第56話 花粉症のエルフ
『フ・ル・フ・ル・ク・イ・テ・エ・ナァ(フルフル食いてえなぁ)』
フルフルを食べた翌日。
フルートがワイルドスワンの離陸許可を管制塔に送信したら、飛行と全く関係ない返信が来て、それを見た彼女の眉間にシワがよる。
「離陸許可を取ったらこんなのが来た。参考までに教えて欲しいんだけど、この場合はどんな返信をすれば良い?」
「ん? 昨晩の事なのにもうバレたのか。宿屋の客からのリークだな。返信は『フルチンでもしゃぶってろ』でどうだ?」
「了解」
フルートが頷いて管制塔へ返信を送る。
ちなみに、アークの提案した内容の後ろに「byアーク」と入れて、自分の考えではない事を明確にしていた。
『リ・リ・ク・キョ・カ・ス・ル・ソ・レ・ト・ト・ド・カ・ナ・イ・カ・ラ・ム・リ(離陸許可する。それと届かないから無理)』
「あははははっ。そう来たか!」
その返信を見て、アークが爆笑していた。
「意味が分からない」
「自分で自分のを咥えようとしたけど、無理だったって意味だよ」
フルートが首を傾げて尋ねると、アークが笑って説明した。
「……最低」
「まあ、男なら誰でも1度はチャレンジしようと考えるんだ。気にするな」
「……もしかしてアークも?」
「ガキの頃、村のミッキーが、シコるより気持ち良さそうとか言って、チャレンジしたぞ! 失敗した挙句に首を痛めていたけどな」
「本当に最低!」
後ろから来る軽蔑の眼差しを全く気にせず、アークはワイルドスワンを滑走路へと移動させると、速度を上げて空へと飛んだ。
「それで、今日も礁を飛ぶの?」
飛行中にフルートが話し掛けると、アークが口をへの字にして悩み始めた。
「昨日、ギルドに行ったときにランキングを見たら、俺達の順位が21位と22位だったんだよな」
「そういえば、ランキングの更新って昨日だったね」
「先週は殆どの奴らが弾がねえとか言って、オカマよろしく飛んでなかったから、10位以内とまでは言わないが、近いところまでいけると踏んでたけど、どうやら甘かったらしい」
「まだまだ、私たちの実力が足りないって事?」
「それもチョット違う気がするんだよな……」
そう言いながら、アークが首筋辺りをポリポリと掻いた。
「話の先が見えない」
「まあな。俺も考えがまとまってねえし。なんていうか……俺が弱くなってる……そんな感じか?」
「え? どういう事?」
驚くフルートに、アークがその理由を説明し始めた。
「ここに来てから安定した稼ぎはしてるけど、何かが物足りなくね?」
「…………」
「なんて言うかさ……ワイルドスワンが壊れる事を恐れて、チャレンジ精神ってのを失くしてる気がするんだよなぁ……」
アークの言う事が何となく分かって、フルートが頷く。
「……うん」
「確かにさ、機体を壊さないように戦うのは、普通の考えからしたら当たり前の事だけど、このままじゃ何時まで経っても神の詩なんて聞くことが出来ないんじゃね? と思う訳だ」
「……そうかな?」
「人類未開の地ってのは、ノリと勢いで行かないとダメだとも思うんだ」
「それは、違う気がする」
フルートが右手を左右に振って否定する。
「そうか? まあいいや。そこでだ。性格は暴力的なのに、メカニックの腕は繊細なフラン先生が、ワイルドスワンを人間の雄と勘違いして交尾できるかチャレンジしに、こんな辺鄙な村まで来てくれたんだ。まあ、故郷だけど。だから、そろそろ俺達もチャレンジしても良いんじゃないかと……」
「今のは酷い……」
「軽い冗談だって。フランには今の話は内緒にしとけよ。もし知られたら俺がアイツにぶっ殺されて、直接神に会ってガチで詩を聞く羽目になるからな」
「何かのはずみでポロっと言うかもしれないから、保証はできない」
「オーケー。常に警戒だけはしておこう」
フルートの冗談に、アークが肩を竦めた。
