響き合う蒼

「お――君!―――――おい、大丈夫か?」


 んん……。


 遠くから語りかけるような男性の声が聞こえた気がして、目を覚ました。

 目を覚ますと自分たちの周りには四、五人の人集りが出来ていた。先程聞こえた声もその人たちの声だったらしい。


「あれ……なんでこんなところで寝てるんだっけ」

「…たしか煙が……」

「アオが人とぶつかってそれから……」


 他の皆も目を覚ましたものの記憶は少し混乱していた。かく言う私も此処で眠っていた理由は薄っすらとしか思い出せない。

 えっと、確かお店を見て回るために四人で大通りを歩いていて、前から来た男性とぶつかって……其処からのことがあまり思い出せない。どうしても寝ていた理由が分からない。

 そんな時――――


「アオ!ブーツが!」


 ブーツ?

 シロナが何やら慌てた様子で言っており、まさかと思って自分のブーツを見てみるとその側面にある筈の蒼いエアクリスタルの姿が何処にも無くなっていた。


「嘘!?無い!?なんで!?」

「どっかで落としたか!?」


 落ちたにしても今迄カッチリ填まっていた上に何度か振り回したりしても外れなかったから、軽い振動で外れたとは思えない。駄目元で辺りを確認してみたけどやっぱり見つからない。


「君たち……大丈夫かい?」


 流石に此方の様子が心配になったのか、男性が訊いて来る。

 その男性にシロナは返しながら質問する。


「ええ大丈夫です。あのすみません、ここに付いていた筈の石を知りませんか?」

「石?知らないなぁ」

「本当ですか?」

「あぁ、僕が来たときはそんなものは無かったよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 質問を終えてからシロナは顎に手を当てて考えるようなポーズをとる。

 考える必要もあるけどとりあえず立ち上がり、集まっていた人たちに礼を言った、すると人集りは留まっていては通行の邪魔になるとでも思ったのか、すんなりと消えていった。

 人集りが無くなってから未だに考えているシロナに近寄った。


「なにか分かった?」

「そうね……あの人たちの言ってたことは恐らく真実よ」


 確かに変な動きは無かったし、ブーツに石が付いていた事すら本当に知らないみたいだった。本当に心配して集まっただけみたい。


「え、じゃあ石はどこに?」

「多分あの時ぶつかった人が持って行ったんだと思うわ」

「…なんでそう思うの?…」

「あの時ぶつかった人が落とした缶から出た煙、あれは睡眠ガスよ。私たちはアレを吸ってから意識がなくなったわ。あんなものを持ち歩いているのは不自然でしょ」

「まぁ普通持たないよね」


 普通どころか、軍事関係でも使ってるか怪しいよ今時。


「多分少し前から狙ってたのよ。アオがさっき石を使った後に妙な視線を感じたの。あの時にはもう目を付けられていたんだと思うわ」


 思い返してみれば、シロナがそんなことを言っていた気がする。あの時は気のせいと言う事で流れたけど、まさか其れがこんなことをしてくるとは。


「じゃあそいつを探せば……!」

「…どうやって……?」

「時計を見てみたら、私たちが眠らされてからまだ十分も経ってないわ。探せばまだ近くに居るかもしれない」


 シロナが自分の腕時計を指差しながら言う。

 確かに相手が交通手段を取ってさえいなければ、今から追っても見つかるかもしれない。だけど、探すにしても肝心の手掛かりは無い。ぶつかった時の相手の顔を思い出せないのも痛い。どうすれ――ば――――――――。


「人に聞けば目撃情報は得られるかもしれないわ。けどもし車を使ってたら結構遠くまで行ってるかも…」

「なら使われるよりも早く足取りを見つけないと…!」

「…でもどうしたら…」


 三人が悩む

 すると、シロナが先程から黙っている此方に気が付いた。


「アオ?」



 近くに居る筈のシロナの声さえ遠くに思える。


 ―――。――。――――――。


 何かの音が聞こえる。


 言葉にしては曖昧で、風の音?というわけでもなさそう。


 この音を聞いていると何か不思議な感じになる。


 前にも聞いたような音。確か中央に来てから何度か感じた感覚に似ている。けど此れはまた少し違う。


 この感覚って……。



「……アオ!」

「え、何?」


 シロナの声で引き戻された。

 自分事の最中なのに気が抜けてしまう。


「アオ、どうしたの?」

「…いや、何でもない」

「アオの石が盗られたってのに暢気だねぇ」

「…これからどうする…」

「じゃあ、手分けして探しましょう。あの時の人の特徴覚えてるわね」


 シロナがそう仕切って、私とシロナ、ウタゲとよもぎんの二班に分かれた。

 手掛かりであるぶつかった男の特徴を未だに思い出せないけど、代わりにシロナが思い出したようなので何とかなる。シロナによると、身長はそこそこあって、髪は短髪で眼鏡を掛けていて、スーツっぽいものを着ていたらしい。バリバリの営業マンというよりはサボりっぽかったとか。

