第49話 堆と呼ばれし荒野01
コンティリーブに着いた翌日。
2人はさっそく狩りをしようとワイルドスワンに乗って、管制塔からの離陸許可を待っていた。
「フルート。離陸許可は下りたか?」
アークがフルートに尋ねると、彼女は無線機の文字盤を睨んだまま、ため息を吐いていた。
「後10分だって。それと、管制塔の職員が『ルーキーがフライトの予約を忘れてるぜ。プギャー』って、公共の周波数で皆に知らせてる」
「オーケー。フルート。離陸したら管制塔を攻撃してくれ」
「憲兵に捕まりたくないから、ヤダ」
フルートに拒否されて、アークが溜息を吐いた。
「昨日はイベントが多過ぎなんだよ。ドックに行ったら、面倒くせえジジイの話を聞いて、ギルドに行けばスタンピードの予兆があるのに、補給物資がねぇ。ついでに酒もねえ。ドッグに泊まれねえから家も借りたし。そんな忙しい状況でフライトの予約なんて思い出せるかって。お前もそう思うだろ」
「それで、今日はどこを飛ぶの?」
アークの呟きを無視してフルートが今日の予定を質問する。
「……フルートさん。チョイとばかしスル―スキルが上がってませんか?」
「それで、今日はどこを飛ぶの? ちなみに、今のは重要だから2度言った訳じゃなくて、相手がアホな事を言っているから、仕方なしに繰り返しているだけ」
「はいはい、アホですよ。予定としては最初に
アークの予定を聞いて、フルートがコンティリーブ周辺の地域を頭の中に思い描いた。
コンティリーブは北東を中心に、堆と呼ばれる荒野が広がっていた。
この荒野は魔素が少ないため、弱い空獣が数多く集まり群れを成して生息している。
ただし、弱いと言っても、他の地域と比べれば遥かに強い。
次に堆をさらに北東へ行くと、礁と呼ばれる場所に入る。
この辺りは低木林が広がり、堆よりも強い空獣が生息していた。
そして、礁のさらに北東へ進むと、低木林から高木林に変わって、灘と言われる場所に辿り着く。
この場所は礁よりも遥かに強い空獣が群れを成さずに生息していて、危険領域を言われていた。
白夜の円卓は、その灘の領域のさらに北東にあった。
「了解。アークにしては無難」
「俺だって最初から無茶はしねえよ。ケンカを売る相手はちゃんと吟味するぜ。相手が雑魚なら手加減するし、貴族なら雑魚でも容赦はしねえ。それに、俺もルークヘブンで最初に飛んだ時は、手前の森から始めたぞ」
アークの話にフルートが目をしばたたかせる。
「それは知らなかった」
「他のパイロットの狩りを見ただけで、奥に行ったけどな」
「……それは始めたとは言わない」
「そうか? まあ、いいや。とりあえず、初日でコケるのも恥ずかしいから、今日は小手調べ程度に流そうぜ」
「了解」
しばらくすると、管制塔から離陸許可が下りて、アークがワイルドスワンを滑走路へ移動させた。
「それじゃ最初は北を飛んでみるとするか」
「北を選んだ理由は?」
「もちろん、適当。もしかして東が良かったか?」
「問題は方向じゃなくて距離だから、どっちでも良い」
「んじゃ北で」
ワイルドスワンが速度を上げて滑走路を走る。
時速130Km/hで宙に浮かぶと、北を目指して飛行場から飛び去った。
ワイルドスワンが北へ飛び、堆の領域に入った。
フルートが機内から地表を見れば、枯れた草木が少し生えただけの荒野が広がり、空獣の姿はどこにも見当たらなかった。
「ここが堆……何もない」
「荒野だからな」
「ルークヘブンとは違うね」
「黒の森は餌が豊富だったから、縄張りに近づかない限り襲ってこないが、ここらの空獣は餌が少ないせいで、常に空を飛び回って餌を探しているらしいぜ。前に親父がそんな事を言ってた」
「本で読んだから知ってる。草食の空獣が居なくて、肉食の空獣同士で争っている珍しい地域だって」
「さすが博識でらっしゃる。だからなのか、ここの地域の空獣は常に攻撃的だし、戦いにも慣れているらしい。先制攻撃されたら、かなりの痛手になるから哨戒は怠るなよ」
「了解。だけど感慨深いね」
「何がだ?」
フルートの呟きに、アークが首を傾げる。
「この空を20年以上前に、シャガンさんとダイロットさんが飛んでいたかもって思っただけ……」
