第48話 コンティリーブ03
受付で登録手続きを済ませた2人は、パイロット達に誘われて談話ルームの空いている席に座った。
そして、会話に加わりたかったトパーズと、もう1人の受付嬢が後から談話ルームにやってきた。
「受付は良いのか?」
「アルセムのせいで暇にゃから、1人居れば大丈夫にゃ」
アークが受付カウンターを見れば、1人残された受付嬢が、拳を握りながら涙を流し、トパーズと一緒に来た受付嬢は、手を開いて笑みを浮かべていた。
どうやら2人は、じゃんけんで居残りを決めたらしい。
最初、パイロット達は2人の見た目の年齢から、実力はさほど期待していなかった。
だけど、トパーズから2人がルークヘブンに現れたワイバーンを倒したと紹介すると、彼等は驚きつつも、やっとまともなパイロットが来たと喜んでいた。
「実は、物資があまりない」
このギルドの顔役で、アレックスと名乗る40代のパイロットから言われた一言に、2人が首を傾げる。
「ここは金になる空獣目当てに商人が集まっていると聞いていたけど、無茶な投資に失敗して破産でもしたか?」
「その逆だ。手堅い商売を考えて、ここから撤収しやがった」
アレックスが皮肉めいた笑みを浮かべて、アークに答える。
「全員、スタンピードを恐れて逃げたにゃ」
「トパーズの言う通り、貴族に袖の下を貢いでいた商人は全員撤収した。そして最悪なのは、その守銭奴どもがこの村の補給を全てまかなっていた事だ」
「ヒデエ冗談だ」
トパーズとアレックスの説明にアークが眉を顰めて、フルートも落胆の表情を浮かべる。
そして、話を聞いていた談話ルームの皆も、呆れている様子だった。
ちなみに、受付に残された受付嬢は、誰も居ない事を良い事にチクチクと裁縫を始めていた。
「全くだ。守銭奴どもは貴族に賄賂を渡して、補給に関する全ての権利を手に入れていたらしい。そして、それを知ったのは、そいつ等が撤収した後だ」
「今、急いで別の商人にお願いしているにゃ。だけどダヴェリールの商人も横の情報網があって、スタンピードの兆候の話が既に広まっているにゃ。だから誰も手を貸そうとしないにゃ……」
アレックスに続いて、トパーズもがっくりと肩を落として現状を説明する。
「そんなに深刻なのか?」
「アイツ等、逃げる時に燃料と弾丸だけは大量に置いて行ったにゃ。燃料は後2週間ぐらいは持つかにゃ? 問題は弾丸の方にゃ。30mmが全くないにゃ。逆にそれ以下は大量に余ってるにゃ」
「そういう事だ。ここらの空獣は皆、揃って硬くてな。殆どの奴等が30mmガトリング砲を積んでいる。俺もそうだが、マジで弾がなくて、機銃を20mmに変えるか検討中だ」
アレックスは両手を広げると、やれやれといった感じで肩を竦める。
「俺達の戦闘機に積んでるのは20mmだから問題ないが、今から対策を考えないと厳しいな」
「お前等も最悪な時に来たな。本当だったら歓迎に一杯奢ってやりたいが、その酒もない」
「本当にクソみたいな冗談だ」
酒がないと聞いて、アークが露骨に顔を歪めた。
全員が補給について悩んでいると、フルートがシュタと片手を上げる。
「オッドさんに頼むのはダメ?」
「ウルド商会がここに支店を作っても買い取りだけで、補給の権利まではないだろう」
「だったら、仲介にシェインさんに頼んでみるのは?」
フルートはウルド商会だけでは無理なら、シェインに頼んでスヴァルトアルフからダヴェリールに圧力を掛けて、ウルド商会に補給を頼もうと考えた。
「……なるほど、外交という名の脅しってヤツか。頼んでみる価値はあるな」
「何か良い案が浮かんだのかにゃ?」
アークとフルートが相談していると、トパーズが話に割り込んできた。
そこで、2人はアルフ国のウルド商会がここに支店を作る事と、ウルド商会が補給の権利を得るための手段として、スヴァルトアルフ国からダヴェリール国に圧力を掛けるように頼む事を説明する。
ただし、オッドが欲しがっている空獣ファナティックスについては、アルフ国の秘密事項が含まれているため内緒にした。
最初のうちは期待せずに話を聞いていたアレックスだったが、話が進むにつれて口元が笑いだし、最後には満面の笑みを浮かべていた。
「はっはっはっはっ。なかなか良いアイデアだ。今この村に物資を入れてくれるなら、悪魔の足にでもキスをするぜ。トパーズ!」
「分かってるにゃ! アーク。ウルド商会とスヴァルトアルフの貴族への手紙を書くにゃ。アレックスは足の速いパイロットを選んで欲しいにゃ」
トパーズの命令に、アレックスが振り返って、話を聞いていた一人のパイロットに声を掛ける。
