第61話 破壊と再生の光

 白夜の円卓の中で、アルセムがワイルドスワンを追い駆け回す。

 1匹と1羽の速度は時速800km/hを超え、広い白夜の円卓が狭く感じるほどだった。


 アルセムが音速を超えてワイルドスワンに急接近すると、ワイルドスワンを粉砕しようと腕を振り上げる。

 その腕を狙って、フルートがガトリングのトリガーを押す。

 放たれた弾丸が腕の付け根に命中すると、振り下ろされた腕はワイルドスワンに当たらず、空を切り裂いた。

 その隙にアークがワイルドスワンの進路を変えて距離を稼ぐ。


 この様な緊迫した攻防が5分以上続き、アークとフルートの精神はゴリゴリと削られていった。




 ワイルドスワンを追い駆けるアルセムが突然追うのを止めて、空中で留まる。

 その様子に、フルートが拡散レーザーが来ると予想した。


「アーク!!」

「分かってる。ぶっかけはお断りだ、クソ野郎! 生まれ育ったババアのケツに出せ!!」


 アークは叫び返すと、ワイルドスワンを全速で飛ばしてアルセムから離れ始めた。

 一方、アルセムはワイルドスワンを見据えると、全身から光が溢れだす。

 その激しい光に、アルセムを見ていたフルートが、眩しさのあまり目を細めた。

 さらに、アルセムが両前足を延ばして、足の間の空間に光の一部を集束させる。そして、集束した光をワイルドスワンに向けた。


「前のと違う!」

「知らん! イカれた神にでも祈ってろ……うおりゃ!!」


 直感で死を感じたアークが、ワイルドスワンを減速させる。

 その直後、アルセムから直径10mにもなる光のレーザーが、ワイルドスワンの前を通り過ぎて、宇宙へと光の直線を描いた。

 続けてアルセムから拡散されたレーザーが放たれて、ワイルドスワンに襲い掛かる。


「クソ!」


 悪態を吐き捨ててアークが操縦桿を左へ倒し、ワイルドスワンが左へ旋回する。

 その旋回中のワイルドスワンの左翼の先端を、細いレーザーが撃ち抜いて穴を開けた。


「光が追って来る!!」


 フルートの見る先では、最初に放出された太いレーザーが今だ光を放ち、ワイルドスワンに向かって移動していた。


「射精が長げえ!!」


 アークが怒鳴って、操縦桿、アクセル、ブレーキ、ギアを同時に操作する。

 すると、ワイルドスワンがふわりと高度を上げて突然減速し、半ループして機体を捩じらせると、走高跳の様にレーザーの上を背面で通り抜ける。

 そこからさらに180度ロール旋回。インメルマンターンで逆方向に旋回すると、今度はレーザーの下を潜り抜けた。


「す……凄い」


 絶体絶命の状況下で神技ともいえるアークの曲芸飛行に、フルートが現状を忘れて驚いた。




 アルセムの体から光が消えて、白夜の円卓に静けさが戻る。

 ワイルドスワンの機体は、集束したレーザーの放熱でプロペラに異常が発生していた。さらに尾翼の一部が欠けて、左翼にも穴が開いており、飛べているのが不思議なほど損傷が激しかった。


「見て、アルセムが……」


 フルートの声に、一息入れていたアークがアルセムに視線を向ける。

 そのアルセムは、回復能力を一時停止して最大攻撃を出した代償に、塞がった傷が開いて、全身から血を滴らせていた。


「射精のし過ぎでテクノブレイク寸前か? 俺もその気持ちは分かるぜ」


 マリーベルと付き合っていた頃を思い出してアークが呟いていると、突然、無線機が受信して文字を表示した。


『コ・チ・ラ・ス・ヴァ・ル・ト・ア・ル・フ・ショ・ゾ・ク・ダ・イ・2・ダ・イ・ブ・タ・イ・オ・ウ・エ・ン・ニ・キ・タ・イ・キ・テ・ル・カ・?(こちらスヴァウトアルフ所属第2大部隊。応援に来た。生きてるか?)』


