第86話 戦争の足音

「マイキー、出てこい!!」


 ベルセブブとの戦闘後、コンティリーブに帰還したアークは、マイキーのドッグに戻るなり大声で怒鳴った。

 彼の隣に立つフルートも、彼みたいに怒鳴りはしないが、体中から怒りおオーラが噴出していた。

 その慌しい2人に、フランシスカが何事かと眉を顰めて話し掛ける。


「親父は痛風が痛いと言って、病院に行ったぞ」

「あのクソボケジジイ、頭痛が痛いみたいな事を言って、逃げやがったな!!」


 マイキーが不在と聞いて、アークが付近にあったドラム缶を蹴っ飛ばすと、ドッグ中にガンッ!! という音が鳴り響いた。


「痛風は頭痛と違って名詞だから、別に間違ってない……」


 予想していたよりも痛かったのか、蹴った足をブラブラさせて、痛みを食いしばるアークの横で、フルートがツッコミを入れていた。


 2人が騒いでいると、何事かと全員がアークの周りに集まってきた。

 彼等に怒っている理由を尋ねられた2人は、可変翼のテスト中に何者かに襲われて、その最中に突然ワイルドスワンが酒乱モードという訳の分からない状態になり、ワイルドスワンを弄った犯人がマイキー以外に居ない事を全員に聞かせると、皆は被害者を見るような目で2人を憐れんだ。


