第34話 サヨナラのバーティカルキューピッド

 翌週のランキングもアークとフルートは1位と2位を独占していた。


 1位 アーク&フルート 6970万ギニー

 1位 フルート&アーク 6970万ギニー

 3位 ジグラー 4240万ギニー

 4位 キリ 1147万ギニー

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 アークがウルド商会の整備士から聞いた噂話だと、ランキング3位のジグラーが談合クラスタチームが集中して空獣を集め、ダヴェリール行きの推薦を貰おうとしているパイロットらしい。

 推薦は10位以内を10週維持できれば貰えるから順位は関係ないのだが、クラスタチームは10人以上居る自分達よりも、たった1機で3倍近く稼ぐアークとフルートに嫉妬して敵意を向けていた。




 スタミナを鍛え始めたフルートは、水曜日と土曜日に午前中で狩りを切り上げると、ロジーナ作成のランニングウェアに着替えて、飛行場の周りを走り始めた。


 走り込みを始めた当初、華奢で走り慣れていないフルートは、フラフラと走って惨めな状態だった。

 そんな彼女を、クラスタチームの連中は嘲笑っていた。

 そして、他のパイロット達も冷やかし半分で応援していたが……今にも倒れそうなのに、それでも走り続ける彼女を見ているうちに、彼女の様に努力せず怠けている自分に気付いて悩み始めていた。


 アークはフルートに対して同情することなく、厳しく彼女を鍛えていた。

 彼女が哨戒を怠れば怒号を浴びせ、ミスをしたら帰った後で、そのまま飛行場を1周走らせた。


 ウルド商会のロジーナは、疲れて部屋に戻ってもそのまま死んだ様に寝るフルートの身の回りの世話と、時々マッサージをして応援していた。

 フルートはロジーナに感謝していたが、実はアークが裏で彼女に頭を下げて見の世話を頼んでいた。

 それで、ロジーナは未婚で彼氏募集中にも関らず、ウルドの整備士達からお母さんとあだ名を付けられてショックを受けていた。


 笑われても、馬鹿にされても、「自由に空を飛びたい」という気持ちを持ち続けてフルートは走る。

 その結果、周りも本人も気づかず、彼女は少しずつ「怪物」へと変化していた。




 ランキングトップに躍り出てから3週目。


 1位 アーク&フルート 4730万ギニー

 1位 フルート&アーク 4730万ギニー

 3位 ジグラー 4411万ギニー

 4位 ルセフ 1429万ギニー

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 フルートの訓練で収入は下がったが、それでも2人は1位と2位を独占していた。

