第98話 暴君R・E・D 01

 ワイルドスワンが、赤い照明に照らされたトンネルを、低空飛行で駆け抜ける。

 前方から太陽の光が見えると速度を上げて、一気に地上へと飛び出した。


「湖の反対側に出たのか」


 光に目が慣れたアークは現在地を確認すると、ワイルドスワンをR・E・Dが居る北へと進路を向けた。

 そして、飛行が安定したところで、フルートが話し掛けてきた。


「それで、さっきの話は何だったの?」

「ビクトリアが言っていただろ。エデンの森に被害がない限り何もしないって」

「うん」

「だったら、被害を与えれば良いだけじゃねえか」

「……は?」


 アークの説明に、フルートがキョトンとする。


「まだ分からん? これから俺達はAをBまでお連れする担当だ。Aがワイルドスワンに煽られたアホR・E・D、Bはビクトリアが決める凄惨な最後だな」

「チョット待って! そんな事をしたら迷惑が掛かるよ!!」


 フルートが慌ててアークを止める。


「大丈夫だって。ビクトリアも事故として処理するって言ってただろ」

「さっきの話って、そういう意味だったの?」

「そういう事。アイツは無愛想な癖に協力的だったからな。ボランティアだか何だか知らねえが、悪知恵の付いた連中から見たら良いカモだ」


 アークの話にフルートが首を左右に振る。


「善意で行動している人を馬鹿にするのはどうかと思う」

「別にボランティアを馬鹿にはしてないぜ。俺だって、やらない善意よりも、やる偽善だと思っている。まあ、俺は有料で働く善人だけどな」

「……何処から如何見てもアークは偽善者」

「偽善者は善人の存在を信じねえ、ああ、嘆かわしい。まあ、俺が言いたいのは、世の中には、その善意を利用して金を稼ぐクソ野郎が居るってのも忘れちゃいけねえ」

「……アークが言うと、物凄く説得力がある。だけど、本当に大丈夫なの?」


 フルートが首を傾げていると、アークが呆れた様子で溜息を吐く。


「お前は、頭が固過ぎる。もっと柔軟に物事を考えねえと、将来、嫌われ頑固ババアになるぞ。いいか、頑固なババアってのは、話を聞かねえ、迷惑を考えねえ、世の中全て自分が正しいと思っていやがる。存在自体が人害だ」

「うん。ババアじゃないけど、身近にそれに近い人を知ってるから、大丈夫」


 フルートがアークの座席を見て頷き返す。


「そうなの? まあいいや。で、何の話をしてたっけ?」

「ビクトリアさんに迷惑が掛からないかって話」

「ああ、そうだったな。もし、本当にダメなら、アイツも回りくどく言わずに「手伝えない」の一言しか言わねえよ」

「だったら、最初から手伝うって言えばいいのに……」

「面倒な縛りプレイでもさせられてるんじゃねえの? 破りたくても破れないから、網の目をくぐって色々としてるんだろ。まあ、手伝ってくれるって言っているんだから、ここは素直に感謝しとこうぜ」