「大体、話は分かった。そして、行先も……」
「さすが相棒だな。という訳で、コンティリーブ最大の山場、灘の森に行くぜ! お前も気合を入れろよ!!」
「了解!」
気合を入れた2人を乗せたワイルドスワンは、礁を通り越すと、一路、灘へと向かった。
ワイルドスワンが灘に入ると、低木の森林は高木へと姿を変える。
深緑の森は、遠くの万年雪に覆われた山脈の麓まで広がっていた。
過去数十年に渡って数多くのパイロットが、金、名誉、そして、人類の平和を求めて、この森に潜む空獣に挑んできた。
時には勝利し、時には敗北して森に眠る。
この灘の森は、人類と空獣の存亡を賭けた戦地であった。
「ルークヘブンと違って針葉樹が多いな。何か北に来たって実感が湧かね?」
「おやじギャグ?」
フルートが双眼鏡を覗いて哨戒しながらもツッコミを入れる。それを聞いてアークがキョトンとした表情を浮かべた。
「え? ああ、「北」と「来た」を掛けてるな。言われるまで気付かなかった。ってか、この場合って突っ込んだ方がおやじ臭くね?」
「そうかもしれないけど、女性に向かっておやじ臭いと言うのは、やめた方が良い」
「すまんね。俺は思いついたらすぐに口に出しちまうんだ」
「無自覚で人に嫌われるタイプだと思う」
「安心しろ。その自覚はある」
「……もっと質が悪い」
アークとフルートが同時に肩を竦める。
仕草は同じだが、考えている事は正反対の2人だった。
「……空に敵影なし」
フルートの報告にアークがニヤリと笑う。
「オーケー。それじゃ、久々にやりますか!」
「了解」
アークが操縦桿を前に倒して、ワイルドスワンを降下させると、木の頂付近を旋回し始めた。
その旋回中に、フルートも後部座席を後方に回転させて、背後からの襲撃に備える。
ワイルドスワンが左右に旋回して木の間を飛ぶ。
アークが飛行に集中していると、突然背中がムズ痒くなった。
「来たぞ!」
ワイルドスワンが上昇して急旋回すると、森の中からムチのような蔓が伸びて、直前まで居た場所を音を立てて突き抜けた。
「あれはヨシュアレント!!」
「デッケエ!」
ヨシュアレント。
植物型の空獣。大きい個体は全長が70mを超えて、巨獣へと進化しているものも存在する。
普段は周辺の木と同化しているが、捕食対象が近寄るとムチのような蔓で攻撃し、束縛した後で蔓から養分を吸収する。
また、針葉樹の葉は鋼鉄と同様の強度で、相手に向かって弾丸の様に飛ばして攻撃もしてくる。
ヨシュアレントの鉄の様に固く耐火性がある木材は、住宅の支柱や、家具の材料として最高級の品でもあった。
「40mぐらい? 倒してもアイテムボックスには確実に入らない。どうする?」
擬態を解いて空に浮かんでいるヨシュアレントを見て、フルートが尋ねる。
「この機体にも、けん引用のワイヤーフックが付いている。死んでしばらくの間は軽いはずだから、引っ掛けて運べば持って帰れるんじゃね?」
アークが操縦に集中しながら答えた。
「……ってことは?」
「もちろんぶっ殺す。行くぜ!!」
「了解!」
アークはワイルドスワンの速度を上げると、反転させてヨシュアレントに向かって突入して、フルートは機銃を正面に戻して構えた。
ヨシュアレントがワイルドスワンに向かって、長い蔓を右から大振りに振り下ろす。
ワイルドスワンが左に旋回して躱すと、蔓は機体をすぐ下を通り過ぎた。
しかし、ヨシュアレントの攻撃はこれで終わらず、新たな蔓が左から迫っていた。
咄嗟にアークが操縦桿を右へ倒す。
ワイルドスワンは逆方向への360度ロール回転で避けようとするが、翼の先端に蔓が当たって偽装装甲の一部が飛び散った。
「チッ!」
機体から来る衝撃にアークが舌打ちする。
左右の蔓が初期位置に戻るのを見るや否や、アークはヨシュアレントの左側へワイルドスワンを移動させて、側面を抜けて背後へと向かった。
