第88話 1冊の本が生んだ奇跡

 ベッキーから戦争の話を聞いた3日後。

 アークとフルートは、フランシスカから明日の朝にはヨトゥンの谷へ飛べると聞いて、昼前に離陸の予約を入れにギルドへ行った。

 2人がギルドに入ると何時もよりも騒がしく、パイロットの顔役でもあるアレックスが2人を呼んだので、彼の座るテーブルへと向った。


「よう、旦那。今日は何時もよりも騒がしいけど、ブタ相手の乱交パーティーに美女が飛び入り参加してきて、誰が最初にその美人とヤルか決めているのか?」

「……お前はそろそろ自分の言う冗談が酷すぎて、相手がドン引きしている事に気づけ」


 アレックスのツッコミに、フルートが頭を上下にグワングワン振って同意する。


「問題ない。俺の発言が酷いのは自覚している」

「問題あるんだ、バカヤロウ!」


 アレックスが怒鳴り返すと、フルートの頭がさらに激しく上下に動く。そして、振り過ぎによる頭痛が来ると、両手で頭を抱えて呻いていた。

 アークが頭を抱えるフルートをチラリと見てから、真剣な顔になってアレックスと正面から向き合う。


「自分でも分かってる……残念だが、俺の性格は手の施しようがねえ」

「「一度死ね!」」


 真顔で冗談を言うアークに、アレックスとフルートが一緒になって言い返した。




 それから2人は、順番待ちで並んでいる受付カウンターを見ると、アレックスの座るテーブルに同席して、受付が空くまで時間を潰すことにした。


「それで、この騒がしい原因は何だ?」

「お前等だ」


 アークの質問にアレックスが答えると、2人がキョトンと目をしばたたかせた。


「俺達か? チョット待ってくれ。俺はガキの頃から何か騒ぎがあると、何故か最初に俺のせいにされて冤罪被害を被るんだが。今回は何もしてねえぞ」

「一緒にされるのは、非常に不本意」


 アークに続いてフルートも憮然とした表情で、アレックスに言い返す。


「フルートは置いといて、お前が自分のせいにされるのは、日頃の行いが原因だろ」

「そうか? 確かに俺は口は悪いけど、損害を与える迷惑行為はしてないんだけどなぁ……」


 そう言って、アークが腕を組み悩む。


「そうなのか?」


 ダイロットがフルートに視線を向けて確認すると、フルートは今までのアークの行動を回想する。


「……信じられないかもしれないけど、私が知る限り、アークが犯罪的な行動をしているのを1度も見たことがない」

「だろ。確かに振り掛かって来た火の粉を振り払ってはいるけど、窃盗や強姦なんてした事ねえぜ。それなのに、悪い事があると全部俺のせいだ。堪ったもんじゃない」


 ちなみに、アークの言う「振り掛かって来た火の粉を振り払う」が大火災を起こしているのだが、本人にその自覚はない。


「昔から口は災いの元と言うからな。例え行動が良くても、お前の口の悪さが全てをぶち壊してるんだろう」

「それについては、まあ、否定できないな」

「全く反省の色なし」


 肩を竦めるアークの横で、フルートが溜息を吐いていた。




「それで騒ぎの原因だが、昨日、ロイドがギルドでルークヘブン義勇軍の有志を募集したせいだな。今は行くか残るか決めている最中と言ったところだろう」

「そう言えば、オッパイロイドが何人かをルークヘブンへ連れて行くとか、サックリ言ってたな」


 そうアークが言うと、アレックスが肩を竦めてニヤッと笑った。


「サックリか……アイツは昨日、ここで思いっきり力説していたぞ」

「まあ、あのオッパイマニアは、飄々としているのが格好良いと勘違いしているだけのオッパイ好きだからな。俺達……特にフランの前だといつもクールを演じているぜ。だけど、目線は常にオッパイに向いているから、性癖がバレバレだけどな」

「俺はアイツの彼女を見た事がないんだが、美人なのか?」

「マウンテンゴリラ界だと美人の部類に入るんじゃないかな?」

「ワールドクラスが酷すぎて美人かどうかが分からん」

「またオッパイネタ……」


 アークとアレックスが会話をしていると、フルートが今日何度目かの溜息を吐く。そして、それに気づいたアークが彼女に話し掛けた。


「何だ? フルート。胸がない事を気にしているのか?」

「最近は巨乳も辛い気がしてきたらから、そんなでもない」

「別にオッパイに挟んだからって気持ち良くなるわけじゃないし、ある程度あれば十分だぞ」

「そうなの?」


 フルートが聞き返すと、アークが肩を竦めた。

 ちなみに、アレックスは年齢に似合わず、恥ずかしそうに顔を背けて、会話の参加を拒否している。


「なんて言うのかな……女がムードで興奮するように、男ってのはシチュエーションで興奮するんだ。挟んでもらったという状況が奮い立たせるのであって、オッパイの摩擦だけじゃ大きくならねえ。旦那もそうだろ?」

