第67話 兄妹喧嘩
ダイロットの話が終わると、静かな空気がドッグに流れる。
英雄と呼ばれた2人の秘話を聞いて全員が感動している中、アークはただ1人複雑な表情を浮かべていた。
(あのデブ、意識がない状態で谷へ行ったのか。だから、親父と一緒に行っても、自分は詩を聞いてねえなんて言ってたんだな)
彼はダイロットの話に戸惑っていた訳ではなく、ギーブからヨトゥンの谷を聞かされた時の事を思い出しているだけだった。
「今の話を聞くと、シャガンさんはヨトゥンの谷を通って、ダヴェリールから別の国に行ったみたいですが、当ってますか?」
真面目なフルートが緊張しながら質問すると、ダイロットがフルートの格好に表情を和ませる。
「確かアークとペアを組んでる子だったな。名前は思い出せないが……」
「フルートです」
フルートが名乗ると、ダイロットが頷いた。
「確かそんな名前だったな。それで今の質問だが、私も詳しくは知らない。後でアイツと再会した時に聞いたけど、ヨトゥンの谷から洞窟の中を抜けて山脈の反対側へと抜けたらしい。燃料がなくなる寸前でスヴァルトアルフの外れにたどり着いたと言っていた」
「……ありがとうございます」
ダイロットの回答にフルートが頭を下げて礼を言い、その様子にダイロットは「空獣狩りのパイロットにしては真面目だ」と呟いていた。
「それでダイロットさんはその後、何をしてたんだ? 俺はそっちの方が気になるぜ」
ロイドから別の質問が飛ぶと、ダイロットが無精ひげを撫でる。
「私は軍を退役した後、ナージャが生まれるのを待ってから彼女と結婚した。それから先は大したことをしていない。有名になり過ぎた本名を隠して、スヴァルトアルフに住まいを構えると、先ほども言った通り、偽名で輸送機の護衛をしていた」
「俺が知りたいのはその偽名だ……ずっと気になっていたけど、もしかして偽名はマーカスって言わないか?」
「そうだ」
ダイロットが顎から手を離して答える。すると、ナージャとベッキーを除いた全員が、驚き彼を凝視した。
「えっと、有名な方なんですか?」
皆の様子に首を傾げるベッキーが、フランシスカの袖を軽く引っ張る。
「あ、ああ……。傭兵として伝説になりつつある有名な名前だ。どんな危険地域でもその男が居れば、100%任務が達成すると言われている」
フランシスカが動揺を抑えきれない様子でベッキーに説明をすると、彼女も驚いて目を丸くした。
「さすが撃墜王ですねー。うちの会社でも雇いたいです……」
ベッキーが恐れを知らずウルド商会にスカウトをほのめかすと、何故かナージャが誇らしげに胸を張っていた。
「なあ、ダイロット。俺は親父から、狂犬と間違えんばかりの妹が居るという話を聞いたことないんだが、親父は知っていたのか?」
アークの質問にナージャがギッと睨んで、ダイロットは「狂犬?」と首を傾げる。
「ナージャは私の前だと、あまり感情を出さないんだが」
「猫かぶりって奴だろ。お前、ファザコンだったのか?」
アークが質問すると、ナージャが睨み返して口を開く。
「ウルサイ!」
「おいおい、先ほど俺に謝った謙虚な心はどこへ行った。鼻フックでもして散歩に行くか? 狂犬」
「この変態野郎!!」
ナージャは、アークが自分の血の繋がった兄だと知って、アークの事を毛嫌いしていた。
「ふむ。ミッキーって野郎から、妹に変態と呼ばれるのは兄としての御馳走だと聞いた事があるが、別に興奮しねえな」
軽く兄弟喧嘩をした後、アークがダイロットに話し掛ける。
「な、凄いだろ。一体どんな教育をしたら、ここまで酷い性格ブスになるんだ? 腹違いとはいえ血を分けた兄弟相手ですら、敵意むき出しに襲い掛からんと……」
「アホ。お前が喧嘩を売っているだけだ!」
「ぬおっ!!」
アークが喋っている途中で、フランシスカが後ろから彼の頭を殴り、 不意を突かれたアークが前のめりに床にぶっ倒れた。
一方、ダイロットはナージャが感情を見せた事に驚いていた。
「なるほど、確かに猫かぶりだな。教育は妻に任せていたから、私はよく知らない」
ナージャがシュンとするが、彼は肩を竦めながら話を続ける。
「先ほどの質問だが、アイツに会った時に教えたから、アイツもナージャの存在は知っている。お前と会ったのもその時だ」
「ああ、覚えている。確か初めて会った時に年齢を聞かれて答えたら、アンタ驚いていたな。あの時は不思議に思ったけど、今だと驚く理由が分かるぜ」
頭を押さえて起き上がるアークに、ダイロットが頷く。
「まさかナージャと年子の子供が居るとは思わなくてな」
