第77話 収穫祭02

 ロイドは仕事帰りのフランシスカを捕まえると、言葉巧みに話して祭りに誘った。

 普段は酒に誘っても付き合う事のない彼女も、祭り中の村の雰囲気に絆されて、偶には良いかとロイドに誘いに乗って、村人の踊りを眺めながら彼と一緒にワインを飲んでいた。

 そして、ロイドは誰にも聞かれたくない重要な話があると言って、会場から離れた場所へとフランシスカを連れて行った。

 ちなみに、ロイドがフランシスカに接触した時点で、プロのストーカーSが2人の近くに居たのだが、彼等は全く気付いていなかった。


「それで、こんな所に呼び出して、何の話をするつもりだ?」


 フランシスカが腕を組み堂々とした態度でロイドに問う。

 もし、普通の女性が人込みから離れた場所に誘われたら、期待するか怖がるかのどちらかだろう。だが、喧嘩の強いフランシスカは、襲われても撃退すれば良いし、彼氏だったロイドの兄と死に別れてから恋愛に疎い彼女は、ロイドが告白するために誘ったなんて微塵も思っていなかった。


「あ、いや、実は聞きたい事があるんだ……」


 そんな彼女の態度に、ロイドが気まずそうに言い淀む。


「何をだ」

「俺の兄貴についてさ……どう思っていたか知りたくてね」

「お前の兄? お前に兄弟が居るのを今知ったばかりなのに、どう思うもこうもないだろう……」


 訝しんで眉を顰めるフランシスカに、ロイドが緊張して頭をボリボリ掻きながら続きを話す。


「俺の兄は数年前に死んだんだ……その、ルークヘブンで……」

「……!!」


 フランシスカは驚いて目を見開くと、ロイドを凝視していた。




「解説のアークさん。この状況はどうでしょう」

「何で俺が解説者になってんだ?」


 ストーカーSから送られてくる通信文を実況していたラビットから、突然話を振られてアークが首を傾げる。


「2人と1番親しいのがアンタだからな。ここに居るギャラリーの期待に応えて解説を頼むぜ」


 ラビットに空気を読めと言われて、アークが周りを見れば、この場に集まっている全員がにやけ面でアークの解説を待っていた。


「笑うな、笑顔がヒデエ。そうだな……俺としては、もう少しダメージを与えてからの方が良かったんじゃないかな」

「ほう? ダメージとは?」

「アイツ、実はあまり酒に強くねえんだ」

「それは意外ですね。見た目は強そうなんですが」

「見た目だけじゃなくてガチで喧嘩は強いぞ。うーーん……俺としては、もう少し酔わせてへべれけにするかな。そうすれば、アイツも何かの間違いで、相手をゴリラと認識して告白が成功する可能性もあったけど、今のままじゃ難しいと思う」

「なるほど……ちなみに、質問した強いの意味が違います。それと、いきなりロイド選手が大技を仕掛けてきた様子ですが、その辺はどうでしょう」


 ラビットの質問に、アークが腕を組んで考える。


「ロイドは強敵を目の前にして焦ってたのんじゃね? 普段のアイツなら、最初は近状の様子や相手の不満を聞いて、ある程度のけん制をしてから、必殺技を狙うと思ってたんだけどな。これだと、攻撃が躱された時の反撃がデカいし、その後の攻撃手段がないから一気にピンチになるぞ」

「さすがアークさん。恋愛を空獣との戦闘に例えて、実に分かりやすい解説です」


 なりゆきで解説者になったアークが「こんなんで良いのか」と聴衆を見れば、いつの間にかベッキーが聴衆の一番前に居て、周りと一緒に自分の解説を聞いて「うんうん」と頷いていた。


