第47話 コンティリーブ02
マイキーのドックを離れた2人は、コンティリーブの空獣ギルドに向かって歩いていた。
その道中、滑走路脇の駐機場に最新の戦闘機がずらりと並ぶ光景を見て、フルートが圧巻される。
「どれも高そう」
「最新型の戦闘機に改造を加えているからな。1機買うだけでも豪邸が建つぜ」
「……凄い。だけど、全部が似たような機体」
フルートが戦闘機を見ながら首を傾げる。
確かに彼女が言う通り、ペイントカラーは様々だったが、戦闘機の大半は同じメーカーの機種だった。
「ダヴェリールは空獣の被害が多いから、その分だけ戦闘機の生産にも力を入れている。確かダイアンR社がこの国の市場を独占しているらしいぜ。ここに並んでいる戦闘機の殆んどがその会社の戦闘機だから、全部同じ様に見えるんだろ」
「詳しいね」
「ヴァナ村でギーブから教えてもらった。あのデブ野郎……俺が整備中に手伝いもせず横でブツブツ言うから、1度だけ「ウゼエ、黙れ!」と言ってスパナをぶん投げたな……」
「…………」
今の話が目に浮かぶ様にイメージ出来て、フルートがため息を吐く。
「ちなみに、ダイアンR社は20年前のダヴェリール空軍の新型機の選定で、ワイルドスワンを作ったグランフォークランド社と競った会社らしい」
「む? つまり、ワイルドスワンのライバル?」
並んでいる戦闘機を睨んだフルートに、アークが肩を竦める。
「ライバルもクソもねえよ。グランフォークランド社は選定の最中に会社の役員の横領が発覚して、その役員は遺書を残して自殺。しかも、その遺書には貴族に賄賂を渡していたって懺悔がズラズラと書かれていたらしい。それで、ワイルドスワンは選定に落ちて会社は倒産。今はもうワイルドスワンを作った会社なんて誰も覚えてねえ。ライバルと言うよりも、昔はライバルだったというのが正解だな」
「汚い。ワイルドスワン汚い。なんか汚れの白鳥に見えてきた」
フルートがむっとしているのを無視して、アークが話を続ける。
「安心しろよ、お前も既に汚れだ。それと、この話には裏がある」
「裏話? 聞きたいから教えて。それと、私はまだ純潔。純情は失ってもまだ体は奇麗なエルフ」
フルートの返答に、アークが肩を竦める。
「はいはい。それで話の続きだけど、自殺した役員ってのが整備士からの成り上がりで、社員からの信頼が厚かったらしい。ギーブも仲が良かったと言ってたから、クソ野郎の類だとは思うけどな。そのクソ仲間のギーブが言うには、ダイアンR社の策略で、そのクソ野郎は殺されたと言ってたぜ」
「つまり、グランフォークランド社は不正をしていない?」
「多分な。クソ野郎を慕っていた社員の殆どはダヴェリール政府に愛想が尽きて、ダイアンR社へ行かず、他国のレッドフォックス社へ再就職したらしい」
「レッドフォックス社? 確かチャッピーさんが乗っている戦闘機の会社だっけ?」
「正解。だからワイルドスワンはレッドフォックス社と互換性があるんだ」
「だからワイバーンと戦った時に、割れた窓の交換が早かったの?」
「よく覚えてるな。恐らくフランもこの事を知っていて、備品を用意してたんだろう」
「さすがフラン」
2人が会話をしながら歩いていると、空獣ギルドが見えてきた。
コンティリーブの空獣ギルドは、人で溢れていたルークヘブンのギルドとは逆に、どこか閑散としていた。
2人がギルドに入って中を見回すと、奥には受付のカウンターがあって、左の壁にはランキングボードと空獣の情報が張り出されていた。
右側は談話ルームとして開放されていて、複数のテーブルに暇を持て余しているパイロットが飲み食いしながら談話をしていた。
地獄の外れと呼ばれるコンティリーブのパイロットは、ルークヘブンのパイロットとは異なり、身にまとう雰囲気は鋭く、近寄りがたい風貌をしている。
その歴戦のパイロット達は、ギルドに入って来た2人を見ると、全員がこの場に似合わないメイド服のフルートに「えっ?」と驚いて二度見していた。
注目を浴びる中、アークとフルートは受付へずかずかと向かう。
アークは生まれつき心臓に毛が生えている性格から、フルートはルークヘブンで度胸を鍛えた効果が表れて、パイロット達からの威圧に対して全く動じていなかった。
アークが受付を見れば、3カ所ある受付のカウンターの中央に、ルークヘブンのミリーと同じ猫の獣人が座っていた。
その猫の獣人は、パイロット達と同じ様にフルートのメイド服を見て首を傾げていたが、その瞳は優し気だった。
カウンターの猫の獣人に、アークの顔が露骨に歪み、逆にフルートは笑顔を浮かべる。
そしてアークが止める前に、フルートは猫の獣人が座る中央のカウンターの前に立った。
「ニャニャーン。可愛いメイド服にゃ」
「にゃにゃーん。ありがとう」
猫の受付に対して、フルートが冗談を言い返す。
これはルークヘブンのミリーとのやりとりで養われた、間違ったコミュニケーションスキルである。
「にゃにゃ? にゃかにゃか良い切り返しにゃ。わたちはトパーズにゃ。よろしくにゃ」
「初めましてトパーズさん。わたしはフルートにゃ」
そのフルートの反応に、トパーズが目を細めてニッコリと笑った。
「空獣ギルドは猫の獣人を受付に置く義務でもあるのか?」
2人のやり取りを横で聞いていたアークが溜息を吐く。
「別にそんなのないにゃ。それよりもギルドに何か用かにゃ?」
「明日からこのド田舎村で狩りをするから登録を頼む」
2人がギルドカードとルークヘブンの紹介状を出すと、彼女は驚いた様子でフルートを見ていた。
「えっと、そっちのフルートにゃんもかにゃ?」
「ペアで登録しています」
フルートがスカートを掴んで少しだけ持ち上げて頭を下げる。
「チョット待つにゃ」
トパーズが慌てて紹介状の封を開くと、紹介状を読み始めた。
彼女が紹介状を読んでいる間に、アークが小声でフルートに話し掛ける。
「随分と行儀正しいな」
「ミリーさんから最初が肝心と教わった」
「またミリーか。お前、洗脳されてね?」
「洗脳じゃない。むしろ逆に解放された」
「意味が分からねえ……」
アークが溜息を吐いて首を左右に振る。
「ミリーは元気だったかにゃ?」
「ん? 知り合いか?」
会話を聞いたトパーズが、紹介状から顔を上げて2人をジッと見る。
「同郷にゃ。ついでに同い年で、家も隣同士だったにゃ。そんな事よりも、紹介状を読んだにゃ。2人はルークヘブンから直接来たらしいけど、ここがどういう場所か知ってて来たのかにゃ?」
「ああ、もちろんだ」
アークが答えて、フルートがコクンと頷く。
「本当だったら不許可で、ダヴェリールの別の場所を紹介するつもりだったにゃ。だけど、ルークヘブンのギルド長が2人に対して太鼓判を押しているにゃ。だからギルド長の権限で2人を登録できるにゃ」
「ギルド長って?」
アークの質問にトパーズが自分を指す。
「わたちの事にゃ。最前線で何時空獣が襲ってくるか分からない村だから、本社から社員が来ないにゃ。だから、ギルド長のわたちも受付業務の仕事をしているにゃ」
「ギルド長も大変」
「フルートにゃん。心配してくれてありがとにゃん。だけど大丈夫にゃ。ここのパイロットは全員ベテランだから、余計な仕事を増やさないにゃ。アークも喧嘩をして余計な仕事を増やすにゃよ」
「了解。ケツを狙われない限りは大人しくしとく」
「お前の汚いお尻に興味はないにゃ。それじゃ登録の前にルールを教えるけど基本は他と同じにゃ。だけど、ここだけのルールが1つだけあるにゃ。そのルールは、勝手に白夜の円卓には入るにゃ。それだけにゃ」
トパーズの説明に、アークは顔を顰めて、フルートが首を傾げていた。
「ここに来たって事は、白夜の円卓の事は知っているにゃ」
「……ああ」
トパーズの質問にアークが頷く。
「だったら、まずあっちのランキングボードを見るにゃ」
トパーズが左壁のランキングボードを指さす。
「あのボードには1週間の売り上げのランキングが表示されるにゃ。その上位10人のみが、白夜の円卓への挑戦権を得ることができるにゃ」
「なるほど。つまりここの実力者だけが円卓に挑戦できるって事か」
「物分かりが良いと助かるにゃ。アークの言う通り、実力者以外が円卓に挑戦しても無駄死にするだけにゃ。だけど、この半年、円卓に挑戦するパイロットは居にゃいけどにゃ」
「なんで?」
