第40話 ルークヘブンとの別れ

 ワイバーンの討伐が終わった翌週。

 アークとフルートは朝からギルドに行き、ランキング表を確認していた。


 1位 アーク&フルート 4770万ギニー

 2位 フルート&アーク 4770万ギニー

 3位 ルセフ 2445万ギニー

 4位 ジュリオット 943万ギニー

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 2人が1位と2位の座に就いてから10週間、最後まで順位を守ってダヴェリールへの推薦を手に入れた。


 先週まで3位だったジグラーは、ワイバーンを森に招いた罰としてランキングから除外された。

 しかし、彼はワイバーン襲撃時に生還できなかったうちの1人で、同僚の証言から彼の乗った戦闘機は森に墜落していた。

 ギルドは例え彼が運良く生きていたとしても、空獣に殺されているだろうと判断して、彼の家族へ死亡通知を送っていた。


 そして、クラスタグループのメンバーも、彼と同じく罰を受けてランキングから除外されていた。

 ダヴェリールへの推薦を得て、ジグラーの推薦待ちだったパイロットも、同罪としてギルドから推薦をはく奪され、既にダヴェリールに行った元クラスタグループのパイロットも、連絡が届き次第、ダヴェリールから国外追放される予定だった。

 最終的にクラスタグループは、ギルドが強制的に解散させて、ランキングに載るのは実力のあるプレイヤーだけになった。


 ジグラーが除外されて、4位から3位に繰り上がったルセフだが、彼はワイバーンのソニックブームを受けて戦闘機が半壊して、帰還出来たのは奇跡に近かった。

 容体もかなり酷く、医者の判断だと回復のポーションで体を治しても、現役復帰までにはリハビリを含めて4カ月が必要とされていた。

 彼はクラスタグループに所属せず、実力だけでランキング10位以内を9週まで維持していたので、ギルドは彼の降格を保留する。

 そして、復帰してランキングが10位以内に入った時点で、彼にダヴェリールの推薦を与える特別待遇をした。




 もう1人の怪我人、チャーリーも骨折で入院していたが、こちらの回復は良好で、2日後には退院していた。

 しかし、ソードサンダーの損傷の方が酷く、ドックでボロボロになったソードサンダーと対面した彼に向かって、フランシスカが「コイツはもう使えない」と残酷な通告を出した。

 彼は呆然とした状態で膝から崩れ落ちると、膝を地面に付けた衝撃で、骨折による激痛が全身を走った。

 地面に転げ回る様子に、アークを含む全員が彼に向かって合掌をしていた。


 落ち込むチャーリーを見かねたドーンは、ワイバーンの戦いを機に引退を考えていた知り合いの老パイロットを彼に紹介した。

 老パイロットは、ヴァナ村のウィスキーを気に入っていたらしく、彼が定期的に運んでいると聞いて、使用していた戦闘機を喜んでチャーリーに譲る事にした。

 その譲り受けた戦闘機は、レッドフォックス社のソードシリーズの最新機ブレイズソードで、ソードサンダーよりも性能が良く、落ち込んでいたチャーリーは、突然舞い込んだ幸運にはしゃいでいた。


