第59話 空獣アルセム02

 ブリーフィングから2日後の早朝。

 コンティリーブの飛行場は、前日の夜から対アルセム戦の準備に忙しく、整備員が総出で徹夜し戦闘機の最終点検をしていた。

 そして、太陽が昇り始めるのと同時に、準備の終えた戦闘機から順に滑走路を飛び立ち、白夜の円卓へ向かう。

 最後に離陸する予定のアークとフルートは、ワイルドスワンに乗りながら、その光景を眺めていた。


「あー頭痛てえー……」

「……飲み過ぎ」


 二日酔いで頭を抱えるアークを、フルートがジト目で睨む。


「今日が人生の最後かもしれねえんだ。軽く飲むぐらい良いじゃねえか」

「へーー。ほーー。ふーーん。軽く飲んで二日酔い? 酒豪で伝説を作った男が、軽く飲んで二日酔い? ちょっと耳が悪くなったみたい。もう1度言って」

「……サーセン」


 呆れるフルートに、アークが頭を抱えて謝った。


「お前等、余裕だな」


 フランシスカがタラップを登って、2人の会話に割り込んでくる。

 そんな彼女は、もう少し緊張を持てと言いたそうな顔をしていた。


「あーー、フラン。悪いが、もう少し声に恥じらいを入れて乙女の様に喋ってくれないか。百獣の王が叫ぶ様な声は二日酔いの朝だと響くんだ」

「お前、私を何だと思っている?」


 フランシスカが訝しむと、アークの脳裏に該当する答えが浮かんだ。


「……ロクデナシマイキーから発射された、集団競争に勝利した種の成れの果て」

「朝から、アホな冗談を言うんじゃない!!」


 フランシスカがアークの頭をぶん殴った。


「痛てぇ!!」

「くだらない話をしに来たんじゃない。今回アイテムボックスを改造して、いつでも補充できるように弾丸とエネルギーの予備を積んだ。これで今までと比べて、戦闘継続時間が倍近くなるはずだ」


 そう言って、アークにはエネルギー補充ボタン。フルートには弾丸の補充のボタンの位置を教える。


「へーー。随分便利なのがあるんだな」

「親父の発明だ」

「マイキーの?」


 フルートが首を傾げると、フランシスカが呆れた様子で説明する。


「親父は私が出て行ってから、整備する戦闘機もないし、足が痛くて動けないからって、ずっと発明をして暇を潰していたらしい。アイテムボックスを予備タンク代わりにするとか……これだけで一攫千金を稼げるぞ」

「……凄い」


 フルートが褒めると、フランシスカが顔を顰めて頭を振った。


「ただし、デメリットもある。コイツは空獣を狩っても、回収ができなくなるらしい」

「いらねえ……」

「長距離飛行とかなら、重宝するんじゃないか?」


 フランシスカがそう言うと、アークが片方の肩を竦めた。


「俺なら予備タンクのエネルギーを使い切る前に、途中でクソしにどこかへ降りるぜ」 

「確かにそうだな」

「まあ、あれだ。お互いイカれた親を持つと苦労するな」

「……ムカつくけど、その意見には同意する」


 アークの冗談に、フランシスカが眉間のシワを寄せて頷いた。

 ちなみに、マイキーは少し離れた場所で、次々と飛び立つ戦闘機を見ながら、自分が参加した空獣大戦を思い出していたが、アークがマイキーをネタに冗談を言うと、くしゃみを連発していた。