 クラスタチームも1位を狙って稼ごうとするが、そもそも才能も実績もない彼等は価値が低い獲物しか狙えず、悔しそうにランキングを睨むだけだった。


 その頃になると、マリーベルの努力で、アークとフルートの噂に変化が生じていた。

 噂の内容は……フルートは『ルークバル』の宣伝のためにメイド風の飛行服を着ているだけで、別に絶倫でも淫乱でも何でもない。

 そして、その悪い噂を流したのはクラスタチームの嫌がらせだと、逆にクラスタチームの悪い噂に変わっていた。

 その噂を聞いたアークは、「俺がメイドフェチって噂が全然消えてなくね?」と顔を顰めていた。




 アークとフルートが午前の狩りから帰ると、ヴァナ村のチャーリーが2人を待っていた。


「よう、メイドフェチ!」

「チャッピー、久しぶりだな。ソードサンダーを返せ」

「スンマセン。もう言いませんから、それだけは勘弁してください」


 アークの一言で、チャーリーが頭を下げる。


「午後も飛ぶから、用があるなら早く言え」

「デブのクソ野郎からお前にプレゼントがある」


 デブのクソ野郎とは、ヴァナ村の整備士ギーブの事。


「ん? あのクソデブ、自分の腹の油でラードでも作ったか? 食当りしそうだから、帰る途中で空から捨てといてくれ」

「相変わらずヒデエな。ヴァナ村に居た頃は世話になってたんだろ」

「お前も一度、あのデブに整備を頼んでみろよ。チョット文句を言っただけで、手元の工具でぶん殴ってくるんだぞ」

「それなら既に経験済みだ……俺が文句を言ったら、あのクソ野郎が投げたスパナが額に当たってデケエ瘤が出来たぞ」


 そう言って、チャーリーが側頭部を指してアークに見せると、髪の毛で隠れているが、大きなたんこぶがあった。


「避けねえお前が悪い。結局、村に居た頃は自分で整備して、あのデブがしたのは最終チェックだけだ」

「だからか。ソードサンダーの整備を頼んだら、ありえねえ金額を請求してきて「嫌なら自分でやれ」って整備を俺にやらせる理由が分かったぜ」


 それを聞いてアークが笑いだす。


「あははははっ。相変わらずだな、それがギーブの教育だ。勉強だと思って諦めるんだな」

「ヒデエ教育だな。って事で、そろそろ話を戻すか……」

「ああ、クソの話はゲロが出る」


 ヘラヘラ笑いながら悪口を言い合っていた2人が、真面目な顔になって頷き合う。

 2人の話を聞いていたフルートは、もしかして今の会話はヴァナ村特有の挨拶なのかと気づき、文化の違いにショックを受けていた。


「って事で、クソデブのプレゼントだけど、お前の乗っている戦闘機のプロペラを作ったらしい」

「ペラをか?」

「ああ、お前が倒したタイガーエアシャークの素材が合金に加工されて、回りに回って手に入ったから作ったと言ってたぜ」

「俺はあのデブ野郎のケツ友関係は知らねえが、クソみたいな小さな村の整備士が入手できる代物なのか?」

「さあな。俺だってガキの頃に村を離れたんだから知らねえよ。デブ同士のコネって奴があるんじゃねえか?」


 チャーリーの言う「デブ同士のコネ」とはドワーフ同士のコネの事。


(この2人の会話は品がない)


 フルートが顔を横に向いて、こっそりと溜息を吐いた。


「それでそのペラは?」

「まだソードサンダーのアイテムボックスに入れてある」

「確認したい、見せてくれ」

「その前にコレだ」


 そう言うとチャーリーが一枚の封筒をアークに渡した。

 ビリッと破いて中の紙を見るなり、アークが眉を顰める。


「……なあ、チャッピー。ペラ1つで550万ギニーって請求書が入ってるんだが、あのドケチ村長が絡んでいるのか?」

「支払う意思がない限り絶対に渡すなって言付けられているから、多分ガチだと思う。それと、このペラを使えば、あのアヒルが本気で飛んでも暴れないとか言ってたけど、あのアヒルって暴れるのか?」


 ギーブは言葉を濁しているが、偽装を剥がしたワイルドスワンの性能が向上すると言っている。


「……仕方がねえな。今回は特別に払ってやるよ。フルート! 今日の午後の狩りは中止だ。何時ものトレーニングでもしてろ。それと、走るついでにギルドへ寄って、ボックスの回収と明日のフライトの予約も頼む」


 そう言うと、アークは自分のギルドカードをフルートに投げ渡した。


「分かった」


 フルートは頷くと、チャーリーに軽く頭を下げてから、着替える為に自室へ向かった。


「あのエルフ、性格が変わったか?」

「アイツは今、壁にぶち当たってるんだよ」

「壁?」

「お前が1晩で何回しごいて射精できるか挑戦するのと同じだ」

「そいつは辛れえな」


 アークの冗談に、チャーリーが感慨深げに頷いた。


「んじゃ、俺は入金してくる」

「了解。俺はその間に酒を納品してるよ」


 アークは一旦チャーリーと分かれて町へと出かけた。




「ほら受け取れ」


 町から戻ったアークが、ギーブに入金した明細書をチャーリーに渡す。


「確かに受け取ったぜ。それでコイツがそうだ」


 そう言って、チャーリーが横に置いた木箱をバンバンと叩いた。


「550万ギニーの品が入った木箱を叩くとは、チャッピー様も偉い御身分になりましたな」

「まあな、俺のじゃないし」

「ソードサンダーを……」

「すいませんでした。もうしません!」


 アークが最後まで言う前に、チャーリーが頭を下げた。


「まあいいか……。おーい、フラン。チョット来てくれ!」


 アークが仕事中のフランシスカを呼ぶ。


「何か用か?」

「用がなければ呼ばねえよ。ギーブからワイルドスワン用のペラが届いたから、乗せ換えてくれ」

「ギーブからか!?」


 アークの話に、ギーブを崇拝しているフランシスカが驚いた。


「この木箱に入っている。まだ中身は確認してねえけど、俺が倒したサメの売値の半分を根こそぎ持って行った代物だ。もし不良品だったら、あのクソデブに叩き返すから、確認してくれ」

「分かった。ロジーナ、手伝ってくれ!!」


 フランシスカがロジーナを呼び、アークとチャッピーも手伝って、4人で木箱を開ける。

 すると、箱の中から純銀に光るプロペラが現れた。


「……コイツは凄いな」


 フランシスカがプロペラを見て感極まる声を出す。その横ではロジーナも目を輝かせていた。


「そうなのか? 見ただけじゃ分からねえな……ん? 随分と軽く感じるな。これ、折れねえか?」


 アークがプロペラをコンコンと軽く叩きながら首を傾げると、他の3人も彼と同じ様にプロペラを叩いて、その軽さに驚いていた。


「タイガーエアシャークの合金で作ったんだ、最高級の一品に間違いない。軽いけど丈夫だと思う」

「550万ギニーもしたからな。下手したら中古の戦闘機が買えるぜ」


 金額を聞いて、フランシスカは驚くが、すぐに納得の表情を浮かべた。


「はははっ。確かに高いが、そのぐらいはするだろう。それで、前のプロペラはどうする?」

「あれもそこそこ性能が良いからな……売るのもメンドイし、運搬の駄賃だ。チャッピーのペラと交換してやれ。純正より性能が良いから、少しは狩りの効率も上がるだろ」

「マジか! アーク、恩に着る」


 笑顔のチャーリーがアークの手を握ってブンブンと振った。


「その恩は絶対に返せよ。それと、テメエの劣悪精子がこびり付くから、その汚ねえ手を今すぐ離せ」


 アークが顔を顰めて、チャーリーの手を無理やり剥がすと服で手を拭いた。


「交換に2時間掛かるが、テスト飛行はどうする?」

「森に行くわけじゃないから、交換したらすぐに飛ぶよ」

「分かった。さっそく作業に入ろう」


 フランシスカは頷くと、部下の整備士を集めてワイルドスワンのプロペラ交換作業を始めた。




「トレーニングの後だったのに悪いな」

「ゼェ……ゼェ……大丈夫。それに……ゼェ……私も新しいプロペラの効果が……ゼェ……知りたい」


 アークに話し掛けられて、フルートが息を切らせながら答える。

 彼女は、テスト飛行をするタイミングでトレーニングから戻り、それを見つけたアークが呼び寄せて、テスト飛行に付き合わせるハメになった。

 しかも、彼女は短パンにランニングシャツという格好で乗ろうとしたから、ロジーナが慌てて上着と水筒を持ってきて、フルートに渡した。


 フルートが管制塔に離陸許可を求めると、空いている時間だったので、すぐに離陸許可が下りた。


「それじゃ飛ぶぞ」

「ゴクゴク……うん」


 水筒の水を飲んでいたフルートが頷き返すと、アークがワイルドスワンのエンジン出力を上げる。

 プロペラの回転速度が速くなって、ワイルドスワンが滑走路を走り出した。


「前と比べて振動が少ない。悪くないな」

「うん」


 アークの呟きに、フルートも頷いていた。


 アークは時速120km/hまで達すると、操縦桿を引いて機体を上げる。

 すると、ワイルドスワンがふわっと浮かんで滑走路から離れた。


「なんか豪華客船に乗っている気分だな。豪華客船なんて乗った事ねえけど」

「今、鳥みたいに浮かんだよ」

「見た目はアヒルだけどな。お、下を見てみろよ。皆が見てるぜ」


 アークに言われてフルートが下を覗くと、ウルド商会のドック前でフランシスカ達が空を見上げて手を振っていた。


「それじゃテストと行くか。最初は宙返りからだ」

「了解」


 そう言うと、アークは操縦桿を捻らせて、ワイルドスワンの性能テストを開始した。




「……主任。今のフライト見ましたか?」

「ああ、あんな奇麗に浮かび上がる戦闘機を見たのは久しぶりだ」


 ロジーナに話し掛けられて頷き返すフランシスカだったが、彼女は空を飛ぶワイルドスワンから目を離す事が出来なかった。


「大回転のキューバンエイトか!」

「ナイフエッジ。どこまで上昇するんだ? すげぇ上ってんぜ!」

「そこからテールスライド! 一気に落下してるけど、フルートちゃんは大丈夫なのか?」


 フランシスカの周りでは、整備士達がワイルドスワンのアクロバット飛行を見て歓声を上げていた。

 その声を聞きながら、彼女は誰にも見せず笑みを浮かべていた。


(あの飛び方は……クリス、お前に似ているな)


 彼女は、昔死んだ恋人と似た飛び方をするワイルドスワンに思い耽る。


(私もそろそろ前に進むことに決めたよ。クリス……お前の事は今も愛してる。だけどもう忘れるよ……)


 フランシスカが見上げる空で、ワイルドスワンがスモークを出してバーティカルキューピッドを決めると、大空にハートマークを描いていた。

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