第73話 デートの約束
アークとダイロット親子が狩りをしている頃、自宅に籠っていたフルートは、ベッドで少女漫画雑誌『花と心』を読んでいたが、どこか上の空だった。
彼女は、昨日の夜にアークからダイロットと飛ぶと聞いて、自分も行きたいと訴えたが却下されていた。
フルートは読んでいた漫画をぽいっと放り投げると、突然ベッドの上で身悶え始めた。
「行きたい! 行きたい! 行きたい! 行きたい!」
叫びながらゴロゴロ転がって、勢い余ってベッドから床に落ちる。床に落ちても転げ回って、壁に到着したところでピタッと止まった。
彼女はルークヘブンを出た頃から人前だとクールな性格を装っているが、その反動から1人で居る時は、感情的な行動をとっていた。
そして、常日頃から『乙女の純情』という得体の知れない物を取り戻すと宣言しているが、少女漫画よりもダイロットと飛びたいと思っている時点で、『乙女の純情』が二の次になっている事を、彼女はまだ理解していない。
「……アークズルい。アークのケチ。アークのバカ、バカ、バカ…………洗濯しよ」
アークに散々八つ当たりしてから、むくっと起き上がると、トボトボと部屋を出ていった。
「今頃ダイロットさんと一緒に飛んでるのかなぁ……」
フルートが汚れた服をゴシゴシ洗いながら、空を見上げて溜息を吐く。
ちなみに、この時のアークは、ナージャから『バカな娘でごめんなさい』の看板でボコスカと殴られて、それどころじゃなかった。
フルートが庭で洗い物を干していると、家の方から玄関のベルが聞こえた。
庭から回り込んで玄関へ行くと、玄関前でレッドが大量のサンドイッチを積んだ自転車に乗り、彼女に気付いて手を振った。
以前、フルートにケンカを売った宿屋の少年レッドだが、彼女がアルセムを倒した立役者だと知ってからは、彼女にに憬れと淡い恋心を抱いていた。
「こんにちは」
「こんにちは。これからギルド?」
「うん」
1人で居た時と打って変わり、クールを装ったフルートの挨拶に、レッドが返事をする。
コンティリーブの村は、アルセムが倒されると、商人が戻って来て繁盛するようになった。
そして、ギルドからの要請で、彼は今でも宿屋で作ったサンドイッチを空獣ギルドで売っていた。
レッドは稼いだお金の半分を家計の足しにして、残りの半分は自分が飛行機の免許を取りに行く時の生活費用に貯金しており、それを聞いたフルートは偉いと感心していた。
ちなみに、トパーズが「毎朝お弁当を作る必要がなくなったにゃ」と密かにほくそ笑んでいる事を、少年はまだ知らない。
「セーラちゃんは元気?」
フルートの言うセーラとは、アルセム討伐の数日後に生まれたレッドの妹で、現在は生後2カ月。
フルートは何度かセーラを抱っこした事があり、彼女はその可愛さから虜になっていた。
「元気だよ。時々、夜泣きが酷くてお客さんから苦情が来るけど、その度に父さんが追い出してるから平気」
「なんか違う気がする。だけどセーラちゃんが元気なら良いのかな」
フルートは客を追い出しても宿屋の売り上げに影響ないんだろうと、気にしないことにした。
「ところで、今日は狩りに行ってないんですか?」
「……体調が悪くて、今日は休み」
思春期に入ったばかりの男の子に生理痛とは言えず、適当に誤魔化した。
「そうなんだ……一昨日から宿に撃墜王って人が泊ってて、今日はアークさんと飛ぶって聞いていたから、一緒に飛んでいると思ってた」
ダイロットが有名だったのは20年前の話だったので、当然レッドは生まれておらず、彼からしてみれば、有名な空獣狩りが来たという程度の認識だった。
「ダイロットさんって、レッド君のところに泊ってるの?」
「一昨日この村に来たばかりで、しばらく泊まるって言ってたよ。だけどあの人達、少し変なんだ」
「変?」
首を傾げるレッドにフルートが続きを促す。
「うん。今朝、何か騒がしいと思ったら、泊っていた整備士の人達全員が1人の女性を縄で縛って運んでいたんだけど、アレって何だったんだろう。なんか首から『バカな娘でごめんなさい』って看板をぶら下げてた……」
「……さあ?」
フルートは何となく察していたが、レッドに悪影響を与えると判断して黙っている事にした。
「と、ところで1つお願いがあるんだけど……」
先ほどまで普通に話していたレッドが、緊張した様子で話し掛ける。
フルートが彼の顔を見れば、少し照れた様に赤くなっていた。
「私で出来る事なら」
「え、えっと……今度収穫祭があるんだ。そ、それで一緒にどうかなと思って……」
「私と?」
フルートが目をしばたたかせると、レッドの顔が益々赤くなった。
「う、うん。友達と一緒に行く予定だったんだけど……アイツ、サリーと一緒に行くらしくて……1人だとつまんないし……」
レッドの友達は彼が家の手伝いをしている間に、幼馴染を彼女にしたらしく、彼は1人爪弾きにされていた。
「予定はまだ決まってないけど、基本的に夕方だったら空いてる。その時間だったら大丈夫」
フルートの返答に、レッドが目を大きくさせて驚き、明るい表情を浮かべた。
「ほ、本当!?」
「嘘は言わない」
「じゃ、じゃあ、祭りの日に迎えに行くよ!」
「分かった」
「約束だよ。それじゃまたね!!」
「あっ……待っ……」
興奮したレッドはフルートが呼び止めるのを聞かず、自転車を猛スピードで漕いで去って行った。
そして、自転車が角を曲がって姿が消えるのと同時に、「ヤッターー!!」という声がフルートの耳に入ってきた。
「サンドイッチ欲しかった……」
呼び止めようと右手を前に出した状態でフルートが呟く。
洗濯物を干しに戻ろうと庭を歩きながら、先ほどのレッドとの会話を振り返る。
(あれ? さっきの約束って、もしかしてデートの約束だった?)
今頃になって気付くフルートだった。
狩りを終えたワイルドスワンとレイブンが、マイキーのドッグに戻ると、大勢の整備士達が2機の戦闘機を迎えた。
アークは、マイキー以外の整備士が全員女性な様子に、エロが微塵もないハーレムだなと思っていた。
2機が空獣を狩っている間に、マイキーのドックはルイーダが連れて来た整備士達によって、半分ゴミに近いジャンク品が全て片づけられていた。
整理されたドックの隅では、このドッグの持ち主のマイキーが廃人の様に椅子に座って呆けていた。
彼は今まで無縁だった女性集団に、汚いドッグについて散々文句を言われ、精神的に憔悴して心が半分壊れていた。
アークはマイキーのハイライトが消えた目を見て、ジジイにハーレムはキツかったかと合掌する。
ワイルドスワンから降りたアークがダイロットを見れば、彼は女性整備士達に囲まれて狩りの報告をしていた。
アークはルイーダから6人の整備士を紹介された時、元気で明るい彼女達に「ルイーダが育てたんだから、顔は美人だけど性格ブス」と偏見を持っていた。なので、ダイロットを全く羨ましいと思わず、「ハーレム属性乙」と逆に同情していた。
実際に女性に囲まれたダイロットの表情は、少し困っている様子だった。
「お疲れさん。どうだった?」
手持無沙汰なアークにフランシスカが近づいて話し掛けて来た。
「猿がランチキ騒ぎをしてたから、ダイロットと一緒になって暴れてきたよ」
冗談が通じず、フランシスカが眉を顰める。
「猿?」
「大量のムーディーだ」
「素直に最初からムーディーを狩ったと言え」
「なあ、素直な俺って自分でも全く想像出来ないんだけど、お前出来る?」
アークの質問に、フランシスカが顔を歪ませた。
「……考えるだけでも吐き気がするな」
「だろ。まあ、俺の性格は置いといて。悪いが機銃を見てくれ。飛んで直ぐにアホが遊んで、回転する部分をぶっ壊した。それで、後ろを向いたまま動かねえ。それと、今のはチョットだけ傷ついたぞ」
アークが機銃を指しながら、壊れた箇所を報告する。
「傷つくような性格か?」
「もちろん冗談だ。ただ言ってみただけ」
「やっぱりな。壊れた箇所については分かった。後で点検しとくよ」
フランシスカが壊れた箇所を確認しようと歩き始めるが、一歩歩いたところで足を止めると、アークの方へ振り返った。
「そういえば、その壊した張本人が降りてこないな」
「その狂犬なら後部座席でぐっすり寝ているぜ。起こすとまた騒がしくなるから、そのまま寝かせとけ」
アークの報告に、フランシスカが眉間にシワを寄せる。
「寝ている? ……何で?」
「説明すると長くなるから端折るけど、酒を飲んで気持ちよく寝てる」
「それは端折り過ぎだろ」
フランシスカがそう言うと、ルイーダが会話に割り込んできた。
「全くその通りね。今すぐ、その端折った部分を説明してもらおうかしら」
アークとフランシスカが振り向くと、そこにはアークを睨むルイーダが立っていた。
ルイーダはダイロットから、ナージャが酔っ払って寝ていると聞かされて、事情を聴くためにアークの元に来ていた。
ちなみに、部下の女性整備士達は、レイブンの点検を始めていて、この場には居ない。
「おう、何か空気がピリピリしてるな。更年期障害か?」
怒っているルイーダの様子に、アークが眉を顰める。
「本当に酷い性格ねぇ……」
「まあね。自分でも自覚しているよ。俺もこの性格を治そうと1度だけ頭の先生に診てもらった事があるんだ」
「それで?」
初耳だったフランシスカが驚き、ルイーダが話の続きを促す。
「診察前に精神鑑定ってヤツを受けたんだけど……『謙虚とは無縁の性格』、『「自己正当」という発作を起こしやすい』、『暴力的な酒乱でぞっとする』、『ブレンドリーだが恐ろしい』、『一見まともに見えるが、360度捻くれた異常な人格』、『賭けで自分の命を賭けるギャンブル依存症』、『何を処方すれば治るのか、恐らく薬じゃ無理だろう』って診断結果が出て医者が逃げちまった」