 外見を確認した後に、私たちは別々の方向で男を探し出すこととなった。


 二手に別れた後、シロナは早速目撃情報を得るために街で人に聞いて回っている。だけど、やっぱり情報はあまり得られない。似たような人は見かけれど、ぶつかった相手は早々見つからない。


 中々進展しない状況なのに、何故か、向こうに何かがあるような気がする…。


「アオ、聞いた話だとバスに乗ったのを見たって……アオ?」


 やっぱり感じる。


「…あっち」

「…なんでそう思うの?」

「なんでか分からないけどあっちな気がする」

「…分かった、他に有益な情報も無いことだから、その勘を信じることにするわ」


 付き合いが長いだけあって、根拠のない予感をシロナは信じてくれた。

 何かを感じるのは遠くだから、近くのバス停に向かい、シロナが念のためにウタゲとよもぎんにメールを送信した頃にタイミング良く来たバスに乗って、予感のした方向に向かった。


 バスは徐々に街の中心を外れて、外側に向かう。私たちが乗ったバスはこのエリアの中央から外周を軽く一周するような進路をとるらしい。

 車内で目を閉じて黙り込んでいる。前とは少し違う感じだけどやっぱり感じる。どうやらシロナには感じ取れていないみたい。

 そんな中、いくつものバス停を過ぎ、バスは都市間を繋ぐトンネル付近までやってきた。辺りには特に怪しい人影は居ない。だけど此処らが丁度良いように思えて降車ボタンを押した。

 バスは次のバス停で止まり、二人でバスを降りた。


 降りた場所はこのエリアの外側に近い住宅街だった。

 やはり怪しい人影は無い平和な所。感じる先はこの住宅街では無く、バスのコースから外れたさらに奥の方。バスを降りてから直感を頼りにある方向へ歩いていく。段々とエリアの端に近づいていき、見えてくるのは空中都市としてのエリアの外壁とその奥に見える別エリアへ続くトンネル。

 壁が近くなり、人が居るとは思えないと思われた時、壁に一つの扉がある事に気付いた。此処はトンネルの横に位置している事から、あの扉は外での作業で使っていた名残なのだろうか。そんな扉を慎重に開けようと手古摺っている様子の短髪スーツの男が其処には居た。


「――――あ、あそこ!」


 男は此方に気が付くと急いで無理矢理に扉を開けた。扉が開かれると外から此方まで届く程の強い風が流れ込み、男はその中に消えた。


 逃がすまいとその後を追って扉を潜ると、その先は手摺はあるけど足場は少なく道は下へと続く階段となっていた。其れに加え、風も吹いていてどこぞの度胸試し以上のスリルが感じられる。

 階段を少し下った先にはちょっとしたスペースが存在し、其処で男が行きで乗ってきたのだろうと思われる一人用の小型飛行艇に乗ろうとしていた。

 小型飛行艇は個人で入手するにはかなり難しい程の金額と操縦技術を要求するけども、その名の通りに個人で空を渡ることが出来る物である。そんな物に乗られればもう追う事は不可能になる。


「(やばっ、こうなったら…っ!)」


 飛行艇の存在に気付いた頃には飛行艇のエンジンが動いて光を放出し始めており、今にも飛び立とうとしていた。

 飛行艇がふわりと離陸していく。此処から安定して加速していくのだろう。そうなる前に私は飛び移った。


「アオ!危ないわ戻って!」


 後ろでシロナの声が聞こえるけど風とエンジン音に掻き消されて聞こえない。

 何とか飛行艇にしがみつく事が出来、飛行艇はそのままソラシロの外の空へと飛び立った。

 無事に飛び立ったとはいえ、操縦に難があるのか其方に男の意識が向いていて、飛び移ってもまだ気付かれていない。奪い返すなら今のうちに……でも石は何処に…?一番怪しそうなのは手近にある男の鞄。其れに向けてそろりと手を伸ばす。


 そろり…そろり…


「うわっ、小娘いつの間に!?」


 しまった!気付かれた!

 こうなったら乗り込もうとしたけども、飛び乗っていたことに気付いた男が振り落とそうと飛行艇を揺らした。右に左に機体が揺れる。


「あば…!あぶぶ……!!」

「しつこいな!ならこれは……ッ!」


 そう言うと男は思い切りハンドルを切り、機体は先程よりも傾いた。それでも何とかしがみついていたけども、その時にダメ押しのように強風が吹いた。しがみつく手が滑り――――



