第42話 スヴァルトアルフ01

 アルフガルドを離れたワイルドスワンは、北へ進路を向けて飛行を続けていた。

 アルフ国からダヴェリール国に行くには、北のスヴァルトアルフ国を超える必要があった。


 スヴァルトアルフ。

 スヴァルトアルフの建国は、今から200年ほど前まで遡る。

 元々アルフ国はスヴァルトアルフも含めた大国であったが、国王は趣味の錬金術に没頭して政治に無関心。王妃も浪費の限りを尽くして財政を圧迫。その結果、上から下まで汚職が蔓延して、国民は重税に苦しんでいた。


 当時、アルフ国の北にスヴァルト伯爵という人物がいた。

 この伯爵は善政を心がけて、重い重税に苦しむ領民に私財を投じて救うほどの高潔な人物として領民、周辺領主から尊敬されていた。


 スヴァルト伯爵が所用で首都に訪れた時、貧困に苦しむ市民を見て国王に減税を直訴したが彼の願いは通じず、逆に汚職で利権を占有していた大臣たちに捕らわれて、城の奥の塔へと監禁されてしまう。

 しかし、伯爵が捕らわれの身となった事を知った彼の息子が、決死の努力で伯爵を救出すると、伯爵は自分の領土に戻ってすぐにアルフ国からの独立を宣言した。

 重い重税、政府の腐敗、そして高潔な伯爵の監禁と、周辺の領主たちもアルフ国を見限るとスヴァルト伯爵を慕って、彼を盟主に連合軍を結成する。


 それに対して、アルフ国は連合軍を反乱と見なすと、軍隊を派遣して鎮圧しようとしたが、地位だけで軍事の事など全く無知な貴族が指揮する軍隊は非常に脆く、逆に領土を減らしていった。

 そして、数年の戦争が続いた結果アルフ国の領土は1/3まで減少した。


 このままでは国が滅亡すると考えたアルフの大臣達は、連合国と和平を結んでスヴァルト伯爵が保持した土地を国と認定することで、自分たちの身の安全を手に入れる。

 こうしてスヴァルトアルフ国は誕生した。


 ちなみに、和平交渉で命拾いしたアルフの大臣達だが、終戦してから数年後にアルフ国で革命が勃発。国王、王妃を含めて全員がギロチン刑で命を落とし、国王の身内の大半はニブル国へと亡命した。

 処刑された国王の代わりに王位継承権第14位で女遊びに喧嘩好き、全員から愚息と言われた男が仕方がなく国王になったが、その男が国王になると敏腕を振るいだして、アルフ国を一気に建て直した。


 また、その当時にアルフの国王の身内がニブルに亡命したことで、終戦の150年後にスヴァルトアルフ国とニブル国が戦争になる切っ掛けを作ったのだが、それはまた別の話になる。




 スヴァルトアルフに入るには、国境手前のスチュアルという町で入国手続きをする必要があり、そこがアーク達の最初の補給地点だった。


 管制塔から着陸許可を得て、ワイルドスワンはスチュアル飛行場に着陸した。

 ワイルドスワンをドックに停めると、2人はスヴァルトアルフへの入国手続きをしに、検問所へと向かう。


「随分と混んでるな」

「……1時間は掛かりそう」


 このスチュアルの町は地上と空の検問所があり、商人や旅行者が長い行列を並んで入国手続きを待っていた。

 2人は一緒に溜息を吐くと、行列の最後尾に並んで他の人と同じ様に順番を待つことにした。




 だるそうに待っているアークの横で、フルートが暇つぶしに『花と心』を立ち読みする。


「それ、そんなに面白いのか?」

「アークが読んでも理解できない。乙女の純愛が眠る私のバイブル」

「意味が分からん」


 アークが呆れていると、2人の前に並んでいた少女がフルートの読んでいる『花と心』を見つけて、震える指で本を指しながら驚いていた。


「そ、それは……『花と心』の最新号!」


 その声に、フルートがマンガから少女に視線を向けて首を傾げる。


「そうだけど?」

「わ、わたくし、まだ読んでいませんの。お金を払うからお売りなさい!」


 フルートに命令する少女は、金髪を縦ロールにして、お嬢様な雰囲気を纏っていた。

 アークが見たところ年齢は12か13歳ぐらい。ピンクのヒラヒラしたドレスを着て、金持ちの商人もしくは貴族の娘と思われる。

 その少女の命令を、フルートが首を横に振って断った。


「まだ読んでる最中。それに、乙女の純情はお金じゃ買えない」


 フルートが訳の分からない返答をすると、再びマンガに視線を戻した。


(本当に性格変わったよな……俺の鍛え方が間違ったのか、それともミリーの悪影響か……)


