第54話 ずぼらな性格

 狩りを終えたアークとフルートがマイキーのドックに戻ると、フランシスカに用があったベッキーも居て2人を出迎えた。


「機体の調子はどうだった?」


 フランシスカがタラップを降りるアークに向かって話し掛けると、彼は真面目な顔で頷いた。


「ああ、腸内洗浄後みたいに、すこぶる順調だったぜ。ちなみに、俺は浣腸なんてハイセンスなプレイはした事ねえから、本当に気持ち良いかは知らねえけどな」

「飛行機をクソと一緒にするな!」


 その返答に、フランシスカが怒鳴り返した。


「イライラしているな。便秘だったら腸内洗浄してこいよ。そんな事よりレアな空獣を狩ってきたぜ」

「レアですか?」


 ベッキーの問いに、アークがサムズアップで応える。


「礁に行ったら、プリケツのフルフルが居たから、フルートが渾身の一撃をケツにブチ込んで仕留めたぜ」

「「「フルフル!?」」」


 アークの報告に、フランシスカ、マイキー、ベッキーが驚いていた。


「お尻は関係ないと思う。それに、腸内洗浄の後にぶち込むとか言うな」


 アークの横に居たフルートが、ギロッと横目で睨んだ。


 全員でアイテムボックスから、フルフルと鳥型の空獣を取り出すと、久しぶりにフルフルを見たマイキーが珍しく2人を褒めていた。


「本当にフルフルじゃねえか。昔、コイツを食ったことがあるけど、あれは絶品だったな」

「フルフルもですが、もう1匹の空獣も後頭部から1発で仕留めてますね。これは本当にフルートさんが?」


 ベッキーの質問に、フルートがコクリと頷く。


「フルフルを横取りされたから、本気を出した」


 その返答にアークが軽く肩を竦める。


理性たがが外れただけじゃね?」

「そうとも言う」


 特に反論する事なく、フルートが頷いた。




「このフルフルは、セリの前にウルドで買い取るんだろ」

「もちろんです。こんなレアな空獣を買わなかったら、社長に怒られちゃいますよ」


 アークの質問に、ベッキーが当然とばかりに頷く。


「オーケー。だったら買い取る前に、モモ辺りの肉を少しだけ頂こう」

「もしかして、食べるんですか?」

「以前、オークジェネラルを狩った時にオッドさんが居てさ、少しだけなら取っても大丈夫だって教えてもらってね。このフルフルは全財産をつぎ込んでも食う価値があるらしいじゃねえか。だったら、このド田舎に左遷されて来たフランとベッキーの歓迎も兼ねて、一緒に食おうぜ」


 アークの提案にフランシスカが肩を竦める。


「ただ共犯に誘っているだけだろ」


 だけど、ベッキーはその提案に乗り気だった。


「左遷じゃないです……多分……。だけど、社長が許可してるんだったら、良いかなぁ~♪」


 そんな中、マイキーがフルフルを見て腕を組み、考え事をしていた。


「ところで、このフルフルは誰が料理をするんだ? 俺も話でしか聞いてないが、コイツを料理するのはコツが要るらしいぞ」

「ん? マイキー、もしかしてアンタも食うのか?」

「はぁ!?」


 アークの問いかけに、マイキーは目が飛び出るぐらい驚いて、アークを睨み返す。


「おい、待て! この場の空気をどう読んだら、俺だけ食わないって話になるんだ。説明してみろ、コラ!」

「だって、痛風じゃん。俺が居た村のジジイは痛風で膝が痛くなったら、息子の嫁がキャベツと人参しか食わせなかったぞ」


 それを聞いたマイキーが露骨に顔を歪める。


「そいつは介護じゃなくて、ただの老人虐待だ。いいか、よく聞け。確かに痛風は食事制限があるし、酒も殆どが止められている。だけど、食っていい物だってあるんだ。そこは理解しろ!」

「面倒くせえ病気だな」


 マイキーの力説をアークがバッサリと一言で切り捨てた。


「面倒くせえ言うな! 俺が頑固ジジイに聞こえるだろ!! テメェも年を取れば分かる。いいか、肉に関しては内臓はダメだが、その他の部位に関しては食っても問題ねぇ!!」


