第64話 女難の日
コンティリーブに近づくと、フルートが無線で管制塔に着陸許可を申請する。
『チャ・ク・リ・ク・ヲ・キョ・カ・ス・ル・ソ・レ・ト・フ・ル・ー・ト・チャ・ン・コ・ン・ド・イッ・ショ・ニ・ヨ・ル・ノ・ベッ・ド・デ・……(着陸を許可する。それとフルートちゃん今度一緒に夜のベッドで……)』
『ハ・ヤ・ク・シ・ネ(早く死ね)』
フルートは眉間に皺を寄せた後、管制塔からの無線を最後まで読まずに返信。
「アーク。着陸許可が出た」
「あいよ」
無線を見ていなかったアークは一言答えると、ワイルドスワンを滑走路に着陸させた。
着陸したワイルドスワンをドッグへ誘導する今日の担当
「よう、クソ野郎! 今日も空獣のケツに一発噛まして来たか?」
「おう、アンタか! 今日もパイロットを美女のケツに優しくリードか?」
アークが手を上げて返事をすると、マーシャラーが肩を竦めた。
「馬鹿を言え。俺は宝が眠ると言われているジャングルの奥深くの渓谷へ丁寧にガイドしているのに、あいつ等がその下にある狭き門に向かってチャレンジしているだけだ。本当にここの奴等はワイルド過ぎて泣けてくるぜ!」
「「あははははっ!」」
最低な下ネタを言い合って笑う2人とは逆に、フルートはネタの意味が理解できず首を傾げていた。
「それで、灘解禁日の今日は何を仕留めたんだ?」
「オーガクイーンだ。「この痴漢! 今、私のお尻を触ったでしょ!!」って森の中で騒ぐババアを、「冤罪死ね!」って言いながら顔面をボッコボコにしてやったぜ」
「はっはーー! そりゃ爽快だな。俺も適当な老人を1発殴りたくなって来たぜ。そう言えば、昨日からこの飛行場に女のパイロットが来てるけど、お前も気を付けろよ」
「アンタにしては珍しいな。その女は男の竿を腐らせる性病持ちか?」
アークが尋ねると、彼は露骨に顔を顰めて手を左右に振った。
「もし性病持ちの女なら、素直にケツに突っ込みゃ良いだけの話だ。昨日来た女は親の教育か、ガキの頃の授業を斜め方向に解釈したのか知らねえが、世界が自分を中心に回っていると勘違いしてやがる。俺が親切丁寧に訂正したらヒステリックに叫びやがった」
その話を聞いたフルートは、このマーシャラーがその女性にセクハラをしたと確信していた。
「面倒くさそうな女だな。男勝りでもこじらせたのか?」
「ああ、医者も逃げ出すぐらいの重病だ。アンタも気をつけろよ」
「分かった。俺の近くにも男を奴隷と勘違いしている暴力女が居て、そいつだけでも勘弁して欲しいぐらいだ。忠告感謝するぜ」
「良いって事よ。どんな女でも大抵のヤツはヒステリーの塊だぜ。特に裏でコソコソ影口を言ってる捻くれブスがこの世で1番最低だ。1度毛嫌いされてみろよ、アイツ等、生理的に気持ち悪いって目で男を見るぞ」
そう言ってマーシャラーがフルートを見ると、彼女はマーシャラーが言った通りの目で彼の事を見ていた。
「だから、忙しいって言ってるだろ!!」
「そこを何とか頼む! あれに1度乗ったら、もう他の戦闘機なんて乗れねえんだ!」
マイキーのドックで2人がワイルドスワンから降りると、ドッグの奥からマイキーの怒鳴り声と、ロイドの声が聞こえてきた。
「また、ロイドさんが来てる?」
「どうやらそうらしい。あの兄ちゃんも懲りねえな」
アークとフルートがお互いの顔を見て、同時に肩を竦める。
アルセム戦で戦闘機を失ったロイドは、アークに頼んでワイルドスワンの後部座席に乗った。
そして、ワイルドスワンの速度と旋回能力を体感したロイドは、一発でワイルドスワンに惚れ込んだ。
ロイドはワイルドスワンから降りるやいなや、ワイルドスワンに似た戦闘機の作成をマイキーに頼むが、彼はワイルドスワンの改造計画で手一杯だったので、ロイドの依頼を断った。
それから2カ月間。諦めきれないロイドは、何度もドッグに来てはマイキーに追い返されていた。
「空獣狩りのパイロットって奴は本当にしつけえな! 俺を追い掛け回す暇があったら、空獣のケツでも追い回していろ!」
「だから、その戦闘機を作ってもらいたいんだよ。ワイルドスワンの速度と旋回能力。それを作れるのはアンタだけだ!」
マイキーが怒鳴ると、ロイドが負けじと言い返す。
「くどい! 何度も言っているだろ、アークの乗るワイルドスワンは元々軍用の戦闘機だから、設計図通りに一から作ろうにも空獣狩り用のアイテムボックスが詰めねえ。それをどこをどう改造したのか、ギーブ大尉が弄って空獣狩りの戦闘機にしちまったんだ。俺だってあれと同じものを作れって言われても無理だ!!」
「ワイルドスワンの性能までは求めてねえって、ただ速い戦闘機が欲しいんだ!」
「だったら、ウルドが提供しているヤツで十分だろ」
「確かにブレイズソードMk.2も良い機体だ。だけど、アンタなら分かるだろ、アレとスワンの違いが、中速から最高速度に到達するまでの時間が全く違うし、最高速度での旋回速度も比べ物にならねえ」
「そりゃ当然だ。シャガン中佐がそうしろと望んだからな。その代わり操作性は最悪だぞ!」
「操作性は構わねえ。俺はその無敗のエースが求めていた戦闘機が欲しいんだ!」
アークとフルートは、何度も繰り返し同じ会話をする2人に肩を竦めていた。
アークとフルートが何時までも終わらないマイキーとロイドの会話を聞いていると、外からバイクのエンジンの音が聞こえてきて、ドッグの前で停車した。
そして、バイクから降りたフランシスカと、足をふらつかせてるベッキーがドッグの中へと入って来る。
「また来たのか? 親父もいい加減、作ってやれば良いのに。この2カ月、煩くてたまらん」
奥から聞こえてくるマイキーとロイドの言い争う声に、フランシスカが呆れる様に肩を竦める。
「いや、お前のバイクの音もかなりウルセエから」
アークが外に停めてある大型バイクを見て顔を顰める。
マイキーのドッグは村から一番離れた場所にあって、格安で借りていたのだが、前から不便だと思っていたフランシスカは、アルセム戦で大稼ぎしたウルド商会から貰ったボーナスで大型バイクを購入していた。
「その騒音が良いんじゃないか」
「フランの運転は荒すぎです。後ろに乗せてもらいましたけど、まだフラフラしていますーーあっ!」
フランシスカが肩を竦めて笑う後ろで、ベッキーが抗議の声を上げると、何もない場所で躓き転んだ。
「はははっ。そのじゃじゃ馬が気に入ってるんだよ。それで今日は何を仕留めた?」
ベッキーを助け起こしたフランシスカが、アークに質問する。
「フランクイーン……いや、オーガクイーンを仕留めてきた」
「「…………」」
アークが慌てて訂正するが、フランシスカはジト目でアークを睨み、ベッキーが信じられないといった様子で小刻みに震えていた。
「自爆」
フランシスカが拳をバキバキ鳴らしながらアークに近づく様子に、フルートは頭を左右に振ってボソっと呟いた。
「良い根性だ。1回、いや、100回程、お前のその捻くれた根性を叩き直したいと思っていたけど、丁度良い機会だ」
フルートとベッキーは、不敵に笑うフランシスカに、心の中で「うわぁ」と思いながらアークに向かって合掌。
そのアークの背後でも、言い争いを中断したマイキーとロイドが、手を合わせていた。
「フラン、チョット待て。ついうっかり言い間違えただけじゃねえか。それと、お前等も少しは助けようとする慈悲の心ってのが無いのか?」
アークが言い訳しながら、合掌する全員に向かって吠える。
だけど、毎回アークがふざけた事を言って、フランシスカが怒り、喧嘩が始まる何時もの出来事に、誰も止めようとはしなかった。
「そのうっかりに含まれている本音が悪いという事に気付け!」
言い終わるのと同時に、フランシスカがアークに向かって殴り掛かった。
「ウオッ!」
咄嗟にアークが頭を横に動かして、フランシスカの顔面右ストレートを躱すと、後ろに下がって彼女と距離を取る。
「ガチじゃねえか! 殺す気か!?」
「チッ! 相変わらず反射神経だけは、ずば抜けてる」
舌打ちしたフランシスカが軽やかなフットワークで再び殴り掛かる。
「クソ! なんでお前、女なんだよ。汚ねえぞ!!」
その攻撃をアークが喚きながら、彼女以上の身のこなしで躱していた。
「なあ、マイキーさんよ。本当にフランはあんたの娘か?」
ロイドが2人の攻防を見ながら、横に居るマイキーに尋ねる。
「死んだ嫁が二股かけてなきゃそうだろ。アイツが死ぬ時も特に何も言ってなかったから、俺の娘だと思う」
「そうか……その嫁さんに似たんだな」
「……暴力的なところは似ているな」
ロイドの言い返しに、マイキーが肩を竦めた。
そろそろマイキーが2人の喧嘩を仲裁するか考えていると、見知らぬ女性が断りもなくドックの中に入って来た。
入って来た女性は、背が低く肌は褐色。少し大きな目が幼さを感じさせる。
そして、黒髪を短くウルフカットにしている様子から、活発な印象も受けた。
「何だ?」
マイキーが目を細めて女性を見ていると、彼女は無言でフランシスカと喧嘩をしているアークにツカツカと近寄って、いきなり背後から殴り掛かってきた。
「「「「……は!?」」」」
その突発的な行動に、彼女の存在に気付いていないアークとフランシスカ以外の全員が驚く。
「いい加減に一発、喰らえ!」
「殺されてたまるか!」
フランシスカが渾身の右ストレートを繰り出し、アークはしゃがんで攻撃を避ける。
「ゴハッ!!」
「あっ!」
「……え?」
フランシスカの声にアークが振り向くと、褐色の女性がフランシスカのクロスカウンターを喰らって吹っ飛んでいた。
倒れた女性を見てアークが眉を顰める。
「……コイツ、誰だ?」
静まり返るドッグに、アークの呟く声が響いた。
気絶から回復した褐色の女性は、ベッキーから濡れタオルを受け取って顔を冷やしながら、アークに殴りかかった理由を話し始めた。
彼女の名前はナージャ。ギルドの推薦を受けて、昨日からこのコンティリーブにやってきた。
そして、彼女は今日ワイルドスワンが救った、空獣狩りのパイロットだった。
そのナージャがアークに殴り掛かった理由だが、彼女はコンティリーブに来る前の空獣ギルドで、常にランキングの上位をキープしていた。
コンティリーブでも余裕だと思っていた彼女は、狩りの初日で弱そうな空獣に殺されそうになり焦っているところを、突然現れたワイルドスワンに救われたが、敵とワイルドスワンの強さにショックを受けた。
そして、何故か感謝の気持ちよりもワイルドスワンのパイロットに、屈辱を感じていた。
ナージャは助けてもらっておきながら無線で文句を言うと、今度はアーク達に凌辱的な態度を取られて更に悔しい思いをする。
それに腹が立ったナージャは、飛行場に戻るなり、整備士にワイルドスワンの事を聞きだして、まっしぐらにこのドッグへやって来た。
「何だ、この狂犬女は……フラン。お前の妹か?」
話を聞いて呆れたアークがフランシスカに問いかけると、彼女が顔を顰めて首を横に振る。
「あのなぁ……いくら私が暴力的だと言っても、流石にここまで酷くはない」
「……自分が暴力的ってのは自覚してるのか」
アークの言い返しに、フランシスカが横目でジロリと睨む。
「棘のある言い方だな。それに、私に妹が居るかどうかは親父に聞いた方が早い」
彼女の言葉に全員の視線がマイキーに集まる。
「居ねえよ、バーカ!」
マイキーが「ケッ!」と吐き捨てて、妹の存在を否定した。
「それでこれ、どうするの?」
フルートの質問に、アークが顎に手を添えてしばし考える。
「憲兵に渡すのが手っ取り早いか?」
それを聞いてナージャが慌て始めた。
「チョット待ってくれ! 確かに悪かったと思う。だけど、私の気持ちも理解して欲しい」
「理解できるか、バカヤロウ!」
「ぐぬぬ……」
アークが言い返すと、ナージャが歯を食いしばって濡れタオルを強く握った。
「だけどよ。確かにこのガキはお前を襲ったけど、こっちに被害がなくて、逆にフランが故意じゃないないとはいえコイツをぶっ飛ばしたから、罪としてはこっちが悪い筈だぜ」
ロイドがナージャを指さして言うと、ナージャもその通りだとコクコク頷く。
「そう言えばそうだったな。フラン、お前もコイツと一緒に牢屋に行くか?」
「死ね」
アークの冗談をフランシスカが睨み返した。
「やっぱり、お前等姉妹だろ。凶暴な性格がソックリだわ……もういいや、面倒だから帰って良いぞ。それとついでだ、そのまま病院に行って、発病したヒステリーを治してこい」
アークは溜息を吐くと、ナージャに向かって追い払うように手を振った。
「……その……私もついムカッと来て……済まなかった」
ナージャは軽く頭を下げた後、この場から立ち去ろうとドッグの外に向かって歩き始めるが、数歩だけ歩くと何時の間にかドッグの外に立っている男性に気づいて足を止めた。
「ナージャ。ここで何をしている」
ドッグの外に立つ男性がナージャに声を掛ける。
その声に全員が振り向き、男性の顔を見たアークとマイキーの表情が固まった。
「まさか……ダイロット?」
アークの呟きに全員が驚き、ドッグの外に立つ男性を凝視していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます