第78話 収穫祭03

 何故フルートが囚われているかというと、その理由を説明するのに少し時間を遡る。

 レッドとフルートはピットとサリーと別れた後、吟遊詩人が演奏する会場へと足を運んでいた。

 そこでは、若い男女が音楽に乗って仲睦まじくダンスを踊り、陽気なムードが漂っていた。


「さっきはゴメン」


 ここに来るまで一言も口を開かなかったレッドが、男女の踊りを眺めているフルートに謝る。


「レッド君が謝る必要はどこにもない」


 レッドの謝罪にフルートが首を左右に振る。


「だけど……」

「私にも昔、友達だと思っていた人達が居た……」


 それでも何かを言おうとするレッドを遮って、フルートが話を始めた。


「その人達は孤独だった私をチームに誘ってくれたし、私も彼等を友達だと思っていた。だけど、あの人達から見たら私は友達という甘い言葉に誘われた、ただの道具に過ぎなかった。そして、私が困った時に、あの人達はあっさりと私を捨てた……」

「……なんか、フルートさんの友達だと思っていた人達って、ピットとサリーに似ている気がする」


 レッドの呟く声に、フルートが憐憫の眼差しを向ける。


「それは分からない。あの2人はレッド君の事を本当に友達だと思っているのかもしれない。ただ、レッド君とあの2人との友達の考え方がズレていたのかもね」


 そう言ってフルートが悲しく笑った。


「……フルートさんが友達だと思っていた人達って、どうなったんですか?」

「空獣狩りを辞めて都会に行った。ただ、その後の彼等の良い噂は聞いてない」


 フルートは風の噂で、あの3人が空獣狩りを辞めてからアルフガルドに行き、チンピラまがいの生活をしていると聞いていた。


「ごめんね。何か辛気臭い話をしちゃって」


 フルートが謝ると、レッドが勢いよく首を左右に振る。


「ぜ、全然問題ないです! そ、それで、フルートさんは友達が助けてくれなかった時ってどうしたんですか?」

「私が困っていた時に助けてくれたのが、アークとマリーベルって人」

「……そうなんだ」

「マリーさんは初対面の私に優しく接してくれて、アークは金銭面で助けてくれたし、ペアを組んでくれた。今の私が居るのは、この2人のお陰……」


 騒がしい空気の中、2人の間だけ静かな時間が流れていた。


「……フルートさんは……その……アークさんの事が好きなんですか?」


 レッドからの思わぬ質問にフルートが驚く。

 そして、笑みを浮かべて頭を横に振った。


「……そういった感情はない。あの人は私の恩人で私の夢を叶えてくれる人。アークが居るから、私は自由に飛べる……」

「…………」

「マリーさんは私に好きな人を愛しなさいって言っていたけど、私はアークだけは愛さない。だってアークとマリーさんってお似合いだもの。私はマリーさんの幸せを奪うつもりはないわ……」


