最終話 白鳥は空を飛ぶ
フルートが目を覚ますと、ベッドを覆う透明なアクリルグラスの蓋が開けられ、見知らぬ天井を見上げていた。
「……知らない天井」
彼女は自分が読んだ小説の鉄板ネタを、恥ずかしそうに呟く。
そして、むくりとベッドの上で上半身を起こすと、部屋を見渡して誰も居ない事を確認した。
それから小さな声で……。
「ステータス」
残念ながら、彼女の目の前にステータスの表示は現れなかった。
「……現実は厳しい」
そう呟いた後、改めて部屋と自分の姿を確認する。
部屋はベッド以外に何もなく、そのベッドも軌道エレベーターで泊まった時の物だと思い出した。
そして、下を向いて自分の姿を確認すれば、白い患者衣を着ていた。
彼女が現状に戸惑っていると、部屋のドアが開いてビクトリアが中へ入って来た。
「目が覚めたか」
「……おはよう?」
中に入って来たビクトリアに、フルートが首をコテンと傾けてあいさつをする。
「……まだ記憶が混乱中らしいな」
ビクトリアから話し掛けられても、ぼーっとしていたフルートだったが、次第に記憶が蘇ると、焦った様子でビクトリアに迫った。
「R・E・Dは!? アークは生きてるの!?」
起き上がろうとするが、すぐに貧血を起こすと体をふらつかせた。
「まだ血液が足りない。急に起き上がると倒れるから横になれ。順に説明する」
フルートはビクトリアに支えられてベッドに横になると、彼女の話を聞くことにした。
「R・E・Dは死んだ」
「それじゃアークが?」
雷に撃たれた事を覚えていないフルートが、興奮した様子で問い掛ける。
「お前達は最後の一撃を見舞う前に落雷を受けた……実際にその時の映像を見た方が早い」
ビクトリアが壁に付いたパネルを操作すると、壁の一部が開いてスクリーンが現れる。
そして、R・E・Dとの戦いの最後のシーンが流れ始めた。
豪雨の中、ワイルドスワンが上昇する。そして、反転すると同時に雷に撃たれた。
炎上しながら墜落するワイルドスワンが、突然、機首を変えてR・E・Dの頭に衝突。
崩壊して落下するワイルドスワンの横で、R・E・Dが絶叫を上げた。
絶叫は大地を揺らし、暗雲を全て吹き飛ばす。
その勢いは軌道エレベーターのカメラにも届き、映像が乱れた後、何も映らなくなった。
「凄い……」
映像を見たフルートが呟くと、ビクトリアが同意する。
「おそらくだが、アークは雷に撃たれても辛うじて意識があったのだろう。それで自爆覚悟で最後の一撃をR・E・Dに与えた」
「それでアークは!?」
「生き返らせた。死体の損傷が酷かったから、まだ培養液で回復中だが、明日には目を覚ます」
「生き返らせた?」
ビクトリアの説明にフルートが首を傾げる。
「お前とアークは死んだ」
「……は?」
死んだ自覚のないフルートが、呆然となってビクトリアを見上げる。
「私は言った筈だ。R・E・Dから作られるエリクサーは死者すら生き返らせると。それで、お前とアークを蘇らせた」
「でも、薬はアルフの王様に渡す予定だった筈」
「薬が1つだけしか作れないとは一言も言ってない。あの大きさだ、幾つか製造しておいた。帰る時に持っていくといい」
「でもワイルドスワンが……」
映像でワイルドスワンが破壊したのを見たフルートが顔を顰める。
「安心しろ。素材だけは沢山出来たからな。R・E・Dの死体から幾つか見繕って修理した。だが……」
「……だが?」
言葉を詰まらせたビクトリアに話の続きを促す。
「あの強力な存在だ。R・E・Dの素材で作ったワイルドスワンは、以前と比較して、強度が3倍近く硬くなってしまった」
「……はぁ」
ただでさえワイバーンの硬い素材で作られたワイルドスワンが、さらに硬くなったと聞いて、フルートは曖昧な返事しか出来なかった。
「とりあえず、今は休め。アークが起きたら連絡する。暇ならこれを使え、適当な映画がスクリーンに流れる」
ビクトリアはそう言うと、彼女にリモコンを渡して部屋から出て行った。
残されたフルートは何もする事がなく、リモコンを適当に操作する。
すると、女の子が魔法使いに変身して悪と戦うアニメが流れた。
始めて見るアニメに興奮したフルートは、この場所が楽園だと知った。
翌日になると、肉体を回復したアークが目を覚ました。