「スヴァルトアルフ!!」

「うおぉぉぉ! ベッキーがやりやがった!!」


 フルートが驚きスヴァルトアルフの名を叫べば、アークも片手を上げて雄叫びを上げた。




 無線の連絡が入って直ぐに、スヴァルトアルフ軍の戦闘機が続々と白夜の円卓に現れた。

 フルートが攻撃を中断させると無線を打ち、彼等に現状を伝えると、アルセムからレーザー攻撃が来ない事を知ったスヴァルトアルフ軍の大部隊はアルセムを取り囲む。

 そして、逃げ道を失くしたアルセムに、スヴァルトアルフが波状攻撃を開始。

 本来ならば拡散レーザーを放って蹴散らす筈のアルセムは、ワイルドスワンとの死闘で体力を使い切り、飛ぶことすらままらなず四方から弾丸を浴びていた。


 戦闘から離れた空で、フルートは一方的にやられるアルセムを見ながら、複雑な表情を浮かべていた。


「最後にしてはあっけなかった」

「そうか? まあ、そうだな……ん? どうした?」

「あれだけ戦ったんだから、最後は私達で倒したかった……のかな?」

「あの泣き虫だったフルートも、立派な空獣狩りになったなぁ……」

「おかげで、大事な何かを失った」

「人は何かを得ようとするときは、大事な何かを失うものさ。例えば……純情、純潔、純愛……」

「絶対に、全部取り戻す!!」


 アークの冗談に、フルートが握り拳を高々と上げて宣言した。


 2人が冗談を言い合っている間も、アルセムは一方的に攻撃を受け続け、ついに飛ぶ力も失せると地上に倒れた。

 そして、最後に空を飛ぶ白鳥を見ると、小さな鳴声を出して、その命を終わらせた。


「終わったな」

「うん」


 アルセムの最後を見届けた2人が、心の中でアルセムの冥福を祈る。

 すると、彼等の祈りが通じたのか、アルセムの死体は淡く光ると、光の粒子になって、風に吹かれて草原へと消えていった。


「……金にならねえ空獣だ」


 アークが無粋な事を言って肩を竦める。

 だけど、アルセムから目を離して、地上を見ていたフルートはそれどころではなかった。


「あそこ見て!! ロイドさんが生きている! それだけじゃない、他の人も生きてる!!」

「はぁ? ……マジで!? ……マジだ」


 アークも地上を見て驚き、口をあんぐり開ける。

 2が見ている地上ではロイドだけではなく、アークも知っているコンティリーブのパイロット達が、不思議そうな表情を浮かべて草原に立っていた。

 その奇跡の光景に、ワイルドスワンだけではなく、スヴァルトアルフの軍人も驚き、無線が飛び交っていた。


「まさか……アルセムから出た粒子が、生き返らせたのか……」

「あの再生力なら、あり得るかも……」

「ゾンビだったら泣けるな」

「その時は、本当に泣いて良いと思う」


 アークの冗談にフルートが真面目に答える。


「ゾンビでも幽霊でも、生きてれば何でも良いや。いや、ゾンビは生きてないのかな? まあ、円卓なら次の空獣が現れるまで安全だし、今すぐコンティリーブに戻って輸送機を呼ぶぞ」

「うん!!」


 ワイルドスワンとスヴァルトアルフ軍で無線を交わした結果、燃料がギリギリのワイルドスワンが輸送機を呼ぶ為にコンティリーブへ戻り、スヴァルトアルフ軍は、何かあった時の為にここで留まり地上の人間を守る事にした。

 スヴァルトアルフ軍から帰還命令を受けたワイルドスワンは、機体を振って彼等に別れを告げると、白夜の円卓を飛び出してコンティリーブに飛び去った。




 ワイルドスワンがコンティリーブに向かって飛んでいると、こちらに近づくアレックス達の戦闘機が見えてきた。


『ド・ウ・ナッ・タ・?(どうなった?)』


 アレックスからの通信に、フルートが返信を打つ。


『ア・ル・セ・ム・ヲ・タ・オ・シ・タ・ラ・ヨ・ミ・ガ・エッ・タ(アルセムを倒したら蘇った)』

『タ・オ・シ・タ・ノ・カ・タ・オ・シ・テ・ナ・イ・ノ・カ・ハッ・キ・リ・シ・ロ(倒したのか倒してないのかハッキリしろ!)』


 どうやら、アレックスはアルセムが蘇ったと勘違いしたらしい。

 説明が面倒くさくなったフルートが「疲れているから帰ったら教える」と返信して後は無視した。


「信号を自動で文字に変換するのは助かるけど、疲れている時は使いたくない……」


 フルートが通信機を睨みながら呟く。


「そのセリフは、全ての通信兵に喧嘩を売ってるな」

「どうせロイドさん達が生き返ったって送っても信じないと思う」

「……さもあらん」


 それでもアレックスがしつこく問い合わせてきたから、フルートに替わってアークが「アルセムを倒したら、パイロットが生き返った」と送ると、アレックスから冗談は止めろと返信が返ってきた。


「……無視して帰ろう」

「……うん」


 フルートの言った通りの展開になった事から、2人はアレックス達を放っといてコンティリーブに向かった。




『コ・チ・ラ・ワ・イ・ル・ド・ス・ワ・ン・チャ・ク・リ・ク・キョ・カ・ヲ・モ・ト・ム(こちらワイルドスワン着陸許可を求む)』


 フルートはコンティリーブの管制塔に着陸の許可を求めるが、相手からの応答が来なくて首を傾げる。

 再度着陸の許可を送信しようとしたタイミングで、管制塔からの返信が来た。


『オ・ツ・カ・レ・サ・マ・ヨ・ク・イ・キ・テ・カ・エッ・テ・キ・タ・ナ・カ・ン・ゲ・イ・ス・ル(お疲れ様。よく生きて帰って来たな。歓迎する)』


 その返信文に、フルートが眉を顰めた。


「信じられない……ここの管制塔が真面目に答えてる」

「この野郎。一発逆転のギャンブルで、俺達が生き残る方に賭けやがったな」

「……なるほど」


 コンティリーブの滑走路にワイルドスワンが着陸すると、フランシスカ、マイキー、ベッキー、ギルドからはトパーズ。それと、スヴァルトアルフのシェイン・キナがコンティリーブに来ていて、全員が慌てた様子でワイルドスワンに集まって来た。


「アーク、どうなった? お前等だけ残ってアルセムと戦っていると聞いたが、倒したのか?」


 フランシスカが飛び掛かるかの如く問い詰めて来たから、思わずアークが身構えた。


「それよりもトパーズさん。輸送機を今すぐ円卓に送って!!」


 トパーズがフルートの話に首を傾げる。


「フルートにゃん。どういう事なのかにゃ?」

「アルセムを倒したら、死んだ人達が生き返ったの!」


 それを聞いたトパーズが、アークに振り向いて、いきなり睨んできた。


「アーク!! 一体、フルートにゃんに何をしたにゃ。フルートにゃんが現実を見れなくなったにゃ!!」

「キレる理由が予想外で、驚きだわ……」


 トパーズに責められ、アークが天を仰いで呆れる。


「久しぶりだな、アーク君にフルート君」

「シェインさん、久しぶりです」


 話し掛けて来たシェインに、アークとフルートが頭を下げる。


「取り敢えず、どうなったかだけでも教えてくれないか? こっちも世論に押された上司からの命令で、空軍を慌てて出したんだ。報告をキチンと出さないと、貴族連中から軍縮される」

「もちろん。シェインさんの給料のためにも、ちゃんと説明しますよ」


 2人は、アルセムを倒した事、倒したら死んだ人間が生き返った事を説明すると、アルセムを倒した事に関しては納得したが、死んだ人間が生き返ったという話は信じていない様子だった。

 だけど、その説明が終わったタイミングで、帰還したスヴァルトアルフの軍人が彼等の前に現れる。

 そして、シェインに敬礼した後、白夜の円卓に生存者が大勢いる事を話すと、2人の話が本当の事だと知って、全員が慌てた。


 トパーズは「輸送機を用意するにゃ!」と叫ぶと、ベッキーにも協力を頼んで、慌ててギルドに戻って行った。

 ベッキーも「うちの輸送機のパイロットに頼んできます」と言って慌てて走り出した途端、転んでいた。


 アークとフルートが慌しくなった彼等を眺めていると、2人の肩に手が掛けられる。

 2人が振り向くと、フランシスカがこちらを見て笑っていた。


「お疲れさま。大変だったな」

「……マジで疲れたよ」

「……うん」


 疲れた様子でアークが言い返すと、フルートも同意して頷く。


「とりあえず……」

「ん?」


 口を開いたアークにフランシスカが首を傾げると、アークは肩に置かれた彼女の手を払いのけた。


「……トイレに行ってくる」


 ウィスキーを2本飲んでトイレが近かったアークは、慌てて近くのトイレへと駆け込んだ。


「アイツはどうして何時もああなんだ?」


 フランシスカがアークが消えて行った方を見た後、フルートに尋ねる。


「だってアークだし……」


 その一言で、その場に居る全員が納得していた。

 そして、コンティリーブに平和が戻った事に、全員が笑い合っていた。




 その後、すぐアレックスがコンティリーブに帰還して、先に戻った2人と同じ報告をしていた。

 やはり、彼も最初は信じられなかったが、わざわざ白夜の円卓まで行って、自分の目で確かめて来たらしい。

 後日、マイキーのドックまで来て、2人に礼を言っていた。


 トパーズが動員した輸送機は、白夜の円卓に向かって生存者を回収すると、昼前に戻って来た。

 死んだと思っていたロイド達が輸送機から降りると、先に帰還していた空獣狩りのパイロット達が待ち構えていて、彼等を歓迎していた。

 生き返った彼等が言うには、光に包まれたと思ったら草原に立っていて困惑していたらしい。

 さらに驚く事に、今日の戦闘で死んだパイロットだけではなく、その前にアルセムに殺された、空獣狩りのパイロットと、ダヴェリール軍のパイロット達も蘇っていて、その数は250人を超えていた。


 アルセムの素材は手に入らなかったが、それ以上の奇跡の報酬に皆が満足していた。




 その日の夜。村の広場でアルセム討伐の宴が行われた。

 宴はコンティリーブの村人と空獣狩りのパイロット達だけではなく、スヴァルトアルフの軍人や、生き返ったダヴェリールの軍人も、今夜だけは特別に参加していた。

 彼等はアルセムを倒した事に加えて、死んだと思ったパイロット達が生き返った奇跡に、全員が楽しそうに、音楽を鳴らし、肩を組んで歌を唄い、酒を飲んで大騒ぎをしていた。

 当然、アークとフルートも宴に参加していて、疲れているにも関わらずタダ酒が飲めて嬉しそうなアークに、フルートが彼の横で呆れていた。


 ちなみに、今回、ベッキーはアーク達がアルセムを倒せると確信を持っていた。

 いや、訂正しょう。アーク達が負けたら後がなかったので、開き直っていた。

 という事で、彼女は事前に勝利した時の為に、お酒をアルフの本店から仕込んでいた。アルセムが倒されて1番喜んでいたのは彼女かもしれない。


 宴の最中、アークとフルートの前に酒を持ったロイドが現れて、2人と乾杯をした後、卓を囲んで話をしていた。


「そりゃビックリしたよ。戦闘機に乗っていたのが、気が付いたら草原に立ってるんだからな。俺はてっきり何処かの異世界にでも行っちまったと思ったね。思わず「ステータス」って言っちゃったよ。ああ、恥ずかしい」


 それを聞いたフルートが、口元を引き攣らせて、笑うのを堪えていた。


「だけど、戦闘機を失くしたのは痛てえな。マジで痛てえ。全財産の大半を突っ込んでいたからな。商会と契約していない奴等は、これを機に引退する奴も多いと思うぞ。俺もクソみたいなプライドを捨てて専属になってりゃ良かったと、絶賛後悔中だ。ああ、酒の味が、涙の味に感じるぜ……」


 そう言うと、ロイドが目を伏せて深く溜息を吐いた。


「アンタも引退するのか?」


 アークが問いかけると、ロイドが目を伏せたまま首を横に振る。


「まさか。これでもコンティリーブに来て長いんだ。新たに戦闘機を買うぐらいの貯金はあるぜ。そこでお前に相談だ」


 ロイドはそう言うと、ガバッと顔を上げてアークを見る。


「俺は実際に見てなかったけど、話は聞いている。お前の乗るワイルドスワンは凄げえ速いらしいな。それに、あの戦闘機の逸話だって知っている。なあ、あれを設計した奴を知っていたら教えてくれないか? もちろん、お前にも謝礼はするぜ」


 ロイドの話を聞いて、アークが肩を竦める。


「あれは20年前の機体で、しかも変態が魔改造したから、同じ物を作れと言われても無理だと思うぜ」


 アークの返答に、ロイドががっくりと肩を落とした。


「やっぱり無理か……」

「ただし、改造前のワイルドスワンなら、設計者を知っている」

「本当か?」


 驚くロイドに、アークが手招きして顔を寄せる。


「ここだけの話だ。俺達が借りているドックのオーナーのマイキーが、ワイルドスワンの設計者の1人だ」


 それを聞いたロイドが目を大きく広げて、アークをマジマジと見た。


「あの早いうちから人生を無駄に捨てている廃人が?」

「過去だけしか見ない生きるゾンビだけど、昔は人間で、そこそこ頭が良かったらしい。俺達の乗っているワイルドスワンは作れねえけど、機体の設計思想は知っているから、似たヤツは作れると思うぜ」

「そうか……作ってもらえるか分からねえが、頼んで見るよ」


 ロイドはそう言うと笑顔になって、アーク達に手を振り席を離れた。


「良いの?」


 2人の横で会話を聞いていたフルートがアークに尋ねる。


「良いんじゃね? マイキーも終活するにはまだ早えし、戦闘機弄りでもして長生きさせりゃ、葬儀の面倒がなくなるからな」

「優しさが捻くれてる……」


 フルートが呆れて肩を竦めていたけど、明かりの炎に照らされる顔は、アークを見て笑っていた。

 久しぶりに活気に溢れるコンティリーブの宴は、夜遅くまで続いた。

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