第53話 礁の森

 フルートとベッキーがドックから出てからすぐに、ワイルドスワンの修理が始まった。

 そして、フランシスカ、アーク、マイキーの3人で作業をした結果、1日半掛けて、機体の修理とエンジンの調整を終わらせた。


 ちなみに、修理中に、このまま修理を進めたいフランシスカと、修理と同時にワイルドスワンの耐久度を上げたいマイキーが激しい言い争いになって、何度か作業が中断したが。その都度アークとフルートが仲裁に入って2人の喧嘩を止めていた。




 アークが整備士の2人と修理している間、フルートは村を案内する前に、ベッキーに頼まれてギルドへ向かった。

 ちなみに、ベッキーは飛行場に並ぶ戦闘機に見とれて転び、ギルドに入った途端にもスッ転んで、フルートをドン引きさせていた。


「出会いがしらにボケたその子は誰にゃ?」


 ギルドに入るなり何もない場所で転んだベッキーを、変人を見る様な目で見て首を傾げるトパーズが、フルートに尋ねる。


「ウルド商会から来たベッキーさんです」


 フルートが紹介すると、トパーズはウルド商会と聞いて、耳と尻尾がピーンと尖って、ベッキーをジーッと観察していた。


「えっと、初めまして。ウルド商会から来ましたベッキーです。支店を開くために、この村に派遣されました……」


 それから、ベッキーはウルド商会がコンティリーブの補給を全て一任された事、飛行場の倉庫を借りたい事、さらに、空獣の買い取りをするための支店の開設をトパーズに相談した。


 フルートとベッキーがトパーズと会話していると、2人の背後から大勢の人間の気配を感じて背筋がゾクリとした。

 2人が恐る恐る振り向くと、アレックスを含めた大勢のパイロットが2人を取り囲んでいて、その異様な雰囲気に身の危険を感じた。


「……えっと、どちら様で?」


 身を引きながら問いかけるベッキーに、アレックスが名前を名乗ってから要件を言ってきた。


「弾は? 30mmの弾はあるのか? それと燃料もだ!」


 ベッキーは彼等に怯えながらも、持ってきた補給品を思い出して口にする。


「たしか……フルートさんの手紙に付属されていた補給物資の優先度によると、30mmの弾丸は上位に入っていたので、先ほど12万発ほど持ってきました。燃料の方は随時こちらに運ぶ予定です」


 ベッキーが返答する。その表情は彼等を恐れて引き攣った笑いになっていた。

 一方、パイロット達は、補給物資を聞いた途端、ずっと無気力だった目から生気が蘇っていた。


『イヤッホーーー!!』


 パイロット達は歓声を上げると、ベッキーに向かって、礼を言ったり、質問をしたり、要求を言ったり、何故か拝み始めた。


「おっさんが子供ガキみたいにはしゃぐニャー! まだこっちの話が終わってないにゃ。ついでにお触り禁止にゃ。あっちに行ってろニャー!!」


 ベッキーが困っていると、トパーズが大声で怒鳴り、パイロット達を談話ルームに追い返すが、どうしても話を聞きたい彼等は、談話ルームに逃げても、会話を聞こうと耳を研ぎ澄ましていた。


「全く……いい年こいて、何時までもガキなオッサン連中にゃ! ベッキーにゃん、うちのパイロットが失礼したにゃ」

「……飢えた狼に囲まれたウサギの気持ちが分かりました」


 呆れ笑いをしながら謝罪するトパーズに、ベッキーは冷や汗を拭って答えていた。


 その後、ウルド商会はトパーズの紹介で、倉庫のレンタルと空き店舗を格安で契約すると、トパーズから暇そうなパイロット達を手伝いに借りて、早急に店作りをしてから商売を始めた。

 ちなみに、ウルド商会の商品は国外からの輸入なので、輸送費と関税が掛かって若干高めの値段で売ったのだが、村から逃げたダヴェリールの商人達は、高額の空獣を仕留める相手に対してボッタクリで売っていたので、逆に安いと感謝されていた。


