第52話 ウルド商会からの派遣

 アークとフルートは安定した稼ぎをしながら、戦闘の経験値を上げていたが、同時にワイルドスワンも少しずつダメージを受けていた。


 堆で稼ぎ始めてから4日目。

 午前の戦闘中に機銃と座席が回らなくなり、2人は慌てて戦闘から逃げ出すと、コンティリーブへ帰還した。




 アーク、フルート、マイキーの3人がワイルドスワンの下に潜って故障個所を確認すると、後部座席と機銃を回転させる部分からオイルが滴り漏れていた。


「オイル漏れか……」


 マイキーは呟くと、漏れているオイルを指ですくって擦り合わせた。


「整備不良だな……見てみろ」


 マイキーがしかめっ面をして、2人に指先を見せる。


「オイルに砂がこびり付いてる。それが少しずつ回転する箇所にダメージを与えていたらしい」


 マイキーの指に付いている砂埃を見て、アークとフルートが唸り声を上げた。


「後部座席と機銃か……1番壊れちゃいけねえ箇所がぶっ壊れたな……」

「ところで、軍に居た頃、大尉と一緒にコイツを何度か弄った事があるが、こんな構造だったか?」


 溜息を吐いているアークに、マイキーが首を傾げて質問する。


「機銃周りはルークヘブンに居た時、アークの要望でフランが改造した」


 マイキーの質問にフルートが答えると、彼は驚いて興味深く構造を調べ始めた。


「ふむ……仕組みは面白いが、整備ありきの構造だから、耐久度が足りてねえ。もう少し丁寧に作るべきだったな」

「厳しい親だな。それで娘の代わりに、直せるか?」

「直せない事はないが……俺達だけじゃ時間が掛かるぞ」


 その返答にアークとフルートが悩んでいると、ドッグの入り口から声が聞こえた。


「だったら私も手伝おう」


 アーク達が振り向けば、ドックの入口にフランシスカが立っていた。




「フラン!?」

「フラン? 猫の手も借りたいと思っていたところに、クイーン・オブ・タイガーが現れたぞ」

「……フランだと?」


 驚く3人に向かって、フランシスカが片方の口角を吊り上げて笑った。


「フルート、久しぶりだな。元気にしていたか? それとアーク。お前は私を何だと思っているんだ?」

「けだものフレンズ。もしくは野獣フレンズ」


 アークの冗談に、フランシスカのこめかみが痙攣する。


「……ぶん殴るぞ!」

「やはり親子だな。性格が似てるぜ」

「俺はあそこまで凶暴じゃねえ……それで、お前、どうして戻ってきた」


 2人の後からワイルドスワンの下から這い出たマイキーが、アークにツッコミを入れてから、フランシスカに話し掛けた。


「それが7年ぶりに会う娘に向かって言うセリフか? 相変わらずだな。ここに来たのは、仕事だよ」

「仕事?」


 マイキーが眉を顰めると、フランシスカが頷いた。


「親父の足が不自由で整備士が居ないって、フルートの出した手紙に書いてあったのをオッドさんが気にしてね。それで、娘の私に白羽の矢が立ったって訳さ」

「でもルークヘブンは大丈夫?」


 フルートの質問に、フランシスカが微笑む。


「ロジーナが繰り上がって主任になったよ。あそこもアークが抜けて少し楽になったからな。何人か新たに受け入れてはいるが、そう忙しくもなくなったから大丈夫だ」

「なんか、俺が1人居るだけで忙しかったみたいだな」

「実際にお前が居た時は、トラブル尽くしだったのを忘れたのか?」

「フラン。本人に自覚がないから、話しても無駄」


 アークが呟くと、フランシスカが顔を顰めて、フルートが溜息を吐いた。


「それでフランが来たって事は、ウルドがここに来たって事か?」


 その質問にフランシスカが頷く。


「ああ、スヴァルトアルフの協力で、ダヴェリールの許可も下りている。ここの物資の補給は全てウルドが仕切る事になった。しかも、全てスヴァルトアルフからの直輸入だから、逃げたダヴェリールの商人は一枚噛むことも出来ないぞ。奴等は相当悔しがっているだろうな」

「「おおー」」


 ウルド商会の参入を聞いて、アークとフルートが拍手をして讃えていた。




「それで、ワイルドスワンはどんな状況だ?」


 フランシスカから問われて、アークが肩を竦める。


「後部座席と機銃が回らなくなった。他の場所は何とか修理できるんだが、ここはお前が弄っただろ。だから、よく分からねえんだ」

「なるほど。確かに機銃周りの構造を知っているのは、私とロジーナだけだ」


 話を聞いたフランシスカが、ワイルドスワンの下に潜り込んで壊れた箇所を調べ始める。


「俺もコンティリーブに着いてから、じっくり調べようと考えていたんだけど、まさかこの村がクソを漏らす寸前になっているとは、思ってもいなかったからなぁ……」

「普通にスタンピード寸前と言え!」


 確認を終えたフランシスカが、機体の下から這い出ると、アークとフルートに笑みを浮かべた。


「問題ない。こんな事もあろうかと、積荷に部品を積んできた。修理だけなら今日中にできる」


 その報告に、アークとフルートの2人は、安堵の溜息を吐いた。


「さすがフラン。整備士なら1度は言ってみたいセリフをさらっと言うのが凄い」

「確かに……ベッドの上で入れようとしたタイミングで、避妊具を出す感じが凄いな」

「整備士として当然の事だけど、それを褒められるのは嬉しいな。それとアーク、お前は死ね!」


 フランシスカがフルートに微笑んでから、アークに向かって睨みを利かせた。


「今、一瞬、撲殺されるイメージが浮かんだ」

「勝手に浮かんでろ。それじゃ、今日と明日は修理とエンジンを弄るぞ。アークも手伝え」

「エンジン?」


 エンジンを弄ると聞いて、アークが首を傾げる。


「ルークヘブンに居た時、森の中に入るからと、低速で安定するように弄っただろ」

「そう言えばそうだった」


 すっかり忘れていたアークが合いの手を打つ。


「コンティリーブだと、低速より高速での機動の方が多いはずだ。だったらエンジンも高速向けに調整する」

「それは助かるけど、来て早々に悪いな」


 そう言うアークに、フランシスカが首を横に振った。


「気にするな。実家には1度帰りたいとは思っていたんだ。……親父、私の部屋はそのままだろ」

「俺が片付けをすると思うか?」


 マイキーが肩を竦めると、フランシスカが呆れた様子で顔を顰めた。


「思わん。という事は、寝る場所はある。だったらこのまま……」

「やっと、見つけましたーー!!」


 突然、ドックの入口から女性の声がして、全員が振り向く。

 そこには、背の低い女性が、フランシスカを指さして叫んでいた。




 女性の身長はフルートと同じぐらいで155センチ前後。

 髪の毛はこげ茶色で肩まで伸ばし、幼く見える顔に大きな眼鏡を掛けていた。


「フランさん、探したんですよーー。急に居なくなるから困って……ブベラッ!」


 女性が怒りながらフランシスカに近づくと、その途中の何もない場所で突然転んだ。


「おい、ベッキー。大丈夫か?」

「メガネ、メガネ……」


 駆け寄るフランシスカを余所に、ベッキーと呼ばれた女性は床に転がったメガネを探していた。


「フルート、よく見ろ。あれがユーモアって奴だ。特に最初の印象が大事って事を考えて、出会いがしらにボケをかます。考えてもなかなかできないぜ」

「……ただの天然だと思う」

「俺もそう思う」


 ベッキーを見分するアークに向かって、フルートとマイキーがツッコミを入れた。




「メガネ……メガネ……あ、あった」


 ベッキーはメガネを見つけて掛け直すと、シャキっと立ち上がってアーク達の前に立った。


「失礼しました。私、ウルド商会購買部のベッキーと言います。コンティリーブで支店を立ち上げるために派遣されました。宜しくお願いします」


 そう言ってベッキーが頭を下げる。


「……フラン。こんな小さい子供で大丈夫なのか?」


 アークの質問に、フランシスカが肩を竦める。


「彼女とは同期入社の仲だ。見た目はああだが、仕事の腕は確かだぞ」

「ご安心ください。身長が低いのは私が人間とドワーフのハーフだからです。見た目と違って、力はあるんですよ」


 そう言ってベッキーが片腕を上げて力こぶをアピールするけど、長袖なのでアーク達には伝わらなかった。


「まあ、アンタの父親か母親のどっちか知らねえが、デブ専なのを自慢されても別に興奮しねえぞ」

「なるほど。あなたがアークさんですね。本当に社長の言っていた通りの人です」


 アークの冗談に、ベッキーが怒る事なく笑い返す。


「どうせクソ野郎とでも言ってたんだろ」

「いいえ。頭の回転は速いけど、処理能力がイカれている人って褒めてました」

「褒められている気がしねえ」

「確実に褒めてないと思う……」

「俺もそう思う」


 アークが首を傾げると、フルートとマイキーがツッコミを入れていた。


「取り敢えず、明後日までに、ウルド商会の支店を立ち上げます。だから、アークさんとフルートさんも、空獣をいっぱい狩ってきてくださいね」

「修理が終わったらな」

「……修理?」


 首を傾げるベッキーに、ワイルドスワンの故障について説明すると、彼女は目を丸くして驚いていた。


「え? だったら早く修理をしないと、ダメじゃないですか!」

「そうだな。アンタが来なかったら、今頃は修理を始めてたんじゃないかな」


 マイキーが呟くと、ベッキーが首を傾げた。


「……ひょっとして、私、邪魔していました?」

「おや? 今頃お気づきで?」

「……スイマセン」


 アークの冗談に、ベッキーが気恥ずかし気に頭を下げた。


「まあ、今のは冗談だ。だけど、今からフランを連れて行かれると、こっちが困る」

「それは困りました。フランさんに案内してもらおうと思っていたのですが……」

「だったら、代わりにフルートを貸すよ。まだここに来て日が浅いけど、コイツは既にこの飛行場の職員を全員メロメロにしている」

「その言い方は、嫌……」


 フルートがアークを横目でジロっと睨んだ。

 だけど、ベッキーはフルートの様子に気付かず、アークにお辞儀をする。


「それは助かります。それではフルートさん、一緒に行きましょう!」


 そう言うと、ベッキーは強引にフルートの手を掴んで、外に連れ出そうと歩き始める。


「えっ、チョット……待っ……キャッ!」


 ベッキーが一歩歩いたところで、また何もない場所でスッ転び、手を繋いでいたフルートを道連れにして地面に倒れた。


「メガネ……メガネ……」


 再びメガネを落としたベッキーが、床に這いつくばってメガネを探す。


「…………」


 その横では、フルートが床に伏したまま理不尽な状況を理解できず、思考が止まっていた。


「ふむ。去り際にもボケを咬ます。しかも、素人を巻き込むか……」

「いや、ただの天然だと思うぞ……」

「俺もそう思う」


 アークのボケに、フランシスカとマイキーが同時にツッコんでいた。


「意味が分からない……」


 フルートは地面に伏せったまま呟いた。


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