第62話 フルートの手紙

 アルセムとの闘いが終わってから2カ月が過ぎ、コンティリーブ周辺も秋の訪れを迎えていた。

 スタンピードの脅威に晒されていたコンティリーブの村は、少しづつ従来の生活を取り戻していたが、2カ月の間に様々な問題も発生していた。




 1番の問題は何といっても、ウルド商会とダヴェリール商人達との確執だろう。

 スタンピードを恐れて逃げ出したダヴェリールの商人達が、アルセムが倒されたと聞いて戻ると、市場が外資のウルド商会に独占されていて彼等は驚いた。

 しかも、ダヴェリールの商人達が逃げ出した時に、空獣ギルドのトパーズがブチキレて、彼等のセリの許可をはく奪していた。

 この状況に慌てたダヴェリールの商人達は、トパーズに直談判して謝罪したが、1番必要とされている時に逃げ出した彼等を、彼女は冷たい目で見ていた。

 トパーズはダヴェリールの商人達を追い払いたかったが、ウルド商会と僅かに残った商人だけでは狩った空獣を捌ききれないし、ダヴェリールの法律では、大手による市場の独占が禁止されていたため、彼女は仕方なく彼等のセリの参加を認めた。

 それを聞いて、彼等は内心では憎たらしい笑みを浮かべて感謝していたが、彼女も彼等に対して心の中で嘲笑ってた。


 彼女はダヴェリールの商人達が戻ってくる前に、ウルド商会支店長のベッキーとアレックスに相談して、ダヴェリールの商人を懲らしめようと計画していた。

 まず、3人は、アレックスが紹介する信用出来る腕の良いパイロットを、一時的にウルド商会と専属契約させた。

 もちろん強制加入はしてないし、嫌なら何時でも辞めて良い契約だったが、彼等も逃げ出したダヴェリールの商人達に腹が立っていて、何時でも契約解除出来るという契約を聞いて、アルセムとの戦いで戦闘機を失ったパイロット達を中心に、殆んどのパイロットがウルド商会と専属契約を結んだ。

 その結果、専属契約をしたパイロット達が狩る空獣は、ウルド商店がセリの前に、ギルドトパーズが決めた格安価格で独占購入していた。

 コンティリーブのセリに出るのは、儲けにならない空獣の素材ばかりで、ダヴェリールの商人達は頭を抱え、逆に村に残っていた零細商人達は、ウルド商会からほぼ定価で仕入れる事が出来たので、利益を順調に上げていた。

 ウルド商会の今年度の売り上げが前年度の3倍となると確定した状況に、社長のオッドは賭けに勝ったと、わがままボディーをタプタプさせて大喜びし、ベッキーとフランシスカも臨時特別ボーナスを貰って喜んでいた。




 そして、ウルド商店は、契約したパイロットから素材を格安購入する代わりに、レッドフォックス社製の最新鋭試作機ブレイズソードMk.2を、アルセム戦で戦闘機を失ったパイロット達に、レンタルまたはリース契約で、貸し出す事で還元していた。


 そのレッドフォックス社製のブレイズソードMk.2だが、実は商会が購入する理由にワイルドスワンが絡んでいた。

 最初、ウルド商会はダヴェリールに本社を持つダイアンR社の戦闘機を購入しようと考えていた。

 だけど、ダイアンR社は、過去にライバルだったグランフォークランド社製のワイルドスワンが活躍した事に難色を示して、大量購入にも関わらず価格をあまり引き下げなかった。


 逆にダイアンR社とは逆に名乗りを上げて飛びついたのが、元グランフォークランド社の多くの社員が再就職した、レッドフォックス社だった。

 元グランフォークランド社の社員達は、ワイルドスワンがアルセムを倒したというニュースを見た瞬間、涙を流して喜んだ。

 実は彼等は、ルークヘブンでワイルドスワンがワイバーンを討伐したニュースを読んで以降、ずっとワイルドスワンを探していた。

 彼等が必死に探す理由。それは、政治的に潰され、開発主任が殺され、廃棄処分されていたと思っていたワイルドスワンに、今だ彼等は魅了されていたからだった。

 アークがその話を聞いた時、「さすがギーブのお仲間だ。戦闘機を女と勘違いしている頭のおかしな連中ばかりだ」と呆れていた。



 まあ、アークの事は放っといて、彼等は新聞でワイルドスワンがアルセムを倒した記事と、ワイルドスワンが関わっているウルド商会が、戦闘機の大量購入を考えているという記事を読むと、新聞片手にレッドフォックス社の社長室に詰め寄って、最新鋭試作機のブレイズソードMk.2を、今すぐウルド商会に格安で売れと、社長に迫ったらしい。


 このブレイズソードMk.2は、前作ブレイズソードの改良版で、安定性は前作に劣るが高機動を売りにしながらも重火器の運用が可能で、玄人向けの戦闘機だった。

 そして、元グランフォークランド社の社員が設計し開発した事もあり、ワイルドスワンの設計思想が、この戦闘機に生きていた。

 レッドフォックス社の社長は、この戦闘機がコンティリーブのベテランパイロット達と相性が良いと判断して、格安でウルド商会に売却した。

 ダイアンR社の戦闘機に慣れていたコンティリーブの空獣狩りのパイロット達だが、最初のうちは慣れない機体に悪戦苦闘していたけど、次第にその機動性と十分な火力が気に入って、ダイアンR社から乗り換えるパイロットが増えていた。


 余談だが、戦闘機をコンティリーブに運んだ際、一目ワイルドスワンを見ようとレッドフォックス社の社員がマイキーのドックに押し寄せると、そこで過去にワイルドスワンの設計に大きく関わっていたマイキーが居るのを見つけて、彼が生きていた事に驚いていた。

 彼等はマイキーに顧問として会社に来てくれとお願いしたが、彼は面倒くさいと断る。

 それでも、彼等は何とかマイキーを説得して、彼が暇な時に設計した発明品を見せてもらった。

 そのマイキーは、ブツブツと文句を言っていたが、その顔はどこか嬉しそうだった。




 アルセムを倒した後、コンティリーブの外でも色々と問題があった。

 特にダヴェリールが……。


 まず頭を抱えたのは、ダヴェリール空軍だった。

 アルセムとの戦闘で死んだ兵士が、生き返って戻ってきたけど、空軍の上層部は死んだ彼等を二階級特進させて、遺族に弔慰金を支払っていた。

 しかも、失った人員の補給に、パイロットを大量雇用していた。

 その結果、ダヴェリール空軍は大量の兵士を抱えて、軍の予算が圧迫する羽目になっていた。

 空軍の上層部は、二階級特進させた兵士を直ぐに元の階級に戻したが、既に支払った弔慰金を回収するのは無理だった。

 そこで、弔慰金を取り返さない代わりに、生き返った兵士の給料を下げて帳消しにしようとしたが、それに兵士が反発した。

 彼等はアルセム戦で上層部の作戦ミスと指示のミスで死んだ事を忘れておらず、上層部が責任を取らないで、自分達の給料が下げられるのに不満を感じ、大勢の兵士が退職した。

 さらに、ダヴェリール空軍は、退職する彼等に退職金は弔慰金で払ったからと、退職金を渡さなかったので、雇用した新人パイロット達の士気を削いでいた。

 アルセム戦で失った戦闘機の購入もする必要もあり、ダヴェリール空軍は金と人材を多く失っていた。




 次に頭を抱えたのはダヴェリール政府だった。

 事の発端は、ベッキーがスヴァウトアルフの友人に送った1通の手紙だった。

 その手紙にはコンティリーブの現状の他に、ベッキーが食べたフルフル料理がすごく美味かった事が書かれていた。

 ちなみに、これは作戦ではなく、ただのベッキーの自慢だった。

 趣味と仕事を両立していた食レポジャーナリストの彼女は、その手紙を読んで、スタンピードよりも、一生に一度食べられるかどうか分からないフルフル料理に興味が沸いてしまった。

 コンティリーブの現状? 遠い異国の地に興味ないです、はい。


 彼女の名前はナタリーと言って、ベッキーとは美味しい物を一緒に食べ合う仲らしい。

 これは現地に行かないと食べれないと思ったナタリーは、出版社の文化部編集長に手紙を見せて、コンティリーブに出張したいと願い出る。

 編集長の顔を伺う彼女とは逆に、手紙を読み終えた編集長は特大スクープに仰天すると、口をあんぐりと開けて手紙を持つ手が震えていた。

 編集長は、すぐに政治経済部の編集長を呼んで手紙を見せると、彼も驚き、慌てた様子で編集室を出て行った。

 その様子にナタリーが「え? え?」と驚いていると、先ほど出て行った政治経済部編集長が編集室に戻って来て、現地人とコネのあるナタリーに向かって、今すぐコンティリーブに行ってスタンピードの情報を持ってこいと、出張命令を出した。

 それでナタリーは、よく分からないまま政治経済部から派遣された記者と一緒に、コンティリーブに向かう事になった。


 コンティリーブに行った2人は、アルセムによってダヴェリール空軍が壊滅して、商人も逃げ出し、食料も一部が不足。このままだとスタンピードが発生して、第五次空獣大戦が始まる可能性があると記事にしてスヴァルトアルフに送った。


 余談だが、ナタリーは経費でフルフルを食べて満足していた。もちろん、食レポとして記事にしたが、その記事で予算オーバーが見つかり、後で編集長に怒られる事になる。


 現地の2人が送った記事を見た出版社は、新聞にデカデカと「ダヴェリール国、スタンピードの発生を隠蔽」と記事を載せた。

 すると、その記事を読んだスヴァルトアルフの市民が驚き、慌てて政府に向かって、何とかしろと迫った。

 そして、市民の他にも新聞の記事を読んで驚いていたのが、アークが面会したマクリガン公爵だった。

 彼はスタンピードの危険性を誰よりも知っていて、ダヴェリール軍の現状も把握していたため、すぐに彼の元上司のリチャード元帥に相談に向かう。

 リチャード元帥も既に新聞の記事を読んでおり、マクリガン公爵と面会した時には、ダヴェリール国へのスヴァルトアルフ空軍の派遣を既に決めていた。

 彼は世論を理由に政府を動かした後、予備兵から人員を確保すると、ダヴェリールの許可を待たずに、空軍をコンティリーブに派遣した。

 実際に彼等が来なかったら、アルセムを倒せずスタンピードが発生していた可能性があったので、この2人の決断は人類を救ったとも言える。


 そして、逆に困ったのが、ダヴェリールの政治家と、彼等とべったりだったジャーナリストと言うのもおこがましいダヴェリールの新聞記者だった。

 元々、ダヴェリールは周辺諸国から軍備支援をする代わりに、スタンビードの前兆を報告する義務があった。

 しかし、彼等は自国の空軍がアルセムに敗北した事を恥と考え、新聞記者達にも記事にするなと脅迫していた。

 さらに、コンティリーブの商人達にも同じ様に脅して、噂が広まるのを押さえ、コンティリーブを見捨てるつもりだった。

 それが、アークのただの思い付きによる企みで、外国に情報が洩れ、さらにスヴァルトアルフの空軍がアルセムを倒したと知って、彼等は大いに慌てた。

 ちなみに、アークは昔から振り掛かった火の粉を払う時、その払った火の粉が大火災を起こすのだが、本人に罪の自覚はない。


 アルセム討伐後、ダヴェリール政府はスヴァルトアルフだけではなく他国からも、予算を貰いながら報告の義務を怠った説明を求められ、言い訳出来ない政府は、ひたすら謝罪するだけだった。

 当然、謝罪だけでは許されず。ダヴェリール政府は、他国からの圧力で、今まで私利私欲で政治を怠った貴族議員を大幅粛清した。

 さらに、スタンピードの予兆があった際は、他国の軍隊の国内軍事進行権を無条件で許可する事になった。

 そして、ダヴェリール政府が1番痛かったのは、空獣素材の輸出の関税率引き下げだった。

 これで今まで空獣素材の輸出で利益を上げていたダヴェリール政府は、一気に収入が減る事になる。

 そして、関税率引き下げを聞いて一番喜んだのは、ウルド商会なのは、言うまでもない。



 最後に、アルセムが死んだ後のスタンピードの状況だが……。

 灘の森に居た災害級に近い空獣達は、所有者が居なくなった白夜の円卓の覇権を求め、互いに殺し合いを始めていた。

 この状況は当分の間続き、収まる頃には白夜の円卓に新たな支配者が生れ、周りの灘の森に災害級の空獣は居なくなると予想されていた。

 ギルドは落ち着くまで灘の森の侵入を禁止し、パイロット達も大人しく堆や礁で狩りをしていた。




「……疲れた」


 フルートがペンを置くと、自分の右肩を揉む。

 2日前に、突然スヴァルトアルフで会ったナディアから手紙が届いた。

 手紙には、自分の近状報告と、彼女の父親のシェインから聞いたアルセムの話。それと、悪役令嬢をネタにした短編小説が手紙6枚分書かれていた。

 そして、手紙の最後に小説のネタが欲しいから、コンティリーブの事を教えて欲しいと書いてあった。

 ちなみに、ナディアが書いた短編小説は、ざまぁテンプレのありきたりな小説で、読んだフルートは本にするには独自性がないと思った。


 フルートはナディアへの手紙に、コンティリーブに来てからの事をつらつらと書いた。

 特に考えなしに今までの事を時系列で書いた結果、数十枚になった手紙を見て、書き過ぎたと後悔する。

 卓上の時計を見れば、もう寝ている時間をとうの昔に過ぎていて、手紙をしまうとベッドの上で横になった。


 ギルドからの報告によると、白夜の円卓は新たな支配者が決まったらしい。

 残念ながらオッドから依頼されているファナティックスではなかったが、白夜の円卓の覇者が決まって灘の森にも災害級の空獣が減った事で、明日から灘の森が解放される。


 明日からまた忙しくなると思いながら、フルートは目閉じて眠りに就いた。

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