第50話 フルートと赤い髪の少年
コンティリーブの飛行場に着陸した後、アークはマイキーのドックにワイルドスワンを停めた。
アークとフルートがワイルドスワンから降りると、椅子に座っていたマイキーが話し掛けてきた。
「ご苦労だったな。初日の感想はどうだ?」
「そうだな……乱交パーティ好きの空獣だらけで興奮するね。つい乱入して皆殺しにしてきたぜ」
マイキーがアークの冗談を鼻で笑い返す。
「どうやら俺が知らねえ間に、空獣は乱れた性生活を送っているらしいな。それで、何を倒した?」
「セルハブラだ。4匹と5匹のグループが居たから、殲滅しといた」
「ほう……」
アークの報告にマイキーが少しだけ感心すると、椅子から立ち上がってワイルドスワンに近づいて機体の損傷の確認し始めた。
「……初めてセルハブラを倒したにしては、傷1つ付いてねえ。良い腕をしてやがる」
「フルート、褒められたお礼に何かサービスしてやれよ」
「やだ」
「だったら、ギルドに行って空獣の回収依頼をしてこい。お前がお出かけしている間に、俺は弾とエネルギーの補充と、おまけで老人の介護だ」
「分かった」
フルートはアークが放り投げたギルドカードを受け取ると、ギルドに向かって歩き去った。
「……老人介護ってのは、俺の事か?」
「アンタ以外に誰が居る?」
「クソガキ、俺はまだ52だ」
「イライラしてるな。もしかして更年期障害か? 勃起障害が悲しくなる年頃だ。まあ、ガンバレ」
「死に腐れ!」
マイキーの怒鳴り声を無視して、アークがワイルドスワンのアイテムボックスから空獣の死体を取り出してリアカーに落とし入れると、燃料の補充を始めた。
「マイキー。20mmの弾はどこだ?」
「奥の茶色い箱の中だ。5年前に買った奴だが、年の初めに点検して不発弾は取り除いている」
「まあ、使えるなら良いか……お、これだ。これだ」
アークは弾の入った箱を探し出すと、弾丸を取り出してワイルドスワンの機銃にセットする。
「パイロットにしては随分と手慣れてるじゃねえか」
「ガキの頃からギーブに教わっていたからな」
「大尉は元気か?」
「ダイエットに失敗した健康オタクだから、ムカつくぐらい元気だぜ。性格もムカつくけどな」
「昔から酒に青汁を入れたり、健康に良いと聞けば虫すら食っていたな……」
マイキーの話にアークが肩を竦める。
「健康の為なら笑いながら死にそうだ」
「その意見には同意する」
2人は同時に顔を顰めると溜息を吐いた。
アークはワイルドスワンの機関銃に弾丸をセットすると、マイキー愛用のテーブルの椅子に座って休憩に入った。
そして、2人並んで休んでいると、アークが口を開いた。
「マイキー。20mmの弾の補充と、レッドフォックス社でワイルドスワンと互換性があるパーツを購入しといてくれ。金は領収書と交換だ。ウルドが来たら俺が纏めて請求する」
「分かった。それで実際にどうだ。ここでやっていけそうか?」
「まあ、やっていけんじゃね? 堆だったら稼ぎにはなると思う。後2週間で何とか、灘に行けるように鍛える予定だ」
その返答に、ワイルドスワンを見ていたマイキーの目線が、アークに切り替わった。
「アルセムか……お前等も挑むのか?」
「まあな。ところで、アンタは逃げないのか?」
「逃げるならとうの昔に逃げてるぜ」
「何で逃げない。こんな寂れた村でも愛着があるのか?」
「いや、足掻いて逃げるのも、難民となって生きるのも面倒くせえだけだ」
「活力のねえ、爺さんだな」
「…………」
マイキーは自虐的な笑いを浮かべると、煙草を吸って灰色の空を見上げた。
「何もかもが面倒なんだよ……」
「重症だ」
マイキーの呟きにアークは肩を竦めると、彼と同じように灰色の空を見上げた。