「その後、親父が俺を追い出して、2人だけで話をしたのって……」
「おそらくお前が考えている想像通りだ。アイツは……ナージャの存在を知ってショックを受けていた。それと、息子の目の前で自分の土下座は見せたくなかったのだろう」
「……土下座……したのか?」
アークが尋ねると、ダイロットが再び頷いた。
「ああ、見事な土下座だった」
「自分の親父を悪く言うのはどうかと思うが、最低だな」
そうアークが呟くと、ダイロットを含んだ全員が頷いていた。
「ところでマイキー。ここのドッグはワイルドスワンだけしかレンタルしていないようだが、まだ空きはあるか?」
突然、ダイロットから尋ねられて、マイキーが大きく目を開く。
「え、ああ……空いてるけど、俺は足が不自由で役に立たないし、整備士が娘のコイツしか居ねえぜ」
そう言ってマイキーがフランシスカを親指で指した。
「それでも構わない。私が居ない間にここも変ったらしく、知り合いが居なくて困っていた」
「……中佐と少佐が居なくなって以降、軍が予算不足で辺境の常備軍を縮小したからな。ここも軍の替わりに空獣ギルドが置かれて、軍関係者は誰と戦うのか知らねえが、殆どが首都に帰っちまった」
マイキーの説明に、ダイロットが頷く。
「そうらしいな。本当なら紹介状が必要だと思うが、共有ドッグのレンタル料が高いから、暫らく世話になりたい」
「少佐だったら紹介状なんてなくても大歓迎だぜ。だけどさっきも言った通り、整備士が足りねえ……」
「いい加減に少佐は止せ。互いに退役した身だ。それと、整備士は妻が居るから問題ない」
マイキーが眉を顰めて身を乗り出した。
「ルイーダも来てるのか?」
「よく覚えていたな」
ダイロットの返答にマイキーが頷く。
「俺は所属が違うから、そんなに知り合いでもなかったが、娘が慕ってたからな」
「私がか?」
マイキーの話に、フランシスカが首を傾げる。
「何だぁ? あんなに懐いていたのに、覚えてねえのか。お前が小さかった頃、駐屯地に来る度に遊んでもらってたじゃねえか。お前、ルイーダが整備している姿を見て、整備士になると決めたんじゃないのか?」
「ああ、思い出した。あの人か!!」
マイキーの話を聞いて、フランシスカがルイーダを思い出し、驚きつつも笑顔を見せる。
「あの時の娘か。……随分と大きくなったな……色んな意味で……」
マイキーの話を聞いていたダイロットも、フランシスカの事を思い出したのか、彼女の身長と自己主張する胸を見て驚いている様子だった。
「それで、今の話を聞くと、偽名を使ってまで身を隠していたアンタが、現役復帰する様に聞こえたんだけど、本当なのか?」
「その通りだ」
アークの質問に、ダイロットがナージャをチラリと見てから話し始める。
「仕事柄、家に居ることが少なくて、気づいたらナージャが私の予備機を使って空獣狩りになっていた。最初は心配はしたんだが、実際に一緒に飛んで確認したら、シャガンの血を継いだのか確かに腕は良かった。それを見たとき、性格は父親に似なくて良かったと心から思った」
それを聞いたアークとナージャが複雑な表情を浮かべて、その他全員が心の中で「おめでとう」と祝う。
「ナージャがギルドからの紹介でダヴェリールの推薦状を貰った時、妻と一緒に相談を受けたんだが、その時に「いい加減、現役から足を引いて後任を育てなさい」と言われてね。私も同じ事を考えていたから、しばらくの間は、教育者としての練習も兼ねる形で娘と一緒に空獣狩りに付き合うことにした」
「ず、随分と家族思いなんだな。英雄と呼ばれてるから、もっと孤高な人だと思ってた」
ロイドの率直な感想に、ダイロットが不思議そうに彼を見つめる。
「英雄なんて言われても人間だぞ」
「確かにその通りだ。悪かった」
ダイロットに言われてロイドがすぐに謝る。
「という訳で、世話になると言いたいところだが、先ほど共有ドッグの整備士から聞いた話だと、困ったことにナージャの乗った機体のエンジンが壊れて使い物にならなくなったらしい。元々、私の予備機で古かったから仕方がないとはいえ……ナージャ、後でルイーダに謝っとけ。アイツ、かなり怒っていたぞ」
「ヒィ……」
それを聞いた途端、ナージャの顔が青ざめる。
そして、アーク達はルイーダが怖い女性だと想像して、ナージャの狂暴な性格は母親譲りだと理解した。
「ダイロット。その予備機が古いと言ったな。もしかしてその機体はメビウスか?」
「……よく分かったな」
マイキーの質問にダイロットが頷く。
