第44話 スヴァルトアルフ03
アークが居間に残っていると、フルート達がナディアの父親を連れて居間へと戻ってきた。
ナディアの父親は背が高く、軍人独特の雰囲気を身に纏って、着ている軍服も似合っていた。
その彼が部屋の中にいるアークの顔を見た途端、驚いた表情を浮かべた。
「君は……」
ジッと自分を見ているナディアの父親に向かって、アークが軽く頭を下げた。
アークとナディアの父親の空気に、他の皆が首を傾げる。
「す、すまないが、君の父親の名前を教えてくれないか?」
その質問にアークが頷いた。
「シャガンだ。ギーブからは性格は真逆だが、ツラだけは似ていると言われている」
その返答に、ナディアの父親は目を輝かせて、アークに笑い掛けた。
「おお、やはり……本当によく似ている。それに、神の整備士の名も久々に聞いた。それでシャガン中佐はお元気か?」
「残念だけど、4年前に流行り病で死んだよ」
それを聞いた途端、ナディアの父親が目を大きく開き驚いた後、その目を閉じて長い溜息を吐いた。
「そうか……できればもう1度会って話をしたかった」
アークがシャガンの息子と知って、ナディアの父親はアークとフルートを歓迎した。
父親の名前はシェイン・キナ。母親の名前はヴァニラ・キナ。
ナディアを含めた3人家族で、老執事とメイドの2人が彼等と一緒に住んでいた。
ナディアから今日の事を聞いてシェインが驚く。
「私も空軍に居るから今日の事件は知っていたが、まさか娘が乗っている旅客機が襲われていたとは……。アーク君とフルート君。娘を助けてくれてありがとう」
シェインはそう言うと、手を出して2人と握手を交わした。
その後、アークとフルートはナディアの家族と一緒に夕飯を御馳走になった。
料理はヴァニラとメイドが作ったらしいが、オークを使った料理の味は素晴らしかった。
夕食が終わると、フルートはナディアに腕を引っ張られて、彼女の部屋に連行された。
ナディアはフルートを相当気に入ったらしく、今晩は一緒のベッドで寝るらしい。
一方、アークはシェインと一緒に居間で酒を飲み交わしていた。
「はっはっはっ。2人は仲が良いな」
「10歳ぐらい年齢が離れているんだけどな……」
微笑むシェインとは逆に、アークはフルートの年齢を思い出して首を傾げていた。
「見た目が同じぐらいだからかな。ナディアは少し勝気なところがあって、友達があまりできないんだ。家に友達を呼んだのも初めてだと思う」
「俺は全く縁がないから知らねえが、貴族って奴は社交が仕事だろ? それで良いのか?」
「貴族と言っても私の家系は軍人に近いからな。夜会も滅多に行かないし、あまり気にしていない。まあ、ナディアが社交デビューしたら、どこかの軍人の婿でも探すさ」
そう言ってシェインは笑うと、新しいワインボトルを開けて、アークにワインを勧めた。
アークが貰って一口飲むと、酸味が少なく芳醇な香りが口に広がる上等なワインで、あまりの美味さに顔がニヤケる。
「ヴァニラの両親がアルフに住んでいてね。そこで作られるワインだ。自分たちの分だけ作って市場には出さない特上品らしい」
「俺はワインよりウィスキーの方が好きなんだが、これは気に入った」
「きっと彼等も喜ぶだろう」
シェインは軽く笑った後、ワインをテーブルに置く。
「それで、シャガン中佐の事を聞きたいんだが、彼は軍を辞めた後、どんな生活をしていたんだ?」
「別にワイルドな生活は送ってなかったぞ。クソみたいな小さな村にギーブと一緒に引っ越して、のんびりと雑魚の空獣を狩りながら、スローライフってヤツを満喫してたぜ」
「そうか……ダヴェリールも愚かな事をしたな。いくら新型の戦闘機が手に入ったとしても、熟練のパイロットを育てるのに、どれだけの時間と費用が掛かるか……」
「軍の事は知らねえけど、親父は空さえ飛べれば、どこでも良かったんじゃねえか?」