「親父は狩りじゃなく戦争で飛んでいたから、今の俺達みたいにのんびりしてなかったんじゃないかな。いや、親父は空を飛んでりゃテンションが高かったから分からん」
「……あ! 前方4時。飛行物体。数は……4」
双眼鏡を覗いていたフルートが空を飛ぶ空獣を見つけて、アークに知らせる。
「オーケー。上から近づくぞ」
「了解」
アークはワイルドスワンを操って高度を上げると、高所から空獣へと近づいた。
「あれは、確か……セルハブラ」
近づいて相手の正体が分かったフルートが、空獣の名前を呟いた。
空獣セルハブラ。
虫型の空獣で、全長は約3mと小型。飛行速度が速く、装甲がそこそこ固い。
攻撃方法は、飛行中に尻の針から麻痺毒を飛ばして、地面に落ちた獲物の喰らう。
この麻痺毒には金属を溶かす腐食液が含まれていて、戦闘機でもこの攻撃を喰らえば機体を溶かされて、最悪な場合だと地面に墜落する危険があった。
セルハブラは単体だと弱いが、彼等は常に集団で行動しており、獲物を見つけると、囲んで襲ってくる特性があった。
そして、セルハブラの報酬だけど、体内の魔石は当然ながら、固く透明な羽根、腐食液、ストローのような尖った口など、どれも需要があり、売ればオーク以上の値段で取引されていた。
「最初にしては、嫌な敵を引いたな」
「どうする?」
フルートの質問に、アークの口がへの字に曲がった。
「避けたいけどスタンピードを考えると、数を減らした方が良いんだろうな」
「あれに逃げるぐらいなら、アルセムと戦う資格なんてないと思う」
フルートの返答を聞いたアークが、ピューと口笛を吹く。
「確かにその通りだ。あいつ等に逃げていたんじゃ、神の詩なんて聞けやしねえ。接近するぞ」
「了解」
アークは操縦桿を押し倒すと、ワイルドスワンの高度を下げて、セルハブラの背後から一気に襲い掛かった。
セルハブラの集団は餌となる空獣を探していたが、突如、上空からワイルドスワンが現れて、彼に向かって攻撃してきた。
そして、ワイルドスワンから放たれた弾丸が、最後尾のセルハブラに命中する。
残りのセルハブラは、死体と化した仲間に気付くと、慌てて回避行動を取ろうとするが、その直後にもう1匹のセルハブラが弾丸の嵐に見舞われて死亡した。
「死体の回収は後回しだ。ドッキリが成功している間に、全滅させるぞ」
「了解」
セルハブラの1匹を追って、アークがワイルドスワンを右へと旋回する。
目の前のセルハブラは攻撃を避けようと、左右に急旋回のブレイクを繰り返して回避行動を執り始めた。
「……コイツ等、戦闘に慣れてるな。照準は絞れるか?」
ルークヘブンの空獣と違って回避行動を始めた相手に、アークが眉を顰めた。
「大丈夫。普段通りに動いて」
「頼もしいな。了解した!」
フルートは答えながら、正面のセルハブラに照準を会わせてトリガーを押す。
ワイルドスワンから放たれた弾丸は、セルハブラの脇を通り過ぎて、敵は右斜め上空へと旋回した。
「ごめん。外れた!」
「気にするな。それよりも背中がムズ痒い、後ろを見てくれ」
フルートが後方を振り返ると、もう1匹のセルハブラがワイルドスワンを追い駆けて、後方に位置していた。
「後ろからも1匹来てる」
「じゃあ、先にそっちをやってくれ! 俺は前のケツに張り付く」
「了解!」
フルートがペダルを2回踏んで、座席と機銃を後方へ回転させると、後方のセルハブラが飛行しながら屈伸するような体勢になって、尻の針を前へと向けた。
「アーク、避けて!!」
「了解!」
フルートの指示と同時に、アークが操縦桿を横へ倒す。
ワイルドスワンが右へ360度のロール回転をした直後、後方のセルハブラから腐食液が放たれて、先ほどまで飛んでいた場所を腐食液が通り過ぎた。
ワイルドスワンの回避中に、フルートが照準を絞る。そして、腐食液の攻撃をした直後のセルハブラに向かって、20mmガトリング砲を放った。
反撃されると思っていなかったセルハブラは、回避する隙もなく弾丸を正面から浴びて死亡した。
「エネミーダウン!」
「了解。ラスト行くぞ!」
「了解!」
フルートが前へ機銃を回転させると、再び目の前のセルハブラに狙いを定める。
最後の1匹は、成す術もなくワイルドスワンからの弾丸を浴びて、その命を絶たれた。
アークは死体を回収した後、再び空獣を探しに北へと進路を向けた。
「フルート」
「何?」
双眼鏡で哨戒しているフルートに、アークが話し掛ける。
「出発前に礁と灘に挑戦するかもと言ったけど、今日は中止だ」
「何となく察してるけど、中止の理由を教えて」
「やっぱり分かるー?」
フルートの質問に、アークがニンマリと笑った。
「ここの敵、おっもしれーーよ! 今まで空獣は狩りの対象としか見てなかったけど、ここの空獣は回避するし、集団行動もしてくる。何となく狩りと言うよりも戦っている感じがしねえ?」
「一応確認するけど。油断してない?」
「違う、違う。油断じゃねえって!」
アークが右手をヒラヒラさせて否定する。
「もし油断していたら、そのまま礁に向かってる。だけど、このまま礁に行っても被弾は確実だと思う。今の俺達だと、ここが限界だ」
「私は分からないけど、アークの経験を信じる」
「俺の勘がそう囁いてるんだ、この先は危険だとな。親父達が戦った空獣大戦とか、大げさなネーミングだと思っていたけど、戦って納得したぜ。ここの空獣は人類に対して戦いを挑んでる。今までの狩りと同じ考えだと逆にやられる」
アークの話に、フルートが双眼鏡から手を離して両肩を竦めた。
「それを面白いと思うアークは、変人だと自覚するべきだと思う……」
「そうか? まあ、気にするなよ相棒。時間もねえし、俺達はここで戦って戦闘スキルを上げるぞ」
「時間? ……ああ、強制権……」
フルートが白夜の円卓のアルセムを思い出して呟くと、アークが頷いた。
「トパーズが2週間分しか燃料がないって、言っていただろ」
「言っていたね」
「アイツは言わなかったけど、恐らくギルドは2週間後に、強制権を発動する予定だと思う」
「という事は、残り2週間で最低でも、灘で戦えるようになってないと……」
フルートの話を最後まで聞かず、アークが頷いた。
「俺達はアルセムに殺される」
アークの返答にフルートが頭を横に振った。
「なんか、コンティリーブに来てから慌ただしくなってきた」
「まだ2日目だけどな」
その後、アークとフルートは、5匹の群れを成すセルハブラを倒すと、狩りを終わらせてコンティリーブへと帰還した。
フルートがコンティリーブの管制塔に着陸許可を求めると、すぐに返信が返ってきた。
『イ・マ・ス・グ・オ・チ・ロ(今すぐ落ちろ)』
「…………」
その返信文をフルートが無言で見つめる。
「どうした?」
訝しんだアークが、自分の無線機で返信文を読むなり、なるほどと頷いた。
「……なるほど。コイツ、俺達が死ぬ方に賭けてたな」
「……誤射して良い?」
フルートの冗談とも思えない口調に、アークが笑い返した。
「行きの時と逆だな。まあ、気持ちは分かる。大いに分かるがやめておけ。確かにこの管制官の人格はクソかもしれないが、スタンピードが来るのを知っていて残っているんだ」
「……それはそうだけど、冗談の範疇を超えていると思う」
「だったら、ツラを拝む機会があったら1発ぶん殴れ。そのぐらいならオッケーだ」
フルートが額を押さえて溜息を吐いている間に、アークがワイルドスワンの高度を下げ始めた。
「それじゃ着陸するぞ」
「着陸許可がまだ出てない」
「いや、今出てたじゃん」
「え?」
アークの返答に、フルートが眉を顰めた。
「いや、「落ちろ」って言ってるから、滑走路に着陸するぞ」
「……「落ちろ」って、そういう意味だったの?」
驚いたフルートが聞き返す。
「それ以外に何があるんだよ。まさか、本当に地表に落ちろって言うわけねえじゃん」
「スラングが酷い……」
「田舎の飛行場なんて、どこも似たようなもんさ」
あまりの非常識に、理解を超えたフルートが、頭痛のする頭を両手で抱える。
一方、アークは肩を竦めると、ワイルドスワンを滑走路へ着陸させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます