第68話 マイキーの隠し財産

「チョット待ってくれ。お前達に頼みたいことがある」


 アークが狂暴な妹の存在によるショックから立ち直り、フルートと一緒に空獣ギルドへ行こうとしたら、マイキーが2人を呼び止めた。


「どうした? おっさんの嘘くせえ昔話がクソ長かったから、そろそろギルドに行かねえと、午後から飛べねえぜ」


 アークの言うおっさんとは、ダイロットの事。

 それを横で聞いたフルートは、英雄もアークの前だと、ただのおっさんなのかと呆れていた。


「うむ。実はな、先ほどの話で、このドッグにダイロットが明日から来るんだが……」


 マイキーがこめかみをポリポリと指で掻いて、気まずそうに呟く。

 それを聞いて全員がゆっくりとドッグの奥へと視線を向けた。


「「「「…………」」」」


 マイキーのドッグの奥は、用途不明のゴミと称しても過言ではない、スクラップが山積みされていた。

 静かだけど痛い視線が集まる中で、マイキーが片方の口角を引き攣らせて話を続ける。


「状況判断が早くて助かる。このままだと明日、ダイロットが来ても戦闘機がドッグに入れねえ。ああ、足が痛てえなぁ……」


 つまり、マイキーは「お前ら、全員片づけを手伝え」と、遠回しに告げていた。


「おい! お前、馬鹿じゃねえのか? 突然、痴呆症が発病して状況判断も出来なくなったか? 今すぐ病院に行って痛風を治す前に、頭を治してこい」

「ヒデェ言いぐさだ」


 アークの抗議にマイキーが顔を顰めた。


「アークの言い方は酷いが……まあ、コイツは何時もそうだが、ドッグの状況を見てから日にちを決めるべきだったと私も思う」


 アークに続いてフランシスカがしかめっ面をする。


「何というか、あの時のノリと空気は断れる雰囲気じゃなかったからな。安請け合いしちまったと後で思ったんだが、今から断るのも少し恥ずかしいというか……1度了承したくせに、その日のうちに断るというのは、信用を失うってのも分かるだろ。それと、少佐には恩があるから断りたくねえ」


 フランシスカの抗議に、マイキーが首を横に振った。


「私、パイロットじゃないですーー。あっ! そろそろお店に戻らないと……」

「ブレイズソードMk.2を2機購入か……代理店としてはかなり儲かるんだろうな。それに、ダイロットの娘が乗るって宣伝すれば、購入台数の増加も見込めるし。当然、ウルドとしてはサービスも充実なんだろう?」