「……彼らしい。だけど失踪するのはもう少し待っていて欲しかったと思う。シャガン中佐が退役させられると聞いて、各国のパイロットが彼の退役を阻止しようと、ダヴェリールに圧力を掛けて、彼の現役復帰が叶う直前だったんだ」
シェインが溜息を吐く。
「そうなのか?」
「彼とダイロット少佐の2人が居てくれたから、あの第四次空獣戦争のスタンピードに終止符を打てたんだ。参加したパイロットは全員、2人に感謝をしている。もちろん、私もだ」
「…………」
「シャガン中佐にギーブ大尉。軍に抗議する形で追従して辞めたダイロット少佐。彼等を慕うダヴェリール空軍のベテランパイロットや熟練の整備士も、ダヴェリールの貴族に反発して軍を辞めて去った。あれから20年経つが、未だにダヴェリール空軍は居なくなった3人の穴を埋められずにいる」
それを聞いてアークが肩を竦めた。
「自業自得としか言いようがねえな」
「そうだな。あの事件で貴族の方も相当の粛清があったらしい。新型機の選定で裏金を貰った貴族は全員、責任を取って予備兵、または退役させられたと聞いている。だけどダヴェリールは北の空獣の侵略を阻止する防波堤でもある。あの国の軍事力が弱まった状態で、もう1度スタンピードが発生したら、被害はダヴェリールだけじゃなく、他の周辺国にも被害が出る」
「その足りない軍事力を傭兵の空獣狩りに充てているんだろ。それで稼いでる俺からしたら有り難いのか分からねえ話だな」
アークがワイングラスに残っているワインを飲み干す。
シェインはアークのグラスにワインを注いでから、話を続けた。
「アーク君はダヴェリールに向かうつもりなのか?」
「ああ、親父の遺言でね。神様の美声を聞きに行こうと思っているんだ」
「……?」
首を傾げるシェインに、アークが胸から1枚の写真を取り出してテーブルに置く。
「ん?」
シェインが手に取った写真には、偽装を剥がされたワイルドスワンを前に、アークとフルート、それにルークヘブンで知り合った友人が集合して、全員がカメラに向かって笑っていた。
「この機体は……」
写っている戦闘機を見てシェインが驚く。
「これが親父が退役してすぐに失踪した理由だ」
「もしかして、ワイルドスワンか……廃棄されたと聞いていたが」
「親父とギーブがコイツを守ろうと、処分前にパクって逃げた。だからアンタ等が頑張って親父を現役復帰させたとしても、あの2人は銃殺刑だったろうな」
「……そうだったのか」
アークはシェインにギーブから聞いたシャガンの遺言。『神の詩』の話をする。
「という事は、アーク君が行くのはコンティリーブか……」
「俺の予想では白夜の円卓。その先に親父が求めていたヨトゥン谷がある。俺の勘がそう囁いている」
「……危険過ぎる」
アークの話に、シェインが頭を横に振った。
「それでも俺は飛ぶ。あのクソ親父から受け継いだ魂が、俺に詩を聞きに行けと語り掛けるんだ」
それを聞いたシェインが長い溜息を吐くと、アークに笑い掛けた。
「やはり、君はシャガン中佐の息子だな。あの人も未開の空を飛ぶ事を何よりも愛していた」
「あの空を飛ぶしか頭にない親父と一緒にされるのは非常に不本意だ」
「はっはっはっ。私も現役だったら、アーク君と一緒に行ってたかもしれない。ところで、危険な地へ向かうなら、20年前の機体よりも最新機に乗り換えた方が良いと思う。軍用機は無理だが、私のコネで最新の戦闘機なら用意できるけど、どうする?」
シェインの提案にアークが苦笑いをして首を横に振った。
「いや、ワイルドスワンで十分だ。あの機体はギーブが20年の間、魔改造して現行機よりも性能が良くなってる」
「それは本当か?」
「ああ、通常で時速750Km/h飛ぶし、最高速度は時速900Km/hオーバーだ。その時はペラの回転が音速を超えて機体の振動が凄いけどな」
「それは凄いな……うちの軍でも採用したいぐらいだ」
それに対してアークが手を左右に振って否定する。
「あーー。それはやめた方が良い」
「何故だ?」
「あれを弄った整備士によると、ギーブの野郎が20年前と最新のパーツをごちゃ混ぜにしたせいで、量産は絶対に無理らしい」
アークがフランシスカから聞いた話をすると、それを聞いたシェインが笑いだした。
「はははははっ。さすがギーブ大尉だ。神の腕の整備士と呼ばれているだけはある」
「俺から見たら、あのドワーフは健康志向が捻くれたクソデブだけどな」
その後、アークはルークヘブンでワイバーンを倒した話をシェインに聞かせて、逆にシェインはシャガンと戦った時の話をアークに話していた。
「シャガン中佐は、空を飛ぶとき以外は本当に駄目な人でね。事務作業とかをやらせると、ミスばかりしてダイロット少佐が呆れていたよ」
「村でも同じだったぜ。やもめの癖に家事が全くできなくて、5歳ぐらいから俺が家事担当だったからな」
「それは酷い。空は器用に飛ぶのに……」
「親父を馬鹿にするつもりはないが、地上に居る時は本当に最低なクソだったな。1度ダイロットが家に来た時も、相変わらずだって呆れていたぜ」
「は? ダイロット少佐の居場所を知っているのか?」
今のアークの話に、シェインが身を乗り出して尋ねる。
「今の居場所はシラネ。家に来たのも俺がガキの頃だ」
「そうか……私が聞いた話だと、ダイロット少佐はシャガン中佐が退役させられた後、人が変わったように笑顔が消えたらしい。そして、辞表を残して彼もまた姿を消した。あの戦争で多くの仲間を失ったが、黄金の時代でもあり私の青春でもあった。だけどその結末は英雄の失踪で幕を閉じた」
「…………」
「だけど、シャガン中佐の意思はアーク君に引き継がれている。これは私にとって奇跡に近い。なら、私が出来る事をしようと思う」
「ん?」
首を傾げるアークにシェインが笑い掛ける。
「このままワイルドスワンをダヴェリールに持って行ったら、下手をするとあの国の空軍に没収される可能性がある」
「ああ、実は俺もそれを悩んでいた」
シェインにアークが頷く。
「そこで、スヴァルトアルフの貴族がワイルドスワンを借りている事にしようと思う」
「すまないが、俺は学校に通っていた頃、教師から常に「馬鹿ヤロウ!」と言われていてね。シェインさんの言っている意味が分からないから、詳しく説明を頼む」
「はははっ。実は私の上司に、シャガン中佐に命を救われた恩人が居る。その方はこの国の公爵家で、貴族にしてはもったいないほどの人格者だ」
「それはもったいないな」
シェインの冗談にアークが真顔で頷く。
「そこで、その人に頼んでワイルドスワンをアーク君から彼に貸しだすんだ。もちろん、名義だけの話だから実際は君の機体だ」
「なるほど、馬鹿な俺でもシェインさんの考えている事が段々見えてきた」
「ダヴェリール政府はこの機体を徴収しようとしても、スヴァルトアルフの貴族の所有物になるから、国家間の問題に発展してすぐに没収はできないだろう。それでも没収しようとしたら、私に連絡をくれ。正式な抗議をスヴァルトアルフ国の名義でダヴェリール政府に叩きつけてやる」
「はははっ。そりゃ頼もしいな」
「シャガン中佐とダイロット少佐、それに2人の機体を整備していたギーブ大尉。人類が彼等に助けられた事に比べれば大したことないさ。アーク君も安心してダヴェリールへ向かってくれ」
「ああ、恩に着る」
アークがワイングラスを持つと、シェインもグラスを持ってグラスを合わせる。
部屋に鳴った奇麗な響きを聞いてから、2人はそろってワインを飲み干した。
一方、フルートはナディアの部屋で彼女の話を聞いていた。
あまり喋らない彼女はナディアから、聞き上手と思われていた。
「それで私はマンガ家になろうとしたのですが、残念ながら私に絵の才能が全くない事に気付いたのです」
「それは残念。だ……」
「だけど、私は思ったのです。絵の才能がないのでしたら、原作者になればと!」
「原さ……」
「面白い小説を書いて、出版社に送ってマンガにしてもらうのです。今、時代はメディアミックスですわ」
実際はフルートが何かを話そうとすると、先にナディアの方が口を開くから、ただ言えないだけだった。
「最初に書いたのは、主人公が死んで生まれ変わったら、前世で読んだマンガの世界にいる話ですの。その中で主人公が悪役令嬢である事に気付いて、このままだと最後のイベントでヒロインにフィアンセを奪われた揚げ句に断罪されるのですが、それを回避するために努力する姿を面白く書いてみました」
ナディアがそう言うと、テーブルのポテトチップを食べる。
「どこかで読んだ気がする」
「謙虚で堅実なのが一番だと思ったのです。だけど残念ながら、同じようなネタが多すぎてダメでした」
「やっぱり……」
「それで次に書いたのは、公爵令嬢に転生したのですが、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまった話を書いてみました。これは俗に言うNAISEIって奴ですわ」
「そのネタも多いね」
「私も貴族の端くれですから、このぐらいは嗜みですわ。だけど、フルートの言う通り、これもネタが多すぎてボツにしました。そこで令嬢物はやめたのです」
フルートもポテトチップを食べながら、コクコク頷く。
「それで、男性向けを書いてみようと、前世で車にはねられて死んだ無職のぶっさいくな男が生まれ変わって、過去の自分を後悔しながら、真っ当な人生を歩もうとする話を書いたのですが……残念ながら、私にキモイ男の心理描写は書けませんでした」
「私も無理……」
「全くです。メイブリッジとか、想像するだけでサブイボが出てきますわ!」
「ナディア、それ以上は色々とアウトだと思うから、ダメ」
「あら、私としたことが、失礼しました」
そう言うと、ナディアが「オホホホ」と手の甲を頬に当てて笑っていた。
「それから、色々と考えました。確かにテンプレは成功への近道だと思います。ですが、それは本当の成功ではないと私は断言します」
「そうなの?」
「ええ、自分の書きたい物を書けず、ただ書籍化したいだけで他人のネタを真似して書く物語に、作家の心は入ってません!」
「ナディア格好良い」
フルートがパチパチと拍手をする。
「それ程ではございません事よ! あ、フルート。このお菓子、食べてみます? クラスタ……違いましたラスクって言うのですが、巷で流行っているらしいですわ」
「いらない」
「あら残念。食べるとポイントか何かが一時的に一気に上がるらしいですわ。それで話を戻しますが、私、フルートに助けられて分かったのです」
「何を?」
フルートが首を傾げる。
「世間を知らなすぎると! 想像だけで小説を書こうとしても限界がある事に気付きました。そこでお願いがあるのです」
「お願い?」
「ええ、女性でありながら、恐ろしい空獣と戦うメイド服の少女。これほど面白いネタはどこにもないと思います」
「…………え?」
ナディアから自分がネタだと聞いて、フルートが言葉を詰まらせた。
「私、フルートが主役の小説を書いてみます!」
「……私の?」
「ええ。ですから、今日はじっくりとフルートのお話を聞かせてもらいますわ。それと、暇な時は私にお手紙を下さい。私がそれを面白く小説として完成させてみせます!!」
「……
「
戸惑うフルートとは逆に、ナディアは情熱に燃えて断言していた。
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