「その……何と言うか……自分の父親の事とはいえ酷いな」


 フランシスカがこめかみをポリポリ掻きながら呟くと、ルイーダが呆れた様子で首を左右に振った。


「マイキーは昔から何と言うのかしら……「こんな時の為に用意した」ってのが、間違った方向に行くのよね。皆も絶対にあの人のマネだけはしちゃだめよ」


 ルイーダが自分の教え子達に注意を促すと、彼女達は頷いてマイキーをダメな整備士だと烙印を押した。


「それにしても、前翼型か……」

「お父さん。何か知ってるの?」


 呟いたダイロットに、ナージャが尋ねる。


「いや、何も知らん」

「おっさん。渋い顔して、知ってそうな素振りをするんじゃねえよ!」


 ダイロットの返答に、気が立っていたアークがジロリと睨む。


「うむ。スマン」


 フルートは有名人のダイロットに向かって、容赦なくツッコむアークに、「本当にブレないなぁ」と驚いた。


「まったく……直ぐにでも谷へ行く予定が、マイキーのせいで狂ったぞ」

「予定だと可変翼の調整に後1週間だったけど、もう1カ月は必要……」


 アークに続いてフルートもこの場に居ないマイキーに文句を言うと、フランシスカがワイルドスワンのエンジン部分を見て、首を左右に振った。


「それだけじゃないぞ。その酒乱モード? よく分からんが、その後でエンジンの調子が悪くなったと言ったな」

「うん」


 彼女の質問にフルートが頷く。


「酒乱モードで、どれだけエンジンに負荷が掛かったか、確認しないとマズイ。下手したら次に飛んだ時、突然エンジンが停止しかねない」

「最悪だ……」


 フランシスカの話に落ち込んだアークが、頭をガクンと下げた。




 アークが落ち込んでいると、ドッグの入り口からプロペラ音が聞こえて、ロイドの戦闘機が入って来た。

 彼は冬の間に今まで借りていたドッグを引き払って、マイキーのドッグを借りていた。

 ちなみに、ロイドとナージャがウルド商会に発注していた最新鋭の戦闘機ブレイズソードMk.2だが、2人はベッキーを急かせて冬の間に手に入れていた。

 そして、2機の戦闘機は、マイキーの設計書通りにカスタマイズして性能を向上させた。

 改良されたブレイズソードMk.2は、ワイルドスワンを除けば、コンティリーブでも1、2位を争う最速の戦闘機へと生まれ変わり、2人はその性能に満足していた。


「フラン。今戻ったぞって……皆で集まって何してんの?」


 ブレイズソードMk.2から降りたロイドが、フランシスカに声を掛ける途中で、ドッグの雰囲気が変な事に気付き首を傾げる。


「うちの親父が馬鹿な事をやらかしたらしくてな」

「義父さんがか? って、グハッ!!」


 ロイドの返答を遮って、顔を真っ赤にしたフランシスカが彼の顔面を殴った。


「お、お……お前とは仕方なく付き合ったが、私はまだ結婚なんて考えてないぞ!!」

「痛ってぇ……ただの冗談じゃねえか……」


 フランシスカの照れ隠しに、ロイドが頬を押さえてニヤニヤと惚気る。


「凶暴なツンデレだな。女子レスラーに殴られたと思ったら、ただの愛情表現とか、体が幾つあっても足りねえぞ」

「2人がそれで幸せだったら良いんじゃない?」


 2人の様子に、アークとフルートが同時に肩を竦めた。




「酷い話だ。アークのようなクズにクズみたいなことをするなんて、本当のクズだな」


 アークとフルートから話を聞いたロイドが、呆れて頭を左右に振る。


「確かに本当の事だけど、その娘を目の前にして言う言葉じゃないわよ」


 ロイドの感想にルイーダがツッコミを入れる。

 その娘のフランシスカは何も言えず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。


「さり気なく俺の事をクズとディスってる事については、誰も指摘しないのか?」


 そのアークの問いに誰も答える者は居なかった。


「それにしても、チョッパヤ超速いの戦闘機か……もしかしてあの話が関係してるのか?」

「ロイドさん。何か知ってるの?」


 腕を組んで考えるロイドにフルートが話し掛けると、彼は「うーん」と唸って首を傾げた。


「関係あるかは分からねえ」

「一応教えて」

「んじゃ話すけど。アルセムを倒した後、戦闘機を失くした……特にスピードのあるヤツに乗っていた空獣狩りに、テストパイロットにならねえかって、スカウトの話があったんだ」

「ほう?」


 ロイドの話にアークが興味を持つ。


「俺もあの時は戦闘機がなかったからな。スカウトが来て話だけは聞いたけど、速い戦闘機を作ったとか言ってたぜ。まあ、俺はアルセムを倒したその日に、お前からワイルドスワンの話を聞いていたから、そっちの方が良い気がして断ったけど、何人かは誘われてテストパイロットになったんじゃねえか?」

「そうなのか?」

「実際にアルセムと戦った時の接近部隊チームの数人が、コンティリーブから居なくなったからな」


 彼の話を聞いたアークとフルートは、アルセム戦の前のブリーフィングで見かけたパイロットの顔を思い出し、あれから何人かのパイロットが居なくなっている事に気付いた。


「それで、そのスカウトに来た奴等は何処のクソだ?」


 アークの質問にロイドが肩を竦める。


「さあな。俺もソイツを聞いたけど、契約しないと話せねえって教えてくれなかったぜ。だけど、この国で戦闘機のメーカと言ったら1つだけだから、向こうも敢えて言わなかっただけかも知れねえけどな。他の国からわざわざここへスカウトに来るってのもあるだろけど、そいつ等だったら会社名ぐらい言うと思うし」

「ダイアンRか……」


 アークが顔を顰めて呟くと、ロイドも人差し指をアークに向けて、「その通り」だと頷いた。


「だけど、もし俺の話がお前の戦った戦闘機のテストパイロットだったら、俺とお前等で殺し合いをしてたって事か……チョット興味が沸くけど、今は死にたくねえから受けなくて正解だったぜ」


