第63話 コンティリーブの流儀
灘の森が解放される日の朝。
アークとフルートは、修理されたワイルドスワンに乗りこんで、管制塔からの離陸許可を待っていた。
「……寒くなってきた」
「何だかんだ言っても北の国だからな。秋だと思ったら、あっという間に冬が来るとか、季節が真面目に仕事をするなって言いたいぜ」
後部座席でフルートが機器のチェックをしながら呟くと、アークも修理された箇所を満遍なくチェックしながら応えていた。
ワイルドスワンは、アルセムとの戦いで修理しなければ飛べない状態になっていた。
特に問題だったのはプロペラで、アルセムのレーザーを避けたのは良いが、レーザーの放熱で一部が溶解していた。
このプロペラは、アーク達がルークヘブンに居た時に、偶然仕留めたタイガーエアシャークの素材から作られた合成鋼鉄を、ギーブがプロペラに仕上げた一品物だった。
なので、プロペラを修理をしようにも、神の整備士と呼ばれたギーブと同じレベルの板金技術が必要な上に、そもそも素材が足りないので修理は出来ず、一品物なので当然スペアもなかった。
壊れたプロペラの前で悩むフランシスカに、救いの手を差し伸べたのは、レッドフォックス社の社員達だった。
彼等はブレイズソードMk.2の納品でコンティリーブに来たのだが、一目ワイルドスワンを見ようとマイキーのドックに立ち寄った。
そこで、彼等は過去に自分達が携わったワイルドスワンと再会する。
彼等は自分達が作ったワイルドスワンが、まだ存在していて、次々とスタンピードを封じて人類の危機を救っている事を、自分の事の様に嬉しく思っていて、再会したワイルドスワンを見るなり涙を流した。
レッドフォックス社の社員達は、アークの前に立つと「ありがとう、ありがとう」と礼を言い出した。
アークが涙を流すおっさんから礼を言われて、心の中で「キメェ」と思いつつ顔を引き攣らせていると、彼等は「ワイルドスワンを修理させてくれと」と願い出る。
そこでフランシスカがプロペラの事を説明すると、彼等は「任せろ!!」と言って頷いた。
ちなみに、この後、ドックの奥からマイキーがひょっこり現れると、彼等は幽霊だと腰を抜かしていた。
そして、彼等が来てから1週間もしない内に、マイキーのドックに新しいプロペラが届いた。
このプロペラは前と同じタイガーエアシャークの素材から作られており、フランシスカが驚いていると、前のプロペラはルークヘブンでアークが仕留めたタイガーエアシャークの素材を、レッドフォックス社が購入して加工、その一部がギーブに流れに流れてプロペラになった事を説明した。
しかも、彼等は修理代金も半額で良いと言い、それを聞いたベッキーが大はしゃぎしていた。
アークがプロペラの事を考えていると、フルートが話し掛けて来た。
「ところで、冬の間はどうするの?」
「どうするもこうするもアレックスが言うには、冬は積雪で滑走路が使えねえらしいぞ。空獣も寒さに震えるのを利用して、マスでもかいてるに決まってる。て事は、金のある奴は南に行って女と一緒にベッドの上で激しくドッグファイトを繰り広げるし、金のねえ貧乏人は寂しくエロ本を見ながら股間を乾布摩擦して、護衛の仕事でもするんじゃね?」
そうアークが答えると、彼女は眉間にシワを寄せて汚物を見るかの如く彼を睨んだ。
「普通の会話に下半身ネタぶっこむアークさん。私達も冬の間は南にでも行くの? もし、行くならルークヘブンに行きたい」
フルートの質問に、アークが肩を竦める。
「スマンがこれが地だ、別に楽しんでねえ。ルークヘブンか……妊娠プレイには興味はねえが、俺もマリーの顔と腹は見に行きたいな。ついでに子供の事を内緒にした理由も聞きてえ……これはガチで聞きてえ」
