第51話 堆と呼ばれし荒野02
フルートがサンドイッチの半分を渡してマイキーの怒りを収めた後、アークとフルートは再びワイルドスワンに乗りこんだ。
午前中に堆の北を飛んだ2人は、午後は別の場所探索したいというアークの希望で、飛行場を出るとコンティリーブ東へと向けた。
「何か居たか?」
哨戒をしているフルートにアークが声を掛けると、彼女は双眼鏡を少し離してから首を横に振る。
「敵影なし」
「んーー。東は北に比べて敵が少ねえのか?」
「堆に入ったばかりだから、まだ気が早い」
「分かってねえな。男ってのは、イザって前が一番ギンギンになるんだよ。あんなことがいいな 出来ればいいな。って感じで妄想が膨らむんだ」
「あんな夢や、こんな夢がいっぱいあるのは良いけど、性犯罪を口から垂れ流すのはどうかと思う」
「俺は親切が取り柄だから、自分の興奮を他人にも分け与えたいんだ」
「No, Thank you!」
アークの冗談に、フルートは心の芯から拒絶した。
しばらくフルートが哨戒を続けていると、前方左の雲の合間に飛行集団を見つけた。
「アーク。前方11時方向に
「空獣か?」
「まだ分からない」
「……迂闊に接近するのはやめとこう。遠回りで近づくから、正体を見極めてくれ」
「了解」
アークはワイルドスワンの速度を少しだけ上げると、後方から回り込むように移動を開始した。
「うっ! あのもこもこは……1番会いたくて、出会いたくない空獣」
「何だ。その思春期真っ只中な淡い恋心は……」
「マッドテディーが8体……」
「ああ、なるほど……」
空獣の正体を聞いたアークが、顔を顰めて納得する。
マッドテディー。
全長1.5mの3投身で熊の格好をした空獣。毛並みがもこもこして、ふわふわと飛ぶので見た目は可愛い。
その見た目の可愛さから、過去に人気デザイナーがぬいぐるみを作って売ったところ大ヒットして、空獣の事を知らない女性からの人気が高かった。
ただし、性格は見た目と違って凶暴。
何も知らないで近寄ると、集団で襲い掛かってしがみ付き、鋭利な歯と丈夫な胃袋で鉄だろうが何だろうが食べる。
1度しがみ付かれると、振り払う事も機銃で攻撃することも出来ず、戦闘機はそのまま墜落して、もしパイロットが生きていたとしても、生きながら食べられるという悲惨な結末を迎える。
ちなみに、マッドテディーのもこもこした毛皮で作る布団は、最高級品として貴族の間では人気の品なのだが、その可愛らしい容姿から、この空獣だけを守る保護団体も存在していた。
「俺としては他人の生活を潰そうとする保護団体の抗議を浴びても、あの毛皮でひと財産築くのにためらいはない。で、どうする?」
「……やる」
アークの問いかけにフルートが躊躇いがちに答える。
「了解。んじゃ、淫乱テディーベアを殺りますか!」
アークはニヤリと笑うと、ワイルドスワンの速度を上げた。
「それ、絶対に言うと思った」
フルートは溜息を吐くと、操縦桿を握りしめてマッドテディーに狙いを定めた。
後方から近づくと、ふわふわ飛んでいたマッドテディーの1体がワイルドスワンに気付いて、「きゅー?」と可愛い声を上げた。
その声に全てのマッドテディーが振り向き、ワイルドスワンを見ると、やはり可愛らしく首を傾げてから、高速で近づいて来た。
「ちっ! 気づかれた!!」
「かわいい……」
焦るアークとは逆に、フルートはマッドテディーの可愛さに、心がほわわんとしていた。
「魅了されてんじゃねえよ! テメエは獣姦マニアか? 接近戦はこっちが不利だから、距離を取るぞ!!」
「うう……分かった!」
アークがワイルドスワンを180度急旋回させると、フルートが座席を後ろへ回した。
「見た目は可愛いのに……」
「俺の経験則だと、見た目が良くて馴れ馴れしい女はヤリマンビッチだぞ」
「……そうなの?」
「マリーがその例だ」
「あーー」
その例題を聞いて、フルートは何度も頷いた。
背後から追いかけるマッドテディーに、フルートが躊躇いがちに機銃を撃つ。
その放たれた弾丸は先頭の1匹に命中するが、もこもこした体毛に阻まれて体まで届かなかった。
逆に攻撃を喰らったマッドテディーは、撃たれた仲間に近寄り、「きゅー、きゅー」と鳴くと、一斉にワイルドスワンの方にグルッと視線を向ける。
そして、マッドテディーのつぶらな瞳が充血した赤い目となり、鋭利な歯を見せつけるように口を大きく開くと、キーキーと猿の様に叫び始めた。
「うわぁ……」
可愛らしさを捨て去り、本能をむき出しになったマッドテディーの変貌に、フルートがドン引きする。
「可愛らしい容姿を変身させてから、恐怖の底へ突き落すのは、ホラーの基本だな」
「実際に体験したくなかった……」
アークが笑うのとは逆に、フルートはガックリと肩を落とした。
フルートが先頭のマッドテディーの大きく開いた口に弾丸を浴びせて、1体を仕留める。
死んだマッドテディーは、凶暴な顔つきが一変して、安らかな死顔を浮かべた。
「罪悪感が酷い……」
その安らかな死体に、フルートが胸を痛めていた。
それから、弱点が口の中で1発で仕留められると分かったアークは、ワザと遅く飛ばして、マッドテディーに襲わせようとした。
そして、マッドテディーが口を開けたタイミングに合わせて、フルートが撃ち殺す。
マッドテディーは引くことを知らず、次々と撃ち殺されて、全てのマッドテディーが全滅した。
「エネミークリアー。ついでに私の心も死にました」
疲れ切ったフルートの口がポカーンと開いて、その口からエクトプラズムが出ようとしていた。
「ほい、ご苦労さん。だけど、後部座席を回転させるようにして正解だったな。後ろから毛のない箇所を狙えと言っても、ケツの穴ぐらいしかねえし」
アークが労いながら死体を回収する。
「正面からだと、もこもこに防がれて勝てなかったと思う。それと語彙力が下品限定なのはどうかと思う。本当に思う」
アークの話に、フルートが顔を顰めた。
「まあ、何はともあれ、改造してくれたフランに感謝だ」
「うん」
「親父はロクデナシだけどな」
「同族嫌悪?」
「ちゃうわ!」
アークはマッドテディー死体を全て回収すると、次の獲物を探しに北東へ進路を向けて、ワイルドスワンを移動させた。
ワイルドスワンを飛ばしていると森が見えてきた。
「アーク。森が見える」
「ん? 礁に近づきすぎたかも……少し覗いて行くか?」
慣れるまで堆で戦闘スキルを上げると言った、アークの午前中の発言を思い出したフルートが、額に手を添えてため息を吐いた。
「午前中に言った謙虚なセリフを、たった数時間で覆すのはどうかと……」
「前にも言っただろ。俺は自分の言葉に責任を持たねえんだ」
アークが肩を竦めて笑うと、フルートがジト目になった。
「そのポリシーは、大人として、男として、人間として、あらゆる方面でダメだと思う」
「確かに俺が言われる立場なら、ソイツをぶっ飛ばしてるな……よし、戻ろう」
アークはワイルドスワンの進路を西側へ変えると、それと同じタイミングで森が騒めき、カエル型の空獣が森から飛び出して姿を現した。
「森からカエル!」
「森へ帰れ!!」
フルートの報告にアークが叫ぶが、彼の願いは聞き届かず、カエルは跳躍してワイルドスワンとの距離を詰めてきた。
カエル型の空獣は、ヴァリアントトード。
礁に住み、全長は20mのカエル。
堆に生息するセルハブラなどの虫型の空獣を餌とし、時折、礁から堆へと現れる。
地上付近に生息しているが、強力な飛翔力で空を飛び、攻撃は長い舌で相手を絡め捕って捕食する。
滑る皮膚は物理攻撃を受け流し、30mmガトリング砲以下は歯が立たない。
皮膚の滑りを作る器官は錬金で潤滑剤となり、心臓は薬の材料として高く売れる。
「あれはヴァリアントトード。多分、ワイルドスワンを虫と勘違いしている」
「オタマジャクシに戻って、生まれ育ったババアの卵巣に突っ込め!」
ワイルドスワンが旋回してヴァリアントトードから距離を取り、フルートが機銃と座席を後ろに回転させる。
追い駆ける敵に向かって威嚇射撃を試みるが、弾丸は皮膚を貫通することなく、滑るように弾かれた。
「やっぱりダメ。攻撃が通じない」
「20mmじゃキツイか……」
「そうかも……あ!」
「うおっ! ヤベエ!!」
ヴァリアントトードが後ろ脚に力を入れて一気に跳躍し、300m近くあった距離を詰めてきた。
後ろを振り向いていたアークがワイルドスワンを左へ急旋回する。
しかし、回避したと思いきや、ヴァリアントトードが舌を伸ばしてきて、舌が翼に当たり一部が破損した。
「やりやがったなクソ野郎! フルートやり返せ!!」
「了解」
フルートの射撃にヴァリアントトードが怯んでいる間に、アークはワイルドスワンの速度を上げると、舌の攻撃範囲から離れてヴァリアントトードを中心に旋回していた。
「どこを撃っても、攻撃が効かない……」
「だったら、カエルの弱点を思い出せ!」
フルートの報告にアークが怒鳴る。
「カエルの弱点なんて知らない」
「ガキの頃、カエルのケツにストローを突っ込んで、風船みたく膨らませなかったか?」
フルートが射撃をやめて、ジト目でアークを睨んだ。
「……で? それを教えたアークは、私にどうしろと?」
「いや、そう冷静に言い返されても困るんだけどな。緊張を解そうと冗談を……」
「冗談を言う前に、まず状況を考えるべきだと思う」
「おう、次から気を付けよう」
ヴァリアントトードがピョンピョンと飛んで、向きを変える。
そして、跳躍するとワイルドスワンに舌を伸ばし、攻撃を繰り返していた。
「よっと! 1度攻撃を見たから、後はタイミングだけだ……」
ワイルドスワンがフェイントを織り交ぜて、ヴァリアントトードの攻撃を躱す。
機体が揺れて照準を合わし辛い中、フルートはヴァリアントトードの弱点を考えていた。
(カエルの弱点……弱点……。さらけ出しているとは思えないから、隠している場所……もしかして、お腹? カエルのお腹って、ぷにぷにしていて気持ち良い)
最後の方は少しだけ考えがズレたが、フルートはヴァリアントトードの弱点が、地表に触れている腹だと考えた。
「アーク。何とかして、あのカエルを跳躍させて欲しい。飛んでる最中にお腹を攻撃してみる」
「なかなか無茶な注文だな」
「無理?」
「ハッ! 頭のイカれた客の無茶なオーダーを受けてこそ、一流のコックって言うんだぜ。任せろ!」
フルートの注文を受けたアークがニヤリと笑った。
ワイルドスワンがヴァリアントトードから逃げだすと、地上から攻撃していたヴァリアントトードは攻撃を止めて、強靭な脚力で空を飛び、ワイルドスワンを追い駆けた。
「今だ!」
突然ワイルドスワンが急旋回して、跳躍中のヴァリアントトードの下に潜る。
さらに、90度ロールさせて上下逆になると、ヴァリアントトードの腹が機銃の射程内に収まった。
その一瞬のタイミングで、フルートがトリガーを押す。
20mmガトリングの弾丸が、ヴァリアントトードの腹に食い込んだ。
フルートが放った弾丸が腹を貫通すると、ヴァリアントトードは跳躍中にもがき苦しみ、地面で仰向けになって苦しそうに暴れていた。
「ナイスキル!」
「まだ生きてる!」
「ひっくりカエル。違った。ひっくり返っている間にトドメを刺すぞ!」
「はいはい」
アークの冗談を適当に相槌したフルートが、呻き苦しんでいるヴァリアントトードの腹に向かって機銃を連続掃射。
その攻撃で、ヴァリアントトードは息絶え、痙攣を繰り返していた。
「ふう……終わったな」
地上すれすれまで接近して、ヴァリアントトードの死体を回収すると、アークが溜息を吐いた。
「火力が足りない……」
「ああ、そうだな……」
フルートが呟くと、アークが頷く。
「だけど、今すぐ交換は難しいぜ」
「分かってる。交換しても今は弾がない」
「帰ったらマイキーに相談だな。とりあえず今日はカエルぞ。ゲロゲロ」
「カエルだから帰る。酷いギャグ……」
戦闘よりもくだらないギャグを聞き疲れたフルートがぐったりする。
その様子にアークは笑うと、ワイルドスワンをコンティリーブに向けて飛び去った。
この日、2人は飛行場に戻ると、マイキーの指導でワイルドスワンを修理する。
不慣れな2人による修理は深夜までかかり、くたくたになって家に帰ると、そのままベッドに潜って翌日の昼まで眠ていた。
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