第99話 暴君R・E・D 02

 ワイルドスワンとそれを追うジャイアントセントピ-ドが、R・E・Dの眠る岩場まで飛び続ける。

 ワイルドスワンが向かう先では、赤く輝く姿のR・E・Dが地上で眠っていた。


「食虫フェチの血糞野郎。テメエの大好物を持ってきたぞ、いい加減に目を覚ませ!」

「何でも排泄物に例えるのは、どうかと思う……」


 フルートがアークの挑発に呆れながら、ジャイアントセントピ-ドに威嚇射撃をしていた。


「お前も毎日クソ野郎と言われてみろよ。世の中が公衆便所に思えてくるし、全てがクソに見えてくるぜ」


 アークはそう言い返すと、楽しそうに笑った。

 背後のジャイアントセントピ-ドは、ワイルドスワンに集中して、地表で眠るR・E・Dに気付いていなかった。

 そして、ジャイアントセントピ-ドが近づくと、その匂いに気付いたR・E・Dが、深い眠りから目覚めた。




 R・E・Dがジャイアントセントピ-ドの顔から流れる血の匂いに気付いて、鼻をひくつかせると瞼を開ける。

 その瞳孔は黄金に輝いているが、中央の黒い縦の線が黄金を恐怖へと変えていた。

 金の瞳が小さいワイルドスワンを無視して、自分に向かっているジャイアントセントピ-ドの姿を捉える。

 R・E・Dは長い鎌首を起き上がらせると、ゆっくりと翼を広げ始めた。

 翼は空を覆い尽くさんばかりに広がり、翼を含めるとR・E・Dの全長は500mを優に超えていた。


「……凄げえ」


 巨大な存在。それ自体が威嚇と化して、ワイルドスワンの2人に襲い掛かる。

 呟くアークの後ろでは、R・E・Dの威圧にフルートが体を震わせた。

 R・E・Dは翼を羽ばたかせて宙に浮かぶと、全てを喰らいつく様な口を大きく広げた。


 そして、世界がR・E・Dの咆哮に包まれた。




 咆哮は衝撃波を生み、地表では砂嵐が発生して岩を削る。

 上空の雲は彼方へと消え去り、太陽がR・E・Dの赤鱗を輝かせた。


「うおおおおっ!!」

「キャーー!!」


 ワイルドスワンが、咆哮の衝撃で吹き飛ばされる。

 アークは操縦桿を握りしめ、上下左右に回転する機体を安定させると、R・E・Dから逃げる様に距離を置いた。


「フルート……無事か!?」

「だ、大丈……夫……」


 震えるフルートの声に、アークが顔を顰める。


「ケツに何かが突き刺さったような声をしてるぞ」

「その声がどんな声なのか、分からない……」

「だったら今度自分で試してみろ。それで、後ろのムカデ野郎はどうなった?」


 アークに問われてフルートが確認すると、ジャイアントセントピ-ドはワイルドスワンの事など忘れて、R・E・Dから逃げようと反転していた。


「谷に戻ろうとし……キャーー!!」


 フルートが報告していると、R・E・Dが翼を羽ばたかせて、ワイルドスワンの横を通り過ぎる。

 巨体が通り過ぎた風圧で、再びワイルドスワンが吹き飛ばされ、フルートが叫んだ。

 R・E・Dは宙を舞うワイルドスワンを無視して、ジャイアントセントピ-ドの後を追尾していた。


「クソ! あれは人類が手を出して良い生物じゃねえぞ!」

「それで、これからどうするの!?」


 アークがワイルドスワンを安定させてながら怒鳴ると、フルートが2匹の追走劇を見ながら尋ねる。


「相手が女々しい寝たきり老人だと思ったら、現役バリバリのレスラーだったけど当初の予定通りだ、次の作戦に移行するぞ。フルート、飯を食べている時に、目の前でハエが飛んでいた。お前ならどう思う?」

