第58話 空獣アルセム01

 ヨシュアレントを倒してから5日が過ぎた。

 その間にもアーク達は灘の森に挑んで、空獣を狩り無事に帰還していた。


 この日、何時もの様に狩りを終えてワイルドスワンをドックに停めると、2人をフランシスカが待ち構えていた。


「アーク、先ほ……」

「チョット待て! 先にションベン行ってくる」


 フランシスカが話し掛けるのと同時に、アーク会話を遮りトイレへ駆け込んだ。

 その場に残されたフランシスカが開けた口を閉じると、溜息を吐いた。


「アイツは、重要な話をしようとすると、何時もトイレに駆け込むな……」

「今日は久々に本気モードで、ウィスキーを飲んでたから……」


 フルートから理由を聞いて、フランシスカが眉を顰める。


「今日は何を倒したんだ?」

「サイクロプス」

「ほう、そりゃ凄いな!」


 空獣サイクロプス。

 人型の空獣で全長25m。1つ目で目からレーザービームを放ち、近寄ると手に持つこん棒のような木で殴り掛かる。

 体内の魔石の他にも、巨大な目と固い皮膚が高値で取引されていた。


「一体どうやって倒したんだ?」

「……言いたくない」

「……?」


 顔を顰めるフルートにフランシスカが首を傾げる。

 2人がサイクロプスと戦った時、20mmガトリングが全く歯が立たず、フルートはアークのアドバイスで、仕方がなくサイクロプスの尻を撃った後、トドメにふぐりを破壊して殺していた。

 ちなみに、フルートが大事なところふぐりを撃った時、サイクロプスはたった1つの目に涙を浮かべて、作戦を提案したアークの股間もキュンとしていた。


「待たせたな。次、良いぞ」

「誰が行くか!」


 トイレから戻ってきたアークに、フランシスカが怒鳴り返す。


「それで、何か言おうとしたみたいだけど、どうした?」

「……お前のせいで忘れるところだった」

「物忘れを人のせいにするのは良くねえな。社会人として失格だぜ」


 アークの冗談に、フランシスカがギッと睨む。


「社会不適合者のお前が言うな。ついでに言うと、何時も真剣な話をしようとすると、話を脇に逸らそうとするな」


 そう言うフランシスカの横では、フルートがウンウンと頷いていた。


「話を戻すぞ」

「まだ、始まってもないけどな」

「ウルサイ、1度死ね! 今日、ギルドから通達が来た。2人共、アルセム戦に参戦だ」


 それを聞いたアークとフルートから笑みが消える。


「とうとう来たか……」

「それで、今日の夕方からブリーフィングがある。午後の狩りは中止にして行ってこい」

「了解。どうせ機体が壊れて、午後の狩りは無理だったんだ。大人しく行くよ」


 その話にフランシスカがワイルドスワンを見た。


「尾翼をやられているな」

「サイクロプスが目を瞑った時点で、レーザーが来るのは分かったんだけどな……チョットだけタイミングが外れてやばかった」

「あれは死んだと思った」


 アークの話の後に、フルートがその時の事を思い出して身を震わせた。


「アルセムと戦う前に、レーザーを放つ空獣と戦えて幸運だと考えた方が良いな。ただ、アルセムは全域にレーザーを撃つらしい」

「そいつは凄い。避ける方法が全く思いつかねえぜ」


 フランシスカの話に、アークが両肩を竦めた。




 その日の夕方。

 アークとフルートはギルドに行くと、奥の部屋のブリーフィングルームに入っていた。

 2人がブリーフィングルームに入ると、大部屋は既に多くのパイロットで溢れてむさ苦しく、2人は鼻をムズムズさせた。


「何か臭わね?」

「……加齢臭?」


 2人はお互いの顔を見て顔を顰めると、空いている席に座る。

 そして、大人しく待っていると、トパーズがアレックスを連れて部屋に入って来た。


 トパーズは部屋に入るなりアーク達と同じ様に顔を顰めると、壇上に上がるなり……。


「お前等、加齢臭が臭いにゃ! 早く窓を開けるニャー!!」


 開口一番、大声で叫んだ。


「おい、トパーズ……」


 アレックスが止めようとするが、彼女の暴言は収まらなかった。


「獣人は人族と比べて鼻が良いにゃ。お前等、自分達が生きる公害だと自覚するにゃ!」

「俺達だって好きで放出してんじゃねえよ!」


 トパーズに向かって、ベテランパイロットの1人が言い返す。


「毎日風呂に入れとは言ってないにゃ! せめて汗ぐらい拭けと言ってるにゃー!」


 そして、暴言を吐くトパーズにパイロット達も言い返し、彼女とパイロットの間で言い争いが始まった。


(まさに、カオス……)