 ベッキーが逃げようとするのを、マイキーが大きな声で呟くと、彼女の動きが止まった。


「あ、俺、そろそろ飯食いに行ってくるわ」

「そういえば、設計図の代金を貰ってねえな」


 ロイドが逃げようとするのを、マイキーが大きな声で呟くと、彼の動きが止まった。


「んじゃ、俺たちはギルドへ……」

「ただでドッグを借りていて、まさか逃げるとは言わねえだろうな」


 口を開いたアークを黙らせてマイキーがジロリと睨むと、アークとフルートがガックリと肩を落として諦めた。


 ちなみに、フランシスカは、ドッグの用途不明なゴミを片づけたいと常々思っていたので、最初から賛成派だった。




 オーガクイーンを狩った報告だけはギルドにする必要があったので、全員の中で1番非力なフルートをギルドへ向かわせ、残りはドッグの片付けを始めた。


「クソ重てえ……ゴミを片付け出来ねえ老人ってのは、自分の人生もゴミだと気付くべきだと思うぜ」

「その意見には心底賛成しよう……」


 アークの文句にロイドが頷く。

 2人は壊れた部品を2人掛かりで持ち上げて、ドッグの外へと運んでいた。


 その横でベッキーが、同じサイズの部品を軽々と1人で持ち上げて、2人を追い越して行った。


「……スゲエな」


 ベッキーにロイドが、驚いて目を丸くする。

 ベッキーはドワーフと人間のハーフなので、小柄でも力は大人の男性よりもあった。


「あっ!」


 ベッキーが何もない床で転んで、運んでいた部品を床にぶち撒ける。

 残念な事に、力はあるけど彼女には集中力がなかった。

 ベッキーのドジっ娘ぷりに、ロイドは先ほどまで褒めていた言葉を忘れると、首を横に振り「ダメだこりゃ」と呟いた。


「なあ、親父。このエンジンは何だ?」


 フランシスカが床に転がっている、通常の3倍近い大きさのエンジンを見て首を傾げる。


「良い質問だ。以前、音速を超える戦闘機ってヤツを考えてな……」


 マイキーはそう言うと、奥から8翅のプロペラを持ってきて、彼女に見せた。


「8翅? しかも戦闘機用? ソイツは使えるのか?」


 その質問にマイキーが首を横に振る。


「普通のエンジンじゃ馬力が足りなくて、浮力が得られるまでの回転数が出ねぇ。そこでこのエンジンだ。コイツは3300馬力までの出力が得られる」

「それは凄いな……」

「問題は発熱が酷くて、空冷だけではなく水冷まで使って冷やさないとダメだった。そして……」


 マイキーがエンジンを見て残念そうに溜息を吐く。


「何となくエンジンの大きさから、その先が読めるが、一応、最後まで聞こう」

「……うむ。全部の設備を乗せるとな、積載量が半端なく重くなって、飛べない事が分かった」


 フランシスカが片手で頭を押さえて、呆れた様子で溜息を吐く。


「親父、馬鹿だろ。設計段階で気付け! それに、そんな物を作る金がどこにあった?」

「金? 金なら幾らでもあるだろ」

「ん? どういう意味だ?」


 マイキーとフランシスカが、同時に首を傾げる。


「金があるって、どういう意味だ? 家は親父が働かないから、貧乏だと思っていたぞ」

「……何だ? オメエ、知らなかったのか? 今の空獣狩りが使っているアイテムボックスを設計したのは俺だ。その特許料だけで、つつましく生きれば一生分の金はあるぞ」

「「「「……はあぁぁ!!」」」」


 マイキーの話に、フランシスカだけではなく、この場に居る全員が驚き、その全員の様子に、マイキーの方が逆に驚いた。


「お前等、このドックのレンタル料が安いとはいえ、働かねえで勝手に金が沸くとでも思っていたのか?」


 マイキーの話にロイドが頷く。


「……確かに俺がコンティリーブに来てから、アンタが整備士の仕事をしたという話は聞いた事がねえ。まさか、こんなカラクリがあったとは……」


 慌てた様子のフランシスカがロイドの話を遮って、マイキーに迫る。


「チョット待て。私はそんな話は知らないぞ。今まで親父の事を、人生を諦めて何もしないクズな男だと思っていた……」

「金があったら働く必要はないだろ。俺はお前に話したつもりだったんだがなぁ……」


 フランシスカが顔を顰めて考えた後、何かを思い付いたのか、呟く様に口を開いた。


「確か……昔、私が働かないのか尋ねたら、「その必要はない」と言っていた気がする」


 それを聞いたアークが「無精が高じて、ただの説明不足じゃねえか」と陰で呟く。


「それに、お前、財産を譲る前に、俺をぶん殴って出て行っちまったじゃねえか。遺書にはお前を相続に指定してるから、後でこの村の公証人に確認しとけよ」

「公証人? 誰の事だ?」

「村長の息子だ。名前は忘れたけど、昔、お前の舎弟だったガキだ」

「ああ、アイツか。名前は忘れたけど、確か村長の息子だったな」


 親子の話を聞いていた3人は、村長の息子の扱いが酷いと思った。


「金があるならこんなボロいドッグで生活しないで、他人が働く姿を見ながら酒でも飲んで嘲笑ってろよ」


 アークの冗談にマイキーが顔を顰める。


「ケッ! そんなクソみたいな生活、俺には性に合わねえぜ」

「クソみたいな場所で、クソの様なゴミに囲まれて言う、クソ野郎のセリフじぇねえな」


 アークの言い返しにマイキー以外の全員は頷くと、ドッグの片づけを再開した。




 アーク達が汗を流して片づけをしている頃、フルートは空獣ギルドの中に居た。

 アークとフルートがコンティリーブに来た時は寂れていた空獣ギルドだったが、アルセムを倒した後は大勢の空獣狩りのパイロットが集まって、活気に溢れていた。

 談話ルームで屯しているパイロットの大半は、アルセムとの戦いで戦闘機を失い、新型機の納品待ちか、レンタル機の予約が出来ずに空を飛べないパイロットだったが、それでも灘の解禁日の今日は狩場の情報を知りたいらしく、大勢のパイロットが談話ルームで情報交換をしていた。