「俺に振るんじゃねえ!!」


 突然アークがアレックスに話を振ると、彼は咄嗟に怒鳴り返した。

 そのアレックスの様子に、フルートは「この人も挟んでもらった経験があるんだ」と把握した。


「それで、旦那もルークヘブンに行くのか?」

「いや、ここに残る。本当はダイロットさんと一緒に戦いたかったんだけどな。トパーズが俺まで行くと、ここのパイロットがウザくなると言われて止められた。俺が話を聞く限り、若い連中の半分はロイドと一緒に行くらしい。人数は20人ぐらいか? まあ、若い奴等の大半は、お前等がアルセムを倒して生き返った連中だから、お前達に恩があるんだろう。逆に俺と歳の近い年配組は、人数を聞いてここに残ると決めた」

「思ったよりも人数が多いな。俺達の日頃の行いが良いせいか?」


 そうアークが言うと、アレックスがキョトンとして彼を見つめる。


「くっくっくっ。確かにその通りだな」


 そして、先ほどの会話を思い出したアレックスは、2人を見て笑っていた。




 2人はギルドの受付が空いたのを見計らって、アレックスと別れると受付に向かった。

 一息ついたトパーズが近づいて来るフルートに気付いて、笑顔で手を振った。

 ちなみに、彼女の隣を歩いているアークは眼中に入っていない。

 フルートがトパーズに話し掛けようとするが、その前に別のパイロットが割り込んできた。


「やっと開いた。今日の狩……グハッ!!」


 割り込んできたパイロットが話している最中に、突然トパーズが手元にあった文鎮を掴むや、パイロットの額に叩きつけた。


「痛てぇ、何しやがる!!」


 額を押さえる手の隙間からドバドバ血を流すパイロットが叫ぶと、トパーズの目がグワッと開いた。


「首掻っ切ってテメエのクソを詰めるぞ、コノ野郎!! せっかくフルートにゃんが来たのに、何、割り込んでんにゃ!!」

「ヒイィィィ!!」


 トパーズの逆ギレに尻込みしたパイロットが後ろに下がる。


「なんか、その、悪いな」

「いや、俺の運が悪かっただけだ。気にするな……」

「…………」


 何となくアークが謝ると、パイロットは血を垂らしながら、逃げる様に去って行った。




「フルートにゃん、こんにちは!」

「「こんにちは~~!!」」

「トパーズさん、ライトニングさんにレフトリアさんも、こんにちは」


 先ほどまでの行動が嘘だった様に、トパーズが猫鳴き声でフルートに声を掛けると、左右の受付嬢が同時に微笑んで挨拶をしていた。

 何事もなかったかの様に女性達が会話をする横で、アークは先ほどのパイロットが残した床に広がる血痕を見て「女って怖えな」と思う。


「フルートにゃん。今日はアークとのペアの解約かにゃ? 本来ならワイルドスワンはアークの所有物だから手に入らないけど、私の権限で何とかフルートにゃんの物にするにゃ」

「おい、そこのデビルキャット。サラッと笑えねえ冗談を言ってんじゃねえ」


 アークの文句に、トパーズがチラリと彼を睨む。


「にゃんだ。アーク、お前も居たのか? 生まれ育ったババアのケツに帰るにゃ」

「……こりゃ参った。自分が日頃言うセリフを言われて、初めてそれがムカつく事実に気付いたぜ」

「それで、フルートにゃん。本当に何の用かにゃ?」


 トパーズがアークを無視してフルートに話し掛ける。


「無視か……クソ猫が死ね」

「フライトの予約です」


 フルートもアークを無視して、ここに来た目的を彼女に話した。


「もしかして、例の谷へ行くのかにゃ?」

「はい」


 フルートが答えると、トパーズがアークに振り向いた。


「アーク。ひとつだけ頼みたい事があるにゃ」

「何だ? 亜人には興味ねえから性欲処理はしねえぞ」

「「「一度死ね!!」」」


 アークの冗談にトパーズがキーーッと睨み、左右の受付嬢がサムズダウンと侮蔑の表情を浮かべた。


「今日はそのセリフを何度も言われる日だな」

「ご希望にゃら何度でも言ってやるにゃ。それで、頼みたい事は簡単にゃ。お前は死んでもいいから、フルートにゃんだけは無事に生きて返して欲しいにゃ」


 その願いにアークは顔を顰めると、首を傾げてトパーズに質問する。


「……ふむ。俺の飛行経験から知る限り、操縦者が死ぬとその飛行機は100%墜落するんだが、その状態からどうやって後部座席に乗る人間を遠い地まで生還させるのか、ソイツをひとつ教えてくれないか?」

「そのぐらい、自分で考えろにゃ。まあ良いにゃ。仕方がにゃいけど、お前も生き残って構わないから、フルートにゃんだけは何としても無事にここへ帰らせるにゃ」


 フルートの生還にこだわるトパーズに異変を感じて、アークが眉を顰める。


「分からねえな。何でそんなにフルートだけを生き残らせたいんだ? メイド服で興奮する性癖持ちなら、お前等3人でメイド服でもバニーガールでも何でも着て、勝手に発情してれば良いだけだろ。それで多少は年増も誤魔化せるかもしれ……」


