第76話 収穫祭01
元々空獣との前線基地から発展して村となったコンティリーブは、人類生存圏の最北に位置していた。
気温が寒く農業に向かない土地に暮らす村の住人は、大半の食料を輸入に頼り、その代わりに栄えたのが、空獣ギルドのパイロット達が狩る空獣の素材の輸出だった。
今日の収穫祭は、空獣とパイロット達への感謝の祭りだった。
レッドが家の呼び鈴を鳴らすと、玄関のドアが開いてフルートが姿を現す。
彼女は何時も着ているメイド服の飛行服ではなく、水色のワンピースに白いカーデガンを羽織ったオシャレな格好をしていた。
外で待っていたレッドは彼女の身なりを見ると、目を丸くしてマジマジと見つめていた。
「……レッド君?」
フルートが首を傾げる。その仕草も服装が違うだけで、レッドには何時もよりも何倍も可愛く見えていた。
「えっ……あっ、その、可愛いです」
思わず口走ったレッドの一言に、今度はフルートが固まる。
(今、ビクッと来た。何これ? 何これ!? 男の人から可愛いって言われたの初めてかも……)
ちなみに、フルートの周りに居るおっさんパイロット達も、彼女のメイド服を見て何時も可愛いと思っていたが、それを口に出すと「セクハラロリコンおやじ」という、社会的に抹殺されるレッテルが張られそうなので、全員が黙っているだけだった。
「それじゃ行こうか……」
「……うん」
2人は互いに緊張してギクシャクしたまま、祭りが開かれている村の中央へと向かった。
2人が村の中央へ行くと、普段は静かな場所は多くの屋台が立ち並び、広場では巨大なテントが張られて、中では多くの人達が祭りに心浮かれて騒いでいた。
テントの端では、吟遊詩人の楽団が楽し気な音楽を奏で、その周りで若い男女が仲睦まじくダンスを踊っていた。
「えっと、あまり小遣いは貰ってないから、高いのは買えないんだ」
しょんぼりするレッドにフルートが首を横に振る。
「レッド君。もしかして空獣狩りがどれだけ稼いでいるか知らないの?」
「ちゃんとした金額は知らない。だけど、サンドイッチを売りに行っていると、パイロットの人達が何時も「金がない、金がない」って呟いてるから、あまり儲かってないのは知ってる」
「……それは、備品とか新しい戦闘機を買う資金が足りなくて、お金がないって言っているだけ。だって、ペアで稼ぎが半分の私でも、一回の戦闘で最低200万ギニーは稼いでる」
「え? 一回で200万!?」
金額を聞いてレッドが驚く。
「そう200万。それに、アークが専属契約しているから、エネルギー代はただ」
「パイロットって稼げるんだね……今度サンドイッチを値上げしようかな……」
「そこは家族と相談して。だけど危険とは隣り合わせだから、皆、戦闘機にお金をかけて強くしている。この間、アークが800万でガトリングを買ってたし、無駄な買い物とは言わないけど、せめて相談して欲しいかった……」
「800万……見た目は貧乏そうなのに……」
「アークは身なりにお金を使うぐらいなら、酒を買うと豪語するダメな人」
「まだ若いのに……だけど、父ちゃんが言ってたから、今日は僕が奢るよ」
「何を言ったの?」
「男は女のためにお金を使えって、それが男の甲斐性なんだって」
レッドはそう言うと胸をポンと叩いて、フルートに笑い掛ける。
「どこの誰かに、爪の垢を煎じて飲ませたいセリフね」
レッドに笑顔を見せるフルートの心の中では、アークの事を考えて溜息を吐いていた。
「ハッ、ハッ、ハックション!!」
アークは自室で寝ていたが、突然くしゃみをして目を覚ました。
「……風邪か?」
頭をボリボリと掻いてしばらくぼけーーっとしていたが、しばらくすると、ベッドからむくりと起き上がった。
「せっかくの祭りだし、俺も飲みに行くか……」
そう呟くと、財布を掴んで部屋を出て行った。
フルートとレッドは出店を回って、収穫祭を楽しんでいた。
レッドは自分が奢ると言っていたが、彼の小遣いだけだと2、3件の店で買い物をしたらすぐにお金が尽きたので、フルートがおごった。
フルートが支払うと言った時、レッドは唇を噛み締めていたが、「将来、空獣狩りになったら出世払いで返してね」と言うと、悔しそうに頷いた。
(はうっ、尊い! 尊いでござる!!)
フルートのハートにズギュンと矢が刺さる。
見た目は14、5歳だが実年齢22歳のフルートにとって、13歳の少年は、恋愛対象ではなく毒だった。
彼女は『乙女の純情』ではなく『女の腐趣味』が芽生え始めていた。
突然、レッドが一軒の屋台を見つけて足を向ける。
「何か面白い物あった?」
「えっと、うん。……あの、これ下さい」
レッドは曖昧に返事をすると、紫色の石のネックレスを手に取って、自分の僅かな小遣いで購入しようとしていた。
「彼女にプレゼントかい? いいね。だったら少しおまけするよ」
「ありがとうございます」
その様子を見ていたフルートが、表面上はクールを装いながら、心の中では感動に包まれていた。
(キマシタワー。何度も小説や漫画で見た憬れのシーンが、今、目の前で展開されています! 奇跡!! 奇跡が起こっています!! えっと、どうしよう。ここは漫画で見た通り素朴な感じでお礼を言わないと、好感度が上がらないんだっけ。男を立てるって難しい!!)
フルートの下心露知らず、初心なレッドは顔を真っ赤に染めてネックレスをフルートに差し出した。
「コ、コレ! その、似合ってると思うから……」
「えっと……わぁキレイ。ありがとう!! 大事にするね(これで好印象バッチリ!!)」
フルートの素直に嬉しがる(演技)を見て、レッドは嬉しそうにはにかんでいた。
「白鳥の兄ちゃん」
アークが広場の中央でエールを購入していたら、背後から声を掛けられて振り返る。
そこには、いつもアークと冗談を言い合うマーシャラーが立っていた。
「おう、イケメンのマーシャラーじゃねえか。良い女は居たか?」
「はははっ。そんなのが居たら、今頃何処かの草むらで激しい汗をかいてるぜ」
「そりゃそうだ」
「それより今は勤務外だ、ジョセフでいい」
「ジョセフ? 似合わねえな、男婦専門風俗店の源氏名か?」
「いや、親父が生まれる家畜の豚に付けようとしたら、先に俺が生まれて頂戴した名前だ」
「良い親父だな。俺なら間違いなく、産まれた子供を豚と勘違いして屠殺場へ送ってたぜ」
「俺がその話を聞いた時は、親父を火葬場へ送ろうかと思ったけどな。それよりも来いよ、今、面白い事をやってるぜ」
「乱交パーティーか?」
「集まってるのは全員男だ」
それを聞いてアークが顔を顰める。
「……乱交パーティーか?」
「乱交パーティーから一旦離れろや。別にハッテンバに誘わねえから来いよ」
誘われたアークはどこに行くか分からないまま、ジョセフに付いて行くことにした。
「レッド!」
フルートとレッドが人混みの中を歩いていると、遠くから大声でレッドを呼ぶ声が聞こえた。
「ピット、それにサリー?」
レッドがいち早く声の主を見つけて呟いた。
「友達?」
「……うん」
ぎこちなく答えたレッドの様子に、フルートが首を傾げる。
2人が会話をしていると、レッドと同い年ぐらいの男女がこちらに来て、レッドに話し掛けてきた。
「レッド! 誘っても来ないから、また家の手伝いだと思ってたぞ」
「そうよ。せっかくのお祭りなのに、レッド君が来ないからチョットつまらなかったわ」
「だって、お前ら付き合い始めたし……」
レッドが不貞腐れように呟くと、ピットとサリーが怒ったように彼に文句を言い始める。
「何言ってんだよ、俺たち友達だろ。俺がサリーと付き合っても、今まで通りに仲良くしようぜ」
「そうよ。ずっと3人一緒だったじゃない。ずっと友達でいましょうよ」
「…………」
彼等の話を聞いて、レッドが下を向き唇を噛み締める。
フルートも2人の話を聞いていて、自分もかつて友達だと思っていた人達に騙され、裏切られた経験から、ピットとサリーの言う「友達」の言葉が、レッドの事を考えず、彼等にとって都合の良い関係を築きたいだけにしか聞こえていなかった。
そして、彼等はレッドを傷つけている事を自覚していないから、何を言っても無駄だと分かって何も言わずにいた。