「そうだね」


 フルートが元気良く頷いた。


「んじゃ、R・V・Dって奴のヒデエ面を拝みに行くか!」

「R・E・Dだから……R・V・Dってなんの略?」

「確か、ロブ・ヴァン・ダム?」

「誰!?」

「プロレスラーだったかな? まあ、気にするな!」


 アークは軽く肩を竦めると、ワイルドスワンの速度を上げた。

 エデンの森を抜けたワイルドスワンは、R・E・Dの居る北の地へと向かった。




 ワイルドスワンを北へ飛ばしていると、草木で緑色の大地が突然岩肌の茶色へと変わる。

 岩場の上空を飛び続けていると、地上で眠る赤い生物が見えてきた。


「あれが、R・E・D?」


 アークはワイルドスワンを旋回させると、R・E・Dの周りを飛んだ。


「大きい……それに奇麗……」


 フルートがR・E・Dを見て呟く。

 彼女の視線の先では、太陽の光に照らされた赤鱗がルビーの様に輝く、巨大なドラゴンが眠っていた。


「なあ、フルート。ワイバーンの突起物を覚えているか?」


 突然話し掛けられて、フルートが何の事かと首を傾げる。


「突起物?」

「お前が、一撃で粉砕したアレの弱点だよ」

「突起物言うなし……」

「アイツにもそれがあるか、チョイと確認してくんね?」

「分かった」


 フルートが再び双眼鏡を覗いて確認する。しかし、R・E・Dの背中にそれらしき弱点は見つからなかった。


「んーー。何もない」

「そうか……あったら、楽だったんだけどな」

「世の中、そんなに甘くない……」

「豊胸手術とか、シワだらけでメチャクチャな顔面をマネキンに整形する女の苦労に比べたら、ドラゴンをぶっ殺すなんて大した苦労じゃねえよ」

「さすがに、ドラゴンを倒すよりは苦労しないと思う……」

「冗談だって。さて、このまま飛び続けているのも燃料がもったいねえ。一度交戦してみるか……」


 アークの提案にフルートが息を飲む。


「分かった……」

「んじゃ行くぞ」


 フルートの了承を得て、アークがワイルドスワンをR・E・Dの方へと向ける。

 フルートは機銃のグリップを握ると、R・E・Dに向けて20mmガトリングを発射した。




 放たれた弾丸が真っすぐR・E・Dに向かう。

 そして、2人が緊張しながら様子を伺う中、弾丸がR・E・Dの鱗に当たって弾き返された。


「「…………」」


 そして、R・E・Dは弾丸が当たった事に気付かず眠り続けていた。


「……このガトリングは軍用で30mmとほぼ同等の威力があるんだぜ。弾が効かなかった敵は居たけど、まさか当たった事すら気付かねえ空獣が存在するとは思わなかったな」

「結構、心にグサリと来るものがある……」


 アークが呟く後ろでは、フルートがガクンと落ち込んでいた。


「俺だって同じだ。クソ! 800万ギニーを返せ……」


 その後もワイルドスワンは攻撃を続けるけど、R・E・Dは全く気付かず眠っていた。


「ダメだ。作戦を変えよう」


 アークが話し掛けて、攻撃していたフルートを止める。


「……どうするの」

「……ふむ。そうだな……このまま攻撃しても意味がない。だったら、別の方法で刺激するしかない」

「……うん」


 アークの話にフルートが頷く。


「生物には三大欲求ってのがある。1つは性欲。2つは睡眠欲、そして3つ目は食欲だ」

「一番最初に性欲を口にしたアークが、何を求めているのかは分かったけど、話を続けて」

「そんなに、褒めるな」

「貶してるだけ」


 フルートの言い返しに、アークが肩を竦める。


「オーケー興奮してきた、話を続けるぞ。ビクトリアが言っていたが、コイツは食虫フェチで生のムカデが大好物だってのは覚えているか?」

「覚えている。そして、アークが考えている事も理解した」


 フルートの返答にアークがニヤリと笑った。


「さすが相棒だ。それじゃムカデを連れてくるぞ」

「またアレと対面すると思うと嫌だけど我慢する」

「素直でいい子だ、ベイビー」


 アークはワイルドスワンの進路をヨトゥンの谷へ向けると、この場から離れた。




 ワイルドスワンはエデンの森を一旦突っ切ると、ヨトゥンの谷へと向かっていた。


「ところで、ムカデを連れてくるとしても、あの歌声が聞こえたらムカデが逃げると思うけど、何か対策はあるの?」


 エデンの森から定期的に流れる神の詩に、フルートが質問する。


「エデンを迂回するしかないな。お前の方で、何か良いアイデアは?」

「特に思い付かない」

「逃げ出すようなら、ワイルドスワンを振って「ケツにキスしなクソ野郎」って煽ろうぜ」

「言い方が凄く卑猥」

「マリーと別れてから、1度もヤッてねえからな。もちろん、毎日じゃないけど、お前の部屋の隣で自家発……」

「アーーアーー聞こえない!! アーーアーー何も聞こえない!!」


 フルートが目と耳を塞いで大声を上げ、アークの話を途中で遮る。


「そこまで否定されると益々興奮するな。それじゃ谷に着いたし、高度を上げるぞ」

「アーーアーー聞こえない!!」


 アークの声が聞こえなかったフルートは、ひたすら叫び続けていた。




 ワイルドスワンがヨトゥンの谷に入って、高度8000mまで上昇する。

 そして、谷の上空へ出ると、2人はジャイアントセントピ-ドを探した。


「居た!」


 フルートが空を漂うジャイアントセントピ-ドを見つけるて報告する。


「空気も薄いし、手早く誘うぞ」

「了解」


 アークがワイルドスワンをジャイアントセントピ-ドに近づけると、相手はワイルドスワンに気付いて襲い掛かってきた。


「おいでませ~~」

「適当に威嚇射撃はする」

「適当に相手してやれ」


 アークはワイルドスワンを旋回させて逃げ始める。

 フルートは座席と機銃を後ろ向きにすると、ジャイアントセントピ-ドに照準を合わせて待機していた。


「オラオラ、盛り上がろうぜ。まだ半立ちだろ、もっと硬くしてみろよ!!」


 ワイルドスワンが高速で飛び、左右に振らしてジャイアントセントピ-ドを煽る。

 相手はその様子に興奮したのか、飛行速度が上がった。


「アーク、煽り過ぎ。来るよ!!」

「ケツにキスしなクソ野郎!!」


 ワイルドスワンが左へ急旋回する。

 その直後、先程まで居た場所を口を開けたジャイアントセントピ-ドの顔が通り過ぎた。

 ジャイアントセントピ-ドはワイルドスワンに向かって顔を向けると、再び襲い掛かる。

 ワイルドスワンが右への360度ロールで回避。続けて、垂直に上昇しながら機体を大きく回してバレルロール。ヴァーティカルローリングシザースで相手の攻撃を全て避けた。

 そして、ワイルドスワンはジャイアントセントピ-ドを誘導して、エデンの森のある草原へと場所を変えていた。


 ラーーララーー……ララーー……


 エデンの森から歌声が流れると、ジャイアントセントピ-ドが谷へ戻ろうとする。


「逃がさない!!」


 フルートがガトリングを放ち、ジャイアントセントピ-ドの弱点の横面に弾丸が突き刺さる。

 ジャイアントセントピ-ドは顔から青色の血を出すと、叫び声を上げて体をうねらせる。

 そして、目の色を変えると、猛烈な勢いでワイルドスワンに襲い掛かった。


「フルート。あのムカデ、お前に罵られて興奮してるぞ!」

「冗談はヤメテ。また来るよ!!」

「谷みたいな狭い場所じゃないんだ。あんなデカブツの攻撃ぐらい、余裕で避けてやるさ!!」


 再びワイルドスワンが旋回して、ジャイアントセントピ-ドを余裕をもって躱した。

 その後も、アークがワイルドスワンを巧みに操縦して、フルートが威嚇射撃で煽る。


 ワイルドスワンとジャイアントセントピ-ドは、エデンの森を迂回してR・E・Dの眠る岩場へと、少しづつ近づいていた。

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