品を孫が盗みd(げふんげふん)履いているのだから。


「あ、これ?書類探してるときに見つけて……やっぱり駄目だった?」

「いや、遊びで作った物じゃから別に使ってくれてもいいんじゃが……それに付けているのは、儂の記憶に間違いが無ければ、あの石か?」

「うん」


 そう答えると書類そっちのけでブーツをまじまじと観察し始めた。一人で考えている所に横からウタゲたちが口を挟む。


「アオ凄いんですよ!それで人命救助をしたんですから!」

「…アオというより博士の発明品?…」


 思い出して軽く興奮混じりで二人はその時の出来事を説明した。

 そして―――


「その石を正常に起動できたのか!?それも其程の効力を!?」


 流石の作り手も驚いた。この場合は発明というより石の方か。どちらにしても同じか。自らの手を離れた物が予想外の成果を上げてたらそりゃ驚くよね。石に関しては欠陥品と一度判断してる訳だし。

 というか、さっきから驚いてばかりじゃない?


「そうか……やはりそうなるか……」


 説明を聞く前から何やら考えている節はあったけど、説明を聞いてから一段とぶつぶつ考え出した。時折自分で納得しているような声が聞こえる。


「返せとか言う?」

「いや、それはアオにあげたものだからの、それはもうアオの物じゃ」

「良かった……けど、また動かなくなったんだよね」


 ブーツに装填しているエアクリスタルを見た。

 先日の発動以来、エアクリスタルは今迄と同じかそれ以上の輝きを放つようになった。以前よりも馴染んだという事なのか、完全に使えなくなったわけでは無さそう。…今は反応が無いけど。


「そうか。アオ、これが発動した時のことは覚えているか?」

「うーん、覚えてるような覚えていないような…?」

「では、最近何かを感じることは?」

「感じるって言ったら感じてないことも無いけど、それが何?というか何で分かるの?」


 そう答えると博士は自分の髭を触りながら少し考え込んだ。あれ?私の質問の返しは?


「まぁ、その正体が分かれば自ずと自由に使えるようにようになるじゃろ。恐らくアオ次第じゃ」

「?」


 アオ次第とはどういうことなのだろうか?


「にしてもそろそろ昼じゃ。昼食にでもするかの?折角じゃから皆もどうじゃ?」

「じゃあ、遠慮なく」

「右に同じ」

「異議なーし」

「…お腹空いた…」

「…というわけじゃ。儂らはこれから出かけるが、皆も頃合いをみて休憩をいれるんじゃぞ」

「は、はい!」


 話が決まっては、近くに居た男性に後の事を伝えて、私たちは連れられて昼食へと出かけた。




「この近くに良い店があると助手が言っていてのぅ」

「へぇ~」


 助手に聞いたという研究所の近くにある店に徒歩で向かう。

 向かってる途中に研究の小話を話してくれているけれど、そんな中で、私はさっき言われた事を考えていた。


(この感じるものの正体?中央に来てからはっきりと感じるこの感覚。そういえばおじいちゃんはなんで知ってるんだろ?おじいちゃんが知ってると言うことは石関係?)


 考えてみてもイマイチ納得がいかない。

 そんな時、カンッ、という甲高い音が聞こえた。音は頭上から聞こえた気がして、頭上を見上げると隣の工事現場からはみ出ていた鉄骨がぐらぐらと揺れ、落ちた。


 皆は気付いてない。

 今から声をかけても鉄骨を避けきれるかは分からない。

 それなら一か八か…と、先の発動の事を思い返しながらブーツのスイッチを押した。すると、あの時に比べれば弱いけど、ブーツは静かな音を上げ輝きを増していく。

 今度は行ける―――!


「せいやぁぁぁっ!!」


 あの時と同じように思い切り右足を振り回し、旋風を巻き起こす。

 旋風は狙った通りに鉄骨を巻き上げ、工事現場の人の居ない平地まで吹き飛ばす。

 突然の行動と旋風に周りは驚いたが、状況を見てすぐ理解した。


「なんとか出来た」

「アオ、また…!」

「どうやら気づかぬ間にアオに助けられたようじゃの。……しかし、今のが……」


 事態に気付き、工事現場の方から作業員が数人出てきた。当然ながら慌てているが落ちた鉄骨が吹き飛ばされた事には何が起きたのか分からずに驚いていた。


「すいません!大丈夫ですか!」


 博士が応対し、作業員たちが何度も謝っている中、シロナは何処かを見ていた。


「どうしたのシロナ?」

「いえ……何か妙な視線を感じた気がして……気のせいかしら?」


 そう言うので、シロナの言う方向を確認してみたけれど、これと言って妙な視線を送る人はおらず、シロナの気のせいということで話は終わった。




―――――だが、それは気のせいではなかった。




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