「ロイドすまねえが、遠出を頼んでいいか?」
「燃料代はギルドで持つにゃ!」
声を掛けられたロイドが、笑って2人にサムズアップをする。
「珍しくトパーズが奢るんだ。全速力で飛ばしてやるよ」
「経費で落とすから領収書は忘れずに持って来るにゃ」
そのトパーズの言い返しに、この場の全員が笑っていた。
1人残された受付嬢は、裁縫の手を止めて羨ましそうに談話ルームを見ていた。
ズボラで手紙なんて書かないアークの代わりに、フルートがオッドとシェインに手紙を書いてトパーズに渡すと、彼女も必要な物資の順位が書かれた報告書を添えてロイドに渡した。
その手紙を受け取ったロイドは「んじゃ、サクッと行ってくるぜ」と言って、ギルドから飛び出て行った。
補給についての悩みがひと段落すると、アークは空き家があるかをトパーズに尋ねた。
「にゃ? ここのドックは全部パイロット用に2階で泊まれるはずにゃ?」
「そうなのか? マイキーは村へ行けって言ったぞ」
アークがマイキーの名前を口に出すと、全員が驚いた表情を浮かべた。
「お前、マイキーの所に戦闘機を預けたのか? よくあの人が受け入れたな」
「ルークヘブンで世話になったのが彼の娘でね。ところで、そんなに酷いのか?」
全員の驚き様から心配になったアークがアレックスに尋ねると、彼はマイキーの噂について語り始めた。
「知らん。俺も長い事ここに居るが、マイキーが戦闘機を整備をしたという話は1度も聞いた事がない。最近では本当に整備士なのか疑ってもいる。それに、戦闘機を受け入れないのに何でここにドックを持っているのか、その理由も分からん。なあ、誰か知っている奴は居るか?」
アレックスが周りに確認すると、全員が首を横に振って知らないと言う。
そして、物好きなパイロットがマイキーのドックを借りようとして断られた話や、一日中北を向いてブツブツ呟いているという話を、アークとフルートは彼等から聞かされた。
(ワイルドスワンの盗難を考えて借りたけど、チョット後悔してるかも……)
アークが溜息を吐いて悩んでいると、何時の間にか居なくなっていた受付嬢の1人が戻ってきて、トパーズに書類を渡した。
そして、トパーズは書類を何枚か捲って「これが良いにゃ」と言った後、1枚の書類をテーブルに置いて、アークとフルートに見せた。
「何だこりゃ?」
「逃げた商人の住所のリストから良い家を選んだから、今は空き家の筈にゃ。ここから近くて丁度良いにゃ」
「まあ俺は屋根があればどこでも良いんだけどな。フルートはどう思う?」
アークの質問に、フルートがため息を吐く。
「蛮族レベルだと思う」
「俺の事じゃねえよ!」
「失礼……家に関しては問題ない」
「だそうだ。まあ、1度見てから決めるけどな」
「了解にゃ。この紙が不動産屋までの地図にゃ。家の鍵と支払いはそっちで頼むにゃ」
地図を受け取ると、アークとフルートが席を立った。
「分かった。早速行ってみるよ」
「トパーズさん。ありがとう」
「こっちも助かったにゃ。だから気にしなくて良いにゃ」
2人はアレックス達にも別れの挨拶をすると、ギルドから外に出た。
ちなみに、受付に1人残されていた受付嬢は、裁縫に飽きて机に突っ伏し居眠りをしていた。
ギルドを出た2人は、不動産屋に寄って話をつけると、目的の家の前に立っていた。
「ここか……普通の家だな」
2人が見上げる家は、ごく普通の一軒家で、大家の話によると4LDKバストイレ付。おまけに家具も残されているらしい。
「普通じゃない家がどんなのか知りたい」
「幽霊が居るとか、入ったら死体があるとか、知らないオッサンが居るとか?」
「前の2つは受け入れるけど、おっさんはヤダ」
「死体を受け入れるフルートさんマジパネェ。だけど、新居に入ったら見知らぬおっさんが居たら俺もヤだな」
2人が冗談を言いながら家の中に入ると、中は思ったよりも広く、残された家具も落ち着いた茶色に統一されていて悪くなかった。
「乙女の純情を取り戻すために、ピンクと白で精神が不安定になりそうなカラーの方が良かったか?」
「メンヘラと勘違いされるのは不愉快」
「どっちも同じじゃねえのか?」
「アークがアル中と言われるのと同じ」
フルートがそう言い返すと、アークが身を乗り出して睨んだ。
「チョット待て。俺は酒好きだけど、禁断症状はまだ出てねえぞ!」
「私も精神障害を発病していない。メンヘラと言われるのはヤダ。これで納得した?」
「ああ、納得した。思いっきり納得した」
アークは怒りを抑えると、ウンウンと頷いた。
家は特に問題はなく、2人は不動産屋に戻って契約を結んだ。
