第71話 休戦協定

 コンティリーブから飛び立ったワイルドスワンとレイブンは、真っすぐ東へと飛んで灘の森へと向かっていた。

 ワイルドスワンの後部座席に縛られて暴れていたナージャは、少し落ち着いた……訂正、諦めたのか、キョロキョロと機内を見回していた。

 そして、足元にあった用途不明のペダルを何気に踏んでみた。


「ふんが!?」


 ガコン!! という音と同時に、後部座席がグルッと右へ45度回転して、ナージャの口から悲鳴? が飛び出た。


「そこな束縛プレイで超絶興奮中の妹さん。気持ち良くて喘ぎ声を出すのは構わないが、興奮し過ぎでアチコチ触るのは勘弁して欲しいな」


 ナージャの声に何となく状況を察したアークが肩を竦める。


「ふがが?」

「あ? 今のは何かって?」

「ふがふが」


 アークが確認すると、正解だったのかナージャが頷く。


「そいつは機銃を回転させるペダルだ。左右のペダルを踏めば座席と機銃が回転するついでに目も回る。今日はフルートが居ないから、正面に戻しとけよ」


 その説明を聞いたナージャは、座席がぐるぐる回るのが気に入ったらしく、座席を回して遊び始めた。


「ふがふが♪」


 後ろで座席を回されて、我慢していたアークがイラッと来る。


「オイ、コラ! 回して遊んでんじゃねえよ。椅子の替わりにテメエを輪姦すぞ!」

「ふがーー!」


 ナージャが文句を言いながら、ペダルを踏んで正面に戻そうとする。

 しかし、先ほどまでグルグル回転していた座席と機銃は動かず、ナージャが首を傾げた。


「ふがぁ?」


 ナージャが何度もペダルを踏んで戻そうとするが、座席と機銃は動かず、向きは後ろ向きのままで、アークが頭を抱える様に前へ突っ伏して呻き声をあげた。


「この馬鹿。何かやらかすとは思っていたけど、いきなりかよ……」


 アークは溜息を吐くと、無線機でダイロットに報告を入れていた。




『ワ・イ・ル・ド・ス・ワ・ン・キ・ジュ・ウ・ノ・ム・キ・ガ・ウ・シ・ロ・コ・テ・イ・ニ・ナ・ル・ハ・ン・ニ・ン・ハ・ナ・ー・ジャ(ワイルドスワン、機銃の向きが後ろ固定になる。犯人はナージャ)』


 無線文を見たダイロットが眉を顰めて、ワイルドスワンに接近して確認すると、確かに機銃の向きが後ろになっていた。

 ついでに機内の様子を見ると、声は聞こえないが、お互いに何かを言い合っている様子に、仲が良いと勘違いをする。

 ちなみに、ダイロットは子供の頃からスキンシップが苦手で、似たような勘違いをよくしていた。


(1度戻るか? いや、このままでも差支えはないか……)


 当初からアークとダイロットは飛ぶ前の打ち合わせで、ワイルドスワンが囮、レイブンが攻撃と決めていた。

 ワイルドスワンが前方に攻撃出来ないのと、火力は減少するかもしれないが、自分がフォローすれば問題ないと判断する。

 ダイロットはそう判断すると、無線でナージャの縄を解いて背後の敵は彼女に任せ、ワイルドスワンは予定通りに、囮の行動を取るように指示を出した。




「はぁ? 狂犬を野に放てって? おっさんマジかよ!」

「ふがふが♪」


 ダイロットから送られて来た無線文に、アークが天を仰ぐ。

 逆にナージャは喜んで「外せ外せ」と言わんばかりに、座席をグイグイ体で押して、アークを煽っていた。


「ああ、最新鋭の機銃に釣られた昨日の俺を恨みたい……ったく……。いいか? 暴れるなと言っても、確実に暴れるのが分かってるけど、一応言っとくぞ。暴れるな!!」

「ふんふん」


 アークがガラスに反射して写るナージャを見れば、彼女は目だけで笑い、何度も頷いていた。


(目は笑ってるけど、体中から殺気が漲ってるぜ……)


