第100話 暴君R・E・D 03
R・E・Dから逃げていると、突然、雲一つなかった空が暗雲へと変わった。
「嘘……さっきまで晴れてたのに……」
雷鳴が響く黒雲の下、R・E・Dの赤鱗が雷光に浮かぶ。その姿は、暴君と呼ぶに相応しい皇帝の姿だった。
その存在にフルートが息を飲む。
「今日の天気はクソ、人生もクソ。ああ、最悪だ」
「アーク、冗談を言ってる場合じゃない。もしR・E・Dが天気を操れるなら、雷だって操れるよ!」
その直後、ワイルドスワンから離れていない場所で雷が落ちた。
「チョッ、マジかよ!! ……当たったらゲームオーバーだぞ……まあ、アイツの攻撃はどれも一撃で死ぬけどな。高度を下げる!」
「了解!」
ワイルドスワンが高度を下げて地上100m上空を飛ぶ。すると、窓ガラスに雨飛沫が落ち始めた。
そして、強風を伴う激しい雨が降り注いだ。
「前が見えねえ!」
「追って来てる。それと、ファイアーボールを確認!」
「クソしている最中に襲って来る愉快犯みたいだな!!」
フルートの報告に冗談を言い返すアークだが、内心の焦りから舌打ちを鳴らした。
ワイルドスワンがブレイクを開始。機体を左へ振ると同時に巨石が下から現れた。
巨石は対空砲の様にワイルドスワンに向かって飛んで来ると、掠めるように通り過ぎて上空へと消え去った。
豪雨で気付かなかったアークが、偶然避けた巨石を目で追いかけて脂汗を垂らす。
「……今のは、何だ?」
「来た!!」
今の巨石が何かを考える暇を与えずフルートが叫ぶ。その声にハッとして咄嗟に操縦桿を左へ倒した。
直後、ワイルドスワンが避けた空を、R・E・Dのファイアーボールが通り過ぎた。
「まだ終わってない!!」
フルートの目の前では、ワイルドスワンを喰い砕こうと、R・E・Dが口を開いていた。
フルートが口の中へガトリングの弾丸を撃ち放つ。しかし、弾丸が口の中に入ろうがR・E・Dは物ともせず首を伸ばして来た。
「効かない!!」
「こんにゃろーー!!」
アークの叫んで、操縦桿を持ち上げる。
ワイルドスワンが急上昇すると、その真下をR・E・Dの顔が通り過ぎた。
急な旋回でワイルドスワンが揺さぶられる。その先にはR・E・Dの翼が迫っていた。
「クソが!!」
アークが怒鳴り直感だけで操縦桿を傾かせ、速度を落として浮力を減らす。
アークの神技でワイルドスワンは翼を避け、R・E・Dから離れることに成功した。
「逃げ切れるか!?」
ワイルドスワンが中高度を維持してエデンの森へ向かう中、アークが自問自答する。
「高度が高いよ!」
フルートが高度を口にすると、アークが頭を振った。
「アイツは天候だけじゃねえ、地面も操る。さっきの攻撃で下から岩が飛んで来て危なく潰されるところだった!!」
「……嘘でしょ?」
巨石に気付いていなかったフルートが驚いていると、再び下から巨石がワイルドスワンに向かって襲い掛かって来た。
ワイルドスワンがエルロンロールで躱すと、巨石は横を掠めて上空へ飛び、雲を突き抜けた。
今のはフルートも目視出来て、雲の中に消えた巨石を見送った。
「……本当だった」
「低空を飛んでたら避ける暇なんてねえ! 衝撃波、雨、雷、岩。後ろからは炎! 何なんだアイツは!!」
叫ぶアークの後ろで、フルートがR・E・Dを見て息を飲む。
「
ワイルドスワンは降りしきる豪雨の中、R・E・Dからの攻撃を躱し続けて逃げ回る。
その姿は、猛禽に追われて逃げる白鳥そのものだった。
「エネミーファイア!!」
ファイアーボールが発射されたのを見て、フルートが叫ぶ。
「トカゲ野郎、アーク様の妙技を味わえ!!」
アークが操縦桿を倒して、ワイルドスワンを右上空へ旋回させる。
回避行動と同時に地中から巨石が現れて左脇を掠めると、その後にファイアーボールが左を2発通り抜けた。
直ぐに機体を左へ180度のロール回転。
上下逆になったワイルドスワンの両脇を、暗雲からの雷が地表に突き刺さり、2発のファイアーボールが機体の右を通り抜けた。
最後にロール回転で水平に戻すと、最後のファイアーボールが左を通り抜けた。
「凄い!!」
豪雨で視界が狭い中、超絶技巧で全ての攻撃を躱すアークに、フルートが称賛を送る。
一方、アークはファイアーボールの行く先を見送っていた。
そのファイアーボールが突然空中で四散する。そして、周辺の空が一瞬だけ網目状に光ったと思ったら、元の状態へと戻った。
アークが眉を顰めて現在地を頭の中で浮かべる。
そして現在地がエデンの森だと気付いて口角の片方を尖らせた。
「選手交代だ。後は任せたぞビクトリア」
『了解だ』
この場に居ないビクトリアにアークが語り掛けると、突然、2人の左側に空中投射スクリーンが現れて、スクリーンの中のビクトリアが話し掛けてきた。
「「なっ!!」」
初めて見るスクリーンに2人が驚く。特にアークは返事が返って来るとは思わず、ビクッと体を仰け反らせた。
「何だこりゃ!?」
『ワイルドスワンを調べて必要なものを作成したと、言った筈だが?』
アークの質問に、無表情のビクトリアが答える。
「これって、こっちからも話が通じているの?」
『もちろんだ。そちらの通信機だと世代が古すぎて連絡が取れないから、繋がる物を搭載しておいた』
フルートはビクトリアの説明を聞いて、また自分の知らないところで勝手に改造されたと、心の中で溜息を吐いていた。
「それで、後はそっちで何とかしてくれるんだよな!」
アークの質問に、ビクトリアが頷く。
『うむ。R・E・Dはエデンの森に被害を与える侵入者として対処する……だけど驚いた』
「何をですか?」
感情を表さないビクトリアの口から「驚いた」という単語が出て、フルートが聞き返す。
『私が計算したところ、お前達がR・E・Dを起こせる確率は13%。起こした後で生き残れる確率は5%以下。エデンの森に連れて来させる確率は0.1%以下だった』
「何が言いたいんだ。5文字で言ってくれ!」
R・E・Dの攻撃を避けながら、アークが怒鳴り返す。
『私が出した結論は……イカれてる』
「
『今のは冗談だと受け取る。急いでエデンの森まで来い。R・E・Dが射程範囲に入るのと同時に対空砲を撃つ』
「分かった!!」
会話を終えたアークは、ワイルドスワンの進路を変更する。
そして、地表からの巨石、上空からの雷、背後から来るファイアーボールを全て躱して、エデンの森へと進入した。
『攻撃を開始する』
スクリーンの中のビクトリアの報告と同時に、エデンの森の至る所から対空レーザー砲が地面から現れて、何十何百もの光線が放たれる。
その光線により、暗い空が光のシャワーで覆われた。
「……奇麗」
フルートが危機的な状況を忘れて、光に包まれる空を見て呟く。
光線がワイルドスワンを通り過ぎて、すぐ背後まで接近していたR・E・Dに命中。
全身にレーザーを浴びたR・E・Dは、鎌首を仰け反らせて絶叫した。
「……死んだか?」
『まだ生きている』
ビクトリアの報告にアークが顔を顰める。
「なるほど、見掛け倒しか。なかなかやるな」
『レーザー1発の破壊力は厚さ20cmの鉄を溶かす。豪雨の影響で威力が弱まったのと、相手の防御力がこちらの予想よりも上回っていた』
「負け惜しみは後でベッドの上でたっぷり聞いてやる。それで、今の攻撃はまだ出来るのか?」
『チャージに1時間の時間が必要だ。問題はR・E・Dがエデンの森に侵入した場合、森に被害が及ぶためマザーAIの許可が下りず、今の攻撃が出来なくなる』
「面倒くせえババアだな」
『ババアではない、マザーAIだ。だが、お前のその面倒という意見には同意しよう』
アークの感想にビクトリアが頷き、話を続ける。
『今から私も出撃して、R・E・Dをエデンの森から遠ざける』
「あの声で追い払えないの?」
フルートが神の詩について質問すると、ビクトリアが首を左右に振った。
『豪雨の影響で音がR・E・Dに届かん。今は直接攻撃しか手段がない』
「それで俺達は何をすればいい?」
『ワイルドスワンと私の戦闘機とでは、性能差があり過ぎて共に戦えない。安全な場所で見学していてくれ。今から発進するので、通信を終える』
アークが言い返す前に、ビクトリアは会話を終わらせる。
それと同時に空中に浮かんでいたスクリーンが消えた。
「俺達は戦力外か……」
「予定通りだけど、若干悔しいかも……」
アークの呟きにフルートが溜息を吐く。
彼女はR・E・Dに攻撃が効かず、役に立たなかった自分が本当に悔しかった。
「まあ、精神的苦痛を与えたから良しとしよう」
「その精神的苦痛で倒せるなら私も喜ぶけど、ただ単純に怒らせただけだから」
フルートが言い返して、頭を左右に振る。
「まあ、ビクトリアが言った通りに安全な場所へ移動して、R・E・Dがくたばる姿を嘲笑うとしようぜ」
「だけど安全な場所ってどこ?」
フルートが雷鳴が鳴り響く雨雲を見上げて質問する。
「それが問題だな……」
フルートの質問にアークもどうするか悩んだ。
ビクトリアはアーク達との会話を終わらせると、自機に乗り込んでいた。
彼女が乗る戦闘機は、反重力装置による浮力を得られるため、翼を必要としておらず、見かけだけなら海で泳ぐシャチに似ていた。
彼女は機体の電源を入れると、これからの予想展開について計算を始めていた。
(雨の影響でレーザーの効果が64%減少、音波砲も効果は期待できず、魔獣専用ミサイルの効果は未知数……)
魔獣専用のミサイルとは、細菌兵器を積んだ短距離ミサイルの事で、空獣の能力を減少させる効果があった。
(問題はR・E・Dの能力が以前と比べて高い事か……)
ビクトリアは、過去にR・E・Dがエデンの森に侵入してきた時のデータファイルを脳内で開くと、現在のR・E・Dと比較して、強さを3倍以上と分析する。
(ミッション成功率85%……出撃する)
ビクトリアが操縦桿を手元に引くと、機体を浮かび上がった。
シャチ型の戦闘機は、ボディーの両脇に付いたジェットエンジンを噴かせると、地上へ向けて滑走路を走り抜けた。
地上に出たビクトリアの戦闘機は空中で停止して、レーダーを使って現在の状況を確認する。
R・E・Dは攻撃を受けた時点から280mエデンの森へと進行し、既にエデンの森に進入しているワイルドスワンは、軌道エレベータの方へと向かっていた。
そして、ワイルドスワンの高度を確認して、その数値に訝しむ。
(地上70m? ……地形データによると、ワイルドスワンはエデンの森の中を飛んでいる事になる)
コンピュータでなら可能かもしれない飛行を、計算機すら持たない人類がしている事に驚き、先ほど会話したデータを呼び出す。
(……確かに私は安全な場所と言ったが、これは安全と言えるのか?)
ビクトリアは後で分析するため彼等の飛行をデータに残すと、その場で旋回して機首をR・E・Dに向ける。
彼女を乗せた戦闘機は、豪雨の中を音速を超えて空を駆け抜けた。
ビクトリアの戦闘機がR・E・Dに近づく。
そのR・E・Dの赤鱗は所々火傷により剥げ、剥がれた箇所から見える皮膚は炎症していた。されど、致命傷と言える程の被害は見られなかった。
(対空レーザーで重症を負っていないのは予想外だ……)
R・E・Dの状態を確認したビクトリアが戦闘行動を開始する。
上空から一気に降下して、R・E・Dにレーザーを発射。
放たれたレーザーが胴体に当たって拡散すると、R・E・Dがくぐもった呻き声を出した。
(豪雨で威力が低下しているのに加えて、あの鱗がレーザーの攻撃を80%カットしている。この豪雨の中では、遠距離からのレーザー攻撃は無効に近い……)
ビクトリアは今の攻撃を分析すると、次の攻撃に移る。
R・E・Dに2Kmの距離まで近づくと、細菌兵器を積んだ
ミサイルは蛇行した軌跡を描き、R・E・Dに命中して爆発。攻撃を喰らったR・E・Dが叫び声を上げて、鎌首を仰け反らせた。
さらに、R・E・Dの赤鱗が黒色の鱗に変色し始め、いくつもの黄色の斑点が浮かび上がった。
その様子を確認したビクトリアは、一撃離脱でレーザーを放ってR・E・Dから離れる。
一方、R・E・Dは先ほどと異なり、レーザーを受けた箇所が焼き爛れて、首を左右に振って叫んでいた。
(魔獣専用細菌兵器の効果は予定通り。体内の魔力を一時的に減少させて、防御力を弱らせる)
分析を済ませたビクトリアが攻撃を再開。
雨によるダメージ減少を避けて、一撃離脱のレーザー攻撃を繰り返しいた。
R・E・Dは一方的に攻撃を喰らって、苦しそうに叫び続ける。だけど、黄金の目はビクトリアの戦闘機を捉えていた。
ミサイルが命中してから3分後。
変色していたR・E・Dの鱗が再び赤く戻る。
(効果は3分。弾数は後り7発。最後の1発は地対空レーザー発射時に使うとして、残り6発……)
ビクトリアの分析中に、R・E・Dが咆哮をあげる。
その直後、雷雲から雷が落ちて戦闘機が被雷した。
「なっ!?」
予想外の攻撃に、ビクトリアが飛行を安定させてから、機体を確認する。
(反重力システム問題なし、出力装置問題なし、音波砲効果半減、レーザー兵器使用不可能、ミサイル兵器使用可能……)
R・E・Dの反撃は、彼女の乗る戦闘機の主力攻撃を使用不可能にしていた。
「…………」
レーザーが撃てなくなった状況に、ビクトリアが5秒間だけ考える。
(倒せない事もないが、このままだとエデンの森の損失が大きい……)
そう考えた彼女は、成功率が未知数の方法を選択して、ワイルドスワンと通信を接続する。
「ワイルドスワンに攻撃を任せたい」
彼女から出た言葉に、スクリーンの中の2人は驚いている様子だった。
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