「アーク!!」
突然、フルートの体当たりを喰らって、アークがベッドに押し倒される。
「ふぁ!? 何だ何だ?」
意識が回復したばかりのアークは、胸に抱きつくフルートに、状況が理解出来ず、キョロキョロと周辺を見回した。
「寝起きに美少女メイドから押し倒されたら、元々元気な下半身がさらに元気になるけど、突然のシチュエーションで状況が分からねえ!」
「ごめん……」
「まあ、起きたら入っていたという例もあるから気にするな」
ちなみに、その例はマリーベルの事。
アークの冗談に、フルートが起き上がって目じりの涙を拭う。
「無事で何よりだ」
2人の様子を見ていたビクトリアが、アークに話し掛けてきた。
アークはこめかみを押さえて記憶を蘇えらせると、ビクトリアに尋ねる。
「……それであのデカクソは死んだのか?」
「そのデカクソと言うのがR・E・Dの事を言っているのなら死んだ。その時の映像を見せよう」
そう言うと、ビクトリアはフルートにも見せた映像を彼にも見せた。
「我ながら呆れた執念だな。自分がキメエ」
映像を見たアークが肩を竦める。
「それにしても、よく意識を失わなかったな」
ビクトリアが問い掛けると、フルートも同意して頷く。
「んーーあまり覚えてないんだけど……意識を失ったら、突然、頭の中でガキの泣き声が聞こえてきて、意識を取り戻したんだ。後は目の前で嘲笑うクソ野郎が居たから、ムカついて突っ込んだ。そっから先は覚えてねえけど、何で俺は生きてんだ?」
アークが自分の両手を見て首を傾げる。
それで、ビクトリアは彼にも薬で生き返った事と、ワイルドスワンを修理した事を説明した。
「ふーーん。俺はよく「一度死ね」って言われていたから、自分でも一度は死んだ方が良いんじゃねえのかって思っていたけど、こうして生き返っても何も変わらねえな」
「自分を変えたかったの?」
フルートの質問に、首を左右に振って否定する。
「いや、俺が真面目な性格になっても精神病院にぶち込まれるだけだから、このままでいいよ」
アークはそう答えてから首を傾げる。
「ところでビクトリア。俺の頭の中で聞こえたガキの泣き声は、一体なんだったんだ?」
「私に聞かれても分からん……だが、遥か昔から、赤子の泣き声は神の詩だという伝承は残っている」
「神の詩にしちゃ随分とヒステリックな声だな。だが、それでR・E・Dに勝てたんだから悪くねえ。まあ、そんな事よりも……」
アークが言い淀んで、自分の格好に顔を顰める。
「ワイルドスワンを修理してくれたのはありがてえんだが、酒がない」
「酒?」
酒と聞いて、ビクトリアとフルートが首を傾げる。
「ああ、コックピットの下に突っ込んでいたヴァナ村のウイスキーが全部なくなった。勝利の一杯を飲みたくても飲めないのは辛れえ……」
「酒ならある」
「それは何年前に作られた化石だ?」
ビクトリアの返答にアークが眉を顰めた。
「4000年以上前だ。この星に人類が来た時に持ち込まれた最高級の品で、今でも厳重に保存されているから、おそらく飲める」
「……ちなみに味は?」
「私は酒の味を理解出来ない。自分で試してみるんだな」
「……その最高級って言葉が非常にそそられるな。試しに飲んでみるか!」
アークが仕方がないと言いながら、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「分かった。後で持ってこよう。それと、飛行中にアルコールを接収して覚醒するお前の特技だが、脳への負担が大きい。今回の治療でついでに治しといたが、今後は控える事を勧める」
「そうなのか? まあ、自分でも何となくそんな自覚があったからな。戦う相手がムカつく奴じゃない限り控えるよ」
「そうしろ。取り敢えず今は休め」
そう言うと、ビクトリアは部屋を出て行った。
部屋に残された2人がお互いの顔を見る。
「殺しちまってすまなかったな。幸いなことにミンチにだけはならずに済んだらしい。まあ、文句はあのタイミングで酒乱モードを解除させる仕様にしたマイキーの野郎に言ってくれ」
「いいよ、こうして生きてるし。それにしても、アークとマリーさんの赤ちゃんか……どんな子だろ?」
「俺のガキ? 生まれたのか!?」
フルートの話に、アークはキョトンとするが、すぐに驚いて尋ねた。
「え? 生まれたかは知らないけど、赤ちゃんの泣き声が聞こえたんでしょ? だったらアークとマリーさんの赤ちゃんが助けてくれたに決まってるじゃない。それともマリーさん以外に心当たりがあるの?」
「親父じゃないから、そんなのねえけど……俺の子供ねぇ……テレパシーを送って来るとか、そんなファンキーなガキを育てる自信ねえぞ」
アークが首を左右に振って育児放棄を宣言する。
「アークが育てたら性格が捻じれるから、絶対ダメ」
「それは否定出来ねえ」
フルートにアークも同意する。
「だけど女の子だったらいいな」
そのフルートの呟きにアークが顔を顰めた。
「どうしたの?」
「いや、俺とマリーのガキが女だったら、将来セックス中毒のヤリマンビッチになりそうでな。父親としてそれはどうかと……」
「否定したいけど、否定できない……」
2人が同時に腕を組んで唸っていると、部屋のドアが開いて酒の瓶を持ったビクトリアが入ってきた。
「酒を持ってきた。高名なウィスキー生産者が、作ったのを忘れて樽の中で54年間眠っていた品だ。製造時でも12本しか作られなかった最高級品らしい」
「マジか!!」
ビクトリアの説明にアークが目を輝かせる。
「何で12本しか作られなかったの?」
「データによると、ウィスキーは樽の中でも年に2%の蒸発が発生する。それを『天使の分け前』と言うらしい。それが54年だ。作られる本数も限られていたのだろう」
「チョットだけ飲んでみたいかも……」
フルートも興味を引かれたのか、ビクトリアが手にするウィスキーの瓶を眺める。
「だったら3人で飲もうぜ!」
「先ほども言ったが、私は酒の味を理解出来ない」
「味なんてどうでもいいんだよ!」
アークの反論にビクトリアが目をしばたたかせる。
「教えてやる。ただで手に入れた酒ってのは、皆で飲むから美味いんだ。逆に自分で買った酒は、1人で飲みながら愚痴を言うのが美味い」
「……分かった」
ビクトリアは不思議そうにアークを見て頷くと、部屋の壁をスライドさせて食器棚を出し、3杯のグラスを取り出した。
グラスを受け取ったアークが、大事そうに酒瓶の蓋を開けてウィスキーを少しだけ注ぐ。
そして、3人はグラスを持つと……。
「それじゃ、最高のクソ野郎をぶっ潰した記念に!」
「アークの赤ちゃんに!」
「……お前達と出会えたことに」
「「「乾杯!!」」」
アークとフルートは笑みを浮かべながら、ビクトリアは無表情の中にも少しだけ困惑した表情を浮かべながら、ウィスキーを飲む。
女性2人には分からなかったが、アークはこの場所が楽園だと知った。
アークが目覚めてから2日後。
2人は帰るために、ビクトリアの案内で地下ドッグに居た。
そこには、以前よりも白く輝いたワイルドスワンが、2人を出迎えていた。
「驚きの白さだな」
「漂白剤みたいな言い方……」
アークの言い方に、フルートが横目で彼を見て肩を竦める。
「ネームが白鳥だからな。合金にする際、赤色を落とすのに苦労した」
「無駄にこだわってんじゃねえよ!」
ビクトリアの報告にアークがツッコむと、同意見のフルートも頷いていた。
「それとこれを渡す」
ビクトリアが薬の入った銀色の包みをアークに渡した。
「ん? 座薬か?」
「座薬だ」
「……は?」
冗談を言ったつもりのアークが、本当に座薬を渡されて目を大きくさせる。
「お前達はこのエリクサーを求めて、ここまで来たのではないのか?」
「何? エリクサーって座薬なの?」
「……死者すら生き返らせる薬が座薬?」
死者すら生き返らせる薬が座薬と聞いて、2人が唖然とする。
「座薬の他で、簡単に死人の体内へ薬を入れる手段がない」
「「…………」」
そうビクトリアが答えると、2人は確かにその通りだと思うが、どこか納得出来ない様子だった。
「まあ、座薬でも浣腸でも治るなら何でもいいや。礼を言うぜ」
「礼は不要だ」
「ビクトリアさん。1つだけ質問があるんだけどいい?」
2人の会話にフルートが混ざって話し掛ける。
「何だ?」
「何で私達を助けてくれたの?」
フルートは、彼女が自分達に協力的だった事を不思議に思っていて、その理由を最後に聞きたかった。