 例え相手が貴族の娘であろうが全く動じないフルートの様子に、アークは首を傾げていた。




「それは理解できますわ。乙女の純情はお金では買えません。だけど、そこを何とか! 私もその乙女の純情を読みたいのです。爺や、彼女にお金を……」


 少女が近くに居た老執事話し掛けると、彼は「人の物をねだるのは、行儀が悪うございます」と首を横に振っていた。


「ううっ。図書館ウォーズの続きが気になっているのに、それが目の前にあるのに、読めないなんて……」


 嘆く少女の目から涙が零れる。

 その呟きに、フルートの視線が再びマンガから少女に切り替わる。


「図書館ウォーズは私も好き。だけど、このマンガは渡せない。何故なら私が失くした純情がこの1冊に眠っているから。だけど一緒に読むのは構わない」

「まあ! よろしいのですの? 是非、一緒に読ませてください」


 少女は喜んでフルートの横に並ぶと、2人は仲良くマンガを読み始めた。

 フルートも自分と同じ趣味を持った仲間を好意的に思ったのか、ページに戻して再び最初から読み始めた。


「お嬢様がわがままを言って、申し訳ございません」

「あーうん。よく分からねえけど、暇だし良いんじゃね?」


 少女の執事と思われる老人が、アークに話し掛けてきたから適当に答える。


(フルート。お前、22歳なのに精神年齢がガキと同じだぞ……)


 アークはフルートの年齢を思いだすと、首を横に振っていた。




 マンガを真剣に読む2人をほっといて、アークは暇つぶしに少女の老執事と世間話をしていた。

 少女の名前はナディア・キナ。アルフに住む祖母に会いに行って、その帰宅途中だった。

 アークは秘書の老人の名前も尋ねたが、「私はただの執事で御座います」と言って名乗らなかった。

 2人は明日出発する旅客機に乗って、スヴァルトアルフの首都にある実家へ帰る予定だった。


「ほう。では推薦を貰ってダヴェリールに向かうのですね。それはそれは、素晴らしい」


 アークが暇つぶしに空獣狩りの仕事を話すと、老執事はニコニコと笑いながら彼の話を聞いていた。

 空獣狩りのパイロットはならず者と称されて避けられる時もあるが、この老人は職業に対する偏見など全く持たず、アークはこの老執事に好感を持ち始めた。


「そういえば、ルークヘブンで巨獣ワイバーンが出たと新聞に載っていましたが、アーク殿も?」

「あの巨大なクソな。俺達も戦いに参加したぜ」


 実際はアークとフルートがトドメを刺したのだが、ワザワザ自慢する必要もないと適当に誤魔化した。


「俺達もと申しますと、もしかして、そちらのお嬢様もですか?」

「俺の後部座席でガンナーを担当している。耳を見て分かると思うが、エルフだから俺より年上だぜ」

「……さようでございますか」


 そのフルートとナディアはマンガを読み終えて、出てくる登場人物の心理について熱く討論していた。


「……ですから、彼はワザと主人公を突き離して、彼女を守ったと思うのです」

「オラオラ系男子は時としてウザいと思う」


 そう言ってフルートがアークをチラッと見る。


(フルートよ。今の発言の後、何で俺を見た?)