 何となく彼女は嘘をついている。レッドは寂しく笑う彼女を見て、何故かそう思った。


「……変な話をしちゃったね」

「……ううん。勉強になった」

「そう? ねえ。せっかくだから踊ろうか」

「うん!」


 フルートの誘いにレッドが頷くと、2人は手を繋いで踊りの輪の中へと入った。




「あれがターゲットの1人か?」


 ダンス会場から離れた場所で、2人の男がレッドと踊るフルートを見ていた。

 男の1人が懐から写真を取り出す。その写真にはワイルドスワンをバックに、アークとフルートが写っていた。

 2人はフルートが拉致予定の人物である事を確認してから、小声で話し始める。


「もう1人のターゲットが居ないがどうする?」

「あのエルフを人質にすれば、向こうからノコノコやって来るだろう。その方が簡単だ」

「……そうだな。それにしても、あの戦闘機は無理やり奪うほど優れているのか?」

「さあな。俺は戦闘機の良し悪しなんて知らん。ただ、この国にはあの戦闘機を何としてでも欲しがってる奴が大勢いるって事だ」

「大勢ね……」

「この国の政治家、軍人、大企業、他にも色々だ。手を出そうとしたが、あの戦闘機はスヴァルトアルフの大貴族の所有物で、表立って奪う事が出来ないらしい」

「それで、俺達の出番か……」

「めんどくさい限りだ」


 2人の男は会話を終えると行動を開始した。




 吟遊詩人の奏でる曲が変わって、フルートとレッドは一旦休憩しようと、踊りの輪から離れた。


「フルートさんって踊りが上手だね」


 顔を赤らめたレッドが話し掛けると、フルートが肩を竦めた。


「アークに鍛えられたから」

「そうなの?」


 空獣狩りなのに、何で踊りを鍛えられたのかが分からず、レッドが首を傾げる。


「アークが言うには、空獣を狩る時はダンスを踊るのと同じなんだって」


 首を傾げているレッドにフルートが微笑む。


「空獣がどう動くかを予想して、それに合わせてトリガーを押すの」

「へぇ……」

「おかげで動体視力は物凄く鍛えられたけど……」

「けど?」

「もう二度と訓練はしたくない……」


 そう言うと、フルートがガタガタと震えだした。


「だ、大丈夫?」

「だ、だ、だ、大丈夫。タイガーエアシャークは嫌だ、タイガーエアシャークは嫌だ、スリザリ……違う、タイガーエアシャークは嫌だ……」

「チョッ! 全然大丈夫じゃないよ!! 何か飲み物を持ってくるから、その間に落ち着いて!」


 トラウマを思い出して震えるフルートの様子に、レッドは彼女を落ち着かせようと、ジュースを買いに近くの売店へ向かった。


「いくぞ」

「……ああ」


 フルートが一人っきりになったのを見計らって、2人の男が動き出す。

 1人の男がフルートの前に立って彼女を隠し、その間にもう1人の男が素早くフルートの背後に回る。

 そして、背後の男がポケットから薬品を染みこませたハンカチを取り出すと、フルートの口に押し付けた。


「……え!?」


 薬品を嗅いだフルートが、抵抗する暇もなくグッタリとする。

 フルートが眠ったのを確認すると、2人の男は彼女を連れ去り、この場から消え去った。


「あれ? フルートさん?」


 レッドが戻って来ると、フルートの姿は何処にも居なかった。

 首を傾げるレッドの手は、冷えたジュースの入った紙コップの水滴で濡れていた。




「場所は何処だ!!」


 ストーカーSからの無線に、アークが立ち上がって、ラビットに怒鳴る。


「確か、ここから北の方角だ!」


 アークはその場を駆けだすと、彼の後をマーシャラーのジョセフが付いて来た。


「白鳥! 方向からして、奴等は飛行場に向かってる」

「何で分かる」

「このコンティリーブから出て、別の町へ行くのに陸路は時間が掛かる。空を飛んだ方が手っ取り早い。ロリメイド様を拉致った奴等も空から来たに違いねえ。それに、ロイドと横乳様も奴らの後を追っている筈だ」