 そして、そのドーンは宣言通りに引退を表明。

 彼はギルドに頼んでルークヘブンの新人教官としてギルドに就職する事が決まった。

 彼の引退を惜しむ声もあったが、教官として残り続けると聞いて、それならばと納得していた。

 しかし、ギルドも今回の件で予算が足りず、ドーガとドーズの2人を雇う事ができなかった。


 次男のドーガは、ドーンと同じく空獣狩りを引退して、ウルド商会と専属契約したビックとスモールが乗る輸送機の護衛をする事にした。

 そして、三男のドーズは、現役を続行。黒の森で狩りを続けながら、時々ドーンとドーガを手伝うらしい。


 これで3人はそれぞれの道を進む事になったが、ドーン一家はこれで良いと不満な様子はなく、彼等は別れても兄弟の絆はずっと結ばれる事だろう。




 アークとフルートは、ギルド長のライオッドに呼ばれてギルド長室に入っていた。

 平然とするアークとは逆に、フルートは緊張した様子でライオッドと対面する。


「ワイバーンの討伐、ご苦労だった。それと10週連続ランキング1位、2位もおめでとう」

「どうも」

「あ、ありがとうございます」

「はははっ。そんなに緊張せずともよい。まあ、1人は全く緊張もクソもなさそうだがな」

「俺だって緊張する時はあるぜ」

「ほう。それはどんな時か是非聞きたいな」


 フルートも気になって、彼が何と答えるのか発言を待つ。


「外の人が居る場所でバレずに女とヤる時は、さすがの俺も緊張しっぱなしだぜ。まあ、興奮の度合いは普通にやるよか半端なかったけどな」

「聞いた儂が馬鹿だった……」


 アークの冗談にライオッドが溜息を吐く。

 彼の横では、フルートが恥ずかしさを通り越してビックリしていた。


(マリーさん、一体何をやってるの!!)


 彼女が妄想で頭がくらくらしている間に、ライオッドが2通の封筒を机に置いた。


「これがダヴェリールへの推薦状だ。それで、お前達はダヴェリールの何所で狩る予定だ」

「コンティリーブだ」


 アークの返答にライオッドが驚いて彼を凝視する。


「最北端の地獄を選んだか……」

「実は探し物があるんだ。多分そいつは人類未踏の地にあると思う。それを探しに行くつもりだ」

「そうか……だったら儂は何も言わん。だけど、生きて帰れ。それがお前達に助けられたルークヘブンの全員の願いだ」

「「了解!」」


 アークとフルートが同時にライオッドに敬礼をする。

 ライオッドが答礼すると、2人は推薦状を手に取り、踵を返してギルド室から出た。




 ギルド長室から出ると、ギルドに居たパイロット達が、2人に内緒で集まっていて、部屋から出てきた2人をバシバシ叩いて、祝いの言葉を浴びせた。

 そんな中、ギルド職員のミリーが受付から飛び出して、フルートを抱きしめた。


「フルートにゃんが行っちゃう。わたち達の癒しがなくなっちゃう!」


 ミリーから意味の分からない事を叫ばれて、抱きしめられたフルートが困惑する。

 だけど、ミリー以外の受付嬢も、フルートを囲んで泣いていた事から、受付嬢の彼女に対する好感度が、もの凄く高い事を物語っていた。


「フルートにゃん、お願いがあるの。聞いて欲しいのにゃ」

「ミリーさんにはお世話になったから、なんでもする」


 そうフルートが答えると、ミリーが涙を指で拭いて笑った。


「じゃあ、そのメイド服の飛行服は脱がにゃいで!」

「……え?」


 フルートはルークヘブンを出た後、メイド服から普通の飛行服に戻そうと考えていた。

 それを止めてと言われて、彼女が困惑する。


「ダヴェリールでも、あたちと同じ様におっさんに囲まれて、美少女エルフに飢えていると思うにゃ。そんな受付で頑張る女の子達を癒して欲しいにゃ!」


 ミリーのお願いに、周りの受付嬢もウンウンと頷いていた。


「あははははは……」


 なんでもすると言った手前、嫌とは断れないフルートが、ミリーに抱きしめられながらカラ笑いをする。

 そんなフルートに、アークが肩に手を乗せると……。


「北は寒いからな。ロジーナに新しいメイド服を作ってもらえ」

「……はぁ」


 フルートが溜息を吐い項垂れた。




 ギルドから出た後、フルートが本屋のお爺さんに会うと言ってアークと別れた。

 彼女はこれからマリーベルと会うアークに気を利かせたつもりだったが、彼にはバレバレだった。

 走り去るフルートの背中に向かって、アークが肩を竦めていた。


 アークは『ルークバル』へ向かう途中、ジュエリーショップに立ち寄った。

 彼が店の中の宝飾品を眺めていると、女性店員から「結婚指輪をお探しですか?」と話し掛けられる。

 以前にも花屋で話し掛けられて、「セフレ」と答えたら白い目で見られた事を思い出した。


「世界で1番愛している女性に贈りたい」


 そこで、自分でもアホと思いつつ気障なセリフを言うと、女性店員が満面の笑みで「分かりました」と、指輪をカウンターから出して彼に勧めた。

 それで、アークは言葉の重大さを学習する。


「彼女の指輪のサイズは何号ですか」


 指輪を選んでいると女性店員から指輪のサイズを尋ねられて、サイズを知らないアークが困った。


「彼女の身長と体重で、おおよそは分かりますが……」

「身長は168cmぐらいで、体重は……」


 そう言いながらアークが腰の辺りを持ち上げるようなモーションをすると、女性店員の顔が引き攣った。


「オッパイの重さは入れる?」


 続けてアークがアホな質問をする。さらに……。


「オッパイは奇麗なお椀型」

「サイズは君のよりも、もう少し大きいかな?」

「あ、ケツもちょっとデカイ」


 アークがセクハラな質問を連発した結果、女性店員の目からハイライトが消えた。

 しかも、アークが散々悩んだ挙句に、サイズが分からないから購入をやめと言った瞬間、女性店員から殺気が飛んできて、アークのケツが痒くなった。

 このままだと殺されると、慌てたアークが店内を見回すと、白鳥が飛ぶ姿をデザインしたプラチナのネックレスを見つけた。

 それが気に入ったアークは、指輪の替わりにそのネックレスを購入して、店から逃げた。




 アークが『ルークバル』に入ろうとすると、ドアが閉まっていて入れなかった。


「あれ? 今日は休みじゃなかったよな」

「臨時休業よ」


 後ろから話し掛けられて振り向くと、マリーベルが彼に笑い掛けていた。


「定休日以外で休むなんて、珍しいな」

「最近忙しくて調子が悪かったから、病院に行ってたの」


 その返答にアークが眉を顰める。


「医者は何と?」

「なんともなかったわ。ハイ、どうぞ」


 マリーベルは平然と答えて店のドアを開けると、アークを招き入れた。


「お酒で良い?」


 カウンターに入ったマリーベルがアークに尋ねる。


「もしかして、俺が酒しか飲まないドワーフか何かと思ってないか?」

「え? 飲まないの?」

「いや、飲むけどさ……」


 マリーベルがクスクス笑って、残り少ないアークのボトルをカウンターに置いた。


「これがアークの最後のボトルかしらね」

「帰って来た時のために、1本頼んどこうか?」

「うん、良いわね。アークの名前でボトルキープするわ」


 そう言うと、マリーベルは新しいウィスキー瓶にアークの名前を書いて、棚に置いた。


「じゃあ、ボトル代にコレあげる」


 アークがポケットから青い箱を取り出して、カウンターに置いた。


「あら? 何かしら?」


 マリーベルが箱の蓋を開けると、ネックレスを摘まんで持ち上げた。


「わぁ奇麗。白鳥かしら? アークとフルートちゃんが乗っている戦闘機に似ているわね」

「どうやら気に入ったらしいな」

「ええ、とっても。ねえ、着けてくれる?」

「いいよ」


 アークはネックレスを受け取ると、後ろを向いたマリーベルの首にそれを着けた。


「どう、似合う?」

「ここで褒めないヤツは居ないだろ」

「あはははっ。それもそうね。ありがとう、大事にするわ」


 マリーベルはネックレスを本当に気に入ったのか、壁に掛けられた鏡の前で嬉しそうにしていた。


「それで、推薦は貰えたの?」

「今朝貰った」

「おめでとう。それで、何時発つの?」

「ワイルドスワンの整備が終わり次第だから、恐らく明後日の朝だな」

「そう、寂しくなるわね」


 マリーベルが頬に手を添えて溜息を吐く。


「追い出しパーティーもしてもらったからな。早く出ねえと文句を言われそうだ」

「あはははっ。あのパーティーは面白かったわね。アークの93杯連続一気飲みは、もうこの町の伝説の1つよ」


 一昨日の夜を思い出して笑っているマリーベルを、アークがじっと観察する。


「何?」


 アークの様子に気が付いたマリーベルが、首を傾げて質問する。


「いや、思っていたよりも悲しそうじゃないんでね。俺は女心が分かる程大人じゃないし、特にマリーは隠すのが上手だから、本音を暴こうと頑張ってるのさ」

「普通、それを正直に言う? 本当、アークって最初に会った時から、面白い人ね」


 そう言ってマリーベルがクスクスと笑う。


「つまらない男よりマシだろ」

「そうね。ユーモア1つ言えない人間は、男でも女でもマイナス評価だわ。それで、さっきの答えだけど、寂しくはなるけど悲しくはないわね」

「ほう?」

「だって、いちいち別れるたびに悲しんでいたら、面倒くさくない?」

「あははははっ!!」


 マリーベルの返答に、アークが腹を抱えて笑った。


「確かにマリーの言う通りだ。面倒くせえな」

「でしょ。別れも1つの出会いの形よ。なら笑顔で別れましょ」

「ありがとう」


 突然礼を言われて、マリーベルがキョトンとする。


「突然、何?」

「マリーと出会えた事に、俺は生まれてから初めて神に感謝する」

「私もアークと出会えたのは、人生で1番の幸せよ」


 アークが立ち上がるとマリーベルが近づいて、抱き合ってキスをする。


「それじゃ、明日は色々と忙しいでしょ? 今から寝室に行きましょ」

「は? まだ午前中だぜ?」


 驚くアークにマリーベルがウィンクを飛ばす。


「最後の日だから、1日中私を愛してね」

「……できる限り、がんばります」

「期待しているわ」


 そうして、アークとマリーベルは2階の寝室へ行くと、最後の夜を過ごした。




 アークとフルートがルークヘブンを出る朝。

 アークがしばらく世話になった自分の部屋を出ると、廊下でフルートと出くわした。


「そっちも準備オッケー?」

「アークは?」

「俺もオーケー。じゃあ行こうか」

「うん!」


 2人が1階に降りると、ウルド商会の全員に、ドーン一家とビックとスモールにチャーリー。町からはマリーベルが来て、ギルドで忙しいはずのミリーも2人を待っていた。


「短い間だったけど、2人が居なくなると寂しくなるな」

「ダヴェリール行きが決まってから、そのセリフばかりを言われるから、最近自分がパイロットじゃなくてコメディアンになった気がするぜ」


 話し掛けてきたフランシスカにアークが冗談を言い返す。


「ガハハ。ダヴェリールは厳しい土地だが、そのユーモアがあれば乗り切れるだろ。頑張れよ」

「ドーンも鬼教官を目指して頑張れよ」

「ギャハハ。もうすでに悪魔、鬼って言われてるぜ」

「ギヒヒ。兄ちゃん、フルートちゃんをマネて、新人の訓練に飛行場の周りを走らせているし」


 弟2人からドーンの鬼教官な様子を聞いて、アークとフルートが笑みを浮かべた。


「クソ野郎。ダヴェリールに行ったら、お前は死んでも良いけど、フルートちゃんは死なせるなよ」

「チャッピー。お前、新しい機体に変えてから調子コイてねえか? お前が怪我している間、俺がビックとスモールを雇って、ウィスキーを運んだのを忘れたらしいな」

「スイマセンデシタ!!」


 チャーリーがアークに頭を下げると、その様子にその場に居る全員が笑っていた。




 一方、フルートもミリーやロジーナに最後の別れの挨拶をしていた。