 その様子にフルートが呆れていると、アレックスがトパーズの背後に立ち、彼女の両頬を背後から抓った。


「にゃ、にゃにをするにゃ」

「いいから落ち着け。ロイド。窓を開けて換気しろ」

「……うぃーーす」


 部屋の後ろに座っていたパイロットが、窓を開けて換気をすると、それでトパーズも理性が戻って、ようやくブリーフィングが始まった。




「それじゃ、早く部屋を出たいから始めるにゃ。お前達も知っている通り、白夜の円卓にアルセムが現れたにゃ。ギルドの討伐隊が全滅した後、ダヴェリール軍も泣いて帰って後がないにゃ。灘の森も強い空獣が増えてる報告を聞いて、ギルドはスタンピードの予兆と判断したにゃ」


 現状を説明したトパーズが一旦話を止めて溜息を吐くと、話を続ける。


「ダヴェリール政府に応援要請を出したけど、あのアホ共は、今の状況を全く把握してないにゃ。いや、把握しているけど、対岸の火事と思っているにゃ……マジ死ね。だから、私達で何とかするしかないのにゃ! という訳で、後はアレックス頼むにゃ」

「全振りかよ……」


 トパーズが話し終えて脇へ移動する。

 話を振られたアレックスは肩を竦めると、壇上に上がってパイロットを一望すると口を開いた。


「今回、トパーズに頼まれて指揮を執る事になった。前回のアルセム戦は風邪を引いちまって俺だけがまんまと生き残ったが、それがラッキーだったかどうかは、お前等に掛かってる。皆、俺を幸せにしてくれ」

「キメえよ! そのセリフは女に言え!!」


 アレックスの冗談にパイロットの間からヤジが飛ぶ。


「うむ……今度、マーシャラー航空機誘導員に女を紹介してもらおう。まず、作戦を説明する前に敵の情報を共有する。相手はアルセム。第二次空獣大戦で最終的なボスだった空獣だ。大戦の時は300機近い戦闘機がコイツ1匹に倒されている。そして、大戦時よりも性能が良くなった戦闘機でも、今回このザマだ。密に入手した情報だと、ダヴェリール軍は作戦ミスと指揮のミスのダブルチョンボで、波状攻撃が逐次投入になって、100機近くが撃墜されたらしい」


 それを聞いてパイロット達がしかめっ面を浮かべる。

 ここに居る全員、軍隊が嫌いなアウトロー揃いだが、同じ戦闘機乗りとして彼等の死亡を悲しんでいた。


「まず、アルセムの攻撃で最も危険なのは遠距離からの拡散レーザーだ。アルセムを中心に光の棘が円卓全域にばら撒かれる。喰らったら一瞬で消し炭だ。円卓の外れに居たら逃げ切れるかもしれないが、中に居た場合はアルセムに攻撃しろ。これは生存率が上がるという意味じゃなく、どうせ死ぬなら1発ぶち込めという意味だ」

『…………』


 それを聞いたパイロットの全員がドン引きする。


「ただし、接近しても気を付けろ。アルセムからは前脚、角、尻尾からガトリングみてえな光弾が飛んでくる。だけど、攻略が全くないというわけでもない。アルセムは1機でも接近している戦闘機が居たら、遠距離のレーザーを放って来ない。これは、第二次空獣大戦の頃から確認済みだ」

「そいつは、誰かが張り付いてれば良いって事か?」


 パイロットの誰かが質問すると、アレックスが頷く。


「そうだ。ただし、アルセムは足が速い。時速800Km/h近くで飛行する。それに付いて行ければの話だ」


 それを聞いた全員が、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。




 そして、アレックスから今回の作戦の説明が始まった。


「まず最初に、地上に居るアルセムに対して、全員が高度7000mから一気に円卓へ急降下攻撃を仕掛ける。だけど、アルセムは地表で眠っている間は、光に包まれて攻撃が効かないという報告が入っている。前回の討伐の時もやってダメだったから、今回も期待していない。それから、円卓に入ったら部隊を5つに分けて、4つの部隊を東西南北に配置する。北から順に時計回りに攻撃をしてくれ。まあ、ダヴェリール軍と同じ波状攻撃の作戦だな。15分置きで交代だ」