「何でベッキーがここに居るんだ?」


 アークが声を掛けと、その声で彼女の存在に気付いた周り人間が、驚いて飛び退く。

 どうやら彼等は隠れているつもりで、聞かれたらマズイと思っていたらしい。

 だけど、周りから見たら、何処から如何見ても怪しい集団で、何事かと興味を持った人達が、少しづつ増えていた。


「え? いや、何か面白い事やってるなーーと思いまして、お邪魔しましたけど、ご迷惑でした?」

「いや、別に良いんじゃね?」

「私もフランの事を心配していたので、楽しみですーー」


 彼女はそう言うと、アークの隣にちゃっかりと座った。


「特別ゲストのベッキーさん、よろしくお願いします」

「よろしくでーす」


 どうやらベッキーは、特別ゲストのポジションに就いたらしい。


「それではベッキーさんにも色々と……おや、何か展開があったみたいです!」


 再び無線機が受信を始めると、騒めいていた聴衆が静かになった。




「お前の兄は……クリスなのか……」


 フランシスカの声が震える。

 彼女は絞り出す様に、且つての恋人の名前を口にした。


「……俺もついこの間、知ったばかりだ」

「……そうか」


 フランシスカはそう一言呟くと、顔を伏せる。

 ロイドの顔を見ようとせず無言の彼女に、ロイドは話し掛ける事が出来なかった。

 2人の間に静寂な空気が流れる。ロイドには遠くに聞こえてくる祭りの喧騒が2人だけの空間を作っている気がした。

 ちなみに、この場には隠れてもう1人居る。


 暫くすると、フランシスカは決心したのか、乱暴に頭を左右に振ってから、ロイドに顔を向けた。

 ロイドを見つめる彼女の瞳は、どこか物悲しい気だった。


「その、すまなかった!」


 静寂を破り、突然フランシスカが頭を下げる。


「なっ! なんで、アンタが謝るんだ!?」

「私が整備した機体でアイツは死んだんだ。お前が私を恨むのも当然だ。謝ったところで許されるとは思っていないが、まずは謝らせてくれ!」


 深く頭を下げて謝るフランシスカとは逆に、ロイドは予想外の彼女の行動に動揺していた。


「顔を上げてくれ! 別にアンタに謝罪を求めるつもりも、非難する気もねえ!!」

「……そうなのか?」


 慌てて叫ぶロイドに、フランシスカがキョトンとした様子で、下げていた頭を上げた。


「私はてっきり、恨み言を言われると思って覚悟したんだが?」

「いや、兄貴が死んだのは自業自得だった事ぐらい、俺だって調べている。ただ、兄貴が死ぬ前に送られた手紙に、アンタの事が書いてあったから、空獣狩りの兄貴がどんなだったのかを知りたかったんだ!」

「そうなのか?」

「ああ」


 フランシスカが聞き返すと、ロイドが頭を上下に何度も振っていた。




「卑怯だな」

「卑怯ですねーー」


 ラビットの実況を聞いていたアークとベッキーが同時に呟く。

 ちなみに、最初の頃と比べて聴衆者は老若男女問わず増え続けており、聴衆している中には、トパーズ率いる受付嬢の3人、ダイロット夫妻とナージャも居て、何時の間にか中央広場のテント全体がロイドの告白聴衆会場となっていた。

 アークはその状況に、もし自分がロイドの立場だったら、間違いなく羞恥心で死ぬと思った。


「アークさん、ベッキーさん。卑怯というのは、どういう意味ですか?」

「そりゃ死んだ元カレをダシに女を落としてるからな。やっちゃいけねえとは言わねえが、やり方がエグイぜ」


 アークに続いてベッキーが口を開く。


「そうですねーー。しかも死んだのが自分の兄さんですから、相手の罪悪感を深く抉るやり方だと思います」


 ラビットの質問に2人が答えると、聴衆者が一斉にウンウンと頷き、至る所から「最低……」とか「下種野郎」と言った非難のヤジが飛んでいた。


「確かにそうですね。さて、卑怯な手を使ったロイド選手ですが、フランシスカ選手の予想外の反応に戸惑っています。アークさん。この先、どう動くと予想されますか?」

「一気に攻められなかったはキツイな。ここからは、一進一退の攻防が繰り広げられると思うけど、やっぱり最初に必殺技を使ったのはまずかったな」

「決め技がないまま勝負が着かず、判定にもつれ込むような気がしますーー」

「なるほど……ちなみに引き分けの場合、告白は失敗となりますので、賭けている人はお気を付けください」


 ラビットの告知に一部の聴衆からブーイングが湧くが、無線機からストーカーSの通信が入ると、テントの中が静かになった。




「クリスの手紙には何が書かれていた?」

「結婚したい相手が居るって書いてあったぜ。勿論、アンタの事だろ」

「……そうか」


 フランシスカは昔を思い出して溜息を吐くと、クリスとの思い出を話し始めた。


「私がクリスと最初に会ったのは、まだルークヘブンに来て1月経たない頃だった……その頃の私は、当時の整備主任から認められたばかりで、最初に整備を任されたのがクリスの戦闘機だった」

