第43話 スヴァルトアルフ02

 アークとフルートは護衛の依頼を受けると、速度を落として旅客機と並行して飛んだ。

 そして、ワイルドスワンと旅客機は、特に襲われる事なくスヴァルトアルフの首都に到着する。


 スヴァルトアルフ国の首都の名前は、ネオアルフ。人口は40万人。

 国の中央に位置して、この首都から西に行けばミズガルズ国、北に行けばダヴェリール国、南はアルフ国と、運輸の中継地点として交易が盛んな街でもあった。


 アークは旅客機の後に続いてネオアルフの飛行場にワイルドスワンを着陸させると、航空機誘導員にウルド商会のドックの場所を聞いて移動していた。


「ネオアルフにウルド商会のドックがあるって知ってたの?」

「うんにゃ。オッドさんの事だから、ここにも支店があると思っただけ」


 フルートの質問にアークが答えると、彼女は驚くと同時にアークを分析する。


「アークの勘は経験に基づく行動の結果が、直感として働いている?」

「ハズレ。正解は野生の勘。俺は本能のままに生きる。ガルルルル!」


 冗談を交わしながらワイルドスワンをウルド商会のドックの前に停めると、ドックの責任者が見知らぬ機体に首を傾げていた。


「突然邪魔してすまないが、ルークヘブンから来たアークだ。一応、ウルド商会の専属なんでね。ドックのレンタルと補給を頼む」

「ああ、あなたがアークさんですか。社長からは話は聞いてます。どうぞ自由に使ってください」

「どんな話をしたのか知らねえが、助かるぜ。エネルギーと弾丸の補充を頼む。弾は20mmだ」


 弾丸の補給を頼むと、ドックの責任者が驚いていた。


「戦闘をしたんですか?」

「ああ、でっけえ羊を狙った野犬が居てね。羊がメェーデ、メェーデ泣くから、犬のケツを蹴っ飛ばしてやった。多分そろそろ、軍が事情聴取に……ああ、来たな」


 アークの視線の先には、ワイルドスワンの機体を見つけた3人の軍人が、こちらに向かって走っていた。




 軍人は男性2人に女性が1人で、アークの前まで来ると姿勢を正して敬礼をしてきた。

 アーク達が彼等に答礼すると、3人の中で1番階級の高い男性がアークに話し掛ける。


「君が旅客機を救出してくれたパイロットか?」

「救難信号を受信したから規約に従って助けたけど、無視した方が良かったか?」

「いやいや、とんでもない。救援を心から感謝する。それで詳しい話を聞きたいのだが、同行をお願いしてもいいか?」

「どうせこうなると分かっていたから問題ないぜ。仕事を増やしてすまねえな」

「はははっ。旅客機がハイジャックされるよりかは楽な仕事だよ」


 アークの冗談交じりの返答に、軍人達は真面目な表情から笑顔に変わった。

 彼等の案内でアークが歩き始めると、フルートがその後を歩き始める。


「ん? そちらのメイド服を着たエルフのお嬢さんもかしら?」


 女性の軍人がメイド服のフルートに首を傾げる。

 彼女はショートヘア―で身長が高く、キリッとした顔立ちをして軍人らしいクールな雰囲気を持つ女性だった。


「先に誤解を解くが、俺はメイドフェチでもロリコンでもない。それと賊のケツを蹴っ飛ばしたのは、こっちのエルフだ」

「アーク。ケツを蹴っ飛ばして良い?」

「……こんな感じにな」


 2人のやり取りを聞いて、彼女がクスクス笑う。


「空獣狩りって、もっと野蛮な人達だと思ってたわ」

「それは的を射ている。実に射ている。空獣狩りのパイロットの半分はクソ野郎で間違いない」

「じゃあ残りの半分は?」


 彼女がアークの話を面白おかしく聞きながら、その続きを促す。


「もちろん、最低のクソ野郎だ。この『最低』が付くか付かないかで雲泥の差がある。アンタも男を選ぶときはその『最低』が付いていない男を選べよ」

「忠告ありがとう。本当に面白い人ね」


 女性が口元に手を添えてクスクスと笑っていた。


「ふむ。やっぱり、美人の笑顔は癒されるね」

「まあ!」


 彼女もアークに美人と言われて、まんざらでもない表情を浮かべる。


「ここはひとつ「今夜一緒にどうだい?」と誘いたいところだけど、もうすぐパパになるらしいからやめとくよ。実に残念だ」


 子供が出来るというアークの話に、軍人の3人が目を丸くして驚いていた。


「ちなみに、先ほども言ったが俺はロリに興味はないから、ママはこっちのエルフじゃない」

「ロリは余計」


 アークの冗談にフルートが後ろで呟く。


「じゃあ、奥様は?」


 女性軍人の質問にアークが肩を竦めた。


「いや、結婚はしてないぜ。俺の別れた彼女は自立心が強過ぎる女性でね。俺の種だけ奪うと「愛している」と言いながら別れやがった。しかも、腹に子供が居るのを知ったのは、別れて町から出たすぐ後だ。おかげで俺は子供の顔を見る事が出来ず、ひたすら養育費を払わなくちゃいけねえ。酷い話だと思わないか?」


 今の話に女性は腹を抱えて笑い、男性2人はアークに同情する。


「パパ現在浮気中」

「おい、フルート。今の話からどうしてその発言が出た」

「でも、美人を見て顔がニヤケていた」

「それは男性としての本能だ。人類はそれで子孫を繁栄させるんだよ」


 アークとフルートのやり取りに、3人が面白そうに2人を見ていた。


「いや、スマン。本当に面白いコンビだね」

「アークと一緒に飛ぶのは好きだけど、一緒にされるのは屈辱かも……」


 フルートがそっぽを向いてポツリと呟いた。




 3人の軍人は取調室に入ると、アークとフルートから旅客機が襲撃されていた時の状況を聞いていた。

 軍の方で旅客機の無線機が受信したログを手に入れていたので、2人は簡単な説明だけで済んだ。


「ところで、ログに君から空賊に対して『ニブルに雇われたごろつきか?』と送信しているが、どうして彼等がそうだと思ったのか教えてくれないか?」

「半分は嘘で、半分は勘だな」

「ほう。詳しく聞いても良いかな?」

「嘘な部分は、自分は戦場に行かないのにクソ偉そうに命令だけする軍のトップに居座るバカ以外は、民間人でも空賊でもそれに兵隊でも、戦闘なんて嫌いだろ。だから、軍に関わっているだろと脅せば、相手が動揺すると思った」


 アークの冗談に、軍人の3人が笑ってはいけないと思っていても苦笑いをする。


「確かにその通りだな……それで勘の方は?」

「以前、アルフの皇太子の結婚の時にな……」


 アークがヴァナ村からアルフガルドへウィスキーを運んでいる時に、空賊がスヴァルトアルフの戦闘機に成りすまして襲撃してきた話をする。

 ちなみに、最初に襲ったのはアークの方からだったが、彼は自分の都合が悪い事はすぐに忘れるので、一方的に相手が悪い話にすり替わっていた。


「……それは本当か!?」


 彼等はこの件について初耳だったらしく、アークの話を聞いて驚いていた。


「俺は正直者だからな、嘘は言ってないぜ。時々、嘘でも良いから本音を隠せって言われるけどな」


 アークがそう言うと、横で控えていたフルートが頷いて彼に同意する。


「それと、依頼したクライアントが、ニブルの商人から結婚式に自国のワインを出せって突き上げに悩んでいたから、あんた等の敵国も絡んでいる可能性もあってね。そこでピンと来たんだ。普通、空賊は輸送機を狙うが今回は旅客機を狙っていた。人質の交渉が面倒くせえ旅客機をワザワザ狙う意味が分からねえ。俺はこの件に足を突っ込むつもりはねえが、あの旅客機に要人でも乗っていたか?」


 逆にアークから質問されて、軍の上官が肩を竦めて苦笑いをした。


「詳しく話せないが、君の考えを否定しない」

「じゃあ俺の勘もあながち間違ってた訳じゃねえな」

「ああ、今回の件、それと我が軍を名乗った空賊の退治も含めて本当に感謝する」


 上官が立ち上がってアークに手を出すと、アークも立ち上がり彼と握手を交わした。


「そして、そちらのお嬢さんもありがとう」

「どういたしまして」


 フルートも礼を言われて、軽く頭を下げる。

 その後、謝礼をすると言われて振り込み先を教えると、アークとフルートは解放された。




 軍の事務所を出たアークとフルートは、飛行場にある旅客機の航空会社を訪ねた。目当てはもちろん金。

 受付でアークが今回の件を話すと、受付の職員が驚き、上司と助けた旅客機のパイロットを呼んできた。


 呼ばれた彼等は2人に「ありがとう。ありがとう」と抱きつかんばかりに礼を言って、約束の謝礼金をアークに渡した。

 ついでにパイロットから「子供をしっかり育てろよ」と言われて、アークがこっそりと溜息を吐いた。


「んじゃ、今夜はちょっと豪華なメシでも食うか?」

「養育費を払わなくていいの?」


 航空会社を出た後、アークの提案にフルートが首を傾げる。


「……まだ産まれてないだろ」

「妊婦は産まれる前からお金掛かる。マタニティーの服も買わないとダメだし、通院費だって必要」

「……そうなのか?」

「産んだことないから知らないけど、そんな話を聞いた事がある」

「取り敢えずアルフガルドで1000万ギニーを振り込んだけど、まだ足りねえかな?」

「分からない。私も産まれた時のご祝儀って、いくら出せば良いんだろう。200万ギニーぐらいかな?」


 アークとフルートは、空獣狩りで稼いだ桁が多すぎて金銭感覚がマヒしていた。




「ようやく見つけましたわ!」


 2人が悩んでいたら聞き覚えのある声がして振り向くと、ナディアがこちらに向かって走って来て、その後を老執事が追っていた。


「ナディアだ」


 フルートがナディアに向かってシュタと手を上げる。

 そのナディアはスカートの端を両手で摘まみながらバタバタと走って来ると、息が切れたのかアークとフルートの前で膝に手を付き、呼吸を整えていた。


「お嬢様、そんなに慌てなくて大丈夫でございます」


 ナディアの後を追っていた老執事の方は、息を切らせず普段通りな様子で、アークは「この老人、実は凄くね?」と内心驚いていた。


「ナディア、どうしたの?」

「お、お礼を言いたかったのです」

「別に『花と心』の件だったら礼はいらない。私も一緒で楽しかった」


 フルートの返答にナディアが首を横に振る。


「違います。お礼を言いたかったのは、私たちが乗っていた旅客機を救って頂いた事です」

「ナディア。あれに乗ってたの?」

「ええ、空賊に襲われた時、私どうなるか不安で不安で、でもフルートが助けて下さって……。あの戦闘を拝見していましたが、次々と賊を倒すお姿、とても素敵でしたわ!」


 ナディアはそう言うと、フルートに向かって丁寧なカーテシーをして頭を下げた。


「アーク殿も、助けて頂きありがとうございます」


 ナディアの後に老執事も礼を言う。


「まあ、ついでだったからな」

「だけどナディアが乗っていたなら、助けて良かった」


 そうフルートが言うと、頭を上げたナディアが、ガシッと彼女の両手を掴んだ。


「何?」


 突然の事で驚くフルートに、ナディアが話し掛ける。


「よろしければ、我が家に来て下さい。パパもきっと会いたいと思いますし……爺やもそう思うでしょ」

「ええ、よろしければお願いします」

「はい?」


 家に招待されたアークとフルートが、困惑の表情を浮かべる。


「誘いは嬉しいけど、俺達はただの民間人だから貴族に対して礼儀を知らねえ。特に俺は、普段の会話がヘイトスピーチと言われるぐらいの無礼者らしいから、遠慮しとくよ」

「うん」


 アークとフルートが断ると、ナディアが頭を横に振って笑顔を見せた。


「礼儀なんて不要ですわ。私の家は代々軍人の家で、パパも空軍に所属しているの。私だって行儀の良いパパを見た事ないわ。それに、パパも昔は戦闘機に乗ってて、空獣と戦った事をよく自慢しているから、きっと2人とは話が合うと思います!」

「そうなのか?」

「はい。男爵家なので、そこまで格式張ってはおりません。御主人様は昔第四次空獣戦争に参加して活躍されたので、同じパイロットのアーク殿に来ていただけると、御主人様も喜ぶと思います」


 ナディアの後に老執事からも是非にと言われて、2人は半ば強引にナディアの家へ行くことになった。




 老執事が運転する車は、ネオアルフの貴族街の外れの家に到着すると停車した。

 車の中からアークが降りると、気分が悪そうに口を押える。


「アーク大丈夫?」

「車は苦手なんだ……」


 フルートが声を掛けると、アークは辛そうに答えていた。


「だからアルフガルドでオッドさんに会いに行くときも、徒歩だったんだ……飛行機は平気なのに変」

「本当、情けないですわね。それでも本当に空獣狩りのパイロットなのかしら?」

「ゆっくり揺れるのは、ダメなんだ……」


 苦しそうに答えるアークに、2人が冷やかな視線を向ける。


「……お前等、慈愛の精神って奴はないのか?」

「取り戻す努力はしている」

「ないわよ!」


 アークにフルートとナディアが突き放すように言い返していた。


「まあまあ。家の中に入って少し休めば治りますよ」


 項垂れるアークに向かって、老執事が優しく声を掛ける。


「爺さん……アンタ、ダンディーだぜ……」


 それを聞いた老執事は「執事ですから」と意味不明な返事をしていた。




 老執事の案内で家の中に入ると、2人の女性が彼等を出迎えていた。

 1人は質素なドレスを着ている30代ぐらいの女性で、もう1人は20代ぐらいでメイド服を着ていた。

 アークが見る限り、2人とも美人の部類に入ると思う。


 ドレスを着た女性はナディアを見ると、笑顔で彼女に向かって腕を広げた。


「ママ。ただいま戻りましたわ」

「お帰りなさい」


 ナディアが元気に母親に抱きつくと、彼女もナディアを抱きしめて頬にキスをした。


「お爺ちゃんとお祖母ちゃんは元気だった?」

「今年はブドウが豊作だから、美味しいワインができるって喜んでいました。お土産にワインをもらったので、パパと一緒に飲んでください」

「それは楽しみね。それで、そちらの2人は?」


 ナディアの母親が、アークとフルートに会釈してナディアに尋ねる。


「私の命の恩人ですわ!」

「命の恩人?」


 首を傾げるナディアの母親に、老執事が玄関での立ち話も失礼という事で、全員を居間へと案内する。

 ソファーに腰を下ろして寛いでいたら、メイドが現れて紅茶を入れると、一礼してから部屋を出て行った。


「やっぱり、本物は違うな」


 優雅な動きで仕事をこなすメイドから、フルートに視線を移動させたアークが呟く。


「オッドさんの前でも同じ事を言ってたけど、もしかして私への当てつけ?」


 フルートの質問にアークが「とんでもない」と首を横に振った。


「まさか! あんな行儀正しい女性が後部座席に乗ってたら、俺が興奮してまともに操縦なんて出来ねえよ」

「それ、私が行儀悪いって言ってるのと同じ」

「良いじゃねえか。空獣狩りが行儀良くしてどうするんだよ。空獣を撃つ時に「御命頂戴致しますわ」とでも言うつもりか?」


 2人の話を聞いていたナディアが、アークに向かって「お待ちなさい!」とビシッと指をさす。


「先ほどから聞いていれば、アナタ、フルートに失礼ですわ。彼女は野蛮な空獣狩りのパイロットなのに、身だしなみにも気を使っているステキなレディーです!」


 そのフルートは自分の意思でメイド服を着ている訳ではないので、ナディアのフォローに何も言えず困っていた。




「えっと、そろそろお話を聞いても良いかしら?」


 3人の会話に入れず戸惑っていた母親に促されて、ナディアと老執事は乗った旅客機が空賊に襲われ、アーク達が助けたことを説明する。

 母親は自分の娘が乗っていた旅客機が空賊に襲われたと聞いて、最初の内は顔を青ざめていたが、アーク達に助けられたと聞くと、2人に深々と頭を下げた。


「娘を助けて頂き、ありがとうございます」

「あ、いえ、救難信号を聞いたら助けるのが義務なので、気にしないでください」


 貴族の女性から頭を下げられて、アークがぎこちなく答える。

 彼の中では貴族というのは、税金泥棒のクソ野郎という認識だったので、一般人相手でも頭を下げる彼女の行動に驚いていた。

 フルートは、悪役令嬢の母親は子供を過保護に育てる、ヒステリックで高慢ちきな女性という偏見を持っていたので、お淑やかなナディアの母親に、やっぱり小説と現実は違うと考えていた。


「ママ、凄かったのよ。もう駄目だと思っていたら突然フルートが現れて、あっという間に空賊を蹴散らしたの!」


 ナディアが興奮して話をしているが、彼女の頭の中ではアークは存在していなかった。


「私はガンナーで、操縦はアーク。だから私だけで倒してない」

「という事は、フルートが賊を倒したのですね。やっぱり素晴らしいですわ」


 アークを不憫に思ったフルートが、ナディアの話に訂正を入れるが、彼女には焼け石に水だった。

 一方、アークはナディアが自分を無視しようが、ガキの言うことなのでどうでも良く、「紅茶うめー。だけど酒が飲みてー」と頭の中を空っぽにしていた。


 ナディアは母親に2人の事を紹介すると、今度はフルートとマンガを例題に乙女の純情について語り始めた。

 楽しく会話しているナディアを、彼女の母親は珍しそうに見ていたが、本人も恋愛話は好きなのか2人の話に割り込んで、自分と旦那との恋愛話を話すと、ナディアとフルートは目をキラキラさせて彼女の聞いていた。


 得体の知れない乙女の純情に全く興味のないアークは、蚊帳の外の状態で部屋を眺めていると、暖炉の上の写真立てに見知った人物が写っているのを見つけた。

 ソファーから立ち上がって、写真を手に取り改めて見れば、自分の父親とダイロットが、戦闘機の前で笑顔を浮かべて写っていた。


「それは、旦那様が現役だった頃、尊敬していたお2人で御座います」


 写真を見ていたアークに、老執事が近寄って話し掛ける。


「……シャガンとダイロットか」

「おや? 若いのにご存知でしたか」

「ああ、シャガンは……」


 話の途中で「ただいま」と玄関から男性の声が聞こえて、アークが会話を止める。


「あ、パパが帰って来た!」


 ナディアはソファーから立ち上がると、フルートの手を引っ張って玄関に向かった。その後ろを、ナディアの母親と老執事が後を追う。


 アークはこの場に残って、彼に向かって笑う写真の中の2人を見ていた。

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