家事を交代ですることを決めると、じゃんけんに負けたアークが今晩の料理当番になった。
調理場で料理を作るアークを置き去りに、フルートは置きっぱなしだった荷物を取りにマイキーのドックへと足を運んだ。
「マイキーさん」
椅子に座ってぼーっと夕日を眺めているマイキーの後ろから、フルートが声を掛ける。
「んあ? ……嬢ちゃんか。家は見つかったのか?」
「おかげさまで。荷物を取りに来ました」
「……そうだったな」
マイキーがテーブルに立て掛けていた杖を頼りに立ち上がると、ドックへ歩き始める。
「……足が不自由だけど、膝に矢が刺さりましたか?」
「いや? ただの痛風だが?」
「失礼しました」
「変なお嬢ちゃんだ」
フルートはドックに入ると、ワイルドスワンのアイテムボックスを起動させて、荷物を取り出す。
「なあ、お嬢ちゃん」
小柄なフルートが「うんしょ、うんしょ」と言いながら、キャリーに詰め込む様子を見て、マイキーが声を掛けてきた。
「何でしょうか?」
「明日からドックを変えるように、アークに伝えてくれ」
それを聞いたフルートが、作業を止めて首を傾げる。
「理由を伺っても?」
「見りゃ分かるだろ。この足だ」
マイキーはそう言うと、自分の足を杖で叩いた。
「飛行場に整備士として登録はしているが、この足のおかげで何も出来ねえ。悪い事は言わん。知り合いのドックに紹介状を書いてやるから、そこでワイルドスワンを預けろ」
マイキーの話を聞いたフルートは、彼をジッと見つめてから口を開いた。
「……アークは勘が良い」
「ん?」
フルートの返答に、マイキーが眉を顰める。
「本人は野生の勘と言ってたけど、私から言わせればその勘は天才だけが持つ才能で、誰も届かない領域にアークは居る」
「勘で飛ぶか……シャガン中佐も同じ天才型だったな」
「時々、天才と呼ばれる人達に嫉妬するときがある。チートは卑怯……」
「そう言うお嬢ちゃんは、天才じゃないのか?」
マイキーの質問にフルートが首を横に振った。
「私は凡人。常に努力しないと、天才と呼ばれる人達に追いつけない」
「そりゃ大変だな。それで、勘が良いのとさっきの話が結びつかねえんだが?」
「アークがこのドックを利用することを拒ばなかった。だから、私もアークを信じるだけ」
「…………」
言い返しが思いつかないマイキーが無言でいると、フルートは荷物の詰め込み作業を再開した。
「それでは失礼します」
フルートがマイキーに頭を下げて、キャリーをゴロゴロと引いて外に向かう。
「嬢ちゃん」
マイキーが呼びかけると、フルートは足を止めて振り向いた。
「何でしょう?」
「その、あれだ……努力型の天才って奴も存在するらしいぜ」
マイキーに向かってフルートがコクリと頷く。
「ルークヘブンでワイバーンと戦っている時、私も天才と呼ばれる人達の領域を垣間見た。彼等と違って道のりは険しいけど、常に精進するつもり」
「はっはっ。見た目の格好と違って、苦労してるんだな」
「その分だけ、手に入れた時の嬉しさは最高です」
フルートがマイキーに向かって微笑む。
「そうか……さっき言ってたいた事は忘れてくれ。俺は凡人が天才に追いつく姿を見たくなった」
「分かりました。先ほどの話は2人だけの秘密にします」
(案外良いペアなのかも知れないな……)
フルートはもう一度マイキーに頭を下げると、ドックから去って行き、マイキーはその後ろ姿が消えるまで彼女を見送っていた。
フルートが家に戻ると、アークが先に夕食を食べ始めていた。
「遅かったな」
「……初日ぐらい、一緒に食べようという考えを持つべきだと思う」
「面倒くせえ。そんな恋人同士って間柄でもねえのに、そんな事を考えるかちゅーの」
フルートが諦めたかの様子に溜息を吐くと、玄関横に荷物を置く。
そして、テーブル席に着くと、アークの作った料理を一口食べた。
「……普通だ」
「料理のできない親父とのやもめ暮らしだったからな。料理ぐらいは作れるぜ」
アークがそう言いながら立ち上ち、玄関横の自分の荷物を探ってワインを取り出した。
「だけど、お前の言う、初日ぐらいはというのも一理ある。という事で、せっかくだからシェインさんから貰ったワインで乾杯としよう」
アークがフルートに向かってニヤリと笑い、席に着くとワインを開けてグラスに注いだ。
「それじゃ、最悪なタイミングでこの村に来た記念に……」
「それでも、逃げずに戦う私たちに……」
「「乾杯!」」
2人はワイングラスの奇麗な音を部屋に響かせると、夕飯を食べ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます