コンティリーブ編

第41話 オッドからの依頼

 ルークヘブンを出たアークとフルートは、フランシスカに言われた通りにオッドに会うため、アルフガルドへとワイルドスワンを着陸した。

 ウルド商会のドックにワイルドスワンを停めると、飛行場の窓口で明日のフライトの予約を入れる。


 フルートのメイド風飛行服を見た受付の男性は、首を傾げつつもアークに向かって笑顔でサムズアップ。

 久々の反応にフルートは動じず、無表情のままアークと受付のやり取りを横で聞いていた。

 ルークヘブンで根性を鍛えて、羞恥心を粉砕された結果、フルートの純情はとうの昔に消えていた。




 飛行場を出ると、アルフガルドの町をウルド商会に向けて歩き始める。

 以前アークがこの街に来た時は、皇太子の結婚で賑やかだったが、今は普通の状態に戻っていた。

 それでも首都なだけあって、ルークヘブンよりも人で溢れて、街は活気に溢れていた。


「フルート。このままオッドさんに会いに行くけど、その前にどこか寄るか?」

「だったら本屋に行きたい」

「本屋? また変な小説か?」

「『花と心』が欲しい」

「何だそれ?」

「少女マンガ雑誌。私が失くした乙女の純情がそこにある」

「……そのセリフは俺の心に突き刺さる何かを感じるな。ホラ、あそこ、本屋じゃね? 行って来いよ」

「すぐに戻る」


 フルートが本屋に入ると、数冊の雑誌を買って戻って来た。


「最新号まで買って来た」

「あまり無駄使いするなよ」

「アークと違って養育費払う必要がないから大丈夫」

「……フルート。最近俺に対して冷たくないか?」

「そんな事ない。パパ頑張って」

「まだ生まれてねえよ!」


 2人は冗談を言いながら、ウルド商会に向かった。




 巡回する衛兵に場所を聞いて、2人はオッドの居るウルド商会の店に到着する。

 ウルド商会は2人が見上げるぐらい大きい建物で、多くの人が出入りしていた。


「やっぱりデカいな」

「うん」

「オッドさんのお腹みたいだ」

「ぷよぷよ」


 フルートの一言に、アークが眉を顰める。


「……フルート。最近性格が変わったか?」

「アークが前に言ってた」

「ん? 俺が何を言ったんだ? すまねえが、俺は自分の言う事に責任を持たないから、言った事はすぐ忘れるんだ」

「私にユーモアのセンスがないと辛いって言っていたから、ミリーさんにツッコミについて教わった」

「俺の知らないところで、何をやってるんだか……」


 2人は突っ立っているのも時間の無駄と、人で溢れる店の中へと入った。




 店の中はアルフ国1の店と言われるだけあって、様々な商品が並んでいた。

 周りの商人の話をこっそり聞くと取引額もかなり大きく、オークの肉が20Kg、魔石のエネルギーが100万ギニー分。など大口の取引がされていた。


 その様子を見ていたアークとフルートの前に、1人の店員が現れた。

 その店員はフルートのメイド服を見て、一瞬だけ眉を顰める。

 どうやらアークの飛行服とフルートのメイド服というミスマッチな2人に、どんな身分なのか分からなかったらしい。


「いらっしゃいませ。どのような御用でしょうか?」

「ルークヘブンから来たアークとフルートだが、オッドさんに会いたい。アポなしは分かっているが、ワイバーンのケツを蹴っ飛ばした2人と言えば通じると思う」


 アークが答えると店員は訝しむが、それでも「少々お待ちください」と言って奥へと消えた。

 店員が姿を消して15分経っても未だ戻る気配はなく、アークとフルートは暇潰しに店舗内を眺める。


「見ろよ。オークジェネラルの肉が1Kgで3万ギニーだってよ。ぼったくってんじゃね?」

「運搬費を考えればそのぐらいだと思う」


 2人の後ろではアークの声が聞こえた店員が、彼を追い出すかどうか悩んでいた。


「確かセリだと300Kgで160万ギニーだったから、10倍以上かよ。スゲエガメてんな」


 後ろの店員が、彼を追い出そうと決めた。


「それでも安くなってるんですよ」


 店の奥からオッドが現れて2人に笑顔を見せていた。

 どうやら、会話を聞いていたらしい。笑い掛ける顔が微妙に引き攣っていた。


「そうなのか? ルークヘブンじゃ安かったから、普通に頼んで食ってたよ」

「おかげで忙しかった」


 フルートは『ルークバル』で働いていた時を思い出して、首を左右に振った。


「あははっ。そりゃアーク君が自分で獲ってたからね。毎日獲って来てくれたおかげで、儲けさせてもらったよ」

「ウルドが高値で買ってくれたから、こっちも儲けたよ」

「それにまだ届いていないけど、ワイバーンの肉も手に入るから。楽しみだね」

「あのトカゲを食べた奴が居るのか!?」

「ゲテモノ食い……信じられない……」


 ワイバーンを実際に見た2人が、オッドの話に驚いた。


「私が聞いたところによると、とても脂のある鶏肉のような味で、しかも美味しいらしいよ。それに、翌日には元気になるらしいね。おまけに魔石はここ数年見たことが無い最高級品。臓器で薬を作ったら最高級の薬が出来て、皮の加工はチラッとしか聞いていないけど、凄い合金が出来るかもという話を聞いている」

「……オッドさん。もしかして全部セリ落としたのか?」


 アークが尋ねると、彼は笑いながら目の前で手を左右に振って否定する。


「いやいや、それはさすがに無理。この店の品を全部売っても買い切れないよ。うちの店は魔石とお肉が1/3だね。それでも店の貯金が一気になくなったけど、その分利益は凄いと思うよ。なにせ2度と手に入らない品だからね。さあ、さあ、それよりも店の奥へ。色々と話したい事があるから、中に入って」


 オッドに急かされて、アークとフルートが店の奥の談話室へと案内された。




 3人がソファーに座っていると、メイドが優雅な仕草で紅茶と生菓子を置いて、一礼してから部屋を出て行った。


「同じメイド服を着ていても、やっぱり違うな」

「好きで着てるわけじゃないし、職業違うし、比較したら彼女に失礼」


 アークの呟きに、フルートが彼を睨む。


「いやいや、フルートさんも似合ってますよ」

「オッドさんも着る?」

「え? いや、私はそういう趣味はないよ」

「私もありません」

「……アーク君。彼女の性格ってこんなだったっけ?」


 オッドが顔を引き攣らせて、アークに尋ねる。


「俺もさっき聞いたばかりだだけど、最近ユーモアについて勉強しているらしい。だけど、俺からしたら、ユーモアと毒舌の違いがまだ分かっていないと思う。ちなみに、俺は理解して毒を吐いている」

「そ、そうなんだ……」


 アークがフォローしても、最後の一言が余計で、オッドの顔の引き攣りは戻らなかった。


「そろそろ、本題に入っても良いかな?」

「俺は何時でもオッケーだぜ」

「フランから聞いたが、君達は本当にコンティリーブに行くつもりかい?」

「ああ、真面目だと思っていた死んだ親父が、実は少し頭がおかしかったらしくてね。若い頃に軍から物をかっぱらうわ、変な幻聴を聞くわ、挙句の果てには死んでから息子に向かって死にに行けと、遺言を残してやがった」

「それは酷いな」

「アークの言い方が酷いだけだと思う」


 アークの話にオッドが顔を顰めて、フルートが突っ込みを入れる。


「それで世界で1番の常識人の俺としては、親父の遺言を素直に守りながら、自分の夢でもあるド田舎に行ってのスローライフ? を両立させようと、ダヴェリールの最北端の「お前等こんな所に住んで馬鹿か? もっと住みやすい土地に行け」と言いたくなる田舎のコンティリーブに行こうって決めた訳だが、ご理解頂けたかな?」