「残りの1部隊は?」


 その質問にアレックスが頷き、話を続ける。


「残りの1部隊は接近部隊だ。アルセムに拡散レーザー攻撃をさせないために、2機ずつアルセムとドックファイトをしてもらう」

『…………』


 それを聞いて部屋中が静まり返る。

 彼等の顔を見れば、信じられない事を聞いたという表情を浮かべていた。


「時速800Km/hでドックファイトを挑むのかよ……」

「しかも、敵はアルセムとか確実に死ぬぜ」

「俺の戦闘機は700Km/hまでしか出ねえよ……」


 アレックスが、パンパンと手を叩き、騒めくパイロット達を黙らせる。


「お前等の気持ちも分かるが、こればかりは仕方がない。前回も前々回も、奴の拡散レーザーで全滅したと言っても過言じゃない。しかも、たった1度の攻撃で大半が消滅するほどだ。選別は速度の速い戦闘機に乗ってる奴を選んだ。今から名前を言う。まずはこの部隊のリーダーはロイド」


 コンティリーブに来た初日に、ウルド商会に手紙を運んだロイドが名前を呼ばれると、彼は仕方がないといった様子で、肩を竦めた。

 そして、アレックスが次々と名前を言って……。


「……最後に、アークとフルート。以上の9機で対応してもらう」


 最後に名前を言われた2人は、身動きせずにジッと正面を見据えて頷いた。

 その後、残りの部隊別けをすると、アレックスが壇上からパイロット全員を見据える。


「ミッション開始は2日後の7時。日の出と同時に全員、現地へ向かえ。以上、解散!!」


 その号令に全員が立ち上がると、アレックスに向かって敬礼をする。

 アレックスは答礼すると、トパーズを連れて部屋を出た。




 全体ブリーフィングは解散したが、アレックスに指名された接近部隊は、この部屋に残って、彼等だけのブリーフィングをしていた。


「大変な事になったな」


 ロイドが苦笑いをして全員に話し掛けると、アークとフルート以外の全員が同じ表情を浮かべていた。


「スピードだけが自慢だったんだけどな。まさか、その自慢のせいで、ジョーカーを引くとは思わなかったぜ」

「何時もの事じゃねえか」

「……まあな」


 パイロットからツッコまれて、ロイドが鼻で笑った後、部隊の作戦を話し始める。


「作戦が開始されたら、東西南北の部隊の上で待機だ。部隊分けは面倒だから、アレックスの旦那が死刑宣告した順で、北東南西に別れろ。つまり俺が1番最初に呼ばれたから北だな……高度は2000mぐらいを保ってれば、酒でも女でも好きにやってくれ」

「最後に呼ばれた俺達は西か?」


 アークが質問すると、ロイドが肩を竦める。


「うんにゃ待機だ。欠員が出た時の補充に充てる」

「分かった」


 アークの返答に、ロイドが意外そうな顔をした。


「随分と素直だな。「俺にも戦わせろ」と言ってくると思ったぜ」

「まさか、そんなに死にたがりに見えるか? それに、そう言ったら戦わせてくれるのか?」


 アークの質問にロイドが顔を顰める。


「冗談言うな。今、俺が欲しいのは、突貫小僧よりも、舐めろと言ったら靴の裏でも、ママのアソコでも舐めるマザコン坊やだ。まあ、お前等は邪魔にならない場所で適当に飛んでろ。補充の必要が来たら無線で連絡する」

「了解」

「良い子だベイビー。後は……お前等、細けえミーティング必要か?」


 ロイドの質問に全員が笑いを堪えて、その内の1人が口を開いた。


「いらねえな」

「だろ。お前等全員、火力よりも機動力を選択した捻くれどもだ。他人に指示されて動くようなガラでもねえし、好きにやりな」

『了解』


 打ち合わせが終わると、ロイドが席を立つ。


「んじゃ、俺は1杯やってくぜ。本当、ウルドを呼んで正解だったな。もし居なきゃ最後の酒も飲めなかったんだ。アークとフルートだっけ? 感謝するぜ」


 ロイドがアークとフルートに手を振って部屋を出ると、他のメンバーも一杯やりに部屋を出て行った。

 残されたアークとフルートは、ロイド達が出て行った扉を見た後、お互いの顔を見合わせて、同時に肩を竦めた。


「とんでもない部隊に配属されたな」

「だけど、アークと相性は良さそう」

「……あそこまで捻くれてねえよ」


 アークが顔を顰めて文句を垂れた。

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