「いいえ。そこがまた良いと思います……それに……」

「お嬢様。順番が来ましたので、そろそろ終わりにしましょう」


 フルートとナディアが討論している間に順番が来て、検問の職員がナディアと老執事を待っていた。


「あら? もう順番が来たの? もう少しお話したかったですわ。フルートとそこのあなた。機会が御座いましたらまたお会いしましょう。ご機嫌よう」


 ナディアはそう言うと、「オホホ」と笑いながら検問所に行き、老執事はアーク達に一礼すると、彼女の後を付いて行った。


「典型的な貴族様だったな」

「うん。本人の前じゃ言えなかったけど、漫画に出てくる悪役令嬢そのままだった」


 アークのナディアについての感想に、フルートが頷く。


「その悪役令嬢相手に仲が良かったじゃねえか」

「悪役令嬢の大半はただの意地っ張りで、実は孤独な女の子。これ定石」

「面倒くせえ定石だな」


 ナディアと老執事の検問が済んだ後、アークとフルートも検問所で入国審査を終わらせた。

 検問所を出た2人は、町で見つけた中レベルの宿に泊まって、その日は何もなく終わった。




 翌日。

 別に急ぐ予定がない2人は、午前中はゆっくり起きると、軽い昼食を取ってからワイルドスワンに乗り込んだ。


「結局、あの悪役令嬢には1度も会わなかったな」

「悪役令嬢は見た目だけ。『花と心』が好きな少女は純情な乙女」

「お前は純情を失くしてるって、自分で言ってるけどな」

「いつか取り戻して見せる!」


 後部座席でフルートがこぶしを握って決意を表す。


「まあ、ガンバレ」


 管制塔から離陸許可が下りると、ワイルドスワンはスチュアル飛行場から離れて北へと飛んだ。




 飛行場から離陸して1時間後。

 次の目的地、スヴァルトアルフの首都ネオアルフに向かって順調に飛んでいると、無線が入ってきた。


「救難信号が入ってきた」

「はぁ? 面倒くせえな。無線が入るって事はこの近くだろ。フルート、辺りを探してくれ」

「了解」


 ちなみに、救難信号を受信して無視するとそれだけで重罪になるため、2人は救援に駆けつける必要があった。


「返信は?」

「相手がどんな状況かが分からん。もし、空賊に襲われていたら傍受されて見つかる。俺は昔、空賊に憬れてたから、卑怯な不意打ちってのが好きなんだよ」

「分かった」

「それはそれで問題だな」


 フルートの返答にアークが顔を顰める。

 そのフルートが双眼鏡を覗いていると、5機の戦闘機に囲まれている中型旅客機を見つけた。


「見つけた! 前方2時方向。旅客機が襲われてるっぽい」

「人質でも取るつもりか? 本当に面倒くせえ空賊だな。手っ取り早く輸送機を狙えよ」


 アークは溜息を吐いていると、無線機が空賊から発信している無線通信を傍受した。


『シ・ン・ロ・ヲ・ヒ・ガ・シ・ヘ・ム・ケ・ロ(進路を東へ向けろ)』


「んー無線で知らせるって事は、旅客機の中に賊は居ないかな……」

「アーク、どうする?」

「相手は何機だ?」

「敵は5機。威嚇射撃はしているけど、まだ旅客機に被害はない」

「相手が無抵抗だからヒャッハーな状況なんだろう。オーケー、油断しているアホを上から襲うぞ」

「了解!」


 アークはワイルドスワンの高度を上げると、雲の中へ隠れて旅客機の方へと近づいた。




 そのころ旅客機の中では、ナディアが外で暴れる空賊の戦闘機を見て震えていた。


「爺や、怖い!」

「お嬢様、大丈夫でございます。爺やが必ずお守り致します」


 老執事がナディアを抱きしめて、落ち着かせる。

 だけど、周りの乗客はそれどころではなく、パニック状態で乗客乗務員に詰め寄り、騒がしかった。


 外では空賊が威嚇射撃で脅し、それに屈服したのか旅客機が東へと進路を変え始める。

 その様子に気付いた乗客が、さらに騒ぎ始めた。

 ナディアが恐怖に震えながら外の戦闘機を見ていると、突然、1機の戦闘機が頭上から弾丸の嵐を喰らって炎上した。


「え?」


 ナディアが地表に向かって墜落する戦闘に驚いていると、1機のアヒルに似た戦闘機が上空から現れて、さらにもう1機を撃墜しているところだった。


「爺や! 誰かが助けに来てくれたみたいですわ!」

「まことですか!?」


 その声は老執事だけでなく他の乗客にも聞こえて、全員が窓から外を見ればたった1機の戦闘機が、3機の空賊に向かってドックファイトを挑んでいた。




 ワイルドスワンは雲の中に隠れながら近づくと、空賊の戦闘機を目掛けて急降下を開始。

 フルートが照準を狙って上空から20mmガトリング砲を放つと、相手の翼に穴を開けて撃墜に成功した。

 相手が驚いているうちに座席を回転させると、近くを飛んでいたもう1機を撃墜する。


「まずは2機。余裕をかまして襲ってるアホは、自分が襲われる事を考えねえから楽で良いな」


 初撃の成果にアークがほくそ笑む。


「空賊から通信『これ以上攻撃すると旅客機を落とす』」

「こっちも返信。『知るかボケ! お前等のアジトを教えろ。暇つぶしに皆殺しにしてやる!!』」

「分かった!」


 フルートがアークの言った内容をそのまま返信をすると、残った3機の空賊が一斉に襲い掛かってきた。


「回すぞ」

「了解。ついでに向こうから返信『テメエ空獣狩りか?』だって」

「じゃあ返信。『そっちはニブルに雇われたごろつきか?』」


 そう言いながら、アークが急旋回のブレイクで攻撃を躱して宙返りを開始する。


「え?」


 フルートが驚いて聞き返すと、アークが肩を竦めて鼻で笑った。


「適当に言っただけだけだ。ただ、何となく俺の勘がそう囁くんだ」

「アークの勘は馬鹿にできない」


 フルートがそう呟いて空賊に返信を打つと、返信の内容に驚いたのか、敵の動きが僅かに鈍くなった。


「な。俺の勘は当たるんだよ」


 そう言いながら宙返りの半分まで上がると、180度のロール回転をして、インメルマンターンを決める。

 その間にフルートは座席を後ろに回してから機銃を撃つと、弾丸が敵の翼に命中。

 撃たれた敵は旋回すると、ワイルドスワンから逃げていった。


「本当に勘が当たってるし……」


 敵が動揺している様子にフルートが呟きながら、もう1機を撃破。

 撃たれた戦闘機が地上に墜落して炎上していた。


「残り1機か……フルートさんマジパネェすね」

「ワイバーンに比べたら、何も怖くない」

「なあ、知ってるか? そいつは油断って言うんだぜ」

「……ごめん」


 アークの指摘にフルートが小声で謝ると、アークがニヤリと笑い返した。


「安心しろよ。俺なんか油断してたら子供を作ってるんだぜ。それに比べたら遥かにマシだ」


 ガクッ!


 アークの放った冗談に、最後の1機を狙っていたフルートの照準がズレた。


「パパ、笑わせないで!」

「こりゃ失礼」


 ヤケクソになった空賊からの攻撃を、アークが左への360度ロール回転で避ける、そして、避けると同時にフルートがガトリング砲を敵に向かって発射。

 この攻撃で、プロペラに弾丸が当たり、最後の1機が墜落していった。


「1機逃したけど、エネミークリアっと」

「旅客機から連絡。『救援感謝する。それと護衛を依頼したい』」

「返信。『40万ギニーで受ける』」

「……向こうから返信『30万ギニーで頼む』」

「返信。『養育費が必要なんだ!』」

「……パパ、ガンバレ」


 フルートが返信すると、旅客機から了解と同時に「ガンバレ」と返信が来て、護衛の依頼を受けたワイルドスワンは、旅客機と並行して空を飛んだ。




「凄い……」


 たった1機で全ての空賊を倒したワイルドスワンに、ナディアが感嘆の声を上げる。


「たった1機で……見事でございましたね」

「ええ。あのパイロットに後でお礼を言いたいですわ」

「そうでございますね」


 2人が会話している周りでは、パニック状態だった乗客がワイルドスワンに向かって歓声を上げていた。


「あっ!!」


 ナディアがワイルドスワンの機内にフルートの姿を見つけて驚き、老執事の袖を引っ張った。


「爺や。あの戦闘機に乗っているの、昨日会ったフルートですわ!」

「本当でございますか!?」


 老執事も窓から外の戦闘機を見て、ワイルドスワンに乗るアークとフルートを見つけた。


「これはこれは……お嬢様、本当に良いお友達が出来ましたね」

「ええ、後で会いに行きましょう!」


 旅客機とワイルドスワンは、スヴァルトアルフの首都ネオアルフに向けて、飛行を続けた。

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