フルートの質問に、トパーズが顔を顰める。
「半年前までは挑戦するパイロットが居たにゃ。だけど、今、円卓に居る空獣に全員が殺されてから、諦めムードが漂っているにゃ」
「その空獣の名前は?」
「アルセムにゃ」
アークの質問に答えたトパーズの口から出た空獣の名前に、2人は目を大きく開いて驚いていた。
空獣アルセム。
竜型の空獣で、全長は30m。飛行能力が高く力も強い。
接近戦では鋭利な前脚を鎌のように振るい、高速で相手に突進し胴体に生えた衝角で相手を貫こうとする。
そして、遠距離では蒼白色の"光そのもの"を放出して攻撃を行う。
口からはビーム状に収束させた光を吐き、翼爪からは光弾、さらに尻尾からも光線銃の如く無数の光弾やレーザーを放つ。
この空獣は、ダヴェリールにのみ生息しており、第二次空獣大戦でスタンピードの原因になった伝説の空獣でもあった。
アークは空獣狩りなら誰でも知っている名前を聞いて、額に手を置き天を仰いだ。
「今、俺は起きながら悪夢を見るという、珍しい体験をしている。夢なら目覚めろ」
「安心するにゃ。わたちは既にそれを3回体験してるにゃ」
「3回も?」
驚くフルートに、トパーズがコクリと頷いた。
「そうにゃ。最初は調査隊の調査で空獣がアルセムと聞いた時。2回目はここのパイロットが挑戦して全滅したと聞いた時。3回目はダヴェリール空軍が討伐に向かって、そいつ等も全滅したと聞いた時にゃ。それ以降、ランキングの10位以内に入ったパイロットは誰も挑戦しなくなったにゃ」
「10位以内に入っても、拒否権はあるのか?」
「別に強制じゃにゃいから、戦いたくなければ拒否できるにゃ。それに、ギルドも無駄な戦死者は出したくにゃいし。だけど、円卓の周辺の森の空獣は日増しに増えてきているにゃ」
アークが質問すると、当然だと言わんばかりに答える。
「それってスタンピードの兆候?」
フルートが呟くと、トパーズが再び頷いた。
「正解にゃ。だけどダヴェリールの空軍は傍観しているだけにゃ! 軍が聞いて呆れるにゃ!! 税金の無駄にゃー!! ハァハァ……失礼したにゃ。仕方がないからスタンピードが発生する前に、ギルドの方でアルセムを倒す必要があるにゃ。その時はギルドの強制権を発動させるにゃ。アークとフルートにゃん、今ならまだ引き返せるにゃ。登録は諦めてこの地から離れるにゃ。1度強制権を発動したら最後、逃げる事は出来ないにゃ」
「「…………」」
真剣な表情で忠告するトパーズに、2人は何も言えず答える事が出来なかった。
「……ここに居るパイロットの人達は、その事を知っているの?」
フルートが質問すると、トパーズが肩を竦めた。
「もちろんにゃ……馬鹿な連中にゃ。本当だったら逃げるべきなのに、ここに残ってスタンピードを抑えてくれてるにゃ。彼等が居なかったら、とうの昔にこの村は壊滅しているにゃ……だから、わたち達も彼等と共に戦うにゃ」
トパーズの話を左右で聞いていた受付嬢の2人も頷くと、フルートに向かって微笑んでいた。
その死を覚悟した殉教者の笑顔に感銘を受けたフルートが、アークを見上げた。
「……アーク」
「ああ、分かってる」
アークはフルートの肩をポンッと叩くと、トパーズに向かって肩を竦めた。
「ここまで来て空獣が強いから尻尾を巻いて逃げる? 笑えねえ冗談だな、トパーズ。俺をそんな腰抜けと一緒にするんじゃねえよ」
「例え相手が伝説の空獣でも、私はアークと飛ぶ!」
アークとフルートの押しに負けたトパーズが、2人に向かって微笑んだ。
「空獣狩りのパイロットは皆、馬鹿ばかりにゃ。だけど、そんな皆が大好きにゃ。コンティリーブの空獣ギルドは、今から2人を歓迎するにゃ」
トパーズが立ち上がると、左右の受付嬢も同時に席を立ち、2人に向かって敬礼をする。
すると、話を聞いていたコンティリーブのパイロット達が全員立ち上がって笑顔を浮かべると、歓迎を込めた敬礼をしてしていた。
その様子に驚いたアークとフルートは、お互いの顔を見て笑うと、全員に答礼を返した。
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