「…………」

「新人だった私にクリスは優しくしてくれた。そして、パイロットと整備士という関係から親しくなり、気が付いたら仕事以外のプライベートでも付き合う仲になっていた」

「…………」

「私が整備した戦闘機をクリスが乗って、無事に帰って来てくれるだけで私は幸せだった。だけど、アイツはある時から人が変わったように稼ぎ始めた……」

「……原因が何か知ってるのか?」

「……ああ。アイツが変わった原因は、私がコンティリーブの出身だと知った時だ……」


 そう言って、フランシスカが空を見上げて目を閉じた。


「お前も知っているだろ。このコンティリーブがどんな場所か」

「……まあな。ここは空獣狩りなら一度は憬れる聖地だ。俺もここに来るためにかなりの無茶をしたよ」


 ロイドの返答に、空を見上げたままのフランシスカが口を開く。


「……クリスも同じだった。私にこの地がどんな場所かを何度も質問してきて、その都度アイツの目は何かに取りつかれたように輝いていた。それから、クリスはコンティリーブでも戦えるように、最新の戦闘機を買うためにと、ルークヘブンの危険な森の中へと入るようになった」

「…………」

「私は金や名声なんていらない。ただ、私の所へ無事に帰ってきて欲しいだけだった……だから、私は何度も無茶な事はやめろと言った。だけどクリスはただ笑って「大丈夫だ」と言い返すだけだった。そして、クリスは私の元から居なくなった……」


 フランシスカが語り終えてロイドを見れば、彼は辛そうな表情を隠すかの様に顔を背けていた。


「その……兄が悪かったな……」

「……気にするな。結局、クリスは私よりも自分の夢を選んだ。ただ、それだけの話だ」


 フランシスカが木に凭れ掛かり腕を組む。顔を伏せた彼女の瞳は微かに涙で潤んでいた。




 告白会場のテントでは、ラビットの実況を聴いて聴衆が騒めいていた。

 男性からは、「俺もここに来るまでは苦労した」とか、「友人がここに来ようとして、やっぱり死んだ」という会話が飛び交い、女性からは「男は自分勝手よね」とか、「フランさん可哀想」と涙している人もいた。


「さて、アークさん。フランシスカ選手の反撃が始まりましたが、ここはどう見ますか?」


 会場の空気を全く読まず、ラビットから質問が飛ぶ。


「まさか過去話かこばなで返してくるとは思わなかったな。あれはサブミッションと同じでジワジワ来るぜ」

「なるほど……ベッキーさんも同じ意見ですか?」

「うーーん。ロイド選手はフラン選手の過去話を止めないと、告白に持ち込めずにギブアップすると思いますです、ハイ」


 ベッキーが腕を組んで、難しそうな表情を浮かべる。


「つまり、ロイド選手はピンチの状況なんですね。さてロイド選手、ネタを使い果たしてもう後がありません。ここからどうやって起死回生の反撃を見せるのでしょうか!! 皆さんも固唾を飲んで見守ってください!!」


 そう言うと、ラビットはストーカーSから送られて来る通信内容を読み始めた。




「私から話せるクリスの話は以上だ。他に何か質問があれば答えるぞ」

「いや、チョット待ってくれ……」

「……?」


 フランシスカの話を聞きながら、ロイドは困惑していた。

 本当ならば、兄の事をダシに告白するつもりだったのに、何故かヘビーな展開になって、告白なんて出来る空気ではない事に頭を抱えたかった。

 それでも、せめて自分の気持ちだけでも言わなければと、心を奮い立たせてフランシスカに顔を向ける。


「フラン、聞いてくれ!!」

「待て!!」

「ふぁ!?」


 ロイドが告白しようとする前にフランシスカが止めに入り、ロイドの気が抜けた。


「な、何だよ……」

「あれはフルートじゃないか?」


 フランシスカの視線の先をロイドとストーカーSが追うと、暗闇の中で何者かがフルートを抱き抱えて走っていた。

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