「酷い説明……」


 フルートが頭を左右に振って、溜息を吐いた。


「うん。コンティリーブに行くというところだけは分かったよ」

「さすがオッドさんだ。商人は理解が早くて素晴らしい」

「という事は、白夜の円卓に挑むんだね」

「いずれはね。向こうに行って円卓に挑まない空獣狩りは、ただのコスプレだからな」


 白夜の円卓。

 コンティリーブの奥には山に囲まれた円状の盆地があり、そこは一日中太陽が沈まない土地だった。

 その盆地は常に最強の空獣、もしくは巨獣が1匹だけ生息していた。

 なぜ1匹しか生息していないのかは不明だが、盆地を調査した研究者は土地に空獣を寄せる何かがあると推測していた。

 その盆地は空獣同士が争う事で、常に強者の空獣が1匹だけ生息していた。


 そして、その盆地は第四次空獣戦争で、シャガンとダイロットがベヒモスを倒してスタンピードを止めた決戦の地でもあった。

 それ故、最強の空獣が常に居る日の沈まない盆地は、白夜の円卓と呼ばれて、空獣狩りの聖地とされていた。




「実は1つお願いがあるんだ」

「ちょっと難しいな」

「私でも無理」


 アークがオッドの太った腹を見て眉を顰めると、フルートも頷く。


「いや、私のお腹を見て何を考えているかは分かるけど、違うからね。確かにアーク君は前に直接言わないって言っていたけど、考えは丸分かりだから」

「おっと、これは失礼。ちょっとお茶目な冗談だから、話の先を続けてくれ」

「うん。そろそろ泣きそうだけど続けるよ。円卓にファナティックスが現れたら倒して欲しいんだ」

「ファナティックス? 知らねえ空獣だな。フルートは知ってるか?」

「前に読んだ本に書いてあった伝説の空獣……」


 空獣ファナティックス。

 人類史上1度だけ現れた伝説の空獣。

 体の色は青で、翼の根本だけは黄色。顔はコンドルに似ているが、首に襟巻に似た体毛を持っている。

 羽毛が擦れた際に発生する静電気を蓄積し、放電するという能力を持つ。

 ファナティックスの放電攻撃は極めて多彩で、キックと同時に放電するほか、帯電しながら高速で突進したり、後方へ向けて雷光を放つといった攻撃も用いる。

 ファナティックスの腎臓からは、万病に効く薬が作る事が出来て、どんな病すら治ると言われていた。


「過去に1度だけ、白夜の円卓で死にかけのファナティックスが倒されたけど、それ以降、誰も見た事がないから絶滅してるって言われてる」

「長い説明ありがとう」

「どういたしまして」


 フルートの説明が終わって、再びオッドさんに向き合う。


「つまり、どこぞの誰かが医者から見放された病気持ちで、最後の希望に俺達を頼ったという落ちで良いか?」

「あーうん。そう直球で言われると、答えにくいけど正解だね。ちなみに秘密だけど、病気なのはこのアルフの国王陛下だったりする」

「……そりゃまた、金になりそうな話だな」

「まあ、金になるけどね。今、国王が死んだら、このアルフは戦争中のスヴァルトアルフとニブルの政略に巻き込まれて、2つに別れるかもしれない。私は商人として、この戦火を抑えたいのが希望だよ」

「もしかして、前に俺が来た時、皇太子が結婚してたのは……」


 アークが呟くと、オッドが頷いた。


「君の予想通りだよ。国王の病気が見つかって、後継者を早く決める必要があった。だけど皇太子はまだ14歳で後を継ぐにはまだ若過ぎる」

「平和そうに見えるけど、実はこの国ってかなりやばくねえか?」


 アークの疑問に、オッドが腕を組んで溜息を吐いた。


「今は国王陛下と宰相の手腕で成り立ってる。ワイバーンから作られた薬である程度持ち直せるらしいけど、それでも陛下の命は恐らく後1年が限界らしい。前回のウィスキーの件で、私もそこそこ信頼を得てね。ワイバーンを倒したアーク君達とコネのある私に、宰相がファナティックス討伐の依頼を頼んできたんだ」

「それでコンティリーブに支店を作るって話になったのか」


 アークに向かってオッドが正解だと頷く。


「その通り。アーク君とはまだ専属契約を結んでいるから、セリに出る前に買い取りが出来るのを利用するつもりだよ。既に宰相の紹介で、ダヴェリール国からコンティリーブに支店を置く許可は得た。かなりの賄賂をばら撒いたらしいけどね。後はアーク君がダヴェリールに行くのを待って、社員を派遣するだけになっている。アーク君、フルートさん、どうかこの国を助けて欲しい!」