アークが敵の攻撃を避けている一方で、フルートはヨシュアレントに攻撃を仕掛けていた。
しかし、20mmの弾丸ではダメージを与える事が出来ず、フルートが顔を顰める。
(普通の攻撃は効かない……だったら、弱点を狙う必要がある)
そう考えたフルートが攻撃を幹、枝、根の部分をピンポイントで狙い撃ち、弱点を探しながら攻撃を繰り返した。
ワイルドスワンが蔓の攻撃を避け続けていると、ヨシュアレントが蔓を自分の幹に巻き付けて、葉の茂る枝を広げる。
そして、ワイルドスワンに向かって、針の様な葉を一斉に飛ばしてきた。
「アーク、避けて!!」
ヨシュアレントの様子を伺っていたフルートが、新たな攻撃に気付いて叫ぶ。
「クソ、範囲が広すぎる!」
アークが文句を言いながら、ワイルドスワンの速度を上げて操縦桿を倒す。
高速の2連続のロール回転をするワイルドスワンのすぐ側を、沢山の針
が通り過ぎた。
「今のはヤバかった」
「……目が回る」
フルートが平衡感覚を取り戻そうと眉間を押さえる。
「こっちは目が回るほどの忙しさだぜ」
アークはそう言うと、ワイルドスワンを旋回させてヨシュアレントと向き合う。
そのヨシュアレントは枝を畳むと、再び蔓が広がってムチ攻撃を開始した。
ヨシュアレントの戦闘開始から30分が経過。
(蔓の攻撃範囲は約100m。針攻撃時は幹に絡まって畳む……これで攻撃は予測できるな)
アークはヨシュアレントの攻撃を分析して、攻撃のパターンを見極めていた。
一方、フルートの方は弱点を見つける事が出来ず、苦悶の表情を浮かべる。
「奴の敏感なポイントは見つかったか?」
ヨシュアレントから離れてアークが話し掛けると、フルートが首を横に振った。
「ダメ。色んな所を攻撃したけど、平然としてる」
「不感症を相手にするのも、疲れるな」
「アークならどう攻める?」
セクハラを無視したフルートの質問に、アークが眉を顰める。
「そうだな……不感症の女とはヤッた事ねえけど。足の裏をくすぐる……いっその事、足の指でも舐めるか?」
「……うわぁ」
アークの冗談にドン引きするフルートだったが、彼女の脳裏に1つのアイデアが浮かんだ。
「アーク。ヨシュアレントの下を潜れない?」
「したぁ?」
予想外の提案に、アークが奇声を上げる。
「まだ、根っこの中心部分を攻撃してないから試してみたい」
「オーケー。いい感じに焦らしたんだ。そろそろ下半身を攻めても良い頃合いだな」
アークはそう言うと、ワイルドスワンの機首を返して、ヨシュアレントへのアタックを開始した。
ワイルドスワンが蔓の攻撃を掻い潜り、ヨシュアレントの下へと潜り込む。
フルートが見上げると、根の中心部分にヒダの様な触手が並び、その中心には大きな口が開いていた。
今は角度が足りず攻撃出来ないが、攻撃が効きそうな箇所を見つけてフルートが歓喜する。
「弱点っぽいのを見つけた!」
「よし! 今度は攻撃できるように角度を捻るぞ!」
「分かった!」
ワイルドスワンはヨシュアレントの下を潜り抜けると、機首を180度旋回して敵を向き合った。
ヨシュアレントが蔓を幹に巻き付ける。
アークが針攻撃を警戒していると、ヨシュアレントの葉が赤くなり、枝から蕾が膨らむと一斉に花を咲かせた。
「チョット待て! 見た事のない攻撃パターンだ。1度逃げるぞ」
アークが慌てて機首を傾けて、ヨシュアレントから離れようと試みる。
その直後、ヨシュアレントの全ての花から花粉が飛び散って、周辺を花粉で覆った。
回避が間に合わずに、ワイルドスワンが花粉塗れになる。それと同時に、飛行速度がガクンと落ちた。
「前が見えねえし、速度が上がらねえ!!」
「アーク! 蔓が来る!」
「目隠しプレイのSMか!!」
アークが逃れようと操縦桿を左へ倒す。しかし、上から振り下ろされた蔓が、ワイルドスワンの機体を叩き、衝撃が2人を襲った。
「うおっ!」
「キャッ!」
さらにヨシュアレントの蔓が襲い掛かり、ワイルドスワンを蔓で絡めると、締め付けてきた。
蔓の圧力で、ワイルドスワンの機体が軋み金属が擦れる音がする。
フルートは泣きそうになるのを堪え、アークは苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべた。
「クソが!!」
空中で縛られられて操作不能に陥ったワイルドスワンに、このままだと死の危険感じたアークが叫ぶと同時に、ガラスに覆われたボタンを押す。
その直後、ワイルドスワンの偽装されたボディーが剥がれて蔓から抜け出し、白鳥の姿を現した。
偽装を剥して身軽になったワイルドスワンが速度を上げる。
「アーク!?」
「どうせ偽装のまま狩るのは、限界に近かったんだ!!」
驚くフルートにアークは叫び返すと、ワイルドスワンの機首を下げてヨシュアレントの下へ向かった。
「花粉の中だと速度が上がらねえ!! 一発勝負だ!」
「了解!!」
下へ潜ろうとするワイルドスワンに感づいたヨシュアレントが、蔓を幹に巻き付けて枝を広げる。
とどめと思わせる針の葉を、一斉にワイルドスワンへ飛ばした。
「その攻撃は見切ってるんだよ!」
アークが叫び、高速旋回で攻撃を回避。続けて、機体を右90度横に向けると、ヨシュアレントの下へ突入した。
フルートが集中力を高めて機銃のトリガーを握る。
そして、ヨシュアレントの下に潜るのと同時に、20mmガトリングを放った。
その放たれた弾丸が根の中心にある口へと届くと、その口から樹液らしき紫の汁が大量に溢れ、ヨシュアレントの動きが止まった。
「連続で行くぞ!」
「一発勝負と言ったアレはなんだったの?」
「相手が死んでねえから仕方がねえ」
さらにアークがワイルドスワンを旋回させて、再びヨシュアレントの下に潜り、フルートがガトリングの弾をヨシュアレントの口に撃ち放った。
ヨシュアレントに攻撃を与える隙を見せず、同じ攻撃を3回繰り返すと、弱ってったヨシュアレントが最後に森に響き渡る大絶叫を上げた。
その絶叫を聞いて、ワイルドスワンがヨシュアレントから離脱する。
フルートが振り向いて確認すると、ヨシュアレントの葉が枯れて次々と散り始めた。
しばらくその様子を伺っていると、全ての葉が落ち、蔓もボロボロになって剥がれ、ヨシュアレントが死んだように動かず宙に浮かんでいた。
「殺ったのか?」
「クシュン!」
アークが呟くと、後ろからフルートのくしゃみが聞こえた。
「何だ? 花粉症ってやつか?」
「見ているだけで、鼻がムズ痒い」
「たしかエルフって、森の種族とか言われているんだろ」
「そう言われている」
「花粉症のエルフとか、自ら種族を否定しているな」
「アレルギーは個人の問題」
しばらく待って花粉が消えると、アークはワイルドスワンのワイヤーフックを伸ばして、ヨシュアレントに引っ掛けた。
「どう?」
「ギリギリだな。このまま高度を上げて、空獣に襲われずに帰るぞ」
「了解。だけど、帰ったら大変な気がする」
「何で?」
「こんな大きな木を持って帰ったら、きっと目立つ」
それを聞いたアークがウンウンと頷く。
「まあな、何となくお前の気持ちが分かるよ」
「どういう意味?」
「メイドじゃねえのにメイドの格好で出歩くとか、俺が女だったら、恥ずかしくて無理だからな」
「それをやれって言い出したのはアークじゃない! 馬鹿!」
フルートが水筒をアークの頭に投げつける。
「痛てぇ!」
ヨシュアレントを運ぶワイルドスワンは、高度を3000mまで上げると、コンティリーブへ帰る事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます