第87話 ヨトゥンの谷の歌う声

 3人がベッキーの話に驚いていると、その様子に気付いたロイド、ダイロット、ナージャ、マイキーの4人が何事かと近寄ってきた。

 ちなみに、ルイーダは彼女の弟子達と一緒に戦闘機の整備中で、今回は不参加。


「3人一緒に変な声を上げてどうした?」

「お前がパイズリしてもらってる時の喘ぎ声よりましだよ」


 ロイドが話し掛けると、アークが冗談を言い返す。

 その冗談に、フランシスカが速攻でアークの後頭部をぶん殴った。


「馬鹿な事を言ってるんじゃない!!」

「痛ってえぇぇ!! 今、本気で殴っただろ。別にお前がその無駄にデカイ乳とお口でご奉仕してるなんて、一言も言ってねえぞ!」

「チョッ! 馬鹿、お前!!」

「クソ野郎!! 今はそれどころじゃない!!」


 ロイドが動揺して、フランシスカが怒鳴ると、アークも正気に戻って「確かに」と頷き、ベッキーの方へと振り向いた。


「そう言えばそうだった。ベッキー、詳しく話してくれ」

「分りました。だけど、その前にロイドさん」

「何だ?」

「やっぱりオッパイロットとして、もう挟んでもらったんですかー?」

「「ベッキー!!」」


 戦争の話をすると思っていたベッキーが、フランシスカのご奉仕について尋ねると、当の本人とロイドが顔を赤くして怒鳴り返す。

 その2人の様子から、この場の全員が「挟んでもらったな」と確信していた。




「ゴホン! 失礼しました。チョットだけ興味があったもので……それでですね。オッドさんの話によると、ニブルはどうやって調べたのかは分かりませんが、アルフ国王の命が短い事を知ったらしいです」

「それがどうして宣戦布告に繋がる?」


 アークの質問にベッキーが話を続ける。


「元々ニブルは、過去の戦争……確かスヴァルトアルフ独立戦争でしたね。その時に亡命したアルフの王族と婚姻関係を結んでいたので、アルフの王位継承権が一応あるんです。それで、昔からアルフを虎視眈々と狙っていたんですが、ニブルがアルフを占領しちゃうとスヴァルトアルフが陸続きになって、それを嫌がったスヴァルトアルフがアルフに替わって代理戦争をしてたんです」

「要請しといてアルフは見ているだけか。随分とまあ、他人任せな国だな」


 ロイドが呟くと、ベッキーが人差し指を立てて横に振った。


「チッ! チッ! チッ! ロイドさん。そこは、アルフの国王の政治的手腕が凄いと言ってください。オッパイロットとは違います」

「……もうオッパイロットは勘弁してくれ」


 ロイドが額に手を置き頭を垂らす。


「嫌でーす。えっと、話を戻しますね。スヴァルトアルフは世界の中心にある国なので交易が盛んですが、その代わりに空獣の恩恵が少ないので、輸送に必要なエネルギーは輸入に頼っているんです。逆にアルフはルークヘブンの空獣から得た魔石を、アルフサンドリアで燃料に変えて輸出しているので、アルフの国王は燃料を格安でスヴァルトアルフに輸出する代わりに、軍隊を派遣するよう交渉したわけですね」

「アルフサンドリアって、ビックとスモールの護衛で一度行った事がある」


 フルートが思わず口にすると、フランシスカがアルフサンドリアについて説明し始めた。


「アルフサンドリアは200年前のアルフの国王が、趣味で作った街なんだ。その国王は錬金術にハマって国政は酷かったらしいが、その代わりに魔法技術が発展して、150年前に空獣が人類の前に現れてからは、空獣の魔石を燃料に変換する技術を最初に作ったと言われている。今でもアルフの燃料産業量は世界一だ」

「魔法か……随分と懐かしい話だ。俺がガキの頃には既に廃れていたがな」


 マイキーが思い出しながら呟くと、ナージャとダイロットが彼の後に続いて話しをする。


「私は見た事ないよ」

「魔法は使える人間が限られていたからな。空獣が現れるようになって魔道具が生まれ一般庶民に広がると、魔法はあっという間に廃れた。私も子供の頃に道化師が使っているのを見たのが最後だな」