 アークとフルートが来た時は寂れて、重苦しい空気に包まれていたコンティリーブの村は、流通が再開された事で少しずつ活気を取り戻しつつあった。




 ワイルドスワンの修理が終わった翌日。

 修理の手伝いで疲れていたアークに配慮して、午後から狩りに出かけた。


「あの親子は口を開けば、クソ下らねえ事で喧嘩ばかりしてたけど、腕だけはピカ一だから余計にムカつくな……」


 コンティリーブの東の空を飛行中、アークは高速仕様に変更されたワイルドスワンの調子が良い事にムカつきながら文句を垂れた。


「ギーブさんの弟子と孫弟子だから、腕が良いのは当然だと思う」

「だけど、捻くれた性格まで受け継いでるからヒデェ」


 散々文句を言っているアークだけど、本当は調子の良いワイルドスワンに乗って心が躍っていた。


「だけど、故障の問題がなくなったから、これで礁を主戦場にできる」


 フルートが話し掛けると、アークがにんまりと笑って頷いた。


「まあな。今日は午後だけだから、軽く小手調べだけして帰ろうぜ」

「了解」


 アークが速度を上げて東の空へとワイルドスワンを飛ばす。

 ワイルドスワンは荒野の堆を抜けると、低木林の礁へと入った。




 礁は堆と比べて、哨戒の難易度が各段に上がると言われていた。

 堆では荒れ地なので地表に空獣が居ない。従って、空だけ注意すれば良いのだが、礁だと低木林からも空獣が現れるので、監視の範囲が広がっていた。


 礁に入ってから双眼鏡で注意深く哨戒していたフルートが、地上に変な物体があるのを見つける。


「アーク、地面に何かが居る」

「ん?」


 フルートの指さす先をアークが目を凝らして見れば、艶やかなピンク色の物体が見えた。


「あれはケツか? どうやら誘っているらしい」

「隠れているつもりなのかな?」

「あんなプリップリのケツを見せながら、隠れてますだぁ? 発情したメスの求愛行動にしか見えねえぞ」

「……もしかして興奮してる?」


 アークの冗談に、フルートが首を傾げる。


「だから、俺は獣姦には興味ねえって。だけど、まあ、あれだ……誘われたからには、期待に答えるのが俺達、空獣狩りのマナーって奴だ。フルート、アイツのケツにお前の愛を込めた一発をねじ込んでやれ」

「本気でやる気が削がれる……」


 フルートは溜息を吐くと、ピンク色の空獣に向けて弾丸を放った。


「プギーーーーー!!」


 フルートの撃った弾丸がピンク色の空獣に命中すると、叫び声が空一杯に響き渡り、空獣が飛び跳ねて、その正体を現した。


「あれは、フルフル!!」

「マジか!? 大当たりだぞ!!」


 驚いているフルートの報告に、アークが歓声を上げた。


 空獣、フルフル。

 礁にだけ生息する空獣で、全長3mのピンク色の体毛をしており、その姿は尻尾の無いカモノハシに似ている。

 普段は姿を現す事なく土の中に潜んでいるが、発情期の時だけ姿の一部を表に晒す特性があった。

 フルフルの肉は最高ランクの食材で、この肉を食すために全財産をつぎ込む価値があるとまで言われていた。


「最近、仕留めたって話を聞いてない」

「そりゃそうだ。アレックス達は弾がなくて飛んでなかったからな!」

「うん。今、仕留めたら通常の倍の値段は付くと思う……あれ1体だけで1500万ギニー!!」

「ヤベエ。アイツが金にしか見えねえ!!」


 逃走を始めたフルフルを逃すまいと、ワイルドスワンはその後を追い駆け始めた。




 ワイルドスワンがフルフルを追い駆けると、右方向からヴァリアントトードが現れて、ワイルドスワンを見向きもせずに、フルフルを追い駆けた。


「チッ! この前のカエルか!?」

「あのカエルもフルフルを狙ってる」

「両生類がグルメ気取ってんじゃねえ。ハエでも食ってろ!」


 アークがカエルに負けじとフルフルを追っていると、今度は別の方向から新たな空獣が現れて、フルフルを追い掛ける。

 さらに空獣が続々と姿を現すと、フルフルとの追い駆けっこが始まった。


「ヒデエ事になったな……」

「さっきの悲鳴を聞いて集まってきたのかも」

「確かに、悲鳴ってのは興奮するからな」

「その性癖はどうかと思う」

「分かってないな。悲鳴ってのは危険信号なんだぜ、野生の本能で興奮するんだよ」


 言っている事は非常識だが、悲鳴が危険信号という説明に、フルートが納得する。


「危険信号を出して危険にさらされているのはどうかと思うけど、追い駆けてる空獣が4匹……アーク、どうする?」

「どいつもこいつもグルメ気取りのクソ野郎か? 最初に見つけたのは俺達だ。人の女に手を出す野郎は痛い目に遭うってのを、そのガトリングで教えてやれ!」

「分かった」


 アークの指示にフルートは頷くと、フルフルに1番近い空獣に向けて弾丸を放った。

 撃たれた空獣がのけ反って速度を落とすと、その横をワイルドスワンがすり抜けて追い越す。

 さらに、他の空獣を蹴散らして、フルフルに狙いを定めるが、そのフルフルは上下左右にちょこまかと逃げ回り、フルートは照準を合わす事が出来ず、顔を顰めた。


「何あれ……速すぎて狙うの無理……」

「ハエみてえに動くから追うのも無理だな……いっその事、プロに任せてみるか……」

「プロ?」


 プロの意味が理解できず、フルートが首を傾げる。


「あのカエルは、俺達を見向きせずにフルフルを追い駆けただろ。つまり、1度でも喰った経験があるって事だ。という事は、フルフルを捉える方法も知っている筈だ」

「確かにそうかも……」

「そして、アイツの攻撃は舌をビローンと伸ばしてのパックンしかねえ」

「うん」


 フルートがヴァリアントトードと戦った時の事を思い出して頷く。


「そこで俺の考えた素晴らしい作戦を説明しよう」

「……カエルにストローを刺して膨らませたネタを思い出した私としては、あまり期待できないけど、一応教えて」


 フルートの口調から、期待されていないと感じたアークが肩を竦めた。


「安心しろよ。今は目の前で大金が飛んでるから真面目だ。いいか、俺がフルフルをカエルの前まで追い込む」

「うん」

「そうするとカエルは当然、熱烈なキスをするが如く、舌を伸ばしてフルフルを捕まえる」

「……うん」

「その伸びた舌を、お前が撃ってチョン切る」

「…………」

「その後は舌に絡まって動きを止めたフルフルをぶっ殺して、とっとと撤収……どや?」

「…………」

「……どや?」


 途中から、フルートの気配が険悪な雰囲気に変わったと気付いたアークが首を傾げる。


「あれ? フルートさん? できれば返事が欲しいなぁ……」


 アークの問いかけに、フルートが溜息を吐く。


「逆に質問して良い?」

「何かな?」

「アークは今自分が言った事を出来る?」

「あっはっはっ、まっさかー。一瞬のタイミングで、そんな曲芸が出来るわけないじゃん!」


 アークが笑顔で答えると、フルートが呆れて頭を左右に振った。


「自分にできない事を、人に押し付けるのはどうかと思う」

「スペクテーターの期待に応えてこそ、プロアスリートだと思うぜ」

「……失敗しても文句を言わないでね」

「そうこなくっちゃ!」


 フルートの返答にアークがサムズアップで応えると、逃げるフルフルを追い立て始めた。




 アークがフルフルを追い立て、フルートがヴァリアントトード以外の空獣を撃って遠退かせる。

 そのフルフルは、執拗に追って来るワイルドスワンを気にして、前方で待ち構えて居るヴァリアントトードに気付いていなかった。


 そして、ヴァリアントトードが射程範囲に入ったフルフルに向かって、高速で舌を伸ばすと、舌を絡めて捕まえた。


「今だ!!」


 最大まで集中力を高めてゾーンに入ったフルートが、アークの発した声と同時に機銃のトリガーを押す。

 そして、ワイルドスワンから放たれた弾丸が、狙い通りヴァリアントトードの舌を撃ち抜いて引きちぎった。


「ヤッター!」

「さすがフルート様だぜ!!」


 舌に絡まれたまま身動きのできないフルフルの様子に、2人が歓声を上げる。

 舌から逃れようとするフルフルにフルートが機銃を向けるが、そのフルフルに突然、影が差した。


「「あっ!」」


 2人が見守る中、上空から鳥型の新たな空獣が現れて……。


 パクッ!


 フルフルを咥えると、そのまま去ろうとしていた。

 その様子に呆然としていたアークとフルートが、正気に戻ると逃げる空獣をギッと睨んだ。


「「ふ……ふ……ふ……ふざけんなーー!!」」


 理性がぶっ飛んだ2人が大声でハモって叫ぶ。

 ちなみに、普段は大人しいフルートが、この時だけは横から掻っさらった空獣に対して本気でブチ切れていた。


「アーク。ぼさっとしないで後を追って!」

「お、おう!」


 フルートの命令にアークがワイルドスワンの速度を上げて、フルフルを咥えて逃げる空獣を追い駆ける。


「せっかく……せっかく……上手くいってたのに……よくも……よくも……」


 後ろで呟くフルートの声に、アークの背筋が凍る。

 後のアーク曰く、あの時のフルートはマジで怖かった。


 フルートは射程外から空獣を狙うと、一撃で空獣を仕留めて、ついでとばかりにフルフルも一撃で撃ち殺した。


「すげえ……」

「アーク! 回収!!」

「お、おう!!」


 神業ともいえる射撃に驚くアークに、フルートが命令する。

 アークは慌てて鳥型の空獣とフルフルを回収すると、礁から飛び出してコンティリーブへ進路を向けた。




「何か、今回は色々と凄かったな」

「精神的に疲れた……」


 帰路の途中、アークが話し掛けると、フルートはぐったりと力を抜いて呟いた。


「なあ、仕留めたフルフルだけど、少しだけ俺達で食わねえか?」


 アークの提案に、フルートがゆっくりと顔を上げる。


「お金はいいの?」

「金なんて空獣を狩ればいくらでも稼げるだろ。それよりも、一生掛けても食う事ができねえと言われている最高級の肉ってヤツを食う方が、人生の贅沢って奴じゃね?」

「そうかも……」

「問題は素人が手を出して良い食材じゃねえって事だな」

「それなら1人だけ、伝手がある」

「おっ? 引きこもりで本しか読まないフルートにしては珍しいな」

「引きこもり扱いするのは失礼」

「こりゃ失礼。んじゃ、もも肉だけ貰ったらフランとベッキーを誘って食おうぜ」

「マイキーは?」


 フルートが首を傾げて、アークに質問する。


「痛風に贅沢はダメだろ。アイツは匂いだけ嗅がせて、野菜だけ食わせりゃ良くね?」

「さすがにそれは可愛そうだと思う……」


 アークの返答に、フルートはマイキーを憐れんで肩を竦めた。

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