 フランシスカがタラップを降りると、すぐに管制塔から離陸の指示がワイルドスワンの無線機に入ってきた。


「それじゃ、俺達も行きますか」

「……うん」


 後ろから聞こえたフルートの小声に、アークがガラスに反射して映る後部座席を見る。


「ビビッてんのか? 今から緊張してたら、戦闘に入る毎にションベンをチビルぞ」

「……馬鹿!」

「はははっ」


 朝日の反射で光り輝くワイルドスワンは、滑走路に移動すると、白夜の円卓へと飛び立った。




 コンティリーブの北東。灘の森の奥深くへ行くと、森の中にぽっかりと広い平原が広がる。

 白夜の円卓と呼ばれるこの場所は、人類と空獣の決戦の地として、数多くの戦いが繰り広げられ、多くの血が流れた。

 地表を見れば、戦いで作られた裂け目が多く刻まれ、地上に墜落した戦闘機の残骸は、朽ち果てた墓標と化していた。

 高度7000mの空を合計89機の戦闘機が白夜の円卓に向かって飛ぶ。


「ここが白夜の円卓……」


 最後尾を飛ぶワイルドスワンの中では、フルートが遠くに見えてきた白夜の円卓を見て感嘆の声を上げた。


「数多く居る空獣狩りでも、この地に来れる奴は極僅かだからな。チョット感動物だぜ」

「シャガンさんやダイロットさんもこの地で戦ったんだね……」

「……俺の親父は地上だと、ダメ親父だったけどな」


 アークが生きていた頃のシャガンの思い出して肩を竦める。

 2人が白夜の円卓を見ながら会話を続けていると、全パイロットに偵察部隊からの無線通信が入ってきた。


『ア・ル・セ・ム・ハッ・ケ・ン(アルセム発見)』


 フルートはその無線文を見ると、双眼鏡を覗いて白夜の円卓の中央を確認する。

 フルートが覗く双眼鏡の先には、白い小型の竜が地上で体を丸めて眠っていた。


「あれが、アルセム……」


 アルセムの姿にフルートが息を飲む。


「そろそろ予定時間だ。戦闘機89機による、世界一激しいモーニングコールが始まるぞ」


 アークが喋っていると、アレックスから無線通信が入って来た。


『ゼ・ン・キ・コ・ウ・ゲ・キ・カ・イ・シ(全機攻撃開始)』


 その連絡と同時に、先頭のアレックスから順に戦闘機が降下を開始。

 地上のアルセムに向かって、高度7000mからの垂直降下爆撃が始まった。




 落下を開始した戦闘機が、アルセムに向かってガトリング砲を放ち、地表スレスレで旋回して高度を上げていた。

 そのベテランパイロットによる高等飛行に、アークがニヤリと笑う。


「さすが、空獣狩りのエリート集団だな。全員、空賊になっても稼げるぜ」

「それって自分の未来? 私は付き合わないわよ」

「まさか。もし、俺が飛べなくなったら、ヴァナ村にでも帰ってウィスキーでも作るさ」

「空を飛ばないアークとか予想出来ないけど、そろそろ出番みたい」

「俺も予想出来ねえな。そんじゃ行くぜ!」


 前の戦闘機に続いて、ワイルドスワンが地上のアルセムに向かって降下を開始した。


「土煙で何も見えねえ……」


 時速700km/hで降下中に地上を見れば、味方機の攻撃で土煙が上がり、アルセムを覆い隠していた。

 弾を撃っているフルートも、命中しているのか分からず顔を顰める。


「フルート。もういい。弾がもったいねえ」

「……うん」


 フルートの攻撃停止と同時に、アークは機体を旋回させてアルセムから距離を取る。

 ワイルドスワンが高度を上げている最中、フルートが振り返ってアルセムを見れば、土煙が晴れてアルセムの姿が見え始めていた。

 そのアルセムは、光の膜に包まれており、無傷のまま空を飛ぶ戦闘機を見上げていた。

 そして、空に響き渡る甲高い鳴き声を上げると、ゆっくり翼を羽ばたかせて、空へと浮かび上がった。


「ダメ。アレックスさんが言っていた通り、寝ている間は攻撃が効かない」

「予定通りだろ。んじゃ俺達は適当に高度を取って、心の中で嘲笑いながら応援するぞ」

「どっちの応援か分からない」


 ワイルドスワンが離れるのとは逆に、北側を担当する22機の戦闘機と接近部隊の2機が、アルセムに近づいて攻撃を開始した。




 接近部隊のロイドともう1人のパイロットが、アルセムに接近する。

 まず、先にロイドが20mmのガトリングを放って、アルセムのヘイト怒りを取ると、旋回して逃走を図る。

 そのロイドを追い駆けるアルセムの背後から、もう1機の戦闘機が攻撃。

 アルセムはロイドを追い駆けようとしたタイミングで背後から攻撃を喰らい、振り返ってターゲットを変更した。


 その戦闘機にアルセムが光弾を放とうと口を開くのと同時に、アレックス率いる攻撃部隊が上空から攻撃を開始した。

 攻撃部隊の戦闘機の影に気付いたアルセムが、飛行速度を上げて雨の様に降り注ぐ弾丸を避ける。

 そして、高度を上げて戦闘機集団と対面すると、体を曲げて尻尾の先端をを向けると光弾を放った。

 放たれた光弾は一瞬にして攻撃部隊の戦闘機に命中すると、機体に穴を開け、パイロットは消滅し、戦闘機が墜落していった。


 アルセムの体が光り始める。

 しかし、インメルマンターンで旋回を終えたロイドが、再びアルセムに接近して攻撃すると、体を覆う光が消えた。


 接近して攻撃を繰り返す2機の戦闘機に翻弄されたアルセムが飛行速度を上げ、ロイドの戦闘機に向かって、頭の角を前に突き出し突進する。

 その攻撃をロイドが躱すと、今度は爪を振り下ろすが、その攻撃もロイドがひらりと避けて逃げ始める。

 アルセムが尻尾の先端を離れたロイドに向けて、光弾を発射。

 光弾が来ると読んでいたロイドがロール回転して躱すと、もう1機の戦闘機が接近して、攻撃を開始していた。


「……凄い」


 ロイドの飛行テクニックに、フルートが目を見張る。


「昨日、飲んだ時に聞いた話だと。ロイドはコンティリーブで一番速い戦闘機に乗っているらしい」

「うん。アルセムの速度に負けてないし、操縦技術も凄い」

「だからか、影では早漏テクニシャンって呼ばれていたな」

「……酷い」


 アレックス率いる攻撃部隊は、アルセムが2機の戦闘機と戦闘を繰り広げている間、中距離から攻撃を繰り返す。

 多くの弾丸が飛び交う中、アルセムは高機動を生かして、迫り来る弾丸を回避するが、それでも少しずつ攻撃が当たって、ダメージが蓄積されていた。




 フルートは北部隊の攻撃を見ながら、アルセムの弱点を探していた。


「こりゃ、1周しない内に倒せるんじゃないか?」


 真剣な表情で戦闘を眺めるフルートに、アークが話し掛けると、彼女は顔を顰めて首を左右に振った。


「……傷が回復してる」


 フルートの返答に、アークも目を凝らしてアルセムの体を見れば、銃弾を受けた傷が少しづつ塞がって回復していた。


「うへ、本当だ。だけど、回復速度よりもダメージの方が多いっぽいし、絶対に倒せないって事はないか……」

「……うん」


 アークとフルートが見守る中、戦闘開始から15分が経過して交代時間になると、東側で待機していた部隊がアルセムに近づき攻撃を開始。

 それと同時に、北の部隊は安全を確認してから退却。

 スムーズに交代した東側部隊は、アルセムの攻撃に集中していた。




 東の部隊が攻撃している最中、アルセムの尾から放たれた光弾が、接近部隊の戦闘機を掠めて、後方で攻撃していた戦闘機に命中する。

 攻撃を喰らった戦闘機は、翼を消滅させて地上へ墜落していった。


『ユ・ダ・ン・ス・ル・ナ(油断するな)』


 すぐ後に、アレックスから叱咤の無線通信が入って来た。


(光弾は尻尾の向きさえ事前に分かれば、避けるのは容易い……突進の攻撃は、途中で向きを変えられないらしいな。接近し過ぎると、爪で襲われる危険性がある……と)


 アークはアルセムの攻撃を観察して、頭の中でシミュレーションをする。

 そして、フルートも同じようにアルセムの攻略法を考えていた。


(弱点らしい弱点は見当たらない……。回復は攻撃されてない時だけしている。だったら、絶えず攻撃を当てていれば、回復はしないって事?)


 戦闘に参加していなくても、既に2人の中では戦いが始まっていた。

 その後、交代から15分経過して、東の部隊は南の部隊と交代した。




 人類側に綻びが始まったのは、南の部隊から西の部隊へ交代して、5分が経過した時の事だった。


 接近部隊の1機が、アルセムの突進を躱そうと旋回するが間に合わず、アルセムと交差した時に、爪に引っ掻かれて尾翼が砕けた。

 すぐに相方の1機が、背後から襲撃してアルセムの狙いを変更させたが、攻撃を喰らった戦闘機は飛行するのがやっとで、続行が不可能だった。

 その様子を見たロイドが、交代時間前に攻撃に参加してフォローに入る。

 一方的なアルセムの攻撃に、やられる寸前だった味方機は、ロイドのアシストで助かり、交代時間になるのと同時に西側へ退却した。


 ロイドは交代した北部隊と合流して戦うが、合計して25分近く戦った彼は、最後の方になると集中力が切れて、攻撃に参加してなかった。


「こりゃ、補充に呼ばれるな」

「……25分間、アレを凌ぐのは、精神的にキツイと思う」


 アークの呟きにフルートが頷く。

 そして、2人の予想通り、北の部隊が交代すると、ロイドからワイルドスワンに無線通信が入ってきた。


『ワ・イ・ル・ド・ス・ワ・ン・ニ・シ・ノ・ブ・タ・イ・ヘ・ゴ・ウ・リュ・ウ・セ・ヨ(ワイルドスワン西の部隊へ合流せよ)』


「やっぱり、早漏に持久戦を求めるのは無理だったらしいな」


 ロイドからの通信文を見て、アークが話し掛ける。


「早漏は関係ないと思う」

「さて、早漏はさておいて、見学は終わりだ。ママの言う通り、アルセムの靴の裏でも舐めるとするか……」

「靴を履いてるドラゴンとか、可愛いかも……」


 珍しくアークの冗談に付き合ったフルートは、無線でロイドに『リョ・ウ・カ・イ・(了解)』と打ち返していた。




 戦闘開始から1時間30分が経過。

 今は東の部隊から、南の部隊に交代して、人類側のペースで順調に攻撃していた。

 攻撃を受け続けていたアルセムは、少しずつ動きが鈍くなり、損傷で体の至る場所から血を流していた。


 人類側に油断はなかった。ただ運が悪かった。または神が悪戯をした。


 順調に戦っていた接近部隊の2機が、同時に不幸に襲われた。

 まず、後方からアルセムに攻撃しようとした戦闘機が、攻撃部隊からのフレンドリーファイアーで機体にダメージを被って、速度が落ちる。

 阿吽の呼吸で戦っていた囮部隊の相方が、予想外の状況に回避のタイミングがズレた。

 隙を見たアルセムが突撃して、相方の戦闘機に角が突き刺さって、パイロット諸共、戦闘機が砕け散った。


 接近部隊の攻撃がなくなるのと同時に、アルセムの体が光り出す。




 そして、白夜の円卓は光に包まれた。

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