「シャガン中佐がワイルドスワンの試乗パイロットだったのに対して、アンタはそのライバル機、ダイアンR社製のメビウスの試乗パイロットだったからな」
「確かにその通りだ。あれは私の要望を詰め込んだ機体だから、今でもエンジンを積み替えて使っている。ワイルドスワンがギーブの力作だとしたら、今のメビウスは、私の妻が20年掛けて作り上げた、芸術品に近いものがある」
そしてダイロットがナージャをチラリと見てから、話を続ける。
「ただ、娘には向いてなかったらしい……」
「うっ……ごめんなさい」
「謝るなら、ルイーダに言え。それに今の話は本当だ。お前の操縦は私よりもシャガンに似ている。メビウスよりもワイルドスワンの様に旋回能力が高い機体の方が合っている筈だ。お前は暫くの間、レンタル機のブレイズソードMk.2を借りて飛べ。もし、その機体が気に入ったら購入を検討するとしよう」
「……分かった」
それを聞いたベッキーが、隠れて揉み手をしているのを、フルートが目ざとく見つけて肩を竦める。
ベッキーは、ブレイズソードMk.2の販売代理店でもあるウルド商会が儲かる事に、心の中で万歳三唱していた。
「あーー。もう少し詰めてからにしようと思ってたんだがな……」
突然マイキーが呟くと、ロイドをチラっと見てから杖を突いて奥へ引っ込む。
そして、1枚の設計図を持って戻ってきた。
「ほらよ」
手に持っていた設計図を、ロイドに渡してから、「ケッ」と吐き捨てそっぽを向く。
ロイドが顔を顰めて図面を広げた途端、設計図に目が釘付けになった。
「マイキー……これって……」
「ハッ! テメエが欲しがってた戦闘機の設計図だ。ブレイズソードMk.2を最大限に軽量化して、ワイルドスワンに近づけた。まあ、他にも色々と弄っているが、娘なら何とかできるだろう。旋回能力と中速から高速への時間は、テメエの望むように早くなっているぞ」
マイキーが感動に震えるロイドに説明してから、ダイロットに話し掛ける。
「ダイロット。その娘が中佐の娘なら、おそらくブレイズソードMk.2との相性が良いだろう。もし買い替える予定なら、俺の設計したそいつを、その娘に乗せてやってくれ。これが俺ができるアンタへの謝罪だ」
「……分かった。今の話からすると、恐らく素晴らしい機体なのだろう。ルイーダと相談してから決めさせてもらう」
「ああ、それでいい……」
その後、ダイロットはいくつか事務的な話をマイキーとした後、ナージャを連れてドッグから出て行った。
マイキーの説明を聞いた直後から、ロイドは新しい機体についてフランシスカと相談していた。
「姉さん!」
「お前より年下だ!!」
フランシスカの抗議にロイドが首を傾げる。
「マジ? 俺、25だけど?」
「同い年か……お前、老けて見えるな」
「……歳の事はお互いやめた方がいいな」
「うむ。その意見には同意しよう」
ロイドの提案にフランシスカが頷く。
「んじゃ相談だ。ブレイズソードMk.2を今すぐ購入するから、改造を依頼したい」
その話に、ベッキーの揉み手が高速化したのを、フルートがドン引きする。
「……チョット待て、気が早い。まずはその設計図を見せてみろ」
フランシスカはロイドから設計図を奪い取ると、目を細めて調べる。
そして、ダイロットが帰って一服していたマイキーと、何度か相談してから、頭の中で計算して金額をはじき出した。
「ブレイズソードMk.2の代金が4500万で、改造費が1200万。合計で5700万。納期は機体が届いてから1カ月後になるぞ」
「そこをもうチョット、安くできないか?」
「無理だな。改造費の大半は材料費で、工賃は300万も取ってない。私もタダ働きはゴメンだ。素直に諦めろ」
それを聞いて、ロイドが肩を下す。
「当分の間、レンタル機で稼ぐしかないか……」
「コンティリーブならすぐに稼げる額だ。適当に頑張るんだな」
フランシスカの言い草に、ロイドは溜息を吐いて素直に頷いた。
「なんか、帰って来てからの方が疲れたぜ……」
アークが溜息を吐くと、フルートが彼をチラリと見て肩を竦める。
「お兄ちゃん、ガンバレ」
「……フルートさん。フルートさん。その冗談はマジでシンドイいからやめて。涙が止まらない」
フルートに泣き言を言っていると、彼の肩をフランシスカが叩く。
アークが振り向くと、彼女は笑いを堪えている様子だった。
「何だよ……」
「それで、ナージャが誰の妹だって? 良かったな、お兄ちゃん」
「これが……殺意か」
フランシスカの冗談に、アークが天を仰いで呟いた。
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