第57話 感染
ヨシュアレントを運ぶワイルドスワンは、敵に出くわす事なく空獣の生息する地帯を抜けた。
そして、コンティリーブが見えてくると、フルートが送信する前に管制塔から無線が届く。
『ショ・ゾ・ク・フ・メ・イ・キ・ガ・デ・カ・イ・イ・チ・モ・ツ・ヲ・ハ・コ・ン・デ・セッ・キ・ン・チュ・ウ(所属不明機がデカイイチモツを運んで接近中)』
「「…………」」
通信機の文字を2人が無言で見つめる。そして、先にアークが口を開いた。
「確かにワイルドスワンの偽装を取っ払ったから、所属不明機と間違えられるな」
「それにヨシュアレントを運んでたから、向こうも普段より早く見つけたっぽい……だけど言い方が最低」
フルートが溜息を吐いて首を横に振ると、通信機に文字を打ち始めた。
『コ・チ・ラ・ワ・イ・ル・ド・ス・ワ・ン・チャ・ク・リ・ク・キョ・カ・ヲ・モ・ト・ム(こちらワイルドスワン。着陸許可を求む)』
「捻りのない返信だな」
「馬鹿に付き合うと、馬鹿がうつる」
「辛辣だねぇ」
アークが軽く肩を竦めると、フルートが「コイツ、何を言ってるんだ」という表情でジーッと見ていた。
「これ、前にアークが言ったセリフだから」
「そうなのか? 覚えてねえや」
フルートの脳裏にルークヘブンで彼女を蔑ろにした3人組が浮かび、別れてから初めて彼等に同情した。
管制塔からの指示でヨシュアレントを滑走路の脇に落とした後、ワイルドスワンが飛行場に着陸する。
「よう! 随分とでかいディックを持ってきたな! あれを巨獣のメスの穴に誘導したくなるぜ」
アークに笑顔で声を掛けたのは、コンティリーブに初めて降りた時に、マイキーのドッグの場所を尋ねた航空機誘導員だった。
「久しぶりだな、イケメンのクソ野郎! 相変わらずパイロットをママのプッ〇ーにリードしてるのか?」
「まあ、それが仕事だからな。アイツ等、俺がリードしねえとワザとケツに向かって特攻しやがる」
「「あはははははっ!」」
「……最低」
笑い合う2人とは逆に、フルートが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「それにしても、ぶさいくなデブがスゲエ美人に変わったじゃねえか。俺が今まで見た中で1番の厚化粧女だ」
航空機誘導員がワイルドスワンを見て、アークに向かって笑みを浮かべた。
「まあな。汗を化粧水にして、最後に俺特製の乳白液をぶっ掛けたら、どんなブスでも美人に様変わりだぜ」
「「あはははははっ!」」
「……本っ当に最低」
再び笑い出した2人に、フルートが目頭を押さえていた。
「だけど、ここだけの話だ……」
航空機誘導員がアークに近寄ると、真顔になって小声で話を続ける。
「もしこれが俺が知っている戦闘機だったとしたら気を付けろ。コンティリーブにも軍の関係者が少ないけど居るぞ」
「安心しろよ。俺だって裸でレイプ魔の前に立つ勇気はねえ。既に対策は打ってある。もし何か仕掛けてきたとしても、相手が人生で最大のヒデエ目に遭うだけだ」
「そうか、余計なお世話だったな」
アークの返答に、航空機誘導員が拳を突き出す。
フルートが目を凝らして拳を見れば、彼の突き出した拳は、人差し指と中指の間に親指が挟んであった。
「いや、心配してくれただけでも嬉しいぜ」
アークが機上から身を乗り出し、相手に合わせて親指を挟んだ拳を突き出すと、航空機誘導員の拳に打ち付けた。
瞳からハイライトが消えたフルートは、レイプ目でその様子を眺めていた。
「じゃあな」
「ああ、そっちのお嬢ちゃんもな」
「……はい」
航空機誘導員と別れると、アークはワイルドスワンをマイキーのドックへと移動させた。
アークとフルートがワイルドスワンから降りると、フランシスカが慌てて話し掛けてきた。
「ワイルドスワンの偽装を解いたのか!?」
「今回の敵がトンでもねえドSでね。両手にムチを持ってお仕置きしてきたから、思わず興奮して脱いできた」
何時ものアークの冗談に、フランシスカが呆れ顔でため息を吐く。
「敵がサディストかどうかは知らないが、ここからでもあのデカイ木が見えるぞ」
「やっとまともに話が出来る人と会った気がする」
フランシスカの話に、フルートが長い溜息を吐いた。
「一体、どうした?」
「何でここの職員って下ネタを含んだ会話しか出来ないの? ヨシュアレントを卑猥な物でしか例えないんだけど……」
そう嘆くフルートに、フランシスカが仕方がないといった感じで笑い返す。
「女の少ない職場だ。ここの男に気品を求めるのは無駄だろう」
「トパーズさん達、ギルドで働く女性の気持ちが分かった気がする」
「皆が下ネタを言うのにも理由がある」
2人の会話を聞いていたアークが、にやにや笑いながら会話に割り込む。
「どういう事?」
「ヨシュアレントは別名で、聖なる木って呼ばれているんだ」
「だから?」
「つまり、おやじギャグだよ。「聖」と「性」を掛けてるんだ」
「「くだらない……」」
アークの答えを聞いて、2人は呆れ果てた。
「ところでマイキーが居ねえけど、今日はどうした?」
アークの質問に、フランシスカが顔を顰めた。
「今日は足が痛いと言って休んでる」
「やっぱり、昨日のフルフルがダメだったんじゃね?」
「かもしれん」
「お前の親父、昨日は天国の気分が味わえるとか言ってたけど、今日は痛風で地獄の苦しみを味わってるじゃねえか」
「今までの不摂生が祟ったんだ。自業自得だろ」
「まあ、あの爺の事はどうでもいいや。それよりもワイルドスワンを見てくれ」
そう言うと、フランシスカにワイルドスワンの被害状況を報告する。
アークから話を聞いたフランシスカは、総点検が必要だと感じ、アークと一緒にワイルドスワンのチェックを開始した。
フルートはアークからギルドカードを受け取ると、1人でギルドへと向かった。
フルートがギルドへ入ると、中に居たパイロットの全員から注目を浴びていた。
その様子に一瞬だけ眉を顰めたが、すぐに表情を戻すと受付のカウンターに進んだ。
「フルートにゃん。こんにちは」
「トパーズさん。こんにちは」
トパーズと挨拶を交わしてから、2人分のギルドカードを差し出す。
「フルートにゃんは何時見ても可愛いにゃ~。ところで、何時ものエプロンはどうしたのかにゃ?」
メイド服のエプロンを取った姿のフルートに、トパーズが事務処理をしながら質問する。
フルートはレッドの母親からのアドバイスで、今日からメイド服のエプロンを取っていた。
「人の目に付く格好は、あまり好きじゃないので外しただけです」
「フルートにゃん。それはチョット違うにゃ」
「何がですか?」
笑顔から豹変して真剣な表情をしたトパーズに、フルートが首を傾げる。
「注目されるのはメイド服じゃなくて、美少女エルフが恥じらいながらメイド服を着ている姿に皆が萌えるんだにゃ」
トパーズの説明に左右の受付嬢も同意してウンウンと頷く。
それを聞いたフルートの表情は変わらなかったが、内心でやさぐれた。
「やっぱり飛行服に戻そうかな……」
その呟きに、トパーズ率いる受付嬢3人が慌て始める。
「ニャニャーン!! チョット待つにゃ! その黒いドレスの格好ももちろん似合ってるにゃ!! お願いだから、ダサい飛行服を着るのだけはやめて欲しいにゃ。うちらの癒しがなくなるにゃ!!」
カウンターから身を乗り出したトパーズが、フルートの両肩を掴みガクガクと揺らす。
「……ひぃ」
そのトパーズの目はマジだった。
事務処理を済ませたフルートが受付から離れると、アレックスが彼女を手招きしていた。
「やあ、チョット良いか?」
「アレックスさん。こんにちは」
「ああ……うん、こんにちは。そこに座ってくれ」
普段は男同士で適当にしか挨拶をしないアレックスが、不慣れな挨拶をする。
「はい」
勧められた席にフルートが座ると、アレックスが話し始めた。
「さて、色々と聞きたい事があるんだが、何から質問するべきかな……とりあえず、あの白い戦闘機は何だ? いや、登録している名前から、正体は俺が予想している戦闘機で間違いないだろう。問題は、何であの戦闘機が存在しているかだ……あれはダヴェリールの亡霊だぞ」