 アークが最後まで言い切る前に、トパーズが手元の文鎮を掴み、殺す勢いでアークの額に向かって投げつける。

 一瞬でそれに気付いたアークが、直感頼りに頭を横に動かして文鎮を避けた。


「チッ!! 外したか……」

「反射神経はパイロットの基本だぜ。素人の攻撃ぐらい避けて当然だろ。それよりも、お前は文鎮をいくつ持ってるんだ?」


 アークが肩を竦めていると、背後で声がしてアークとフルートが振り返る。

 その視線の先では、弁当を売りに来たレッドが床の上で気絶して、その近くにはトパーズが投げた文鎮が転がっていた。

 床で倒れているレッドを見たライトニングとレフトリアが、慌てて彼の介抱へと向かった。




「アイツもまだまだだな」


 アークが介抱されているレッドに一言呟くと、再び正面を向く。


「それで先程の話だ。裏があるんだろ」

「……何で分かったにゃ?」

「んーー。何となく?」


 アークが答えると、トパーズが溜息を吐いた。


「話には聞いていたけど、お前の勘は本当に馬鹿にできないにゃ。フルートにゃんが生き残って欲しい理由はこれにゃ」


 トパーズはそう言うと、カウンターに一冊の本を出した。


「何だこれ?」


 アークが本を手にして表紙のタイトルを見れば、『The Sky is the limit.(無限の可能性)』と書かれていた。


「スヴァルトアルフの貴族が書いた小説にゃ。そして、この本の主人公は名前は違うけどフルートにゃんにゃ」

「はぁ?」

「もしかして!!」


 アークが驚いていると、同じく驚いていたフルートが、アークから本を奪って作者名を確認する。


「やっぱり、ナディアだ!」


 フルートがスヴァルトアルフで知り合った少女の名前を口にする。

 表紙を開くと、そこには『遥か遠くの空で戦う私の親友に捧ぐ』と書かれていた。


「何だ? アイツ、本を出したのか?」

「そうみたい」

「お前、ナディアとは知り合いだろ。お前のところには届いてないのか?」

「昨日から荷造りが忙しくて、ベッキーさんの所へ行ってないから、分からない」

「やっぱり、知り合いかにゃ? この本は昨日の午後便で届いたから、フルートにゃんが手にしてないのも当然にゃ。ウルド商会で預かってると思うから、後で取りに行くにゃ」

「分かった」


 フルートが頷くと、トパーズが満足げに微笑んでから話を続ける。


「今、この本がスヴァウトアルフを中心に爆発的に売れてるにゃ。そして、この本はそれだけじゃないにゃ」

「この本をネタにした2次エロ本でも出たか?」


 その冗談に、トパーズとフルートが睨み返した。


「アークは一度だけじゃなく、永久に死んだ方が良いにゃ。無視して話を進めるにゃ。ニブルの宣戦布告を聞いて、小説の舞台となったルークヘブンを守ろうとする運動が始まってるにゃ」

「本当?」


 フルートの確認に、トパーズが頷いた。


「フルートにゃんには絶対、嘘は言わないにゃ。それで世界中の空獣ギルドから、この本を読んだパイロットが、傭兵としてルークヘブンへの防衛に向かっているらしいにゃ。そのおかげで、ギルドの本部が人員補給で大変な事になってるらしいにゃ。ザマーミロにゃ」


 本部から左遷されているトパーズが「ケケケ」と笑う。


「それと、ルークヘブンに関して朗報があるにゃ。先程ギルドの連絡網が届いて、ルークヘブンの空獣ギルドで義勇軍が結成されたらしいにゃ」

「マジか?」


 アークの確認に、トパーズがガン見で挑発する。


「嘘を言ってどうするにゃ、アーク死ねにゃ。何でも、そこの教官がリーダになって、かなりの数のパイロットが参戦するらしいにゃ」

「フルートと俺で対応が違い過ぎるだろ……」


 フルートとの真逆の反応にアークが顔を顰めると、ルークヘブンで世話になった三兄弟を思いだ……。


「ド? ド、ド、ド……あーー名前何だっけ、グラサン三兄弟のヒゲダルマ……」

「ドーンさん」


 名前を忘れたアークが人差し指を額に添えて考えていると、横からフルートが助け船を出した。


「アレ? ドーンは三男の変態デブじゃなかったか?」

「それはドーズさん。ちなみに、三男じゃなくて次男。それと三男はドーガさん」

「まあ、名前なんてどうでもいいか」

「……酷い」

「だけど、あの三兄弟がリーダーだったら、軍隊相手でも援軍が来るまで何とか踏ん張れるだろう」

「うん!」


 アークにフルートが笑みを浮かべて頷く。

 そして、手にした本の表紙を優しく撫でた。


「ナディア、ありがとう」


 彼女は1冊の本が生み出した奇跡に、夢を叶えた友人に向かって礼を言っていた。

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