 そう言ってロイドがフランシスカをチラッと見れば、彼女は不機嫌そうに睨み返した。


「ウゼーー、チョーウゼーー。目の前で惚気られるとムカつくから、お前等、やっぱり別れろ」


 フランシスカを嗾けて付き合わせたアークが、ロイドに向かって中指を立てる。


「チョッ!! ふざけんな! お、お前もルークヘブンで彼女と惚気てたってフランから聞いたぞ!」

「彼女? もしかして、マリーの事か? あいつとはそんなんじゃねえよ」

「恥ずかしいからって、とぼけんなよ。ガキまで孕ませたらしいじゃねえか」

「だから違うって。俺とマリーはただのセフレで、チョイと避妊をしくったのが当たっただけだって」


 この場に居た女性の全員が、アークの話を聞いて露骨に顔を顰める。

 そして、アークの腹違いのナージャが代表して「最低だ……」と呟いた。


 それから、会話が下らない方向に向いたところで、ルイーダが手を叩いて話を纏める。

 そして、話を纏めた結果、とりあえずマイキーは処刑、ワイルドスワンと戦った謎の戦闘機は、ギルドに報告する事が決まった。

 被害者のアークとフルートは、ギルドでトパーズに報告すると、話を聞いた彼女は驚き、ギルドで調査をすると言った。




 後日。

 マイキーはフルートから、自分の書いたプログラムの全ての行に、コメントを必ず入れるよう義務付けられた。


「チッ! 面倒くせえな……って何だ?」


 その命令に、マイキーが嫌そうに頭をボリボリ掻いて文句を言っていると、ルイーダと6人の弟子達が彼の背後に立っていた。


「さあ、やっちまいな!」

「「「「「「はーい!」」」」」」


 そして、ルイーダの合図で、弟子達が彼の体を縄で縛り始める。


「オイ、何だ? ヤメロ!! 老人虐待だーー!!」

「ウルセエ、クソジジイ!! オイ、ズボンの上からで良いから、ションベンを漏らした時の為に、オムツを履かせとけ!!」

「「「「「「りょうかーーい」」」」」」


 叫ぶマイキーにアークが怒鳴り返し、ルイーダの弟子達はマイキーにオムツを履かせると、「ワッショイ! ワッショイ!」と担ぎ上げて、ワイルドスワンの後部座席まで運び、彼を座席に縛り付けた。


「それじゃ行って来るぜ!」


 ワイルドスワンに乗り込んだアークがドックの皆に向かってサムズアップ。


「ほどけーー!!」


 後部座席で叫ぶマイキーを気遣ったアークが、身を乗り出して笑い掛ける。


「最初から酒乱モード、20分フルコースだ!!」

「……へっ!?」


 それを聞いたマイキーは顔を引き攣らせた。


 一方、ノリノリなアークとは逆に、フルートとフランシスカが何とも言えない表情を浮かべる。


「ショック死、しないかしら?」

「親父は痛風なだけで、心臓は人一倍丈夫だから平気だろ」


 ドッグの全員が空へ飛び立つワイルドスワンを見送って、胸元で十字を切り合掌。

 その後、コンティリーブの空にマイキーの絶叫が響いた。




 ベルセブブと戦った日から、1カ月後。

 雪で白かった大地は草木が生えて緑色へと染まる。コンティリーブは遅い春をようやく迎えていた。


 結局、マイキーが暴走して作ったワイルドスワン酒乱モードは、20分間性能が25%向上する代わりに、その後1時間性能が20分落ちるという仕様だった事が分かった。

 酒乱モードが微妙に使えると判断したアークとフランシスカは、この機能をそのまま記憶装置に入れる事に決めた。

 そして、ワイルドスワンはフルートが努力した結果、可変翼の調整を終える事が出来た。

 テストも兼ねた空獣狩りを何回かして、ワイルドスワンに問題ない事を確認したアークは、そろそろヨトゥンの谷へ行こうと考えていた。


「大変です! 大変で……あっ!!」


 午前の狩りを終えた2人がフランシスカと談話していると、慌てた様子のベッキーがドッグに入るなり、何もない場所で足を躓かせて地面にダイブした。


「……おい、大丈夫か?」


 心配したフランシスカが倒れたままのベッキーに話し掛けると、意識を取り戻したベッキーがガバッ! と顔を上げた。


「それどころじゃないですーー!!」

「もしかして予定日になっても、アレが来ないとか? それはヤった相手に言えよ」

「最低……」

「コイツが最低なのは、今に始まった事じゃない」


 アークの冗談に、フルートがジト目で呟き、フランシスカが溜息を吐く。


「違います!! 今、遠距離無線で本社から連絡があったのですが、ニブルがアルフに宣戦布告しちゃいました!!」

「「「……はぁ!?」」」


 ベッキーの口から出た突拍子もない内容に、3人は同時に驚いていた。

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