 これから起こる事を予想してアークが軽く溜息を吐く。

 それでも、機銃が後ろに向いたままだと、何の攻撃もできない事を考えて、仕方がないと諦めた。

 アークは胸ポケットから小型の折り畳みナイフを取り出すと、器用に口で広げて、背中合わせだったナージャの座席へと腕を伸ばす。

 そして、座席に縛られていたナージャの縄を手探りで切った。


「後は自分でやれよ」


 そう言ってナイフをナージャに渡すと、彼女は縛られていた縄を器用に切って、猿ぐつわを外した。


「ぷはーー!!」


 猿ぐつわを取ったナージャが大きく息を吸う。


「ありがとう。助かったよ」

「え?」


 ナージャの口から感謝の言葉が出て、それをアークが信じられず、思わず二度見する。

 驚く彼を余所に、ナージャは縛られた足の縄を切り、首に掛かった『バカな娘でごめんなさい』の看板を外した。

 それから正面を向くと、先程までのアルカイックスマイルを豹変させて怒りの炎を目に灯す。


「よくもやってくれたな、クソ野郎!!」


 アークの予想した通り、ナージャは座席越しに、彼の頭を看板で叩き始めた。


「やっぱり暴れやがった!! 狂犬、何しやがる!! 痛てぇ!」

「私が縛られて何も出来ないのを良い事に、散々弄びやがって! 誰がマゾだ!!」


 ナージャが怒鳴りながら、看板でバシバシとアークを叩き続ける。


「だから、痛てぇって! 縛ったのは俺じゃねえ、文句を言うならテメエんとこのババアに言え!!」


 ちなみに、アークの言うババアとはルイーダの事。


「黙れ、このクソ野郎! さっきの話だと買収されたテメエだってグルだろうが! ゴルァ!!」

「ああ、おかげでこのザマだ! クソ!!」


 バンバン殴られていたアークが、操縦桿を振り回す。


「うわぁ!!」


 ワイルドスワンが揺れると、ベルトを外して座席の上で膝立ちしていたナージャが、バランスを崩して倒れそうになる。

 彼女は倒れる直前、アークの首を掴んで何とか姿勢を支えた。


「グゲッ!! 首! 首!! 死ぬって、マジで死ぬから!! 俺が死んだら、墜落してテメエも死ぬぞ!!」

「おっと、丁度良い所に締めたい首があったから思わず掴んだ。反省はしていない」

「ゴホッ! ゴホッ!! ヒデエ目にあった……」


 ナージャがアークの首から手を離すと、彼は涙目で咳き込んでいた。




「取り合えずワイルドなスキンシップは帰るまでお預けだ。今、やったら確実に俺達は落ちて死ぬぞ!」

「お、おう!」


 座席にしがみついていたナージャも身の危険を感じて、ドサッと乱暴に座席へと座る。


「それで、私がここに居る理由を説明してもらおうか!」


 背中合わせの状態でナージャが話し掛けると、アークが思いっきり顔を歪ませた。


「説明してねえのか、あのババア……マジで頭がおかしいんじゃねえか?」

「……私も時々そう思う」


 仕方がなくアークが経緯を説明すると、今度はナージャが表情を歪ませていた。


「引き返せ!」

「俺だって引き返したい気持ちが、ゲロをぶち撒けるぐらい溢れているぜ。だけどよ、引き返したところで、あのルイーダが諦めると思うか?」

「……思わん」


 アークの質問にナージャが頭を抱える。


「あのクソババアとは1日しか会ってないが、俺の予想だと、引き返しても同じ事が明日また繰り返されると思うんだけどさ。その辺、お前の意見は如何に?」

「……悔しいが、母ならやりかねない。いや、確実にやる!!」

「そうハッキリと断言されても、嫌なんだけど……」


 ナージャの意見にアークが呆れて頭を横に振った。




「ところで、私は何をしたらいい?」


 ナージャがダイロットから送られた無線を思い出して、アークに尋ねる。


「ああ? お前と初めてまともな会話をした気がする」

「出会いが最悪なんだよ!! 尊敬していた父親が実は血が繋がってなくて、本当の父親がクズな最低男だったと聞かされてみろ。誰だってやさぐれるに決まってる」

「それは何となく分かるぜ。俺も血の繋がった唯一の妹との出会いが、感動の出会いじゃなくて、衝撃の出会いだったからな」

「……昨日のあれは、悪かったと思っている」


 アークの言い返しに、ナージャが戸惑いながら謝罪してきた。


「すまねえが、昨日の事を謝罪されても該当するのが数件あるから、どれの事を指しているのか分からねえ。助けたのに無線で暴言を吐いた件か? それとも、いきなり殴り掛かって来た件か? 後は……兄に向かって『変態野郎』と言った事か? いや、あれはミッキーが言っていた、ご褒美ってヤツだから違うっぽいな」

「そのミッキーって奴は変態か?」

「女装してオムツを履きながらクソを食べて興奮するぐらい真面目な奴だぞ。それを世間一般では、前衛過ぎたアーティスト、もしくは、 アバンギャルドな馬鹿って呼ぶらしい。だけど、まあ、政治家よりかはマシじゃね?」


 ミッキーの性癖を聞いて、ナージャが露骨に顔を顰める。


「酷いな……」

「まあ、女装のくだりから先は俺の妄想だけどな」

「お前もヒデエな!」

「俺がミッキーを語ると、多くの人間から酷いとよく言われる。だけど、アイツも俺の事を他人に話す時は、俺と同じ様な事を言ってるらしいから、お互い様だと思うぜ」


 アークの話に付いていけない、いや、付いていってはいけないと判断して、ナージャが頭を横に振る。


「お前とミッキーって奴の変態自慢はどうでもいい。私が謝ったのは、昨日の無線での暴言についてだ。あの時は色々と悩んでいたから、つい暴言を吐いた……悪かったと思っている」

「安心しろよ。俺に暴言を吐く奴は腐るほど居るから、別に気にしてない……と言うか、暴言を吐かない奴の方が貴重なぐらいだ。だけど、フルートには直接謝っといた方が良いな。あいつは繊細でナイーブなのを売りにして、実はこの町のおっさん連中を支配してる。ああ、カリスマを持ってるヤツは簡単に数の暴力を手に入るから怖い、怖い。お前、昨日の事が皆にバレると、この町に居られなくなるぜ」


 冗談を言っているように聞こえるが、ナージャがした無線の暴言は、自分の信頼を失う行為だとして警告していた。

 そして、ナージャもそれに気付いて素直に頷く。


「分った。彼女にも謝る……」

「オーケー。じゃあこの話はこれでおしまいだ。それで、お前の仕事だが、実に単純でスカっとする内容だ。簡単に説明すると、俺がワイルドスワンのケツ揺らして空獣を誘うから、ギンギン状態で襲って来る空獣に弾丸をぶっ放して、顔面シャワーのサービスプレイだ。な、お前が何時もやられてるの事の反対だから簡単だろ」

「酷い説明だな。それに、私はそんなプレイは死んでもお断りだ、クソ野郎。これが血のつながった兄弟だということに、この世を恨みたくなる」

「兄としては、優しくレクチャーしたつもりなんだけどな」


 アークの言った『兄』という言葉に、ナージャの眉間にシワが寄る。


「私を妹扱いするな! 年子で、生まれた日も11日しか違わない!」

「別に良いじゃねえか」

「後から生まれたという事実だけで、お前に負けた気がする」


 それを聞いてアークが肩を竦める。


「その考えは理解出来ねえな。どうやら俺は競争社会じゃ失格らしい」

「はっ! 空獣狩りという時点で、社会不適合者だろ」

「珍しい事に、その意見には賛同するぜ。同業者」


 アークの言い返しに、ナージャが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ちなみに、レイブンからワイルドスワンの様子を見ていたダイロットは、2人の仲が睦まじいと勘違いしていた。

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