第79話 収穫祭04

※拷問シーンあり




 アークがスイングDDTを喰らって、気絶している男を見下ろす。

 男は40代ぐらいの中肉中背で、格好もごく普通。

 特に特徴のない顔をしており、人ごみの中に混ざれば、あっというまに溶け込みそうな男だった。


「フルートにゃんは無事みたいだぜ」


 ジョセフの報告に、アークが口をへの字に曲げる。


「そうか……残念だ。実に残念だ。もし、フルートに何かあったら、殺す口実が出来たのにな」

「おい! 先に言っとくが殺るのはアウトだぞ。知っているのが俺達だけなら良いが、今回はストーカーの旦那の実況で、この村の殆どの奴等がこの事を知っているからな。コイツを殺ったら、確実に俺達が疑われる」

「そのぐらい分かっているさ」


 そう言うと、アークは男の上半身を裸にして、脱がした上着で男を木に縛り付けた。




「おっはよーー、ございまーーす!!」


 バッチーーン!!


 アークが元気で明るい挨拶をしながら、森に響き渡るビンタを男の頬に放つ。


「ぐっ! な、何だ!?」

「よう、腐ったロリコン野郎。そろそろお仕置きの時間だから起きろや」

「お前は!?」


 アークが話し掛けると、男はアークの顔を見て驚いた様子をみせた。


「……ふむ。どうやら俺の顔を知っているらしいな。誘拐犯からも一目されるとは、俺も有名になったもんだ」

「…………」

「テメエがお祭りで浮かれて、ヤクでもオナニーでも好きな事をしたところでどうでもいいが、フルートは返してもらったぞ」


 男が地面に横たわるフルートを見て舌打ちをする。


「そう悔しがるな。それじゃ拉致失敗の反省会を始めようか。まあ、最初は痛いかもしれないが、慣れると案外気持ち良いかもしれん」


 アークは宣言すると、いきなり上半身裸の男の乳首をつねり始めた。


「なっ!? 馬鹿、ヤメロ!!」


 突然乳首を攻められて男が体を悶える。


「おいおい、まだ弄ったばかりだ。せめて3分は粘れ」


 何故「3分」? その意味が分からず男が顔を顰める。彼は3分以内に依頼主を白状しないと、殺されると思っていた。


「いいか、よく聞け。俺の元カノは3分間乳首を弄っただけで、疲れ果てた俺のベイビーを奮い立たせて、次のラウンドへと送り込んだ。しかも、ラウンド終了後のピロートーク無しでだ。この程度の快楽で音を上げてどうする、クソ野郎」


 ちなみに、アークの元カノとはマリーベルの事。


「「なんだそりゃ!!」」


 予想外の話に、男だけではなく、様子を伺っていたジョセフまでもが、突っ込みを入れていた。




「アーク!!」


 アークが嘲笑いながら男の乳首を弄っていたら、呼ぶ声が聞こえて振り返る。

 そこには、フルートを追い駆け続けて、息を切らしたフランシスカが立っていた。


「よう、フラン! こんなところで奇遇だな」

「フルートは!?」


 アークの挨拶を無視してフランシスカがフルートの安否を尋ねると、アークはフルートの方へと顎をしゃくった。


「そこでぐっすり寝ているぜ。多分、この男の腋臭でも嗅いだんだろう。あまりの臭さに、この騒動でも爆睡中だ」


 フランシスカが地面に倒れているフルートを抱き寄せて、彼女の顔に耳を傾ける。

 フルートの安らかな寝息を確認すると、それで安心したのか深い溜息を吐いた。


「よかった……」

「ところでロイドはどうした?」

「アイツは別の男に撃たれた」

「なっ!?」

「マジで!?」


 アークとジョセフは驚いているが、内心では「アイツ、今日厄日じゃね?」と思っていた。


「だけど、命に別状はないらしい。私を助けた男がそう言っていた」

「助けた男?」

「急いでいたから名前を聞かなかったが、私が刺さるところを助けてくれて、さらに、ロイドの手当てもしてくれた。暗闇で顔は見えなかったが、後で礼をしないとな……」

「お、おう……」


 フランシスカがストーカーSへの感謝を口にする。

 だけど、その助けた恩人が、実はロイドの告白を会場に垂れ流していたストーカSだと知っているアークとジョセフは、彼女の話に何も言えず困惑していた。


「ところで、何で私がロイドと一緒だったのを知っているんだ?」

「「……!!」」


 その質問に、アークとジョセフが一瞬だけアイコンタクトを交わす。


(バレたら確実に殺されるな……)


 アークはそう考えると、とっさに嘘を吐いた。


「祭りに行くときに、お前とロイドが一緒だったのを見かけたんだ」


 アークの隣でジョセフがウンウンと頷く。


「そうか。一言ぐらい声を掛ければ良かったのに」

「男と女が一緒に居るところに声を掛けるほど、野暮じゃねえよ」

「別にアイツとはそんな関係じゃない」


 全くデレず答える彼女に、アークが脈なしだなと肩を竦めた。


「それで、お前達はこんなところで何をしていたんだ」

「え? んーー。実は俺達もフルートが拉致されているところを偶然見かけてね。お前とロイドが救出に向かったのを見て、回り道したのさ」

「なるほど、助かったよ」


 アークの嘘にフランシスカは納得し、ジョセフは「ナイスだ嘘野郎」と彼女に隠れてサムズアップをしていた。


「まあ、そんな事よりもだ。お前はフルートを病院に連れてってくれ」

「お前はどうするんだ」

「フルートが拉致された時、コイツ等はただのエルフ好きのロリコン野郎だと思ったんだけど、どうやら違うらしい」

「ほう? なぜそう思った?」


 その質問に、アークが親指で男を指さす。


「コイツ、俺の顔を見るや否や驚いていたからな。何となくだけど、めんどうな類の組織に居る奴なんだと思う。という事で、憲兵に突き出してもあっさり釈放されると思うし、殺したところでこっちが不利になる」