 ダイロットが話し終えるのを見計らって、ベッキーが話の続きを始めた。


「えっと、おっさん2人の魔法の話はどうでもいいので、隅に置いといてですね。アルフの国王が凄いのは今の話だけじゃなくて、外交で大国同士に戦争を仕掛けつつ、裏では全面戦争による被害を押さえようとアルフを2国間の緩和地域にして、自分の国は中立を宣言したんです。その結果、3つの国の被害を最小限に抑えていました。だけど、その国王が病気で倒れたと知ったニブルは、まだ成人になったばかりの王子では力不足だからと言って、その代わりにアルフ王位継承権のある自分が摂政統治すると、宣戦布告したらしいです」


 ベッキーの説明を終えると、全員が黙って顔を顰めていた。




「俺はニブルって国は戦争が大好きな真性クソ野郎って事ぐらいしか知らねえんだが、アルフとスヴァルトアルフの2国を同時に相手しても勝てるぐらい強いのか?」

「ニブルは強いぞ」


 アークが思っている事を口にすると、ダイロットが応えた。


「そうなのか?」

「護衛の依頼を受けていた時に世界中を回ったが、ニブルは帝国主義を掲げているだけあって、南の国家の中では1番の軍事力を持っている。確かアルフ以外でも南と戦争をしていて、領土を広げていた筈だが……」


 ダイロットが考えていると、マイキーが口を開く。


「いや、南の戦争は終わったらしい」

「本当か?」

「ああ、半月前の新聞にその戦争についての記事が載ってたぜ。ニブルがスヴァルトアルフとは反対側の南の小国群に対して、3年間の不可侵条約を結んだってな。戦争が大好きな国にしては珍しい事をしたもんだと、あの時は思っていたが……なるほど。アルフへの戦力を増加するために停戦したって訳か」

「ルークヘブンは大丈夫かな?」


 そう呟くフルートに、アークが首を左右に振る。


「もし、アルフとニブルだけの戦争だったら、首都のアルフガルドを占領すれば終わるだろうけど、スヴァルトアルフが絡んでくると、そうもいかないだろう」

「どういう事?」

「ベッキーの話にも出てきただろ。スヴァルトアルフはアルフサンドリアで作られる燃料の輸出に頼っているって。それは交易だけじゃなく、軍にだって必要な物資だ。つまり、ニブルは首都を抑えるよりも先にアルフサンドリアを押さえて、スヴァルトアルフへの燃料供給を絶たせてから攻めるんじゃね? 俺ならそうするぜ」

「待って! そうなると、ニブルからアルフサンドリアに行く途中にあるルークヘブンは?」

「アルフが抵抗しなきゃ、占領されるだろうな……」

「そんな……」


 アークの考えを聞いて、フルートが顔を青ざめた。


「軍の動きについて、やけに詳しいな」


 ロイドが尋ねると、アークは笑って肩を竦めた。


「別に軍に居たわけじゃねえぜ。ただ、戦争って奴は正々堂々と戦っている様に見せかけて、裏で卑怯な事をするのが勝つための基本だと思っただけの話さ」

「正論過ぎて涙が出るぜ」


 アークの冗談とも言えない正論に、ロイドだけではなく全員が納得していた。




「それでですね。オッドさんが、アルフの国王さえ回復すれば、ニブルの戦争の口実自体が無効になるので、ファナティックスを何としてでも手に入れて欲しいって言ってました」


 ファナティックスとは、アーク達がオッドから依頼されていた、万病に効く薬の材料になる伝説級の空獣で、過去に一度だけ白夜の円卓に現れた事があった。


「王様が回復しても戦争が始まったらどうしようもねえだろ」


 アークがそう言うと、ベッキーがフルフルと頭を左右に振る。


「いえ、アルフの現国王はスヴァルトアルフ以外にも、西の大国ミズガルズ、東で最強の国家と名高いアリベリオンとも親睦があります。だから、国王さえ回復すれば彼の国も動く筈です!!」