フルートはドックを出た後、ギルドに入って、トパーズのカウンター前に立っていた。
「空獣の回収と、午後のフライトの予約をお願いします」
「あいにゃ。カードを預かるにゃ」
トパーズがギルドカードを受け取って、ささっと事務処理を終わらせる。
「ところで、アークはどうしたにゃ?」
「機体の整備中」
「昨日聞いた話だと、マイキーのドックを借りているみたいにゃけど、そのマイキーはどうしたにゃ?」
「マイキーは足が不自由だから、自分達で整備をする必要がある」
「膝に矢でも刺さったのかにゃ?」
昨日、フルートがマイキーに質問した事を、トパーズが言ってきた。
「痛風だそうです」
「にゃはは。確かに銃のある世界で矢が刺さるとか、時代遅れももいいとこにゃ」
フルートの回答に、トパーズがウ笑って頷いた。
「ところで、トパーズさん。この飛行場に食堂ってあるの?」
「自慢じゃにゃいけど、この飛行場は広いだけで設備は何もないにゃ」
トパーズの返答に、フルートが顔を顰める。
「確かに自慢にならない……」
「維持費が掛からなくて楽にゃ。だけど、お昼の事を考えているにゃら大丈夫にゃ。もう直ぐ……ああ、来たにゃ」
トパーズがギルドの入り口を顎でしゃくり、フルートが振り返る。
そこには赤い髪の少年が荷物を抱えて立っていた。
フルートが少年を見たところ、年齢は10歳を超えたぐらい。
身長はフルートよりも少し低く、活発だけど近所のワルガキという印象を、彼女に与えていた。
「こんちわー」
少年は元気よく声を上げると、慣れた様子で談話ルームの一角を占領する。
そして、荷物を下ろして弁当を売り始めた。
その少年の様子を見ながら、トパーズが少年について話し始めた。
「あの子は宿屋の息子のレッド君で、毎日、村からギルドまでお弁当を売りに来ているにゃ。ちなみに、彼の将来の夢は、空獣狩りになることらしいにゃ。実に残念にゃ」
「……トパーズさんは空獣狩りが嫌いなの?」
「チョット違うにゃ。空獣狩りが嫌いじゃなくて、下品なおっさんが嫌いなだけにゃ。だから、フルートにゃんは大好きにゃ」
「…………」
トパーズの返答に、左右の受付嬢が同意して頷いた。
「……あの子は避難しないの?」
スタンピードが近づいている。この村に住む人なら何よりも危険を知って避難する筈なのに、子供が居る事に矛盾を感じて質問すると、トパーズが困った表情を浮かべた。
「レッド君のお母さんは妊娠中で、もう直ぐ弟か妹が生まれる予定にゃ。両親はレッド君だけでも親戚の家に逃がしたがっているけど、あの子は両親と離れたくないからウンと言わないにゃ。確かに親戚の家に預けられたとしても、両親が死んで1人で生きていくのは辛いにゃ。だから、あの子の気持ちも分かるにゃ」
「…………」
「それに、レッド君はお母さんのお腹が大きくなると、ここまで弁当を売りに来て、家計を支えているゃ。良い子なのに将来の夢が空獣狩り……実に残念にゃ」
トパーズは溜息を吐くと、左右の受付嬢も同時に溜息を吐いていた。
レッドが声を張り上げて弁当を売り出すと、談話ルームでたむろしていたパイロットが近寄って、弁当を購入していた。
「どんなのを売ってるの?」
「いらっしゃ……え?」
購入者が途切れたタイミングでフルートが話し掛けると、レッドが驚いてメイド服のフルートを2度見する。
そして、場違いな彼女を見ながら、口をポカーンと開けて呆けていた。
「どんなのを売ってるの?」
フルートが心の中で溜息を吐き、何も言わないレッドに向かって同じ質問をする。
「サンドイッチ……」
「中身は?」
「……ツナマヨ」
場違いなメイド服のフルートに、レッドは理解が追い付かず呆然と答えていたが、自分と同じぐらいの年齢の少女だと分かると、次第にぶっきらぼうに言い始めた。
実際のところ、フルートはエルフなので、レッドよりもかなりの年上なのだが、エルフを見た事のないレッドは、気づいていなかった。
あからさまに態度を変えたレッドに、会話を聞いていた談話ルームのパイロット達が、ニヤニヤと笑うのを堪えて2人の様子を伺っていた。
「ツナマヨ?」
「ハモゴロフィッシャーって魚の空獣をフレークにして、酸味の効いた特製ソースと和えてんだ。そんな事もシラネーのかよ!」
フルートは、レッドの口調から、彼が自分と同年齢だと勘違いしている事に気付いた。
「……なかなか面白い事になっているな」
横から笑いを堪える声が聞こえてフルートとレッドが振り向くと、2人のすぐ横を空獣ギルドの顔役でもあるアレックスが口元を押さえて立っていた。
「レッド。勘違いしているようだから教えてやるが、このお嬢ちゃんはれっきとした空獣狩りのパイロットだぞ」
「……え? マジ?」
アレックスの話に、レッドが目を大きく開いて驚いていた。
「初めまして、フルートです。ちなみに私はエルフで、年齢は
フルートは年齢の部分を強調させて自己紹介すると、レッドに向かって奇麗なカーテシ―をしてからニッコリと微笑んだ。ちなみに、目は笑っていない。
「ヒィ!」
フルートの目力に、レッドが小さく悲鳴を上げて、身を反らせる。
「くっくっくっ。そのぐらいにしてやれ。フルートもこんな場所で可愛らしい格好をしているから勘違いされるんだ。ところで、その格好はアークの趣味か?」
アレックスの質問に、フルートがスカートの端を掴みながら顔を顰める。
「この格好は……元々私の羞恥心を鍛えるための修行でした」
「でしたという事は、過去形か?」
「正解。おかげさまで大事な何かを無くして羞恥心を克服したのですが、普通の飛行服に戻そうとしたら、ルークヘブンの全員……特にミリーって受付の人が泣いて縋るから、仕方がなくこの格好で……」
「ミリー。ナイスにゃ!!」
フルートが最後まで言う前に、こっそり聞き耳を立てていたトパーズ率いる受付の3人が立ち上がって、万歳三唱を始めた。
「……なんだあれは?」
「ルークヘブンで私がメイド服を着ると約束した時のミリーさんも、あんな感じでした」
「なるほど、理解した。アイツ等、時々俺達を汚物でも見るような目で睨むからな……」
「私からはノーコメントで……」
「……ところで、お前の相棒はここに居ないようだが、何をしているんだ?」
「足の不自由なマイキーの代わりに、燃料と弾丸の補充をしてる」
「膝に矢でも刺さったか?」
「……痛風です」
「はははっ。確かに、膝に矢が刺さるとか、時代錯誤も甚だしいな」
アレックスは笑った後、レッドからサンドイッチを購入していた。
「フルートもできればレッドからメシを買ってやれ」
アレックスはそう言い残して、この場から離れた。
「格好イイ……」
「私にもサンドイッチを2つ……レッド君?」
フルートがサンドイッチを購入しようと声を掛けるが、レッドは呆けてアレックスの後ろ姿を見送っていた。
その様子にフルートが首を傾げ、レッドの目の前で手のひらを左右に振って正気に戻した。
「え、あ……えっと、何?」
「サンドイッチを2つ頂戴」
「2つで800ギニー」
フルートが言われた代金を支払って、レッドからサンドイッチを購入した。
「それじゃ」
「チョッ、チョット待って」
立ち去ろうとするフルートにレッドが声を掛けて止める。
「何?」
「その、アレックスさんが言っていたけど、お前、本当に空獣狩りなのか?」
レッドの質問に答えず、フルートがジロリと睨む。
「……お前?」
「うっ」
その迫力に怯えて、再びレッドが身じろいだ。
「トパーズさんが言ってたけど、
フルートがワザとお前と呼んで質問すると、レッドが無言で頷いた。
「だったら1つ教える。空獣狩りは相手に舐められたら終わり。空獣は当然だけど、それがチームを組んだ仲間であっても、腑抜けた態度を見せたら裏切られて死ぬ」
フルートはアークと出会う前に組んでいた、自分を捨てた3人を思い出しながら話を続ける。
「それが、成人していない子供如きに舐められたら、どうすると思う?」
フルートからの迫力に、レッドは冷や汗を垂らす。
「正解は何もしない」
「え?」
フルートの口から予想していなかった言葉に、レッドが驚き聞き返した。
「何も知らない子供に向かって威嚇するほど、空獣狩りは暇じゃない。ましてや、このコンティリーブのパイロットは、全員腕に自信のある一流が集まる場所。君みたいな子供相手に喧嘩をするようじゃ、逆に私が全員に舐められる」
「…………」
「今言った意味が理解出来なければ、空獣狩りになる資格はない。もし空獣狩りになれたとしても、このコンティリーブで仕事をするのは無理」
それだけ言って、フルートがギルドを出て行った。
そして、残されたレッドは、ポカーンと口を開けて、彼女の後ろ姿を見送っていた。
「はっーはっはっ。あのお嬢ちゃん、見た目と違ってかなりの修羅場を踏んでるな」
サンドイッチを食べながら会話を聞いていたアレックスが笑いだすと、他のパイロット達も一斉に笑っていた。
「アレックスさん……」
未だ理解していないレッドが呟くと、アレックスが手招きして彼を呼んだ。
レッドが恐る恐る近づくと、アレックスはレッドの頭に手をポンと乗せて、話し始めた。
「今のフルートの話をお前は理解できたか?」
「……舐められたらダメって事ですか?」
「違うな。正解は、ガキの相手なんてしないって意味だ」
「…………」
「上品になれとは言わねえ。空獣狩りなんてのは、荒くれ者の集まりだからな。だけど、俺達にも最低限のルールはある。それを守れない奴は仲間とは認められねえ」
「最低限のルール?」
レッドの質問にアレックスがニヤリと笑った。
「俺達はクソみたいなプライドだけは一人前なんだ。それをコケにする事だけは許されねえ。レッド。お前はフルートの見た目だけで判断して、彼女のプライドを傷つけたんだ。今度会ったら謝っとけよ」
「……分かりました」
アレックスの話にレッドは落ち込んだ様子で頷いた。
フルートがドックに戻ると、アークがマイキーにワイルドスワンの性能について説明をしているところだった。
「……ああ、それでペラを変えたら、ブレが収まっ……お、フルート。遅かったな」
(アークの口が悪いのは、相手に舐められないための防衛手段なのかも……)
「ん? 俺の顔を見てどうした?」
フルートが物思いに耽っている様子に、アークが首を傾げた。
「何でもない。昼御飯を買ってきた」
「おっ! 気が利くじゃん」
アークはサンドイッチを受け取ると、嬉しそうに笑って礼を言い、包みを開いてすぐに食べ始めた。
「中身は……こりゃ何だ?」
「ツナマヨだって」
「油っ気のないパサついた肉に油を入れたみたいな食感だな。だけど、酸味が効いていて美味いぜ」
アークが食べているのを横目で見ていたマイキーが、フルートに話し掛ける。
「俺の分はあるのか?」
「……あっ!」
マイキーの分を買い忘れていたフルートが視線を逸らす。
「アーク。少し食わせろ」
「クソでも食ってろクソ野郎」
アークが自分のサンドイッチを手元に寄せて隠した。
「やっぱり出ていけ、クソガキ!!」
フルートは食べ物1つで喧嘩を始める2人の様子に、これも舐められない様にする行動なのかと、肩を竦めた。
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