アークが溜息を吐いてから話を続ける。
「だけどなぁ……狩りに出ない間、マイキーがワイルドスワンを弄りたいらしい。フランもその考えに賛成していてね。そいつに俺も付き合う予定だ」
「……妊娠プレイって、アークが妊婦になるの?」
フルートの質問に、アークが笑いを堪える。
「フルートさん。そいつはチョット、いや、かなりアブノーマル過ぎやしませんか? 発想に惚れちゃうね」
「アークには負ける」
「もちろん負けねえよ。まあ、妊娠云々は忘れて、ルークヘブンに行きたきゃ行ってもいいぞ。ワイルドスワンで国外線が出る飛行場までは飛ぶから、旅客機でルークヘブンに行けばいいし、日程を決めれば飛行場ぐらいまでなら送り迎えぐらいするぞ」
「ん……考えとく」
2人がチェックし終わると、管制塔から無線が入ってきた。
『ワ・イ・ル・ド・ス・ワ・ン・カッ・ソ・ウ・ロ・ヘ・イ・ド・ウ・セ・ヨ・ソ・レ・ト・フ・ル・ー・ト・チャ・ン・コ・ン・ド・デ・ー・ト・ヨ・ロ・シ・ク(ワイルドスワン、滑走路へ移動せよ。それと、フルートちゃん今度デート宜しく)』
管制塔からの離陸許可に、フルートが無言で返信する。
『ク・サ・レ・シ・ネ(腐れ死ね)』
「アーク。離陸許可が出た」
「あいよ」
アークはワイルドスワンを滑走路へと移動させると、速度を上げて空へ飛び立った。
「今日からまた灘の森?」
コンティリーブから東へ飛んで堆を移動中、フルートが尋ねると、アークが肯定の意味で右手を上げてヒラヒラさせた。
「その予定。解禁初日だから、大物を仕留めねえとベッキーが文句言ってくるぜ。アイツ、大人を犯罪に誘う幼女スマイルで、「あら? アークさん。今日は調子悪かったんですか? 期待してたのに残念です」とか平気な顔で言ってくるからな……そいつは、ベッドの上で彼氏に向かって言え」
「経験がないから知らないけど。ベッドでそれを言ったら、相手は元気になるどころか逆に落ち込むと思う」
「……さもあらん」
アークが肩を竦めて笑うと、ワイルドスワンをさらに東へと飛ばして、灘の森へと入った。
そして、灘の森に入ると、ワイルドスワンがジグザクに飛行して、空獣を誘い始める。
「そう言えば、ここの森の中は入らないの?」
後部座席と機銃を後方に移動させて空獣を待つフルートが、背中越しに質問する。
「随分とノリノリじゃねえか。フルートも穴に何かを入れたいお年頃か?」
「時々アークと会話をしていると、アークを穴に埋めたい衝動に駆られる時がある」
その皮肉に、アークが体を震わせて怖がるふりをする。
「一体、何のプレイだよ。下半身がおっ立つどころか、キュッとなったぜ。それで、先ほどの回答だ。ここは普通に誘っても強敵が出るんだ。普通に稼げるのに森の中に突っ込む必要なんてないだろ。俺だって性病抱えた美人の女と健康な普通の女、どちらか選べと言われたら健康な女を選ぶぜ。まあ、円卓にファナティックが現れたらランクキング1位と2位を狙うから、森の中に入るならその時だな」
「今回の円卓はパス?」
「そうだな。円卓に現れたのはデスガルフで
「確かに、稼ぎ過ぎると批判もあ……」
「来たぞ!!」
フルートが話しているのを遮りアークが叫ぶと、ワイルドスワンを急旋回させる。
フルートが気を持ち直して空獣を待ち構えていると、森の中から巨体な人型空獣が現れた。
「オーガクイーン!」
「フランが来た!」
フルートが報告すると、オーガクイーンをフランシスカに揶揄したアークが叫んだ。
「それ、後で報告するから宜しく!!」