「邪魔だと思うけど?」


 突然、アークから場違いな質問が飛んで、フルートが何も考えずに答える。


「よし、お前は今からクソにたかるハエ女だ。頑張れ」


 アークはそう言うと、ワイルドスワンの速度を上げて、R・E・Dを追い駆け始めた。


「最悪! センスが物凄く最低!!」


 ハエ女と言われたフルートが、先ほどまでの恐怖を忘れて眉間にシワを寄せていた。




 ジャイアントセントピ-ドは、エデンの森から流れる神の詩を嫌がり、森を避けて谷へと逃げていた。

 R・E・Dが巨体な翼を優雅に羽ばたかせて、捕食対象の上空へと舞い上がる。

 その速度は巨大な体にも拘わらず、500Km/sを超えていた。

 そのR・E・Dにワイルドスワンが追い付いて横に並ぶ。


「フルート。コイツはデカすぎる。さっきの衝撃波以外にも何か遠距離の手がある筈だ。ヤツに動きがあったら些細な事でも報告しろ!」

「分かった!」

「よし、煽るぞ!!」


 ワイルドスワンがR・E・Dの翼を避けて顔に近づくと、R・E・Dが初めてワイルドスワンの存在に気づいて横目で睨んだ。


「ピザでも食ってろデブ野郎」


 アークがR・E・Dに中指を立ててガンを飛ばす。

 その行動に、フルートは彼の動じない精神を本当に凄いと思った。


 ワイルドスワンは一気にR・E・D抜き去ると、相手の目の前へと移動して、機体を左右に揺らし始める。

 その行動にイラついたR・E・Dが、ワイルドスワンを噛みつこうと口を開いて首を伸ばした。


「アーク、逃げて!!」


 フルートが悲鳴に近い声で叫ぶ。

 大きく開けたR・E・Dの口は、ワイルドスワンですら一飲み出来る大きさだった。


「了解!」


 ワイルドスワンが右へロール旋回すると、横を鋭い牙の並んだ口が通り過ぎ、激しい音と同時に合わさった。

 フルートが目の前の顔に向かってガトリングを放つ。

 しかし、弾丸は全て鱗に弾かれ、R・E・Dは痛みすら感じていない様子だった。


「嘘!! こんな近くでもダメなの……」


 無傷のR・E・Dに、フルートが絶句する。


「無傷でも構わねえ。俺達の第一優先はAR・E・DBエデンの森まで誘導することだ!!」

「分かってるけど!」


 アークの怒鳴り声に、フルートも怒鳴り返す。

 それからも、ワイルドスワンはR・E・Dの周りを飛び続けて、相手を煽る事だけに専念していた。




 煽り続けるワイルドスワンにしびれを切らしたR・E・Dが、唸り声を上げる。

 そして、自分の周辺に青色のファイアーボールを作り始めた。

 ファイアーボールは直径が10m以上あり、R・E・Dの周りを周回する様に飛び回る。


「遠距離攻撃が来る!!」

「やっぱり、あったか……」


 炎を見たアークが、ワイルドスワンの速度を少しだけ落とす。

 すると、R・E・Dの咆哮と同時に、ファイアーボールが一斉に発射されて、そのタイミングを見計らっていたアークが、一気に速度を上げた。

 アークのフェイントが成功して、外れたファイアーボールが地表に向かって飛び去った。

 ワイルドスワンが5つの火の球を連続で躱し切ると、今度は咆哮の衝撃波が襲い掛かった。

 アークは天性の勘で操縦桿を傾けると、機体の向きを変えて空気抵抗を減らした角度で衝撃波を躱した。


 全ての攻撃を避けて2人が溜息を吐いたその直後、ファイアーボールが直撃した5カ所の地面で、爆発によるキノコ雲が発生した。

 被害範囲は半径300mを軽く超え、その破壊力に2人が目を見開いて驚く。


「な、何だあれ……シャレにならねえよ……」

「…………」


 恐ろしい光景にアークが呟き、フルートは炎に包まれた地表を呆然と見る。

