第65話 ACE01

 ダイロットはドッグの中へ入ると、ナージャの前に立って無表情で彼女を見下ろした。

 彼の見た目の年齢は50代位で背が高く、彫の深い顔が渋い魅力と雰囲気を感じさせた。

 ダイロットは白髪の混じった黒髪を片手で撫でると、ナージャに話し掛ける。


「1人で狩りに行くなと言った筈だが?」

「……ごめんなさい」


 ナージャが落ち込んだ様子でダイロットに謝ると、彼は軽く溜息を吐いて、彼女から視線を外してワイルドスワンを見上げた。

 白く輝く戦闘機に懐かしむ様子だったが、視線を正面に戻すとアークに向かって話し掛ける。


「確かアークだったな……父親に似てきた。アイツは元気か?」


 アークは目をしばだたいて正気に戻ると、首を左右に振った。


「親父は流行り病で5年前に死んだよ」


 それを聞いたダイロットが目を見開いて、驚いた表情を浮かべる。


「そうか……」


 そう一言呟くと、ダイロットは目を瞑って溜息を吐くと、首を横に振った。




「それで、ダイロット。アンタに色々と聞きたい事がある。今まで何やってた?」

「それを聞いてどうする?」


 顔を伏せていたダイロットにアークが話し掛けると、逆に質問されて考えながら答え始める。


「人類の英知ってヤツは、興味を持った対象を調べる事で成熟すると思うんだ」

「ふむ。あながち間違いではないだろう」

「だろ? それで、世界中の新聞屋が興味を持って探している2人の英雄と呼ばれる中年オヤジのうち、1人はどうやら俺の親父らしい。だけど、俺の親父は地上ではクズ、飛行機で空を飛ぶのが好きな馬鹿ってのは分かってるんだ。それで、アンタも同じなのかチョイと興味があってね。それで理解したか?」


 アークの冗談にダイロットが頷く。


「なるほど、分からん。ついでに、言動が酒に酔った時のアイツにそっくりだ。お前、酔ってるのか?」


 それを聞いてアーク以外の全員が、彼の捻くれた性格は父親の悪いところを継いだと知る。

 皆の考えを知らずアークが首を傾げる。


「いや、別に酔ってないぞ。それに親父は禁酒という24時間マゾプレイを常に実行していたから、俺は親父が酔ってるとこを見た事がねえんだ」


 アークの返答に、今度はダイロットが思い出しながら、シャガンの事を語り始めた。


「アイツとは、退役後に1度だけ会った事がある」

「ああ、覚えてる」

「その時に聞いたが、アイツはあの村に来た初日に気が抜けたのか酒をしこたま飲んで倒れたらしい」

「それで?」


 何故今この話をするのか分からず、アークが眉を顰めて続きを促す。


「翌日に起きたら、知らない女が裸でベッドの横に寝ていて驚いたらしい」

「そうか……俺にも似たような経験があるから、何となく驚く気持ちが分かる」


 アークがマリーベルの事を思い出して腕を組んで頷く。


「その時に出来た子供が、お前だって言ってたぞ」

「……お、おう。そ、そいつも、何故か似たような経験があるから、驚く気持ちが分かるぞ」


 アークが全身に冷や汗を垂らし、どもりつつも答える。

 話を聞いていたフルート達も、会話を聞きながら「血筋だなぁ」と口元を引き攣らせていた。


「アイツが言うには、それから酒が怖くて飲めなくなったらしい」

「そうなのか? 自慢じゃないけど、俺は酒での失敗なら空獣を倒す数と同じぐらいのタメを張るぜ。親父も案外弱気なところがあったんだな」


 アークの言い返しに、ダイロットが目の前のナージャの肩を掴んで、アークの方へと振り向かせた。


「ちなみに、アイツが酒に酔って子供を作ったのはお前で2回目でな。1回目はコイツで、アイツが言うにはお前は早産だったらしく、時間差的にお前の腹違いの妹になる」

「「「「「「……は?」」」」」」


 それを聞いた途端、この場に居る全員が口をあんぐりと開けて、石像の様に動きを止めた。

 そして、今の話はナージャも初耳だったらしく、ダイロットを見上げて驚いていた。




 全員を驚かしたダイロットが、頷いてから話を続ける。


「それで最初の質問だが、別に大したことはしていない。偽名を使って傭兵になり、輸送機の護衛をしていた」

「いや、チョット待て。待ってくれ! 確かにあんたの過去は非常に興味があるが、今はそれ以上に親父の素行について、子供として大変興味がある」


 アークが慌てて話を遮ると、ダイロットは眉を顰めて話を変えた。


「アイツの素行か……地上だと酒を飲まなかったら、ただのクズ。酒を飲んだら酷いクズと言ったところだな。一応、立場としては私の上官だったが、空を飛んでいなかったら間違いなく無能だった」