「……確かにそうだな」


 アークの考えにフランシスカが頷く。


「ロイドが撃たれたから報復をしたい気持ちも多少あるが、別にアイツとはただの空獣狩りの仲間なだけだし、自分の身を危険に晒してまで仕返しをするのも馬鹿らしい」

「意外と薄情だな」


 フランシスカが意外といった表情をする。


「そこは、損得勘定に聡いと言って欲しいな」

「それで、結局どうするんだ?」

「コイツは自白しないと思うし、ぶん殴ったり、村中で殺したりしたら俺が憲兵に捕まって牢屋行き。だから、俺は泣く泣くコイツの乳首を弄るしかない」


 アークが溜息を吐きながら、再び男の乳首を弄り出すと、男が「バカ、ヤメロ!」と騒いだ。


「何故そこで乳首を弄るという結論に達したのかが理解出来ないが、とりあえず殺さないみたいだから良しとしよう」

「俺も案外、良心的な一般人だろ」

「乳首を弄っている時点で一般人からかけ離れている変態だと思うぞ」

「あっ、そう。まあ先にフルートを連れて行ってくれ。俺達はもう少しコイツの乳首を弄ってから憲兵に突き出すよ」


 フランシスカはやれやれといった様子で溜息を吐くと、フルートを背負って森の奥へと消えて行った。




「白鳥の兄ちゃん」


 フランシスカが去った後、ジョセフが話し掛ける。


「何だ?」

「本当に殺らないのか?」

「おいおい、最初に殺すなって言ったのは、お前ちゃうんか?」


 そう言って、アークが男の乳首をギューーッと抓ると、男が「痛い、痛い!!」と叫んだ。


「いや、アンタの事だから、俺の言う事なんて聞かずに殺すと思ったんだけどなぁ」


 そう言うと、ジョセフも男のもう片方の乳首を抓り始める。

 それから、森の中で2人の男が無言で、木に縛り付けられた男の乳首を摘まむという、シュールな光景が5分程続けられた。


「ヤメテ。本当に乳首が取れるから、ヤメテ!!」


 男が根を上げると、アークが乳首から手を離す。

 最後に指先で乳首をピンッと跳ねてから、ジョセフに話し掛けた。


「ご期待に沿えず申し訳ないな。だけど、まあ、あれだ。コンティリーブ流の礼儀はさせてもらうぜ」

「コンティリーブ流の礼儀? ああ、なるほど。だったら俺からラビットには言っとくよ」

「了解。工作は任せた」


 アークとジョセフは散々男の乳首を弄った後、男を憲兵へと連れて行った。




 フルートが目を覚ますと、フランシスカが彼女を覗き込んでいた。


「フラン?」

「やっと目覚めたか。良かった……」


 意識を取り戻したフルートに、フランシスカが微笑む。


「確か……お祭りに居たと思ったけど……」

「詳しく教えてあげるから、まだ横になってな」


 そう言うと、フランシスカは先ほどまでの出来事を、彼女に聞かせた。


「それで、ロイドさんは?」


 話を聞いたフルートが驚いて、ロイドの安否を確認する。


「アイツは治療を済ませて、隣の部屋で寝てるよ」

「……そう」

「どうした。浮かない顔をしているぞ」

「また、アークに助けられたと思って……」

「…………」


 フランシスカが黙っていると、フルートが自分の想いを話し始めた。


「アークは私の我がままを何も言わずに聞いて一緒に飛んでくれてるのに、私の方だけが何時も迷惑を掛けている……自分の弱さが悔しい……」


 辛そうな顔をしているフルートの頭をフランシスカが撫でる。


「別に大丈夫だと思うけどな」

「そうかな?」

「だって、アークは自分が嫌な事を何も言わずにいる性格だと思うか?」

「……思わない」

「だろ。もし、アイツがお前と組むのを嫌がったら、絶対にペアの解消を言ってくる。それを言わないって事は、別に嫌だと思ってないという事だ」

「……確かにそうだと思うけど……考え方が酷い」


 フルートの言い返しに、フランシスカがフッと笑った。


「そうか? ……それに」

「それに?」

「ルークヘブンでワイバーンを倒した時、それとアルセムを倒した時だって、アーク1人だけだったら恐らく倒せなかったと思う」

「……そうかな?」

「そうだとも。お前はもう少し自信を持て……」

「……分かった」


 少しだけ元気を取り戻したフルートの様子に、フランシスカが満足して席を立った。


「それじゃ、私はもう一人の怪我人の様子を見てから帰るよ」


 そう言うと、フランシスカが扉の方へと歩きだした。


「フラン」


 フルートがフランシスカの背中に向かって声を掛ける。


「何だ?」

「その、ありがとう」


 お礼を聞いたフランシスカは肩を竦めて微笑むと、部屋を出て行った。




「よう、生きてるか?」

「生憎とな」


 フルートの病室を出たフランシスカが、ロイドの病室に入って声を掛けると、肩を包帯で巻かれたロイドから、若干不貞腐れたような返事が帰って来た。


「その様子だと問題ないみたいだな」

「弾は貫通しているし、骨には当たってないし、手当も早かったから、すぐに治るってよ」


 ロイドの話を聞いたフランシスカが、安心した様子で溜息を吐いた。


「そうか……クリスだけじゃなく、私のせいでお前も死んだら、どうしようかと悩んだよ」

「別に俺が好きでやったんだから、気にするな」

「一応は命の恩人なんだから、そうはいかないよ。何か礼をしないとな」


 フランシスカがお礼について考えていると、ロイドが彼女の顔をジッと見ながら話し掛けて来た。


「だったら、一つ頼みたい事がある」

「ん? 何だ?」


 ロイドの切羽詰まった様子に、フランシスカが首を傾げる。


「その……俺と付き合ってくれないか?」

「は?」


 ロイドの告白を理解出来ず、フランシスカが固まった。


「いや、最初に見た時から、イイ女だなと思っていたんだけどさ。どうやら俺は、兄貴と女の好みが一緒らしい」

「…………」

「もちろん、アンタがまだ兄貴を忘れてないのは分かってる。だけど、兄貴が死んでもう4年だ。兄貴の事を忘れろとは言わない。ただ、俺は兄貴に替わってアンタを幸せにしたいんだ」

「…………」


 何も答えないフランシスカをロイドが見つめると、彼女は顔を背けた。


「ダメか?」

「……その……気持ちは嬉しい。だけど、私はもうパイロットと付き合うつもりはないんだ……」


 フラれたロイドががっくりと落ち込む。


「そうか……」

「本当にスマン」

「いや、気にしないでくれ。だけど、俺はまだ諦めるつもりはない。気が向いたら声を掛けてくれ、ずっと待っている」

「……すまない」


 フランシスカは一言だけ呟くと、ロイドの部屋を逃げる様に出て行った。


「だめか……」


 ロイドが溜息を吐く。

 その様子をストーカーSが窓の外から見守っていた。




 騒動から3日後。

 フルートを拉致した連中が乗るセスナ機が、コンティリーブを離陸した。


「ちくしょう。何で村の奴等が全員、俺達の犯行を知ってるんだ」


 もちろん、ストーカSのせいである。


「そんなの知るか。それよりも、あの野郎、散々捻りやがって。まだ乳首が痛てぇ。ただじゃ済ませねえぞ」

「次は裏の部隊を要請する」

「殺し屋連中か? よし、これでアイツ等も終わりだ」


 コンティリーブから離れて暫くすると、セスナ機の上空から1機の戦闘機が襲って来た。


「な、何だ!?」

「あれは、白鳥!!」


 その言葉を最後に、セスナ機はワイルドスワンのガトリング砲撃を喰らって空中で爆破した。


「コンティリーブ流の礼儀だ。安らかに眠れレスト・イン・ピ-ス


 アークだけが乗るワイルドスワンは、何事もなかったかの様にコンティリーブに向かって飛び去った。

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