「ミリーさん、ロジーナさん本当にありがとう」

「ううん。私も妹が出来たと思って嬉しかったわ。それと予備のメイド服はアイテムボックスに入れたからね」

「ありがとう」

「フルートにゃん。フルートにゃん。うわあぁぁぁ。アークのばかーー!! なんで連れて行くにゃーー!!」

「ミリーさん泣かないで、私は負けないから」

「うっうっうっ。フルートにゃんが負けないなら、あたしもガンバルにゃ!」


 ミリーが涙を拭いて笑顔を見せると、フルートも笑って彼女を抱きしめていた。




「アーク!」

「マリー」


 2人が見詰め合うと、皆が見ているにも関わらず抱き合った。


「アーク、愛してるわ。だけど、さようなら。私の愛しい白鳥さん」

「ああ、俺も愛してる」


 2人がキスをして離れると、マリーベルが笑いながら目から零れる涙を拭った。

 そして、今度はフルートを抱きしめる。


「フルートちゃん。アークを守ってね」

「はい」


 抱きしめられたフルートが、今までと違うマリーベルの匂い……違和感に気が付いた。


「マリーさん……もしかして……」

「シーッ! 町から離れたら、彼に教えてあげてね」


 フルートが最後まで言う前に、彼女がウィンクする。


「…………」


 信じられずフルートが口をポカーンと開けていると、彼女が笑って耳元で囁く。


「私の事は気にしなくて良いから、あなたは自分の愛する人を愛して」


 そう言うと、彼女はフルートから離れて行った。




 ワイルドスワンはワイバーンを倒した翌日からの3日間で、白鳥から再び偽装されてアヒルに戻っていた。

 アークがワイルドスワンに乗りこもうと、タラップに足を掛けたタイミングで、フランシスカが話し掛けてきた。


「アーク。オッドさんから伝言だ」

「ん? 契約解除の話か?」

「いや、お前達がコンティリーブで稼ぐと聞いて、オッドさんがそこに支店を作るらしい。詳しい話はアルフガルドでしたいから、ダヴェリールに行く前に寄ってくれだそうだ」

「分かった。どうせ補給で寄るから、ついでに会いに行くよ」

「頼む」


 フランシスカにさっと手を挙げてから、ワイルドスワンに乗り込む。


「フルート。何、突っ立ってんだ。そろそろ行くぞ」

「……う、うん」


 アークの声に意識を戻したフルートが、慌ててワイルドスワンに乗りこんだ。


「それじゃ最高のクソども、元気でな!」

「さようなら!」


 アークとフルートが手を振って、別れの挨拶をしてから窓を閉める。

 ワイルドスワンを見送る彼等も、それに応えて手を振り返していた。




 アークがワイルドスワンのエンジンを起動させて、プロペラを回転させる。

 その間にフルートが管制塔に離陸許可を申請すると、すぐに管制塔から返事が来た。


『リ・リ・ク・キョ・カ・ス・ル・ム・コ・ウ・デ・モ・ガ・ン・バ・レ(離陸許可する。向こうでもガンバレ)』


「はっ堅物だと思ってたけど、粋な事を言うじゃねえか」

「あははっ」


 ウルド商会のドックを離れて滑走路へ向かうと、パイロットや飛行場の関係者だけでなく、多くの町の人達が現れて、ワイルドスワンに向かって歓声を上げながら手を振っていた。


「良い町だったな」

「うん!」


 滑走路に入ったワイルドスワンが速度を上げて空へと浮かんだ。


 全員が見守る中、ワイルドスワンは飛行場を1周した後、翼を上下に揺らしてから、ルークヘブンを飛び去った。




 ルークヘブンを離れて、最初の目的地アルフガルドへ向かう途中、フルートが話し掛けてきた。


「ねえ、アーク」

「何だ? 今更帰りたいは無理だぞ」

「私もそう思う。だから言うね」

「何を?」

「多分だけど、マリーさんは妊娠してる」

「ブブッーーーー!!」


 フルートの話を聞いて、アークが唾を吹き出した。

 ついでに操縦桿も横に動かしたせいで、ワイルドスワンが斜めに傾く。


「アーク。操縦!」

「チョッ! そんな話、聞いてねえぞ!!」


 アークはそれどころじゃなく、フルートに叫び返した。


「やっぱり言ってなかったんだ……マリーさん、凄い人」

「凄いじゃねえ。何で何も言わなかったんだよ……クソ、今更戻れねえし……」

「多分、マリーさんは本当にアークの事を愛していたんだと思う」

「……どういう意味だ?」


 アークが首を傾げる。


「マリーさん。アークが居なくなっても子供を愛し続ける事で、永遠にアークの事を愛するつもり」

「はぁ……やっぱりアイツ、変な女。なあ、フルート。マリーの店の口座って知ってるか?」

「知らない。だけどオッドさんに聞けば分かると思う」

「ああ、その手があったか。名前どころか、男か女かすら知らねえが養育費は払うべきだろ」

「ガンバレ、お父さん」


 フルートの応援に、アークが頭を抱える。

 愛しのルークヘブンを離れたワイルドスワンは、最初の目的地アルフガルドを目指して、空を飛んだ。

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