「……やっぱり親父に恨みがあったのか?」


 ダイロットの言いぐさにアークが尋ねると、彼は顎に手を添えて考える様子を見せる。


「恨みは……あると言えばある。ナージャの母親は当時私が付き合っていた彼女でね。酒に酔っていたとはいえ、人の彼女を寝取るのは未だにどうかと思っている」

「……おう」


 父親の寝取り相手がダイロットだと知って、アークが天を仰ぐ。


「シャガンが寝取った数日後に、泣いて謝る彼女から事情を聞いて、1発ぶん殴ろうとしたのだが……向かっている途中で軍から緊急の呼び出しを受けて話を聞いたら、アイツがワイルドスワンを盗んで逃亡したと聞かされた。……あの時は人生で1番キレたな」

「「「「「「…………」」」」」」


 アークは親父の素行の酷さに彼から視線を反らし、ナージャは自分の父親がクズだった事にショックを受け頭を抱える。

 他の皆は、ダイロットに同情の眼差しを向けていた。


「ちなみに、ナージャが生まれた後、すぐに血液型を調べたら、私と彼女の血液型では絶対に生まれない娘が生まれて、微かな希望すら微塵に打砕けた」

「……お父さん」


 ダイロットを見上げるナージャが泣きそうな表情を浮かべる。


「安心しろ。血が違っていてもお前は私の自慢の娘だ」


 そう言ってダイロットがナージャの頭を撫でると、彼女は目から涙を浮かべて笑っていた。


「それで、ダイロット少佐はシャガン中佐を追いかけたのですか?」


 今まで静かに話を聞いていたマイキーが、ダイロットに話し掛ける。


「……確かマイキー軍曹、いや、少尉だったな」

「……お久しぶりです。私はあなたに会ったら謝りたいと思っていました」

「あの時の事情と経緯は把握している。お前が密告しなくても、どの道シャガン中佐とギーブ大尉はワイルドスワンを盗んで逃亡していた。謝罪は不要だ」

「しかし……」

「あの時、私が受けた任務はワイルドスワンの破棄。つまりシャガンを殺せという指令だった」


 話を遮って、ダイロットが話を続ける。


「普段なら上官の命令とはいえ、懲罰を喰らっても任務を拒否していただろう。だが、あの時は先ほどの件もあって、私も頭に血が上っていたから、指令に従って数名の部下と一緒にシャガン中佐とギーブ大尉を追った。2人は軍の包囲網を抜けるのに、ここから東の空獣が多く生息する山脈へと向かっていた。……そこは、以前にシャガンが見つけた、ヨトゥンの谷と呼んでいた場所の近くだった……」