「……恐ろしい話ね」
その話を聞いたルイーダが僅かにたじろぐ。
「治療を放棄とか、本当に酷い医者だと思うぜ」
「酷いのはアンタの性格よ」
「あら、そう?」
ルイーダから突っ込まれて、アークの顔がキョトンとなった。
「アークが手遅れなのは分かったよ。それで、旦那からも聞いたけど、娘に酒を飲ませた理由ってのを教えてもらおうかしら」
ルイーダに迫られてアークが上目になりながら話し始める。
「んーー。話せば長くなるんだけど……あの狂犬が機銃をぶっ壊して後ろにしか撃てなくなってね。ダイロットに相談したら、縄を解いて撃たせろって指示が来たんで、素直に縄を解いたんだ。そしたら、暴れる暴れる。俺がキャビンアテンダントだったら、有無を言わさず空に捨ててた? うーーん。多分、何かしらの形で殺してたと思う」
「それは悪い事をしたわね」
「全くだ。娘を縄で縛って放置プレイはまだいいよ。俺もアンタがそういう趣味だと思う事にするから、家庭内DVだとしても黙っててやるよ。だけど、事前に説明なしでのプレイは止めとけ、相手の合意がなけりゃただの誘拐だぞ。攫われた奴の事はどうでもいいけど、知らずに犯罪の片棒を担がされた俺の身にもなって欲しいね」
「今度からそうするよ」
「俺は二度と御免だから、次からは別の人間に頼んでくれ。そんじゃ話の続きだ。ダイロットから聞いたと思うけど、大量のムーディーと遭遇してね。少しでも数を減らしたいから狂犬に撃たせてみたんだけど、初めて乗る戦闘機だから緊張してたのか撃っても当たりゃしないんで、景気づけに1杯飲ませてみたんだ。そしたら、命中するようになったのは良いけど、あっという間に酔っ払って、散々暴れた挙句に寝ちまった。酒に弱いなら、飲まなきゃいいのにな」
アークの話と性格が理解出来ず、ルイーダが首を傾げる。
「困ったわね。私じゃ理解できないわ。まず何で酒を飲ませようとしたのか、その発想に至ったところから説明して」
「ルイ姉さん。コイツは変なんだ」
困った様子のルイーダに、フランシスカがフォローに入る。
「それは出会って日にちが浅い私でも理解しているよ」
「その本人を目の前にして変人扱いするガサツな性格は、偏屈と堅物とみょうちくりんなプライドを持つ整備士という仕事から生み出された、職業病か何かか?」
憮然と抗議するアークを無視して、フランシスカが話を続ける。
「以前聞いた話だけど、コイツは空を飛んでいる最中に酒を飲むと、本気を出せるらしい」
「……無視ですか?」
「アークはチョット黙ってて。今のはどういう意味?」
ルイーダがアークを遮って、フランシスカに続きを促す。
「何でもコイツは酔っ払うと、動体視力と反射神経が研ぎ澄まされるって聞いた。実際にフルートがその様子を教えてくれたから間違いないだろう」
「本当だったら異常体質ね。気圧が低いところで酒なんて飲んだらすぐに酔っ払っちゃうのに……」
「だからコイツは変なんだ」
目の前の2人の会話にアークが顔を顰める。
「驚いた。どうやら俺は兵器級の変態らしい。なあ、ひょっとして俺は遠回しな言い方でケンカを売られているのか? 今なら、担当整備士だろうが、主婦だろうが、ぶん殴っても許される気がするぞ」
「自己正当という発作が出てるぞ」
「……おうふ」
すぐさまフランシスカに突っ込まれて、アークが額を押さえて天井を仰ぐ。
「つまりアークは、自分が酒を飲めば力が発揮できるから、シャガンの血を継いだ私の娘も同じだと考えたって事なのかしら?」
「いや、多分何も考えてなかったと思う。だけど、コイツは時々直感で行動するからね」
「私の娘も時々何も考えず本能で行動する時があるけど、やっぱり同じ血を継いでるって事なのかしらねぇ……」
フランシスカとルイーダは、お互いに顔を見合わせると、同時に頭を振って溜息を吐いていた。
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