 再び咆哮が響いて2人が慌てて振り返ると、R・E・Dが新たなファイアーボールを作成している最中だった。


「ヤバッ!!」


 アークはジャイアントセントピ-ドが飛ぶ方へワイルドスワンの機首を向けると、最大速度で大きく螺旋を描くように旋回。

 ジャイアントセントピ-ドに近づきながらバレルロールを展開した。


「アーク! 来るよ!!」


 フルートはアークを信じて、R・E・Dの攻撃を報告する。


「祈れ! ここから先はイカれた神次第だ。ザーメン!!」


 アークの絶叫と同時に、R・E・Dのファイアーボールが再びワイルドスワンを襲った。

 バレルロールで旋回するワイルドスワンのすぐ横を、4発のファイアーボールが通り過ぎる。

 だが、最後の1発だけは、ワイルドスワンに命中しようとしていた。


「ダメ!! 間に合わない!!」


 目の前に迫り来るファイアーボールに、フルートが叫ぶ。


「ムカデ野郎、トカゲ野郎からテメエのケツに特大サービスだ!!」


 ワイルドスワンはジャイアントセントピ-ドに追い付くと、胴体の下へ捻じるように潜り込んだ。

 その直後、最後の1発がジャイアントセントピ-ドに直撃して、胴体が爆発音と同時に粉砕した。




 爆発ダメージをジャイアントセントピ-ドの甲羅で防いだワイルドスワンが、爆風で押し出される。

 後ろ向きだったフルートの目の前では、胴体の半分を吹き飛ばされたジャイアントセントピ-ドが死亡して、地上へと墜落している。


「ギリギリだったぁ……」


 フルートが安堵のこもった深い溜息を吐く。


「装甲がワイバーンの素材じゃなかったら、一緒にぶっ飛ばされてたな……。まあ、そんな事よりも、あのデカブツを見ろよ。大事なメシが消えて驚いてるぞ! さあ、嘲笑え!!」


 アークの言う通り、R・E・Dは、自分の攻撃で餌が消えた事に驚き、空を漂っていた。

 笑えと言われても、フルートはR・E・Dの心境を考えると、とてもではないが笑えなかった。


「私、今のR・E・Dと同じ事を考えているかも……」

「何だ?」


 フルートの呟きに、アークが首を傾げる。


「……シャレにならない」


 その直後、R・E・Dから最大級の咆哮が腹の底から噴出した。




 R・E・Dの咆哮を聞いたアークが顔を顰める。


「チョットやり過ぎた感があるな」


 アークの呟きに、フルートが座席を正面に回して身を乗り出す。

 そして、ガチな表情を浮かべると、アークのコックピットチェアをガタガタ揺らした。


「チョット!? 本当にチョットと思ってる? あれを見て、もう一度同じ事を言える?」


 フルートが指さす先では、咆哮を終えたR・E・Dがワイルドスワンを睨んでいた。

 その様子はフルートから見て、どうやって殺そうかと考えている様にしか見えなかった。


「いや、うん、ゴメン。チョットどころじゃなかった。だから、椅子を揺らすのはやめて」

「アークは何時もやり過ぎなの!!」


 疲れた様子でフルートが座席に座る。


「まあ、あれだ。あのトカゲは眠っていたのを起こされて、メシもお預けを喰らった。これで、3大欲求の内、2つを邪魔された訳だ。残りは性欲だけだが……お前、トカゲの交尾ってどうやるか知ってる?」

「知らないし、知りたくもない」


 アークの質問にフルートが首を左右に振る。


「俺も知らない。と言うことで、アイツの性処理は手伝わずにとっとと逃げるぞ。俺の勘がガチでヤバイって警鐘を鳴らしてる!!」


 アークはそう言うと、ワイルドスワンをエデンの森に向けて、全速力で逃げ始めた。

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