「チョット本音がポロっと出ただけだって。マジ、やめて、殺される!!」
空獣オーガクイーン。
オーガキングと並ぶ、オーガ系最強空獣。雄型が多い空獣の中で珍しい雌型。
全長は15m前後。オーガロードと同じく額から角が生え、肌は赤紫色をしている。
攻撃は手から放たれるファイアーボールに、オーガ系で1番の飛行速度を生かした接近攻撃をしてくる。
コンティリーブの灘の森にしか生息せず、魔石、固い皮膚、角、生殖器はセリで高額取引される。
森から現れたオーガクイーンに、フルートがけん制のガトリング砲を放つ。
その攻撃をオーガクイーンが機動力を生かして、横に素早く移動して躱すと、反撃に手からファイアーボール作り出して、ワイルドスワンに向けて放った。
「アーク。来るよ!」
「おっと!」
アークが左に旋回途中だったワイルドスワンを、右へロール回転させる。その直後、ファイアーボールが機体のすぐ横を横切った。
機体を右45度上に傾けた状態で上昇を続けて180度ループをすると、機体を捻ってシャンデルを決める。
ワイルドスワンが上昇で速度が落ちている間、オーガクイーンはワイルドスワンに接近して、機体のすぐ傍まで接近。
アークは殴り掛かろうとするオーガクイーンを、急旋回のブレイクで躱した後、機体を不規則に左右へ急旋回を繰り返し、シザーズで連続攻撃を回避した。
「今!」
オーガクイーンが照準に入るなり、フルートがガトリングのトリガーを押す。
放たれた弾丸がオーガクイーンの体に命中すると、オーガクイーンが悲鳴を上げて飛行速度が落ちた。
敵との距離を開けたワイルドスワンが速度を上げて宙返りして、後方に回り込もうとする。
宙返り中にオーガクイーンが振り返ると、拳を振り上げ正面からワイルドスワンに襲い掛かって来た。
「間に合わない!」
機動力の速いオーガクイーンに機銃の回転が追い付かず、フルートが顔を顰める。
「正面に誘導する」
「了解」
アークが操縦桿を倒してワイルドスワンを捻ると、正面から殴り掛かって来たオーガクイーンの拳を、バレルロールで回避した。
横をすり抜けたワイルドスワンを追い掛けて、オーガクイーンが襲う。
アークはワイルドスワンを上昇させて逃げるふりをすると、再びバレルロールをしながら左右に急旋回を繰り返す、ヴァーティカルローリングシザースでオーガクイーンを混乱させて、敵の攻撃から振り逃げる事に成功した。
続けてスプリットSの要領で逆宙返り。あっという間に、ワイルドスワンをオーガクイーンの正面に向けた。
「上手い!」
「いつも戦っているからな!」
フルートの声にアークがニヤリと笑う。ちなみに、いつも戦っている相手はフランシスカ。
フルートがガトリングをオーガクイーンに向けて放つ。
20mmの弾丸を浴びたオーガクイーンが怯んでいる間に、ワイルドスワンが機体を上に向けて上昇していた。
「何時も女だからと、調子こいてんじゃねえぞ!!」
アークが叫んで、オーガクイーンの真上で機体を反転。地上に機首を向けるとワイルドスワンを急降下させる。
上空を見上げるオーガクイーンに、フルートが頭部目がけて弾丸を放った。
鉛の雨が降り注ぎ、弾丸を浴びたオーガクイーンが身を捻らせる。
眼球、鼻、口の中へと弾丸が突き刺さり、オーガクイーンは顔を歪ませて、その命を終わらせた。
「……修理後の初実践だったけど、完璧だな」
オーガクイーンの死体を回収した後、アークが満足気に頷く。
その後ろでは、フルートがジト目になってアークを見ていた。
「それよりも、さっき、どさくさに紛れて、アークが言ったセリフが気になる」
「え? 俺、何か言った?」