アレックスからワイルドスワンの事を尋ねられて、フルートが少し困惑する。
ワイルドスワンの事を話すと、当然アークの父親のシャガンの事も話す必要があるが、彼のプライベートに関わる事なので、喋るのに躊躇いがあった。
「……アークが受け継いだそうです。これ以上は彼のプライベートに関わるので話せません」
「そうか……渡した相手は何となく予想できる。アークは彼の息子なのか?」
その質問にフルートが頷くと、アレックスが「やはりな」と呟いた。
「ご存じなのですか?」
フルートが尋ねると、彼は当然とばかりに頷いた。
「新聞の写真で見た事があるだけで、直接に会った事はない。だけど、彼の父親は、俺がガキだった頃に憬れていた人だ……それにしても、本当にアイツ、顔は父親とそっくりだな」
「それは、よく言われるそうです。本人は少し嫌そうですけどね」
「あははははっ」
それを聞いてアレックスが笑うと、打って変わり真顔になった。
「さっき、管制塔のクソ野郎が騒いでいたけど、ヨシュアレントを狩ってきたらしいな」
「はい」
「という事は、灘の森に入ったんだな」
「そうなりますね。何か問題がありましたか?」
フルートの質問に、アレックスが苦笑いしながら首を横に振った。
「いや、何も問題ない。ただ、思っていたよりも早かった事に驚いているだけだ」
「早い?」
「ああ。俺もここに来て長いが、1週間で灘の森に挑み、大物を狩って帰還した奴は、お前達が初めてだ……それで、話は変わるが、実は今週末に俺達はアルセムに挑む」
「……はい」
フルートが頷くと、アレックスが「おや?」と驚いた表情を浮かべた。
「その様子だと、薄々気付いていたな」
「最初にここへ来た時、この町のエネルギーの残存量が2週間と聞いて、ある程度の予測はしていました」
それを聞いてアレックスが「なるほど」と頷く。
そして、テーブルに肘を乗せて頬杖をついた。
「まあ、お前等がウルド商会を呼んでくれたおかげで、絶望の状態から少しだけ勝機が見えたが、やはりアルセムは強い。俺はトパーズから、今回の討伐の全体指揮を任されていて、今はパイロットの選別をしている」
「………」
「予定では灘の森に挑んでいるパイロットだけを連れて行く予定だが、お前達が灘の森から生還したと聞いてね……さて、どうするか……」
「私達も参加メンバーに入れといてください」
話を遮ってフルートが参加表明すると、アレックスは眉ひとつ動かさず彼女を見つめた。
「……お前達はまだ若い。逃げたとしても、誰からも文句は言われないぞ」
「もし、この場にアークが居たらきっとこう言うでしょう……」
「ん?」
フルートは途中で話を止めると、アレックスをジッと見つめてから再び口を開く。
「光るクソ? ハゲ散らかして、生まれ育ったババアのケツに帰れ!」
それを聞いてアレックスが頬杖をついたままキョトンとする。
だけど、すぐにプッと吹き出すと、腹を抱えて笑い出した。
「あはははははっ!!」
アレックスがひとしきり笑った後、目に浮かんだ涙を拭ってフルートに話し掛ける。
「オーケー。お前達の意気込みは十分に伝わった。メンバーに入れとくよ」
「分かりました。アークにも伝えときます」
フルートが席を立ってアレックスに頭を下げた後、ギルドから出て行く。
「若いってのは羨ましいね……」
アレックスはその姿を見ながら、肩を竦めていた。
ギルドを出たフルートは、周りに誰も居ないのを確認すると、物陰に隠れた。
そして、地べたにしゃがみ込むのと頭を抱える。
(なんで私、あんな事を言ったの? うつった……アークの下品がうつったの?)
先ほど勢いで口にした言葉を思い出し、後になってから後悔しているフルートだった。
「足りない……そう、今の私には、乙女の純情が足りない!」
フルートは拳を握って立ち上がると、その足でウルド商会へ特攻する。
そして、ベッキーから『花と心』の最新号を入手した後、自分の部屋へ閉じこもった。
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