 談話ルームのパイロット達は、フルートがギルドに入って来ると、手を挙げて彼女を歓迎する。

 彼等はフルートの見た目を馬鹿にせず、アルセムを倒した彼女を恩人に思い尊敬していた。

 パイロットの中には、この土地に来たばかりの新入りも居て、この場に似つかないメイド服のフルートに首を傾げていたが、彼女を知る先輩パイロットに詳細を聞かされて驚いている様子だった。


 フルートは談話ルームの人達に軽く会釈をしてから、何時の様にトパーズが座っているカウンターに行こうとしたが、彼女が居るはずのカウンターは空席だった。

 フルートが心の中で首を傾げながら、左右の受付嬢に挨拶をする。


「こんにちわ」

「フルートにゃん、こんにちわ」

(なんでにゃんが付くんだろう?)


 フルートに受付嬢が笑顔を向けて挨拶を返す。

 ちなみに、2人の受付嬢の名前だが、右側に居る利発そうな女性がライトニング、左側ののんびりとした表情の女性がレフトリア。

 トパーズが彼女達の座る位置を決めた理由をフルートは何となく理解していた。


「えっと、トパーズさんは?」

「マスターは管制塔に居るわ」


 フルートの眉間にシワが寄る。

 その様子に受付嬢の2人がクスクスと笑った。


「フルートにゃん。ここしばらくの間、管制塔の職員からセクハラを受けてなかった?」


 ライトニングの質問にフルートが頷くと、2人が揃って「やっぱりね」と呟き、トパーズが出かけた理由を話し始めた。


「どうやら管制塔で、フルートにゃんを誰が落とすかの賭けをしていたらしいの……」


 それを聞いたフルートが、最近の管制塔とのやり取りを思い出して、あれはナンパだったと知るのと同時に、あのセリフで自分が誘えると思っていた事に、無性に腹が立った。


「それでね。その噂を聞いたマスターが本ッ気で怒って、今、殴り込みに行っているわ」

「はい? 殴り込みって……大丈夫なのですか?」


 トパーズを心配するフルートに、2人が揃ってニッコリと笑う。


「「ええ、多分殺しはしないと思うから、ダイジョブよ」」


 

 2人がハモって答えながらフルートに向かってサムズアップ。

 予想外の返答に、フルートが驚いていると、ギルドの入り口が騒めき始めた。

 フルートが振り返れば、そこには両手を血まみれにしたトパーズが、険しい表情でこちらに歩いているところだった。

 談話ルームに居たパイロット達が殺気めいた彼女の様子に、目をギョッとさせる。


「おや? フルートにゃん。いらっしゃい」


 フルートの存在に気付いたトパーズが、険しい表情から一変して笑顔を見せる。だけど、その両手は血に染まっていたから、フルートはドン引きしていた。


「フルートにゃん、アイツ等からのセクハラは大変だったにゃ。だけど安心するにゃ。もう、あの馬鹿共は大人しくしたから大丈夫にゃ」

「……殺ったんですか?」


 フルートの質問に、彼女は笑顔のまま首を左右に振る。


「そこまでしたら、私が憲兵に捕まるにゃ。ただ、チョットだけ顔を2倍に大きくしただけにゃ」

「……はぁ」


 フルートはチョットの行為で顔が2倍になるのか疑問に思ったが、詮索はやめた方が良いと判断する。

 トパーズが奥で手を洗っている最中、受付嬢で事務的な処理を終わらせると、フルートは戻って来たトパーズに礼を言ってカウンターを離れた。


 フルートが外に出る途中で、談話ルームのパイロットに呼び止められたが、彼女がマイキーのドッグの片付けをしている最中だと話すと、彼等からガンバレという励ましの声を貰う。

 フルートは、「手伝うぜ!」という声が掛かるかと期待していたが、誰からも声が出ず、心の中で「ケチッ!」と思いながらギルドの外に出た。




 ギルドを出たフルートが、マイキーのドッグに向かっている途中、急にお腹が痛くなって左手でお腹を押さえながら、道の端によってしゃがみ込んだ。


(急に来ちゃった……)


 突然襲った腹痛に顔を歪ませ脂汗を垂らしていると、彼女に影が差す。


「ねえ、大丈夫?」


 フルートが見上げると、褐色の肌をした女性が心配そうに彼女を見ていた。

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