 ベッキーが上目遣いでアークにお願いをする。


「だけど、ファナティックスが欲しいって言われてもなぁ……冬の間の円卓は、例年通りに冬の女王だったのは、お前も知ってるだろ」


 冬の女王。

 毎年、冬になると白夜の円卓を支配する雪の精霊とも言われる空獣で、冬の間は天候を操って最強を誇る。

 ただし、日光に弱く、春になると極端に弱くなり、冬の女王の討伐が空獣狩りの春の風物詩になっていた。

 ちなみに、見た目はただの雪だるまで性別は分からないのに、女王と名付けられたのは、最初に発見した人物が女性に飢えていたからと言われている。


「それは、そうなんですが……」


 アークの話にベッキーが言い淀む。


「俺だってフェラテクニックを倒したいと思ってるさ。だけど引きこもりが自分の部屋から出てこないんじゃ、手の打ちようがねえよ」

「ネタが少なくて話を引っ張る小説みたいだけど、アークの言う通り。それと、ワザと卑猥な間違いはしなくていい……と言うか、するな」

「そりゃ失礼」


 アークの後にフルートが口を開く。


「それなんですが、実はオッドさんから2人に伝言があります……」

「何だ?」

「はい。オッドさんがファナティックスについて昔の文献を調べたところ、その空獣の鳴く声が人を魅了するぐらい美しい声だったと、文献に載っていたらしいです」

「それって?」


 ベッキーの話にフルートが続きを促す。


「もしかしたら、お2人が行こうとしているヨトゥンの谷に、ファナティックスが居るかもと言ってました」

「うーーん。美声ってだけで、それがファナティックスだと断定するのは……大雑把な設定の小説と同じだと思う」


 フルートが腕を組んで首を傾げる。


「だけど、調べてもファナティックスの情報はそれぐらいしかなかったみたいです。それと、大雑把ても話が面白ければ、私はアリだと思いますーー」

「どの道、谷へは行く予定だし。話? よく分からねえが、ソイツがガバガバでもキツキツだろうが、どっちでも構わねえよ」

「うん。どれだけ最高の小説を書いても、「テンプレ乙」とか「パクリ」って、クソアンチから言われるだけだからね」


 アークに続いてフルートが答えると、アークが彼女を横目で見て話し掛ける。


「えっと、フルートさん。先程から言っている例えが理解出来ないんですが、もしかして敵を作ってやいませんか?」

「アークの気のせいだと思う。アンチの言う事に負けちゃダメ!」


 何故か励ますフルートを理解できず、アークが説明して欲しいとロイドに視線を向ける。


「俺に聞かれたって知らねえよ!」

「そうか……オッパイに詳しいお前でも、知らねえのか」

「オッパイは関係ねえだろ!! ……関係ないよな!?」


 ロイドがフルートに話し掛けるが、彼女はそれに気付かず、ベッキーと小説ネタについて討論していた。




「まあいいや。オッパイサンド……いや、フラン」

「今、私の事を何と言った?」


 アークが話し掛けると、フランシスカが拳を振り上げる。


「まあ、気にするな。それで、お前のクソ親父のせいで予定が狂ったけど、そろそろ俺達も春の陽気に誘われてハイキングだ。用意が出来次第、ヨトゥンの谷へ行くぞ」


 睨むフランシスカを適当にいなして要件を伝えると、彼女は怒っているのを忘れて目を大きく開いた。


「随分と急だな」

「こういうのはノリと勢いで行かねえと、何時まで経ってもグダグダになるんだよ。フルートもさっき言ってただろ、ネタを引っ張り過ぎるとクソつまんねえって!」

「その例えは私も理解できないが、分かった。3日で準備しよう」

「頼む」


 そこへ、2人の会話を聞いていたダイロットが手を上げた。


「ならば、私はルークヘブンへ行こう」

「は?」

「え?」


 ダイロットの話に全員が驚いた。


「ルークヘブンに生まれてる予定の子供が居るんだろ。アイツの孫なら、私も助けたい」

「父さんが行くなら私も行くよ」


 それを聞いたナージャが、自分も行くと言い出す。


「人を殺す事になるぞ」

「空獣でも人間でも同じ命さ。向こうが殺しに来るなら、迎え撃つだけだ」

「分かった。一緒にルイーダを説得しよう」


 ダイロットの了承を得たナージャが、彼に向かって微笑んだ。


「仕方ねえな。だったら、俺もチョイと有志を募ってルークヘブンへ行くとするか」

「ロイド?」


 ロイドが肩を竦めてそう言うと、今度はフランシスカが驚いた。


「なあに、チョットだけ兄貴の墓参りに行きたくなっただけさ。だけど、コンティリーブの連中はアークとフルートに恩義があっても、国同士の争いに無関心な奴等ばかりだから、過度な期待はするなよ」


 フランシスカもルークヘブンを救いに行きたいと思っていて、そんな彼女の気持ちを知ったロイドの話に感謝をする。


「……ありがとう」


 フランシスカがロイドに礼を言うと、彼は照れた様子で笑い返した。


「皆、ありがとう」


 フルートが頭を下げて感謝の気持ちを言葉にする。


「お返しに何を請求されるか分からねえが、礼を言うよ」


 そして、アークが皮肉を交えて礼を言う。

 そのアークを皆が見れば、彼は顔を背けて照れていた。

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