「自覚がないのがさらに酷い……」
フルートは頭を左右に振ると、溜息を吐いた。
コンティリーブへの帰還中、ワイルドスワンが堆の荒野を飛んでいると、複数の空獣と戦う1機の戦闘機が見えてきた。
「ん?」
「お?」
それに気づいたアークとフルートが目を凝らして確認する。
戦闘機は4匹のセルハブラと戦っているが敵の数に押されて、セルハブラの腐食液の攻撃で、機体の数か所が溶けていた。
「アーク。あれは助けないと落ちる!」
「分かってる」
アークはフルートに答えると、ワイルドスワンの速度を上げて救出に向かった。
戦闘機を追い駆けるセルハブラの後方上空から、ワイルドスワンが急落下で迫る。
フルートが機銃を放ち、2匹のセルハブラの命が消えた。
ワイルドスワンはそのまま集団を下に抜けて逆宙返りを開始。その途中で180度ロールして機体を水平に戻すと、半宙返りをしてから、再び180度ロール。インメルマンターンでセルハブラの後方に張り付いた。
「攻撃中で油断している奴を倒すのは、スカッとするねぇ」
「さすが、卑怯が大好きアーク君」
目の前のセルハブラを狙いながら、フルートが冗談を返す。
「フルート先生、チョット違うぜ。攻撃する時は同時に自分が攻撃される可能性があるって事を、体に叩きこんで教えてやってるんだ。俺からしたら、恨まずに感謝して欲しいぐらいだぜ」
「捻くれた愛情は誰も理解できないし、感謝しない。ストーカーと同じ心境だと思う」
2人が冗談を言いながらも、セルハブラを1匹撃墜する。
最後の1匹は戦闘機を追うのをやめて逃げようとするが、ワイルドスワンから逃げる事が出来ず、仲間と同様にガトリング砲の餌食となった。
宙に浮くセルハブラの死体に、フルートが首を傾げる。
「この死体はどうするの?」
「あのパイロットにくれてやろうぜ。多少は修理代になるだろ」
「お釣りがくるとおもうけど……」
フルートが破損が激しい戦闘機のパイロットに無線で連絡を入れる。
『コ・チ・ラ・ワ・イ・ル・ド・ス・ワ・ン・ヒ・ウ・コ・ウ・ジョ・ウ・マ・デ・モ・ド・レ・ル・カ(こちらワイルドスワン。飛行場まで戻れるか?)』
『ヨ・ケ・イ・ナ・マ・ネ・ハ・ス・ル・ナ(余計なマネはするな)』
返信文を見てフルートが眉を顰める。
「どうやら余計なお世話だったみたい……」
それを聞いたアークも無線の内容を見て、フルートと同じく眉を顰めた。
「随分とプライドの高い空獣狩りだな。コンティリーブに来たばかりの新人か?」
「アルセムが倒れてから、人員の補充にダヴェリールの各地から優秀なパイロットを集めたって、トパーズさんが言ってたし、そうかも……」
それを聞いたアークは「うむ」と頷くと、悪戯を思いついた様な笑みを浮かべる。
「それじゃチョットだけ、コンティリーブの流儀ってヤツを教えてやるか」
「……ご自由に」
相手の対応に少しだけイラっとしていたフルートも、窓に反射して映るアークの笑みに肩を竦めた。
アークはワイルドスワンを動かすと、お互いの顔が見えるぐらいまで、ボロボロの戦闘機の横へ接近する。
さらに、機体を180度ロールすると、相手の戦闘機の真上に移動した。
そして、下に見えるパイロットに向かって、アークが笑いながら中指を立てる。
その後ろでは、フルートがパイロットに向かってアッカンベーをしていた。
唖然としているパイロットを余所に、ワイルドスワンは水平に戻して前へ移動する。
翼を上下に揺らして戦闘機に挨拶をしてから、コンティリーブに向かって飛び去った。
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