 そう言うとオッドが2人に頭を下げた。




「今のクソ長い話を纏めると、円卓にファナティックスが「やあ!」って言いながらひょっこり現れるまで、何人もが束になっても敵わねえような空獣を、ひたすらブッ殺せって事でオーケー?」

「うん。言い方は酷いけど、正解。勿論、無理は承知だよ。だけどこの国を救うには、もう君たちが頼りなんだ……」

「フルートはどう思う?」

「私はアークと一緒に飛べるならドコでも飛ぶ。だけど叶うなら『花と心』が欲しい」

「花と心?」


 オッドが首を傾げる。


「私が失くした乙女の純情がそこにある」

「アーク君、説明を頼んでも良いかな?」

「仕方がねえな……」


 アークがこの店に来る前に、本屋へ立ち寄った事を話した。


「つまりフルートさんは、コンティリーブにそのマンガ雑誌の最新号を定期的に持ってきて欲しいと?」

「それが私のジャスティス」


 オッドの確認にフルートが頷く。


「お前、マンガに悪影響を受けてないか?」

「空獣狩りの中年オヤジに悪影響受けないための対策だって、ミリーさんが教えてくれた」

「あのクソ猫。パイロットに何か恨みでもあるのか?」


 フルートの返答に、アークが呆れた様子で頭をボリボリ掻いた。


「だけど、その件なら何とかするよ。ダヴェリールは自国の商会以外は滅多に許可しないんだけど、今回、特別に支店を持てる機会を得たから、私もそれなりに稼がせてもらうつもりだからね。この国から輸送機を飛ばすついでに、フルートさんの欲しいマンガや小説を運ぶぐらいなら、問題ない」

「ありがとう」


 オッドの返答にフルートが手を合わせてオッドのお腹を拝むと、オッドの目から涙が出ていた。


「アーク君は何か欲しいものはないかな?」

「俺? んなもん決まってるじゃねえか。ヴァナ村のウィスキーをたまに持ってきてくれ」

「なるほどアーク君らしい依頼だね」

「それと、もしワイバーンの皮で凄い合金が出来たら、少しだけ買い取ってヴァナ村のギーブってデブの整備士に渡してくれ」

「渡すだけで良いのかい?」


 オッドが首を傾げる。


「それだけで構わない。あのクソドワーフの事だ。その合金を見て何か碌でもねえ物を作るだろ。チャッピーを通して出来上がった品を運んでくれ」

「分かった。そのぐらいならお安い御用だ」

「それと、最後にルークヘブンにある『ルークバル』って店の口座を教えてくれ」

「えっと……確かアーク君が頼んで、うちの支店から肉を下ろしている仲卸さんの娘さんが経営しているお店だったかな?」

「それで間違いない」

「ちなみに理由を聞いても?」

「ヒデエ話だぞ……」


 アークがマリーベルのお腹の中の子供について話すと、オッドが顔を引き攣らせた。


「それは……なんとも凄い女性だね」

「男からしたらヒデエ話だ」

「お父さんファイト!」


 アークが溜息を吐く横で、フルートが突っ込みを入れる。


「フルートさん、フルートさん。もしかしてそのネタ気に入ってませんか? 涙が止まらないからやめて」

「割と気に入ってるから、もう暫く我慢して」

「ああ、最初に出会った頃の純情なフルートが、ネタキャラになりつつある」

「残念ながら、アルフサンドリアの酒場で、私の純情は全て砕け散りました」

「あの時かーー!!」


 以前、人前でフルートに『バージン卒業おめでとう』と、仲間全員で叫んだ事を思い出して、アークが頭を抱えた。


「と、とりあえず、依頼は了承したという事で良いのかな?」


 何時までも止まらないアークとフルートの冗談に、オッドが話を締める。


「ああ、良いぜ。見掛けたらぶっ殺しとくよ」

「うん。凄い難題でこの国の存亡も掛かってるけど、今の一言だと簡単に聞こえるから凄いね」


 オッドは本当に任せて大丈夫だったのか、今になって後悔していた。

 その後、オッドとの話を終えて店を出たアークとフルートは、以前アークが泊まった宿屋で一晩眠った後、アルフガルドを出発した。


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