―――空に投げ出された。



 此れがバンジージャンプやスカイダイビングなら安全策が存在するんだけど、生憎とそんな物は無い。雲一つない蒼い空の中に私は落ちていく。

 遠くからはシロナの叫ぶ声が聞こえた気がした

 空中都市が段々遠くなっていく。


 こんな状況だけど、この身一つで空と一体化したような感覚になると言ったら不謹慎かな。いやその前に暢気と言われるか。確かにそんな暢気な場合じゃなかった。

 頭はまだ動いているけど、そんな事お構いなく身体の方は、高度の高い空中都市からの落下による酸素濃度の変化によって少しずつ動悸が乱れ始める。

 地面に到達する前に迫り来る死。


 此の状況からは、流石に何も出来ずに死を覚悟して目を閉じた。


 そんな時…






――――――――――――――――。






 今になってまたあの音が聞こえて、思わず目を見開いた。

 其れも、今度はかなりはっきりと聞こえた。何とか視線を巡らせて音が聞こえたであろう先を探ると―――――空中都市の核の一部である剥き出しの大きなエアクリスタルが輝いていた。其れが強く輝く度に聞こえていたものと同じ音が耳に届く。


 やっぱりそういうことだったの?

 まるでその思いに応えるかのようにエアクリスタルが輝いているように思えた。その輝きを見て、此れまでの幾つかの事が漸くすっきりした。伝わってきた。


 今迄薄らと感じていたのはエアクリスタルだったんだ。

 まるで意思があるようにエアクリスタルが語りかけてたんだ。そして其れはあの蒼いクリスタルも同じ。いや、長い時間一緒に居たからこそ尚更……


 その事を理解した時、核のエアクリスタルが力強く輝いた。


「な、なんだ!?」


 核の輝きに呼応するように、飛行艇に乗っている男の鞄から光が漏れる。すると、鞄の中に入れられたある物が鞄の中で動き出し、鞄から風を伴って飛び出した。

 男は驚いて回収しようとするが、其れ―――蒼いエアクリスタルはその手を躱して空下へと飛んでいく。


「此れって…」


 飛行艇から私の下にやってきた(帰ってきた)エアクリスタルは、強い輝きを放ちながら周囲をふわふわと飛んでいる。すると、先程まで重力に従って落ちていた私の身体は次第に速度を落とし、やがてその場で停止して、まるで此処が水中かのように漂っている。


「えっと……おかえり?」


 自分の下に戻ってきたエアクリスタルに一応そう言うと、エアクリスタルは自分からブーツに納まり、其処から膨大な光の粒子を放出する。放出される光の粒子は次第にブーツを基点にある形を形成した。光は左右に大きく広がりやがて翼となる。

 翼が形成されてからは此処が空と忘れる程に身体が軽かった。


 エアクリスタルの心を理解した今となってはもう何処にだって飛んで行ける。


 翼を得た事で思う通りに動くことが出来、急激な加速を持って遥か上空に飛び上がった。そして男の乗る飛行艇の正面付近まで辿り着くと、其れを見て男は驚いた。


「お、お前、なんで!?

その石か!やはり他とは違うのか!」


 男が何かを叫んでいるけども、耳を貸す気は無い。今の私にはこのエアクリスタルの心が宿っている。どうやらエアクリスタルは怒っているらしい。其れなら私は力を貸すだけ。

 身体を前に倒して片脚を後ろにあげると、周囲の風がブーツを中心に集まっていく。集まった風は暴風の如く荒ぶっており、今迄以上な程に膨れ上がっている。

 そして、飛行艇に向かって風を蹴り飛ばすと、それは旋風となり竜巻となって飛行艇を襲う。


「そんなもの……!」


 竜巻が迫り来る中、男はハンドルを動かすが飛行艇は反応しない。動力部に組み込まれているエアクリスタルが輝きを失っていたのだ。


「何故だ!なぜ動かないッ!……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 竜巻は飛行艇を包み、飛行艇が飛び立った場所まで吹き飛ばした。不時着させられた飛行艇は細部が破損し、クリスタルは光を失っている。今すぐ逃げ出すことは出来なくなっていた。

 空中都市に戻された飛行艇から這うように男が出てくる。


「くそ……ッ、このままでは……!」


 男は未練がましく立ち上がるが、その行く手を遮られる。


「このままでは何なんだ」

「とりあえず一緒に来てもらおうか」


 男は何時から居たのかと思う警官二人に連れていかれた。多分シロナが保険として呼んでいたのだろう。おっと、見つかったら面倒そうだ。

 男がなんやかんや言いながら連れて行かれた後、こっそりと作業用スペースに戻ると、警察には付いていかなかったらしいシロナが駆け寄ってきては抱きついてきた。


「く……くるしぃ……」

「アオ、良かった…本当に無事で良かった……」


 いや、あの、無事だけども…別の意味で落ちそう……


 その後、エアクリスタルを取り返したことをウタゲとよもぎんに連絡してから二人と合流し、時間も迫っている事からお土産屋に寄ってからクラスの下に戻ったけど、勝手に範囲外に出たということがバレてこっぴどく叱られた。事情を説明すれば良かったのかも知れないけれどそのことは言わず、あの事件の詳細はアオとシロナだけの秘密となった。


 そして、なんやかんや有った課外授業は終わりを告げた。


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