「ところで、隣に居る可愛い子は誰?」
先ほどからフルートをチラチラと見ていたピットが質問する。
ちなみに、サリーはピットがフルートを見ている事に気づき、隠れてフルートを睨んでいた。
嫉妬心に燃える彼女とは逆に、フルートはポーカーフェイスを装いながら、修羅場キターー!! と心の中で興奮していた。
「えっと、この人はフルート。空儒狩りのパイロットで、トップランカーの1人。見た目は俺達と同じぐらいだけど、エルフだから年上なんだ」
レッドが紹介すると、エルフを初めて見た2人が、違った反応を見せる。
ピットはエルフの繊細な美しさと長く伸びた耳に見とれて、サリーは鼻で馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
「ふーーん。エルフなんだ。だったら、実はけっこうおばさんだったりする?」
「チョッ! サリー!!」
エルフの長寿を知っているサリーが、小ばかにした様子で話し掛けると、フルートが怒った時の怖さを知っているレッドが慌てて止めようとする。
「レッド君、大丈夫。別に怒ってないから。
フルートは1度言葉を閉じると、サリーをジッと見つめてから口を開く。
「先に劣化するのは貴女だし」
「なっ!」
見た目は麗しの美少女といえるフルートから出た辛辣な反撃に、この場に居る3人が固まる。
その間に、フルートがレッドの手を掴むと、絡んできたピットとサリーを置いて歩き出した。
「今度会う時は、そちらが年上に見えるかもしれないけど、またどこかで会いましょう」
一度だけ振り返ってそう言うと、レッドを引きずるように楽団が音楽を奏でる会場へと去った。
アークがジョセフに誘われて中央広場のテントの一角に足を運ぶと、飛行場関係者と空獣狩りのパイロットでも比較的に若い連中が、1台の無線機の前で集まっていた。
「ヒキガエルみたいにコソコソと集まって何をやってんだ?」
「まあ、座れ。そろそろ始まるぞ」
アークが話し掛けると、メガネを掛けた小柄な男がアークとジョセフを席に座らせた。
「アークは会うのは初めてだったよな。コイツの名前はラビット、管制塔の職員だ。ちなみに、フルートをナンパして、トパーズにフルボッコされたメンバーの1人でもある」
ジョセフの紹介を聞いたアークが、ラビットに向かってニヤリと笑う。
「ああ、何時も世話になってる。アンタの通信を受信する度にフルートの機嫌が悪くなって、その様子を眺めるのが毎回楽しみで仕方がねえ」
「俺はガキの頃から人をイラつかせる天才なんだ。この仕事は天職だと思ってる」
アークの冗談にラビットも冗談を返していると、無線機から通信が入って来た。
『コ・チ・ラ・S・タ・ー・ゲッ・ト・A・ガ・タ・ー・ゲッ・ト・B・ニ・セッ・キ・ン(こちらS。ターゲットAがターゲットBに接近)』
受信内容にアークが首を傾げる。
「何だこれ?」
「ターゲットAがロイドで、ターゲットBが横乳様だ。それでもう分かっただろ」
ちなみに、横乳様とはフランシスカの事。
ここに集まった彼等はロイドの告白をネタに、酒を飲もうとしていた。
「なるほど。これは確かに面白そうだ。ちなみにSってのは誰だ?」
アークがぐびっとエールを飲んでから、ラビットに話し掛ける。
「俺と一緒に管制塔で働いている、プロのストーカーだ」
「プロのストーカーか……ネームは格好良いが、やってることは最低だな」
「まあな。だけど、アイツが言うには、ストーキングを始めてから10年間、1度もバレた事がないらしい。本人曰く、バレなきゃ罪じゃないとさ」
「ストーキングされた方は、たまったもんじゃねえだろ」
そうアークが呟くと、全員がそのとおりだと頷いた。
そして、しばらくガヤガヤ騒いでいると、プロのストーカーによるロイド告白の実況が始まった。
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