 ヨトゥンの谷と聞いて、アークとフルートが目を見張る。

 そして、今まで謎だったシャガンの逃走について淡々と語るダイロットに、この場に居る全員は無言で話を聞いていた。




 ……21年前。

 コンティリーブから東へ160Km。


 シャガンとギーブが乗るワイルドスワンを追い駆け始めて1時間半。ダイロットと4人の部下は、逃亡するワイルドスワンを発見した。

 彼等はすぐに無線で投降を要求する。

 軍からの逃亡は銃殺刑。それが分かっているシャガンは、彼等の無線に応答せず、飛行を続けていた。


「返答はなしか……」


 ダイロットが応答しない無線機にを見ながら呟く。


「仕方がない……」


 今、ダイロットの心中ではシャガンに対する複雑な思いが巡っていた。

 第四次空獣戦争で組んでいた時の思い出、軍の命令、彼女を寝取られた事の恨み、彼女を寝取られた事の恨み。最後のは重要だから2回思い出して、歯ぎしりをする。

 だけど、それ以上に彼の中では、自分とシャガンのどちらが強いのか。それを確かめたく、彼との戦いを望んでいた。

 ここで彼等を撃墜したら、例え生きていたとしても生還するのは無理だとダイロットには分かっていた。

 それでも彼は、部下にワイルドスワンの四方を囲むように指示を出す。

 彼の計画では、部下がワイルドスワンの動きを封じるのと同時に、ダイロット自ら始末する予定だった。




 4機の味方機が速度を上げてワイルドスワンに近づく。

 彼等はワイルドスワンが攻撃の射程範囲に入ると同時に、13mmガトリングを放った。

 シャガンが操縦するワイルドスワンが、攻撃を受ける直前に急旋回を繰り返して、4機からの攻撃を全て躱した。


「流石だな……」


 その様子にダイロットが呟く。

 シャガンの操縦は何度も見てきたが、攻撃に対する神懸かり的な反応力は、人間の限界を超えていると改めて実感する。

 何度も何で敵の攻撃が分かるのかと尋ねた事があるが、彼は毎回「何となくケツが痒くなる」と訳の分からない答えしか言わず、シャガンを頭がおかしい得体の知れない生物と思っていた。


 だが、シャガンと敵対して、初めて彼の強さと脅威を実感する。

 攻撃が当たらなければ、空獣も人間と同じで焦り出して、隙が生まれる。

 そして、シャガンはその隙を逃すことなく、カウンターの攻撃を与える事が出来た。その行動がさらに敵のヘイトを上昇させる。

 撃墜王などと呼ばれている自分だが、彼が空獣を引き付けてくれたお陰で得た名声なのは、自分でも分かっていた。


「中佐。今まで一緒に戦ってきたが、私が1番倒したかったのは貴方だ」


 ダイロットは顔を渋らせて、ワイルドスワンを睨む。

 彼が乗る戦闘機は、ワイルドスワンを撃墜させるために速度を上げた。




 ワイルドスワンが機体を捻じらせて激しい急旋回を繰り返す。そして、ヴァーティカルローリングシザースで味方の戦闘機に回り込むと背後を取った。

 背中を取られたパイロットが慌ててブレイクを試みる。その隙にワイルドスワンが囲いを突破して速度を上げて逃げ出した。


(相変わらず甘い人だ……)


 確実に倒せるタイミングで攻撃をしなかったシャガンに、ダイロットが笑う。

 味方機は相手が攻撃してこないと判断すると、2機ずつの編隊を組んでワイルドスワンを追い込み始めた。


 ワイルドスワンを中心に左右から4機の戦闘機が迫る。

 4機の味方機がワイルドスワンの前と左右、そして、その内の1機が上に移動して動きを封じた。

 味方機がワイルドスワンの動きを封じる前に、ダイロットが相手の行動を予測して、背後から30mmガトリングを放つ。


 放たれた弾丸が直撃する寸前に、突然ワイルドスワンがスリップを起こして左へとスライドする。 

 弾丸はワイルドスワンの尾翼を掠めると、空へと消え去った。


 ダイロットは自分の攻撃が外れた事に驚くが、再度集中力を高めて狙いを定めるてワイルドスワンを攻撃する。

 しかし、ワイルドスワンは常識ではあり得ない回避行動を繰り出して、全ての攻撃を回避した。

 ダイロットの攻撃を躱したワイルドスワンに驚く味方機だったが、彼等もダイロットに続いてワイルドスワンに攻撃を開始。

 その攻撃を全て躱すワイルドスワンに、ダイロットを含めた全員が愕然とした。


「あのワイルドスワンという戦闘機は何なんだ! 旋回能力が異常過ぎる……」


 信じられないといった様子で驚くダイロットが、ワイルドスワンを凝視する。

 そして、焦り出した自分に気が付き、冷静さを取り戻す。

 味方機を見れば、落ち着いた自分とは逆に焦り始めているのが動きから分かった。

 ダイロットは攻撃を止めると、無駄な攻撃を繰り返す味方機に冷静になれと無線を飛ばした。


 闇雲に攻撃を続けていた味方機が、彼の無線に攻撃を中断する。

 そして、再び編隊を組むとワイルドスワンを取り囲んだ。


「出来れば私が自ら倒したかった」


 ダイロットが自分が撃ち落とす事に未練を残しながら、全員に攻撃命令を下す。

 その命令に、味方機が動くのと同時に、突然味方機の1機が右翼を破壊されて、地面へと墜落し始めた。

 驚いたダイロットが上空を見上げれば、彼等の上を1匹の空獣が飛び、自分達を見下ろしていた。

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