「オーケー。だったら俺達は回り込んで、あいつを性処理人形と勘違いした馬鹿をぶん殴るぞ」

「それならこっちの方が近道だ!」

「さすが、コンティリーブが誇る無料案内所の男だ!」


 ジョセフの案内で、アークはフルートを拉致した男の先へと回り込むことにした。




 フランシスカとロイドが、フルートを抱えた2人の男の後を追い駆ける。

 そのさらに後ろでは、ストーカーSが音を立てずに付いて行き、走りながら器用に無線機を叩いて実況を続けていた。


「待て!!」


 フランシスカの怒鳴り声に、2人の男がフランシスカとロイドに気付き、フルートを抱えていない男が舌打ちをする。

 そして、もう1人の男に顎をしゃくり先に行けと促すと、懐から拳銃を取り出した。


「危ねえ!!」


 拳銃を見たロイドがフランシスカを抱き抱えて地面に倒れる。

 それと同時に、森の中で拳銃の発砲音が鳴り響いた。

 地面に倒されたフランシスカがロイドの肩を掴むと、ぬめりとした液体が掌に触れて、ロイドが呻き声をあげた。


「……うっ」

「ロイド!! 無事か!?」


 肩から血を流すロイドに向かってフランシスカが叫ぶ。


「……俺はいいから、フルートを追え」

「しかし……」

「いいから行くんだ!!」

「すまない……後で助ける。絶対に死ぬな!!」


 怒鳴り返された彼女はそう言うと、立ち上がって走り去った。


「クソ! ……ただ告白するつもりが、ついてねえぜ……」


 残されたロイドが呟いていると、突然、近くの草むらから音がして1人の男が現れた。


「だ、誰だ!?」


 ロイドが誘拐犯の仲間かと警戒していると、巨大な無線機を背負ってフードで顔を隠したストーカーSが立っていた。


「応援を呼んだ。それまで我慢しろ」

「……お、おう!? それは助かるが、お前誰だ?」


 ストーカーSはロイドの質問に答えず、手慣れた様子でロイドの止血を瞬時にすると、すくっと立ち上がる。

 そして、唯一見えている口元が笑うと、ロイドに向かってサムズアップをした。


「おかげで儲けたぜ」


 どうやらストーカーSは、ロイドの告白が失敗する方に賭けていたらしい。

 フランシスカの後を追ってストーカーSが走り去る。


「……本当に誰だったんだ?」


 その後ろ姿を、ロイドが唖然とした表情で見送っていた。




 2人の男は、追い駆けているのがフランシスカだけだと知ると、1人がこの場に残って、彼女を始末してから合流することにした。

 近づくフランシスカに、この場に残った男が拳銃を構える。


「さっきは油断したが、持ってると知ってるなら話は別だ!!」


 フランシスカが小石を男に向かって投げると同時に、再び森の中で発砲音が響き渡った。


「ぐっ!?」


 彼女の手から放たれた小石が真っすぐ飛び、拳銃を持つ手を打ち付ける。

 逆に男が放った弾丸は、彼女に当たらず、あらぬ方向へと消え去った。


 男が手を押さえている隙に、フランシスカが素早く男に接近する。

 そして、銃を持つ手を掴むと、腕を捩じ曲げながら男を地面に押し倒した。


「ぎゃあああ!!」


 脇固めを極められた男が、拳銃を手放して悲鳴をあげる。

 フランシスカは肩を押さえて地面を転げ回る男から離れると、落ちていた拳銃を拾う。

 そして、男に近づくと、胸ぐらを掴んで喉元に銃口を突き付けた。


「フルートを何処へ連れて行くつもりだ。言え!!」

「フ、フルート? それは誰だ?」

「がっ!!」


 フランシスカが銃底で男のこめかみをぶん殴ると、男が頭を垂れて気絶した。


「手加減を……誤ったか……?」


 殴った方のフランシスカが一瞬だけ戸惑う。

 ところが、男は気絶したフリをしただけで、彼女の隙を突くと隠していたナイフを腰から抜いた。


「しまった!!」


 フランシスカが構える前に、ナイフが彼女の腹部へと迫る。

 しかし、ナイフが突き刺さる直前、巨大な物体が横から飛んで来た。


「ぐはっ!?」


 物体がフランシスカの目先を掠めて男に直撃すると、男を吹っ飛ばして地面に転がった。


「な!? 何だ?」


 驚いたフランシスカが地面に転がった物体を見れば、その正体は無線機で、飛んできた方向を振り向くと、そこにはフードで顔を隠すストーカーSが立っていた。


「ギリギリ間に合ったな……」

「お前は誰だ?」


 ストーカーSを知らないフランシスカが銃口をに向ける。

 もし、彼の正体を知っていたら、間違いなく撃っていた。


「ロイドは助けた。この男は私が押さえる。横ち、いや、お前はフルートの後を追え」


 ストーカーSが両手を上げて、自分は味方だとアピールする。

 フランシスカはロイドを助けたという話から、味方だと判断して銃口を下した。


「お前が何者かは知らないが、ここは任せる。後、ロイドを助けてくれてありがとう」

「いいから、早く行け」

「ああ」


 フランシスカはストーカーSに礼を言うと、再びフルートの後を追い駆けた。

 ストーカーSは気絶している男に近づいて溜息を吐く。


「やれやれ……姿を見せるとは、私も焼きが回ったな……」


 男を見下ろしながら、ストーカーSが自虐的に笑った。




「ハァハァハァ……」


 フルートを抱えた男が背後を振り返る。

 そして、追手が来ていない事を確認すると、足を止めて呼吸を整えた。


「クソ! まさかあんな場所に人が居るとは思わなかった。一旦コイツを連れて村から出るべきか……」


 そう言うと、抱きかかえているフルートを見下ろす。その彼女は未だ薬のせいで眠っていた。

 男が再び歩きだそうとするが、その前に前方の草むらが揺れて、男が警戒する。


「誰だ!!」


 男が叫んで片手で拳銃を構えると、草むらからジョセフが姿を現した。


「待った! 待った!! 撃たないでくれ!! 俺は無垢で純粋な男だぜ。そんな物騒なイチモツをしまってくれよ!」


 ジョセフが慌てて両手を上げると、男が警戒しつつ銃を構える。


「そのまま後ろを向け」

「向いたら撃たないって保証はどこにもないだろ」


 ジョセフの話を無視して、男が拳銃を引き金に力を少し入れた。


「分かった! 分かった!! 後ろを向くから撃たないでくれ!!」


 慌てたジョセフが背を向き、男が警戒しながらジョセフへと近づく。

 そして、後3歩のところで、目の前の木が揺れた。




 男が見上げるのと同時に、木の上で待機していたアークが男に向かって落ちて来た。


「なっ!!」


 アークが驚いている男の首を脇に抱えると、体を捻って男諸共、地面に倒れる。

 アークの飛びつきスイングDDTを喰らった男は、モロに頭を地面に叩きつけて、一瞬で気絶した。


「今のは何だ?」


 起き上がって体に付いた草を払うアークに、ジョセフが質問する。


「俺が居た村にミッキーっていうクソ野郎が居てな。そいつが殺虫剤を撒いている時に考えた空獣殺しの技らしい」

「そいつ馬鹿だろ」

「否定はしない」


 アークはジョセフに答えると、男が落とした拳銃を拾ってズボンの後ろに挟んだ。

 そして、フルートの容体を確認すると、彼女は今の騒ぎにもかかわらず、ぐっすりと眠っていた。


「やれやれ、意外とお姫様は図太い神経をしてらっしゃる」

「俺が知る限り、空獣狩りってのは、一部を除いて図太い神経の持ち主だぞ」

「残りの一部は?」

「もちろん、無神経だ」


 ジョセフの回答に、アークが全く持ってその通りだと頷いた。

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