第1章 蒼の章
今日も空は青かった
空暦34年、4月。
4月と言えば、季節としては春に当たるであろうけれど、4月も始めという訳でも無く、季節感を感じられるような物も近くには特に無い。だけどこの日の空は雲一つなく何時にも増して青く澄んでいるように思えた。
広く澄み渡る空の中で、誰が見ても場違いと思う程に不協和音を生みながら浮かんでいる巨大なドームのような形の集合体。其れは自然に発生した現象などでは無く、紛うこと無く人の手によって生み出された結晶。それが私たちの住む空中都市-ソラシロ-である。生存圏の崩壊により人類が手にした新たな生活環境。人によってはコロニーと呼ぶ人も居る。その辺はどちらにしても指している物が同じと伝わる為に別に統一化はされていない。何なら、さらに砕けた言い方をする者も存在している。
そんな愛着すら生まれつつある環境も、当然ながら移住当初は昔の生活を忘れられずに不自由な思いをしている者もいた。何せ、常に大地が浮いているのだ。揺れは可能な限り軽減されているとはいえ、高度が上がった事による気象の影響というのも地上とものとは少し違うのである。
…といっても其処は順応性のある種である人類。時が経ち、今では不自由が全く無い訳では無くとも、進歩していく世の中にすっかり馴染んでいるようだった。
そんな空中都市は一つだけという訳では無く各地の空に存在する。国境も無い今となっては、その空中都市が一種の国家のようになっている。
そして、この空中都市-ソラシロ-は、一番最初に安定稼動に成功した始まりの空中都市である。
「----♪」
エリアとしては住居区なだけに住居が立ち並ぶ朝の街。
生まれてから然程変わり映えの無い光景だけども、清々しい風が流れるだけで気分が自然と爽やかになるような気がする。
「何かいいことでもあったのアオ?」
後ろから聞き慣れた声が聞こえたことで、私は鼻歌(無意識)を止めて振り向くとそこには黒い長髪を後ろで一つに束ねて前に垂らしている少女が居た。私とは同じ歳だけど私よりも大人っぽい。
「いやぁ、今日も空は綺麗な青だなって思ってね」
「相変わらず青が好きね」
「そりゃもちろん、私の名前と同じですから」
「はいはい」
彼女は幼馴染であり長い付き合いでもあるユウキ・シロナ。それ故にこう言った会話は私たちにとってはいつものことである。私が起こしてシロナが流すといった感じ。お笑いで言ったら、私がボケでシロナがツッコミって感じ。誰がボケじゃい!
「そういえば、なんでそっちから来たの?」
シロナとは近所という事もあっていつも一緒に学校に登校しているから、今日もそのつもりでシロナの家に行ったけれど既に居なかったから、てっきりもう学校に行ったと思っていたのだけど、予想外に、何故かシロナは後ろから来た。
「ちょっとね」
シロナにしてはなんとも歯切れの悪い返答である。何か隠してる?
「ちょっとって何さ~、教えろぃ」
「…今朝、鳥が家に迷い込んでてね、誰かのペットらしく、ご丁寧に足に住所が書かれた紙が付いてたから、飼い主に届けてたのよ」
そう言われて思い出してみれば、朝から少し違う鳥の鳴き声が聞こえていた気がする。朝から鳥の鳴き声なんてよくある事だからそう深く考えなかったんだけど。
「おかげでもうこんな時間よ」
「まだ大丈夫だよ、別の地区に行くわけでもないんだから、間に合うって」
「…そうね。別の地区に行くのだったらああいうのに乗らなきゃいけないわけだからね」
シロナの視線が余所へと流れる。詳しく言えば道路の方を向いて、其処に走っている自動車などを見ていた。地上のみならず、低空とはいえ空中さえも自動車が走っている。
通学に自動車を利用する事は珍しい事では無い。家が遠い人は結構使っているし。
空中都市は広く、地区間の移動は徒歩では厳しい場面が多い為に今の時代、そういった距離の移動は専ら電気を燃料とする電気自動車や飛行型自動車が主流となっている。電気自動車は太陽光発電を採用しているものが多く、充電に時間はかかるとはいえ費用が少なく、地球に優しいので空中都市では基本として普及している。
其れとは別に飛行型には空中都市と同じ原理でエアクリスタルが搭載されている。エアクリスタル自体高価なもので、其処まで普及率が高い訳では無いけれど、クリスタルにはランクが存在し、ランクの低い物は一般にも使用されている事も割とある。ただし、当然純度の高いもの程市場ではあまり出回らない。
自動車に使われているものは、天然物の10分の1程度の出力の橙色の人工生成のクリスタルが使われている。此れは自動車に限った話ではなく一般に普及されているものの殆どは人工物だったりする。
ちなみに純度の高いもの程透き通った緑色をしていて、空中都市の核にも使われているエアクリスタルは天然物且つ最高ランクのものという事になっている。
「ああいうの良いよね、私も飛んでみたいなぁ」
実際はこの地面自体飛んでいて、惑星の地表から考えれば住人は例外なく飛行している事になるけれど、住人からするとあまり実感がない。何せ地に足を付けているから。
「まぁ確かに1回くらいは思うわね」
「でしょー。私、いつか飛んでやるんだ・・・」
「死亡フラグすれすれよソレ」
後の事を言ってないからまだフラグとしては全然大丈夫。
まあ、私にとっては飛ぶことは夢の一つではあるからフラグだろうと気にはしないけど。私に限らず空中都市の民にとっては珍しくもない夢かもしれないけれど、それらとは違って、私にはちゃんと理由がある。…それほど大きな理由でもないけど。
そんな感じで二人で雑談しながら学校を目指していると、その道中に子どもの集団を見つけた。朝から元気だななどと思っていたのだけど、どうにも様子が変だった。
「…ちょっと?」
「…好きにすれば」
シロナに一応許可を得てから子どもたちの元へと向かう。
何事かと話を訊いてみると、ボールを蹴りながら歩いていたらミスをしてボールが近くの木に乗って取れなくなったらしい。
「どうする気、アオ?」
「もちろん、取ってあげますが?」
「でしょうね・・・気をつけなさいよ」
「わかってる・・・よっと」
周りの他の木に比べると結構立派な木だけど、此れならまだ登れない事は無さそう。途中の枝もしっかりとしてるから体重を掛けるのは少し怖いけど足場には使えるから何とかボールの場所まで辿り着いた。
「此れで良いんだよね?」
「それ!」
回収したボールを子ども達に投げ渡す。
子ども達はそれを受け取ると皆して礼を言っては立ち去って行った。少しぐらい待ってくれてもいい気がするんだけど…まあいいけどね。
「さてと私も下りない……とっ」
目的は終わったし私たちも早く行かないとね。
そう思いながら、飛び降りる訳でもなく逆順で下りようとした。別に油断はしてなかった…筈。だけど、その時に風が吹いた事に微かに意識が逸れたからなのか、足を滑らせてしまった。
「アオ!?」
落ちた。
何だろうね。地面から其程距離は無い筈なのに、どうしてか此の瞬間が長く感じられる。此れが走馬灯なんだろうね。…意外と昔のこと思い出さないんだけど。其れはさておき、良くて骨の1、2本、打ち所が悪ければ死ぬだろうなぁ。
「(ん…?)」
やけに思考に余裕があるからなのか、落下中でも何処からともなく吹く風に気付いた。更に言うとその風は周りの葉を揺らさず、自分を中心に局所的に発生しているように思えた。
「ったぁぁ!」
とか思ってたら割とまともに身体を打ったんだけど!骨は特に折れて無さそうではあるけど、此れが結構痛い。頭の方がじんじんと痛む。
「アオ大丈夫!?」
「なんとか」
シロナが心配そうに駆け寄ってくる。
一応支障は出てないから身体を起こす。
「アオ!危ないでしょ!アオはいつもいつも―――!」
「はい、ごめんなさい……」
がみがみとシロナの説教が始まった。シロナとは昔からよく一緒だったけれど、今回のは一段と迫力があるなぁ。あ、大きい声を出されるとまだ響くんだけど…
説教はシロナが時間を思い出すまで続いた。
「―――と、時間が無いんだったわ、いい?次またしたら…」
「はい、了解です…」
「ほら、早くしなさい、もう走らないと間に合わないわよ」
まだ微妙に頭の中が響いている感覚があるけれど、シロナに手を引かれながら取り敢えず学校に急ぐことにした。
足は学校へと急いでいても、頭の中では少し引っかかる事がある。
「(そういえばさっきの風、薄らと色があったような気がするけど……ま、いっか)」
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