 マイキーが必死に説明する様子に、全員がそんなに食べたいのかと呆れていた。

 そして、話を聞いたアークが、顎を押さえて考える。そして、出した答えが……。


「だったら、アンタの娘のフランが許可したら良いぜ」

「……鬼畜」


 2人の仲が良くない事を知っているフルートが、横でボソリと呟く。

 そのフランシスカは、突然話を振られて困惑していたが、父親の情けない様子に、笑いながら許可を出した。




 ドックでの会話が終わった後、フルートはギルドカードをアークに預けて、フルフルの肉を持って村へ行くと、村で唯一経営している宿屋の中へ入った。

 宿屋は1階が食堂で2階が宿泊施設になっていて、フルートが誰も居ない受付ロビーから食堂を覗けば、夕食の時間前なので、客は誰も居なかった。


 フルートがカウンターのベルを押して音を鳴らすと、2階から前にギルドで弁当を売っていたレッドが降りてきた。


「いらっしゃ……あっ」


 レッドは客さんがフルートだと気づくと、途中で声が詰まり驚いている様子だった。


「こんにちは」


 フルートが動揺しているレッドに向かって、右手をシュタッと上げて挨拶をする。


「……いらっしゃい」


 レッドはフルートと最初に出会った時、彼女に対して舐めた態度を取ったことで、憧れているアレックスに注意された翌日、彼女に謝罪していた。

 しかし、レッドの心の中では、未だに気まずい気持ちが残っていた。

 一方、フルートは、遺恨などスパッと忘れて普通に接している。


「そんなに堅苦しくしなくていい」

「…………」


 フルートが話し掛けても、レッドの緊張は解れず、黙ったまま彼女を見ていた。


「このままだと話が出来ない。それに君よりも、礼儀知らずで、品がなくて、態度も真面目からほど遠く、口から出る言葉は常に捻くれたセクハラ、飲んだくれだし、時々、暴れるし……それなのに、戦闘機の操縦は天才的……知る人ぞ知る全ての人間が口を揃えて、「アイツは人類史上最低なクソ野郎」だと評価されるのが身近に居るから、君の行動は気にしてない。むしろその素朴な心を大人になっても持っていて欲しい……逆にアークはこびり付いた穢れを払え」


 最後に本音をポロッと出して、フルートが溜息を吐いた。


「……す、凄い人ですね」

「性格だけならラスボスで、倒せば世界が平和になるレベル。まあ、色々な意味で桁外れ」


 フルートの冗談なのか本気なのか分からない話を聞いて、レッドが引き攣った笑いを浮かべると、彼に合わせてフルートが軽く笑った。


「えっと、それで、今日は何しにここへ?」


 レッドの質問にフルートが用事を思い出して、合いの手を打った。


「実はお願いがあって……」


 そもそもフルートがレッドの宿屋に来た理由は、フルフルの生息地がこの村の近くに生息している事から、村の料理人なら調理方法を知っていると考えていた。

 そして、レッドが宿屋の息子なのを思い出すと、宿屋の料理人にフルフルの調理をお願いしようと、ここに来ていた。


 その事をレッドに話すと、彼は「フルフル料理なら母ちゃんが作れる」と言って、厨房で料理中の母親を呼びに行った。




 フルートが待っていると、レッドが身重の母親を連れて戻ってきた。

 レッドの母親は30代ぐらいで、息子と同じ赤い髪を結い、顔は親子なだけあってレッドに似ていた。


「あら? かわいい彼女ね」


 母親の第一声に、レッドがギョッとする。


「エルフを見るのは初めてですか?」


 フルートが話し掛けると、レッドの母親は相手がエルフだと気が付いた。


「ごめんなさいね。その服が可愛くて、気付かなかったわ」

「……すっかり忘れていたけど、この格好で歩くと目立つんだった」


 フルートがメイド服のスカートを摘まんで溜息を吐く。


「ん-ー? 服が目立つんじゃなくて、貴女が可愛いから目立っていると思うけど……もしその恰好が嫌だったら、その白いエプロンだけでも取ったら?」

「えっ?」


 思わぬ発想にフルートが驚き、顔を上げて彼女をジッと見つめる。


「だって、メイド服が嫌なんでしょ? だったら、そのエプロンを取れば、普通の黒いドレスになるじゃない」

「……その発想はなかった」

「面白い子ね……」

「……何で誰も教えてくれなかったんだろう」

「そりゃねぇ……可愛いエルフの少女がメイド服を着てたら、誰も脱がそうとしないでしょ……私も最初に見た時は、似合ってるって思ったし……」


 メイド服という固定観念に捕らわれていたフルートは、エプロンを脱ぐという発想を聞かされてショックを受けていた。




「それで、レッドから少しだけ聞いたけど、フルフルを調理して欲しいって?」


 レッドの母親から話し掛けられて、フルートが頷く。


「何でも調理にコツがあるとか……」

「コツと言っても、煮込む時間が気温で変わるだけなんだけどね……まあ、経験がないと肉が生煮えだったり、固くなったり、ついでに味も不味くなるわ」

「やっぱり、自分で作るのは無理そう。お金は支払うので、作って欲しいです」

「どうせ今は暇だし、そのぐらいなら良いわよ。ついでに、せっかく来てくれた息子の可愛い彼女だから、特別に安くしとくわね」


 彼女はそう言うと、息子にウィンクを飛ばした。


「なっ! かーちゃん!!」

「あら? 子供だと思っていたのに、いつの間にか異性を気にする年頃になってたのね」


 息子の様子に母親は口元を手で隠して笑うが、レッドはフルートがまた怒り出すと思って、それどころではなかった。


「それでは、宜しくお願いします」


 だけど、フルートは別段気にする事もなく、レッドの母親に向かって頭を下げ、その彼女の様子にレッドは戸惑っていた。


「3時間ぐらいで出来るけど、もう夜だから女の子が出歩くのも危険だし、レッドに届けさせるわ」

「分かりました」


 フルートがフルフルの肉と料金を支払うと、レッドの母親は「久しぶりだから、腕が鳴るね」と言って厨房へと消えて行った。


「その……かーちゃんが、変な事言って悪かったな」


 謝るレッドに、フルートが首を横に振る。


「別に気にしてない。それよりも、私を怖がる君の心境が気になる。もしかして、私の事を化け物とでも思ってる?」


 フルートがレッドに近寄りジーッと見ていると、レッドが顔を赤らめてそっぽを向いた。


「べ、別にそんな事、思ってない……」

「そう? じゃあ、料理が出来たらよろしく」


 そう言い残すと、フルートは踵を返して宿を出る。

 残されたレッドは声を掛ける事も忘れて、その後ろ姿を見送っていた。




 フルートが自宅に戻って夕食の準備をしていると、ワイルドスワンの整備を終えたアークが、フランシスカ親子とベッキーを連れて帰ってきた。


「いらっしゃい」

「なかなか良い家じゃないか。家なんて私が出て行った後、ドックに寝泊まりしていたらしくて、家がとんでもない有様だったよ」


 フルートが皆を出迎えると、フランシスカがそう言いながらマイキーを指差して苦笑いをする。


「お前が家を出て行った後、痛風が酷くなって歩くのがキツくなったんだよ」

「だったら連絡の1つぐらい寄越せ」


 フランシスカが言い返すと、マイキーが露骨に顔が歪ませた。


「お前なぁ……親をぶん殴って気絶している間に村から出て行き、今まで1度も連絡先を教えなかった娘に、どうやって連絡するのかを教えてくれ」

「ん? ルークヘブンに住み始めた頃に1度だけ手紙を出したぞ……そう言えば、家に行った時に郵便物が溜まっていたな……」

「…………」


 フランシスカの話を聞いたマイキーが黙った事で、彼がこの数年間に1度も郵便物を見ていないという事実を、この場の全員が知った。


「ずぼらな性格もここまで来ると、ボケの領域に入っているな」


 アークが呟くと、全員が頷いて同意する。

 言われたマイキーは、何も言えず下を向いたまま落ち込んでいた。

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