「別に大した事ではない。マザーAIに与えられた第一優先の指名は人類の存続だが、私に与えられた第一優先の使命は人類の救済だ。お前達の手助けをしたのは、自分の命令に従った。ただそれだけだ」
「そっか……それでもありがとう」
礼を言われたビクトリアは無表情のまま頷くが、どこか恥ずかし気な様子だった。
アークとフルートがワイルドスワンに乗り込む。
「ビクトリア、色々と迷惑を掛けて悪かったな」
機上からアークが話し掛けると、ビクトリアが手を振り返した。
「気にするな。AIは経験を積むのを何よりも好む。お前達との出会いは私にとっても有意義だった。それに……お前達と一緒に居るのは楽しかった」
ビクトリアはそう言うと、2人に向かって笑みを見せた。
機上の2人は笑った彼女を見て驚くと、笑顔になって彼女に話し掛ける。
「……なんだ、普通に笑えるじゃねえか。デレた方が美人だぜ」
「うん!!」
アークに指摘されて、自分が笑っている事に気付いたビクトリアが、自分に驚く。
そして、再び無表情になると、2人に視線を向けた。
「人類と同じくAIも進化をする。ただそれだけだ」
「素敵な進化だと思います!」
フルートがそう答えると、ビクトリアも「そうだな」と答えていた。
「じゃあな!」
「さようなら!」
2人はビクトリアに手を振ると、シートベルトを締めた。
「名残惜しいが、そろそろ帰らねえと、マリーの所に死亡通知が行っちまう」
「子供が生まれて直ぐに死亡通知が着たら、ショックが大きいと思う」
「だろ。その後にひょっこり帰ったら、ゾンビと勘違いして襲われそうで怖えぇ。フルート、もし俺が殺されたらケツにエリクサーを頼むぜ」
「絶対にヤダ!」
2人は離陸の準備を済ますと、最後にビクトリアに向かって手を振り、ワイルドスワンを滑走路へと移動した。
ビクトリアが見守る中、ワイルドスワンの速度が上がる。
そして、時速140km/hを超えると、空に浮かび地上に続くトンネルへと突入した。
ワイルドスワンがトンネルを抜け、空に飛び出す。
2人が地上を見れば、R・E・Dとの戦いでエデンの森の1/3が崩壊していた。
「ヒデエ状況だな」
「うん」
「本当酷い事をしやがる」
「他人事のように言ってるけど、私達もその片棒を担いでるから」
「は? やったのはR・E・Dだろ、俺にあんな森をぶっ壊す力なんてないぜ」
「パパになるんだから、責任放任は直さないとダメだと思う」
「それを言われると、言い返せねえ……」
2人が冗談を言い合いながら、スヴァルトアルフへ抜ける軌道シャトルのトンネルを探す。
「確かこの辺だって言ってたんだけどな」
「うん」
『ここから南西の方角だ』
「うおっ!!」
「わっ!!」
突然、横からスクリーンが現れて、中のビクトリアが話し掛けて来た。
その彼女に、2人は体をビクッと仰け反らせて驚く。
「なっ!! 何でお前が出てくるんだ!?」
驚いてアークが話し掛けると、スクリーンの中のビクトリアが首を傾げた。
『私はワイルドスワンを修理したといった筈だが? 当然、通信装置も修理した。ただそれだけだ』
彼女の説明に、フルートが眉間を押さて溜息を吐く。
フルートは、「この人は絶対的説明が足りない、いや、出来ない人」だと理解した。
『それと、暫らくお前達と付き合う事にした』
「あっそ。もう何も驚かねえぜ」
「一応理由を聞いても良いですか?」
呆れた様子のアークに代わってフルートが質問する。
『人類の情報を集めるのが目的だが、お前達と一緒に居ると……刺激がある』
「はぁ……」
彼女の説明に、フルートが何とも言えない表情を浮かべた。
『と言う事で、何かあったら呼んでくれ』
そう言うと、ビクトリアの映っていたスクリーンが消えた。
「……まあ、新しい相棒が出来たって事で、いいんじゃね?」
「……そうだね」
2人は同時に肩を竦めて、仕方がないといった表情を浮かべた。
「それじゃ帰るか!」
「うん!」
アークがワイルドスワンの機首を南西の方角へ向ける。
そして、2人を乗せたワイルドスワンは、皆が待つ場所へと飛び去った。
その姿は、翼を広げて自由な空を飛ぶ、一羽の白鳥だった。
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